(17)静まり返る会議室
姿は見えども攻撃が当たらないという問題は、すぐにシゲルたちへと伝えられることとなった。
王家からの使者は、そのことをシゲルたちへ伝えて、さらに城での話し合いを打診してきた。
それをすぐに了承したシゲルたちは、あれよあれよという間に馬車に乗せられて城へと向かっていた。
「――時間も結構遅いのに、早い対応だよね」
「事が事ですから、ほとんど戦時と変わらない対応になっているのでしょう」
シゲルの言葉に、現在の王国の状態をラウラがそう分析した。
シゲルが周囲を見回せば、フィロメナたちも頷いたりしていたので、皆同じ意見だということがわかる。
「このまま放っておけば、国全体に被害が広がることが分かっているからな。対応が早いのも当然だろう」
「ここで間違えれば、下手をすれば国ごと無くなる可能性もあるからね。必死になるのも当然よ」
フィロメナに続いて、ミカエラがしたり顔でそう言った。
さらにミカエラは、視線をシゲルに向けながらこう聞いてきた。
「それで? さっきは慌ただしくて聞けなかったけれど、具体的にどうするの?」
攻撃できない精霊喰いに対して有効的な手段がなければ、そもそも城へ向かう意味がない。
それを理解した上で、シゲルが行くと言い出したのだ。
他の面々は、シゲルの言葉を信じてここまでついてきているのである。
ミカエラから当然の疑問を向けられたシゲルは、真面目な表情で頷きながら言った。
「それはね――――」
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「――――そういうことで、私が現地に行って精霊に協力してもらえれば、攻撃を当てるようにすることはできます」
城の会議室で、シゲルは集まっていた関係者にそう言い切った。
その際に、少しだけ斜め後ろに立っているラグに視線を向けることも忘れない。
最初は小さい姿になっていたラグだったが、シゲルの呼びかけで大人の大きさになってみせたのだ。
その際に、少しばかり精霊としての力(威圧)を見せたラグに、関係者たちは表には出さないようにしていたものの内心で驚いてはいた。
そして、その後に続いたシゲルの言葉に、ようやく光明が見えたと喜ぶ顔になったのである。
関係者の中で紛れもなくトップの立場にあるダヴィドが、ラグからシゲルへと視線を戻して聞いてきた。
「では、シゲル殿には現地に行っていただけるということでよろしいかな?」
「そういうことになりますね。一応、私自身が現地に行かずに精霊だけを行かせるという方法も取れますが……指示のことを考えると行った方がよろしいかと思います」
「現地に行かなくてもいいのか。だが、確かに言う通り、行った方がいいのは確かだ」
シゲルが現地に行かずに精霊だけを行かせて予想外のことが起こった場合、すぐに指示を出せる人間がいた方がいいのは確かだ。
当然のことだがラグたちは、シゲル以外の人の命令に従ったりはしないのだ。
当たり前すぎる言葉に頷いていたダヴィドだったが、今度はその視線をシゲルからフィロメナへと向けた。
「シゲル殿が行かれるということは、当然勇者殿もということでよろしいか?」
「それはそうであろう。其方たちを信頼していないわけではないが、私たちで守ったほうが安全だからな。それに、こちらの護衛に手を割くくらいなら精霊喰いに回したほうがいいのではないか?」
「確かに、それはそうだな」
自分の言葉に頷くダヴィドを見ながら、フィロメナはさらに続けて言った。
「そなたが心配していることだが、案ずるな。私たちが直接精霊喰いに手を出すときは、部隊の被害が大きくなりそうだなと判断した時だけにする」
シゲルの護衛のためにフィロメナが現地に向かって、そのまま精霊喰いを倒してしまっては、何のために軍が向かったのだと言われてしまうことは避けられない。
ついでに、精霊喰いに対して何も手を出せなかった無能の軍とまで言い出す輩も出て来るだろう。
政治の悪い面だが、どんな状況でもそうしたところで足を引っ張るものは一人や二人は必ずいるのだ。
フィロメナの言葉を聞いたダヴィドは、表情には出さなかったが内心では安堵した。
まさしくフィロメナが予想した通り、ダヴィドはあっさりと勇者に精霊喰いを討伐されることを懸念していたのである。
武の国として名高いザナンド王国では、軍を動かしたときに関する失点は、王の信頼を失う事態にもなりかねない。
流石にそれで退位を迫られるということはないが、色々とやりずらくなることも確かなのだ。
軍の部隊の損害が大きくなりそうだと時点でフィロメナたちが介入するというのは、何もダヴィドに対する配慮からだけではない。
軍に大きな被害が起こりそうだと分かっているのにフィロメナたちが手を出さなければ、今度は勇者としての名声に傷がつくことになる。
フィロメナ自身は勇者の名声に何の価値も見出してはいないが、軍人とはいえ自分の目の前で人の命が失われていくのを黙って見ている性格ではない。
そうした諸々の理由から今フィロメナが言ったことが、お互いの面子を守るちょうどいい妥協点なのだ。
フィロメナが大まかな作戦の提案をしたことで、今度は具体的な内容へと話が変わって行った。
フィロメナたちが介入するタイミングは、この場にいる関係者たちにとっても失点になりかねない問題だったので、その内容で王が了承したというのは重要なことだったのだ。
具体的な話が進められる中で最初に問題になったのは、シゲルたちの移動方法である。
当たり前のように軍の馬車で送ると申し出てきた関係者に、フィロメナが首を振ったのだ。
「――馬や馬車を出してもらう必要はない。私たちはあの船で移動するからな」
移動手段を断ったフィロメナに対して、初めは何を言い出すのかという表情をしていた関係者たちは、すぐに納得の表情になった。
シゲルたちは、ザナンド王国についてからほとんどアマテラス号での移動を行っていない。
王都周辺での依頼ばかりを受けていた結果なのだが、それが関係者たちの頭から抜けていたというのは致し方ないことだろう。
空を飛ぶ船の存在を知ってはいても、すぐに思い浮かべられるほど当たり前の存在にはなっていないのである。
ただ、シゲルたちがアマテラス号で移動するという提案が出たことで、もう一つの問題が出てきた。
それは、こちらの世界の感覚ではあっという間に移動してしまうシゲルたちに、どうやって王都にいる他の者たちが移動を行って追いつくのかということである。
フィロメナという勇者が出陣する以上、現地にいる現在のリーダーの地位だけでは対処できないことが発生することもあり得る。
その懸念を無くすためにも、騎士団長かそれに準ずる地位以上の参加は必須となっている。
移動手段について喧々諤々とやりあう会議室の様子を見ながら、ここでシゲルがぽつりと呟いた。
「立場のある方たちだけの数人が必要なのでしたら、こちらの船に乗っていただくのは駄目なのでしょうか?」
そのシゲルの言葉が行き渡ると、それまでの喧騒が嘘のように会議室が静まり返った。
その意味をしっかりと理解したラウラが、苦笑を浮かべながらシゲルに聞いてきた。
「よろしいのですか?」
「普段は一々お願いを聞いていられないというから乗せてないだけで、今回みたいな時には別にいいんじゃない? 色々と約束を守ってもらう必要はあるけれど」
何が何でも他人を乗せられないわけではないと言ったシゲルに、痛いくらいに周囲からの視線が集まるのであった。




