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(9)王への報告

 シゲルたちがザナンド王国に来てから一週間が経った。

 その間、少なくとも表面上は何事もなく穏やかな時間が過ぎていた。

 先日わかった『精霊の宿屋』の環境問題でシゲルが頭を悩ませたり、アマテラス号にちょっかいを出して来たりする者たちがいた程度である。

 アマテラス号に関しては、怪しい者が船に近づいてきた時点で、エアリアルの配下の精霊が片付けているので大した問題にはなっていない。

 というよりも、シゲルたち以外は触れるどころか近づけないようになっているので、問題が起こることもない。

 それがシゲルたちにとっての当たり前になっているので、そもそも問題として認識することすらないのである。

 

 そんな感じでシゲルたちが日常を過ごしている一方、王都の中心的存在である王城内ではとある議論がされていた。

「では、彼らは予定通り冒険者活動を行っているというのだな?」

 そう問いかけたのは、ザナンド王国の王であるダヴィドであり、問われた相手は側近の一人だった。

「はい。相も変わらず。依頼の内容も突飛なものではなく、冒険者らしいものを選んで行っているようですな」

「ふむ。それは重畳。いや、むしろ素直に冒険者活動をしていることに懸念すべきか……?」

 ダヴィドが冗談交じりでそう言うと、対面に立っていた側近は小さく笑みをこぼした。

 

 何しろ、彼らの話題の中心である勇者たちは、魔王を討伐して以降ろくに表立った活動をしてこなかったのだ。

 その彼らが大人しく(?)冒険者として活動をしているというだけでも、十分に王が話題にするべきことである。

 勿論、その裏には、このまま王国内に残ってその武を国のために役立ててほしいという意味も含まれている。

 とはいえ、集めた噂によると、フィロメナ自身が年単位の長い滞在にはならないと公言しているため、ほとんど期待はしていないのだが。

 

 ちなみに、王とその側近たちは、フィロメナを無理に王国内にとどめようなんてことは考えてもいない。

「何の目的があるにせよ、少なくとも今のところは十分に楽しんで生活をしているようです。街中でシゲルという者と談笑して歩いている姿を、何度も目撃されているようで」

「それはそれで、信じがたいものがあるがな。あの(・・)勇者殿が、結婚をしてその相手と楽しそうにしているとはな」

 彼らにとってのフィロメナは、魔物や魔族に対して一切の容赦をせず、誰にも使いこなすことのできない技をもって葬り去る存在である。

 場合によっては騎士団丸々でさえ相手にできると言われている彼女フィロメナが、一人の男を相手に乙女をしているなど信じられないというのも無理はない。

 ダヴィドが、外交ルートを通じてフィロメナが結婚をしたという話を聞いた時は、どんな政治的な圧力が働いたのかと疑ったくらいだ。

 側近からの直接の報告を聞いても、未だに信じ切れていないところもあったりする。

 

「――まあ、お主が言った通りこの国を楽しんでくれているのであれば、それで構わない」

 そう言って勇者に関する話を打ち切ったダヴィドは、一転して鋭い視線を側近へと向けた。

「それで? 北の問題はどうなっている?」

「そちらも大きな進展はございません。相変わらず、麓に降りてくる魔物や動物が多く、原因はいまだに不明とのこと」

 その報告に、ダヴィドは「そうか」と返しつつ大きなため息をついた。

 

 ザナンド王国の北側には、カイネ山という三千メートルを超える山がある。

 三千メートルを超えるとはいっても、ザナント王国内には五千メートルを超える山々が多く存在しているため、麓に住んでいる者たちを除いてそれほど注目されている山というわけではない。

 ではなぜそんな山に関する報告を国王が受け取っているのかといえば、今までに見られかった変化が山に起こっているためだ。

 事の起こりは今から半月ほど前のことで、とある依頼で山の中腹にまで冒険者が立ち入ったことによって発覚した。

 その内容は、側近が言ったとおり普段は山頂にいるような魔物や動物たちが、山の中腹にまで降りてきているというものだった。

 それを見つけた冒険者は、通常は相手をすることがないような魔物を相手にどうにか逃げ切ることができ、冒険者ギルドに報告をしたというわけだ。

 

 勿論、その報告だけで国王の所にまで問題が上がってくることはない。

 その状態が一週間以上も続いたことと、山の調査を冒険者ギルドが行ってもその原因を突き止めることができなかったことが問題だったのだ。

 さらに、冒険者ギルドから報告を受けた領地の私兵が再度調査を行ったが、結局原因は不明のままだった。

 その結果、一連の流れを含めてダヴィドの元に報告が上がってきたのである。

 私兵でも手に負えないと判断した領地の貴族が、騎士団を動かしてもらうように依頼をしてきたのだ。

 その結果は、他の報告と変わらずに原因不明。

 ここまで来たところで、通常では起こらない何かが起こっていると判断されて、王の耳にも入ったというわけだ。

 ちなみに、その報告が王の耳に入ったのが勇者たちが来た翌日だったのは、今のところはただの偶然だとされている。

 

「騎士団の調査でも分からぬ山の異変、か」

 これが分かりやすく特異な魔物でも現れたというのであれば、すぐにでも対処がされていただろう。

 そもそも、騎士団のところへ要請が上がってくるどころか、冒険者ギルドが対処してしまっていたはずだ。

 もし、冒険者ギルドが対処できないような魔物が出てきたときは、それこそ一つの騎士団がまとまって動くような事態である。

 ところが、今回はそれもないので、余計に不気味な状態といえる。

「このまま何事もなく終わってくれればいいのですが……」

「それを望むには、ちと時間が流れすぎている気もするがな。――とにかく、今はまだ目を離さぬように」

「承知しております」

 ダヴィドの言葉に、側近は深く一礼を返すのであった。

 

 

 頭を下げて執務室から出ていく側近を見送ったダヴィドは、遠くを見つめるような表情になった。

 どこかを見ようとしているわけではなく、頭の中に浮かんだ考えを纏めようとしたのだ。


「原因がわからない山の異変、か。勇者殿がいらっしゃるところで起こったことが幸運だと考えるのは、浅ましいと思うべきなのだろうな」

 勇者の力は国のために使うべきだと考える王がいる中で、ダヴィデのような考え方は少数派である。

 だが、これまで何度か直接フィロメナと対面したことがあるダヴィデとしては、そんな考え方が通じないことはよくわかっていた。

 ついでにダヴィデには、国内の問題は国で解決すべきだという意識が強くある。

 また、そうしてきたからこそ、ザナンド王国は騎馬の国であり続けてきたのだという自負もある。

 

「まあ、いい。できることは全力で対処するのみ。今は騎士団からの調査を待つべきだろうな」

 現在騎士団は二度目の調査に入っている。

 一度目の調査が不発に終わったことで国王の知るところとなり、二度目である今回は騎士団も本腰を入れて調査にあたっている。

 今は、その調査で何か新しい結果が見つかることを願うだけだ。

 原因がわからなければ、いかに精強な騎士団がいたとしても対処のしようがない。

 とにかく、やるべきことをやりながら己の責務を果たすべきだと、ダヴィデは改めてそう思いを強くするのであった。

次の更新は一週間以内。

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