(7)それぞれの採取
シゲルたちが最初に選んだ依頼は、王都から二時間ほど歩いた場所で採れるとされている薬草の一種だ。
薬草と一口に言っても、採れる地域や季節によってさまざまな種類がある。
薬師たちはそれらの薬草から似たような効能を取り出してポーションなどを作り出しているのである。
効果の高いポーションが作りたければ、薬効が高く扱いの難しい薬草を採取する必要がある。
そうした薬草に関しては常に需要がある状態で、ほぼ常設依頼と言っていいほど掲示されている。
ただし、そうした薬草採取は、魔物討伐が花とされる冒険者の中では敬遠される傾向があり、残されていることも多々ある。
国土の多くが草原であるザナンド王国では、珍しい薬草が多数採れる。
そうした薬草を求めて、各国からギルドに依頼されているのだ。
「……それはいいけれど、結局消化されなかったら意味ないと思うんだけれどな」
目的地に向かって歩いている最中にシゲルがそう呟くと、右隣りを歩いていたマリーナが苦笑しながら頷いた。
「そうね。ただ、依頼を出しているほうも、気長に待つというのが定番になっているからね」
「そもそも、国などのレベルになりますと、早く確実に手に入れたい場合は直接依頼してしまうことも多いですから」
大抵の国は、お抱えとまではいかなくとも、懇意にしている冒険者の一組や二組くらいはいる。
冒険者の側も国のお抱えになれば安定した収入が得られるので、国に属することも多々ある。
実際ラウラは、国元でそうした冒険者を何人も見ていた。
ラウラの経験から基づく言葉に、シゲルもそんなものかと頷いた。
「誰もがランクを上げ続けられるわけではないんだから、そういう道を選ぶのもありか」
「冒険者になるのは、貴族家の三男四男なんかも多いから。王家や貴族もそうした者を抱えやすいという事情もあると思うわよ」
「あー、そっちの理由もあるのか」
家督は当然のこと、領内での職にすら就くことができなかった者は、冒険者という選択肢を選ぶことも多い。
そうした者たちは、貴族家で育った繋がりなどを有する場合も多いので、そうした伝手を頼ってお抱え冒険者になることもあるのだ。
国のしがらみから離れて自由に生きるために冒険者になるのは、それなりの実力と才覚が必要なのだと、シゲルは改めて考えさせられた。
「そうなると、自分の場合はやっぱりラッキーだったと言えるんだろうね」
シゲルは、そう言いながら少し前を歩いていたシロに視線を向けた。
そのことに気が付いたのか、シロは「ナニ?」と言いたげに振り返りつつ小首を傾げる。
その特級精霊とは思えない愛らしい姿にシゲルは思わず笑みを浮かべたが、同じことはラウラとマリーナも感じたようである。
「シゲルさんの場合は、特殊すぎると言えるかもしれませんね」
「それに、精霊のことがなかったとしても、フィーがいたからどうとでもなっていたでしょう」
マリーナがそう言うと、ラウラが「確かに」と続けて頷いていた。
フィロメナが、シゲルの料理に胃袋をつかまれたのがいつだったのかははっきりとしないが、割と初期のころから気に入っていたのは間違いない。
それを考えれば、マリーナが言ったとおりの状況になっていたと考えてもおかしくはないだろう。
そんな会話をしつつ、シロの先導で歩いていたシゲルたちは、ようやく目的地へとつくことができた。
ここまでまともに魔物と当たらなかったのは、シロが優秀だっただけではなく、周囲の気配に敏感なヒカリとヤミがいたからである。
そのことに感謝しつつ、シゲルたちは目的の薬草採取に一時間ほど励むことになった。
そして、それらの採取を無事に終えたシゲルたちは、しっかりと目的の依頼を果たしてギルドへと帰還することになるのであった。
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ギルドへ依頼の報告を終えたシゲルたちは、特に寄り道することなくアマテラス号へと帰った。
報告の際に、ギルド内でシゲルが男どもから嫉妬の視線を向けられたのは、毎度のことである。
そんな通過儀礼(?)を経てアマテラス号へと戻ったシゲルは、ちょうど同じく採取から帰ってきたラグから話を聞いた。
「その顔を見る限りでは、随分といい結果だったみたいだね」
「はい。目的のものも見つけられましたし、他にも色々と採取できました」
「え!? もう見つけたんだ」
もしかしたら初日では見つけられないかもしれないと言われていたシゲルは、ラグの報告に驚きの声を上げた。
いくら精霊であっても、そもそも目的の花なり実なりができていなければ採取することはできない。
さらにその目的物が希少価値が高いとなると、ラグのようにランクが高い精霊であってもすぐに見つけられるわけではない。
そんな事情からすぐには見つからないと言われていたのだが、そもそもそれなりの期間滞在する予定だったシゲルとしても、特に何も言わずに了承していたのだ。
ところが今回のラグの報告で、長くかかるかも知れないという懸念は吹き飛んでしまった。
嬉しそうに頷いているラグを見て、シゲルは感心した声で続けた。
「そうか。とりあえず見つけられたということは、今後は宿屋内で増やせるんだよね?」
「はい。問題ありません。そのために、種の状態であるものを取ってきたのですから」
「そうか、それはよかった。あと、他に色々って?」
「それは口で説明するよりも、直接見ていただいた方がよろしいかと思います」
ラグが言った「直接見る」というのは、一度『精霊の宿屋』に取り込んでから見るという意味だ。
それであれば、今回ラグ(たち)が採取してきたものが、きちんと一覧として確認することができるので便利なのである。
ラグの言葉にそれもそうかと頷いたシゲルは、すぐに『精霊の宿屋』を起動した。
その間にラグは宿屋内に入って、きちんと採取したものを取り込んでおく。
そして、一度『精霊の宿屋』に入ったラグが戻って来た時には、シゲルは採取物一覧を開けるメニューにまでたどり着いていた。
「さて、どれどれ……。――おお。確かに、色々と珍しいものが取れているみたいだね」
画面内に現れたものを見て、シゲルは嬉しそうな表情になって言った。
これまでシゲルがこの世界で長期に滞在していたのは、フィロメナの家があるホルスタット王国と学園都市アークサンドしかない。
それ以外は短期滞在で、精霊たちに多くの採取をしてもらうということが中々なかった。
そのため、精霊たちが採取依頼で取ってこれるものには、偏りが出ていたのだ。
勿論、ランクが上がれば遠くにまで出向いて採取できるのだが、そうすると往復の時間がかかってしまうので、量自体が減ってしまう。
時には質を重視して遠方の採取をお願いすることもあったが、基本的には近場で多くの量を取って来るように指示を出していたのである。
結果として、似たり寄ったりの素材が多く集まるという状況になっていたのだ。
それが、今回の採取では、ホルスタット王国やアークランド周辺では取れない(取りにくい)けれど、この辺りではそれなりの量を採れるものが採取で来ていたのだ。
「これは、野草・薬草系だけじゃなく、他の物も期待できるかな?」
「恐らく大丈夫だと思います」
ラグは木属性ということもあって、いわゆる植物系のものを多く見つけて来る傾向がある。
そのため今回の採取では、植物系でこれまで取りにくかった素材が多く採取できていた。
となれば、翌日以降は他の精霊に採取をさせれば、その内容も期待できるはずである。
ちなみに、この日はラグだけを採取に向かわせていたわけではなく、スイも同じ作業をさせていた。
ラグに遅れて一時間ほどで戻ってきたスイの採取結果を見たシゲルは、予想通りのことになっていたことが分かって機嫌よく『精霊の宿屋』の確認作業を行うことになるのであった。
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