(27)終息
アマテラス号へ戻ったシゲルは、さほど時間を置かずして複数の精霊から報告を受けることになった。
正確には、ラグとリグが各国に派遣していた精霊からの報告だ。
といっても基本的に、順調に捕縛なり討伐を終えたという報告を受け取っているだけだ。
事前の準備をしっかりと済ませているので、よほどのことがない限りは失敗するはずもない。
強制契約という通常ではない方法で精霊と契約を行っている相手なので、予想外の強者がいる可能性も考えられていた。
そして実際、そうした者も中にはいたようだが、結局は各国の騎士団の数の暴力に抑え込まれることとなったようだ。
ただし、捕縛が終えたからといってこれで終わりというわけではない。
学園でもそうだが、もっと多くの情報を得るために、これからさらに情報収集が行われることになっているのだ。
「――――とまあ、こんなところかな?」
順調に進んでいるとシゲルが報告をすると、アマテラス号の艦橋に集まっていたフィロメナたちが一様に頷いていた。
各国と歩調を合わせつつ、情報を提供してきたので、作戦の失敗はほとんど考えていなかった。
それでも、いざ本番になると何が起こるかわからないので、マリーナたちは冒険者活動をすることなく、アマテラス号に待機していたのだ。
何度か頷いていたラウラが、シゲルを見ながら言った。
「これで、一応ひと段落というところでしょうか」
「そういうことだね。あ、あとは、魔族側だけれど……報告はまだかな?」
魔族側は、シゲルたちはほぼノータッチで大精霊に任せている。
ラグとリグの配下の精霊も送っていないので、報告自体は火か地の大精霊のいずれかから報告が来るはずだ。
グラノームだけではなく直接イグニスが関わっているのは、魔道具による精霊の捕縛がイグニスの住処であるポルポト山で大々的に行われていたからだ。
グラノーム経由でそれを知ったイグニスが、激怒をして自ら指揮を執ることになったのである。
以前、シゲルたちがポルポト山に訪れた時に出会った魔族たちは、どうやら組織に関わっている末端の者たちだったらしい。
それを知ったシゲルたちは、一度驚いてから苦笑をしていた。
まさか、こんなことで関わり合いになるとは考えてもいなかったのである。
シゲルがラウラに向かって報告をするのとほぼ同時に、アマテラス号の艦橋に一体の精霊が入ってきた。
その精霊は、ラグたちに従っている精霊ではなかったが、シゲルはすぐにイグニスの配下の精霊だと気が付いた。
以前も報告のために来たことがあることを覚えていたのだ。
「やあ。いらっしゃい。報告に?」
「はい。念話で精霊を介して伝えるよりも直接話をした方がいいと、彼の精霊様が私を遣わしました」
「そう」
シゲルは、精霊に向かって短くそう答えてから一度だけ頷いた。
そのシゲルの様子を見て、報告に来た精霊はイグニスからの言葉を伝え始めた。
その内容は、要約すると「順調に行っている」ということであった。
「――うん。順調みたいだね。イグニスには、前に決めたとおりに好きにしていいからと伝えておいて」
「畏まりました」
シゲルの言葉に、伝令役の精霊は一度だけ深々と頭を下げて艦橋から出て行った。
それらの様子を見ていたフィロメナが、ここでようやくシゲルを見ながら口を開いた。
今来ていた精霊は火の大精霊の使いであり、ランク的に見てもラグたちと同じ特級精霊に当たる。
自分たちが口を挟んで機嫌を悪くされるよりは、シゲルに会話を任せてしまったほうがいいと考えているのだ。
「きわめて順調のようだな」
「そうだね。――何か忘れていることとか、ないかな?」
シゲルが周囲を見回しながらそう確認をすると、フィロメナを含めた女性陣は何もないというように首を左右に振った。
そもそも、組織に対する壊滅作戦は始まったばかりで、尋問なりでより詳しく調べが始まるのはこれからなのだ。
最終的な決着がつくのは、もう少し先のことになるだろう。
組織に対する攻撃はまだ始まったばかりである。
事前の情報収集だけでは集めきれないことがあり得ることは、各国の指揮官たちはよくわかっている。
だからこそ、今回の件が本当に終わりになったと言えるのは、まだ時間がかかるということは関係者のだれもが理解しているのである。
勿論シゲルたちもそうなので、今この場ではこれが最善の結果だということはよくわかっているのであった。
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組織構成員に対する捕縛作戦が終わってから半月ほどが経ったある日。
シゲルは、ヤコミナ研究室で予想外の人物と対面していた。
「全く。あれほど手こずっていた相手を、随分とあっさりと片づけてしまったわね」
「はあ……」
若干呆れた表情でそんなことを言ってきた相手――ミナに、シゲルはそう返すことしかできなかった。
ミナにとっては、例の組織は打倒を願ってずっと追って来た相手だった。
それでも尻尾をなかなか掴ませず、各地に点在しているため一気に潰すということもできずに、手をこまねいていたのだ。
それが、シゲル(とその仲間)が動いただけで、あっという間に倒してしまったのだ。
自分のこれまでの苦労はなんだったと、ミナがそう考えるのも無理はないだろう。
そうしたことをちょっとした愚痴と共に聞されたシゲルは、ようやくミナの呆れの原因を理解できた。
もっとも、ここで自分が何かを言えば嫌味になりかねないので、ただ黙って話に付き合っていたのだが。
「――まあ、いいわ。とりあえず、目標だった組織の壊滅は達成できたわけだし」
「それなら、いいのですが」
「シゲル。私は別に自分の手で組織を潰したいと考えていたわけではないわ。結果的に組織が潰れてくれればそれでいいのよ」
にこやかな表情でそう言ってきたミナに、シゲルは曖昧に頷き返した。
その後、ミナが語ったところによると、各国での組織の掃討作戦はかなり順調に行っていて、壊滅といっていいところまで追い込んでいるそうだ。
尋問による追撃も進んでいて、今度こそ根絶やしにできそうだというのが、ミナの握っている情報だった。
ただし、魔族の領域に関しての情報はミナは持っていなかった。
その情報は、各国の国王クラスにしか与えていないものなので、ミナが高い地位にいたとしても知らなくても無理はない。
もっとも、大精霊が直接動いている以上、よほどのことがない限りは漏れが出ることはないだろうと、シゲルは確信しているのだが。
自分の言葉に微妙な表情をしているシゲルに、ミナは少し真面目な表情になって続けた。
「残念ながら、これで精霊に対する強制契約が完全に無くなるというわけではないでしょうけれどね」
「それは……そうでしょうね」
ミナの言葉に、シゲルも渋い顔になりながら頷いた。
精霊使いにとっては、精霊の強制契約は手を出してはいけないと分かっていてもついつい手を伸ばしたくなる甘美な果物のようなものである。
契約という本来あるべき面倒な手続きを省いて、強力な精霊を従えることができるという可能性は、精霊使いにとってはそれほど魅力があることなのだ。
ミナがわざわざシゲルの元に来たのは、愚痴を言うためだけではない。
むしろ、どういう結果になったのかということを報告に来たのがメインなのだ。
それは、ミナがシゲルのいる研究室の卒業生だったということと、もともと組織を追っていたという立場から、報告者として選ばれたのである。
その上で、多少の愚痴をこぼしていただけだ。
とにかく、これで組織に対する各国の動きもほぼ終息することになるだろう。
あとは、細かい処理は残っているが、それはこれまで以上に時間がかかることなので、これで一先ず一区切りということになる。
だからこそのミナの報告であり、シゲルもそれを了承して、今回の件は終わりを迎えることとなるのであった。
これにて長かった組織の話は終わりです。
次からは、学園を離れて『精霊の宿屋』の話に戻りましょうか。
……といいつつ、まだ決まっていませんのでどうなるかは作者にもわかりませんが。
次の投稿は遅くなるかも知れません。
よろしくお願いいたします。
m(__)m




