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(3)フィロメナ

※本日二話目。

 フィロメナが夕食として出してきたのは、パンと塩だけで味付けをした野菜のスープだった。

 ごく当たり前の顔でフィロメナが持ってきたので、シゲルはなにも言わずにそれを口にした。

 この世界での食事のレベルが分からないし、そもそも野宿する必要がなくなっただけで、不満などあるはずもない。

 そんなことでいちいち文句を言うほど、シゲルは子供ではないのだ。

 ちなみにシゲルは、食事の用意を手伝おうと申し出たのだが、それはフィロメナにやんわりと断られた。

 新しく用意するのではなく、作って置いたものを温めるだけだからというのもある。

 仕方ないので、シゲルはそれ以上の無理を言うのを止めて、籠の中に入れてあった山菜の下処理をしていた。

 途中からはフィロメナが興味深そうにシゲルの作業を見ていた。

 

 

「――え? 勇者?」

「うむ。そういうことになっている」

 誇らしそうな顔で頷いたフィロメナを見て、シゲルは内心で、そういうことってあるのかなどと考えていた。

 食事の話題として、シゲルがオークを倒したときのフィロメナの強さについて話をした時に、フィロメナが自分は勇者だとあっさり言ってきたのだ。

「そういうことって……えーと、もしかしてこの世界では、勇者って珍しくない?」

「いや、そんなことはないな。少なくとも私は、自分以外に知らない」

 そう言ってきたフィロメナに、シゲルはそうですかとしか返せなかった。

 

 シゲルは、フィロメナほどの美人が勇者だという事にも驚いたが、それ以外に、誇らしげな表情の中に少しだけ寂しそうな表情があることに気付いていた。

 それは、こんな森の中に一人で住んでいるという状況を考えれば、何となく理由は察することができる。

 さてどうするべきかと考えたシゲルは、そのことには触れずに、別のことを聞くことにした。

「もしかして、勇者がいるってことは、魔王も?」

「ああ、いるぞ。というよりも、魔王を倒した者が勇者と呼ばれるようになるからな」

「ああ、そういうことか」

 そう言って頷いたシゲルを、フィロメナは興味深そうな顔になって見た。

「随分と冷静に見えるが、驚いていないのか?」

「いや、驚いているけれどね。どちらかといえば、今のところは感謝の気持ちのほうが強いかな?」

 もしフィロメナと出会っていなければ、間違いなく今頃は途方に暮れた状態で、森の中を彷徨って野宿を敢行していた可能性が高い。

 魔物が出る世界であることを考えれば、命の恩人といっても過言ではないのだ。

 今更勇者という属性が加わったところで、シゲルの中でのフィロメナの評価が変わるわけではない。

 

 それよりも、シゲルには別に気になることがあった。

「魔王は、ほかにもいるのかな?」

「いや、一度討伐してしまえば、百年は出てこないはずだ。今までの例からいっても、魔王が出てくるのは百年に一度くらいの割合らしいからな」

「そう。それは良かった」

 フィロメナの答えに、シゲルは心底から安心したように頷いた。

 物語の定番である異世界転移者が、魔王を討伐する義務を負うなんて自体が避けられただけでも僥倖である。

 討伐するにせよ、逃げ回るにせよ、付随してくる面倒を振り払うことを考えれば、魔王なんていないことにこしたことはない。

 

 何度が首を上下に振っているシゲルを見て、なぜだかフィロメナが笑みを浮かべていた。

 それに気付いたシゲルが、首を傾げた。

「何?」

「あっ!? い、いや、なんでもない」

 慌てた様子でフィロメナがそう言いながら首を左右に振った。

 

 どう見てもなんでもないとは思えない様子だったが、問い詰めても答えてくれなさそうだったので、シゲルは別のことを言うことにした。

「そう? それならいいけれど……うーん。やっぱりフィロメナはそうやって笑っているときのほうが良いかな? 普段もキリッとしていて良いけれど」

 何気なくシゲルがそう言うと、フィロメナは先ほどと同じように顔を赤くした。

「なっ!? お前はまた、そういうことを……! シゲル、実は女の扱いに手慣れているのか?」

「い、いや、そんなことはないんだけれど?」

 糾弾するようにびしりと指を指してきたフィロメナに、シゲルは言い訳するように言った。


 そもそもフィロメナに会う前のシゲルは、女性に対してこんなことを言えるような性格ではなかった。

 それがなぜか、今はそういった言葉がするりと出てくる。

 フィロメナに睨まれながら必死に理由を考えていたシゲルは、何となく思い当たることがあって、それを口にした。

「もしかしたら、異世界という珍しい場所に来て、変に開放的になっているのかもしれない……かな?」

 観光地などに旅行に行って、気持ちが変わって、普段言えないようなことを言えてしまうようなことがある。

 いまのシゲルは、そんな気分になっているのではないかということだ。

 

 そのシゲルの言い訳に、フィロメナはしばらくジト目で見ていたがやがてため息をついた。

「まあ、そういうことにしておいてやろうか。シゲルの女の扱いについては、しばらく保留としておく」

「ええ~?」

 不満げな声を上げたシゲルは、フィロメナからじろりと睨まれて、口を閉じることしかできなかった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 夕食の片づけを終えて、自室のベッドに寝転がったフィロメナは、シゲルと会ってからのことを考えていた。

 フィロメナのシゲルに対する第一印象は、「なんだ、この馬鹿者は!」だった。

 それはそうだろう。

 (のちに違うと判明するのだが)転移魔法でいきなり姿を見せたかと思えば、少なくても見える範囲では丸腰で、とても魔の森に来るような姿ではない。

 しかも、すぐ傍にオークが迫っているにもかかわらず、自分にだけ注目をしていて、まったく気づいている様子もなかった。

 慌ててオークを討伐してみれば、座り込んだ姿勢のままでただ呆然としていた。

 後から考えれば十分に理解できることだったが、魔物が出る世界の住人としては、最初からあり得ない状態だった。

 だからこそ、フィロメナはすぐにシゲルが渡り人だということが分かったのである。

 

 最初はシゲルも渡り人であることを隠そうとしていたようだったが、すぐに告白してきた。

 嘘を見抜く魔法を使っていたとはいえ、上手く誤魔化す方法はあったはずだ。

 もっとも、いまとなっては魔法すら知らない世界から来ていることが分かっているので、シゲルはそんな魔法を使っていたことすら気付いていなかったのだが。

 とにかく、シゲルが渡り人だとわかってからは、フィロメナもすぐに決断した。

 何しろ、このまま放置してしまえば、間違いなくその日のうちに魔物にやられてしまうことは目に見えていた。

 渡り人であるシゲルから得られる情報は、フィロメナにとっても興味深いものがある。

 そう考えたフィロメナは、すぐに自宅に招くことを考えた。

 少なくとも最初のうちは、フィロメナがシゲルを自宅に招いたのは、打算からだったのである。

 

(それにしても……シゲルの対応は予想外の連続だったな)


 そう考えたフィロメナは、クスリと笑みを浮かべた。

 自分が勇者であることを話したときもそうだ。

 フィロメナが仲間と共に魔王を討伐してから、いや、その前からフィロメナは有象無象の者達から様々な誘いを受けてきた。

 フィロメナの剣を振るう技術、あるいは魔法の技術、どれをとっても対外的に大きな力になる。

 それがわかっているからこそ、様々な下心を持った状態で、フィロメナに近付いてくるのが常だった。

 それは別に、男性に限らず、女性も同じだ。

 幼少の時から突き抜けた実力を持っていたフィロメナにとっては、シゲルのようにごく普通の対応をしてきた者は、仲間を除けば初めてのことだった。

 だからこそ、シゲルを自宅に招いたあとも、気持ちよく話をすることができた。

 

 そもそも最初のうちは、自分が勇者と呼ばれていることは話すつもりはなかった。

 彼の人柄に触れて、渡り人であることまで話してくれたシゲルに、自然と話をしていたのだ。

 一応、他の者達と同じような対応をしてくる覚悟をしていたのだが、シゲルはいい意味で見事に裏切ってくれた。

 それが、シゲルが渡り人だからなのか、もともとそういう性格だからなのかは、フィロメナにはわからない。

 ただ、フィロメナにとっては、シゲルが好ましい存在であるのは間違いなかった。

 少なくとも、シゲルが路頭に迷わず生活をしていけるだけの術を身に着けるまでは、面倒を見ようと思わせるくらいには。

 

 そんなことをつらつらと考えていたフィロメナだったが、いつの間にか眠りに落ちていた。

 いくら魔法的に施錠されているとはいえ、半日前までは会う事すらなかった異性がすぐ傍の部屋にいるというのに、その日のフィロメナはとても穏やかに寝ることができたのであった。

次話更新は、明日の8時になります。

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