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(11)不思議な感覚

 アークサンド学園では、それぞれの訓練や研究を促進するという目的で、訓練場は他者の見学ができるようにすべてオープンになっている。

 そのため、他の学生が訓練の様子を見るということはごく普通に行われている。

 だからこそ、フィロメナがアーダムの訓練の様子を見るという手段を取ることができているのだ。

 といっても訓練する側も見られていることは分かっているので、奥の手になるようなことは隠して訓練を行うこともある。

 こうした理由からアーダムが亀の精霊を使って訓練をするかどうかは、当人の気分次第ということになってしまう。

 そこをクリアしなければそもそもの目的が達成できないので、フィロメナも幾分かは緊張しながらその時を待っていた。

 といっても、そんな様子は欠片も表に見せないようにはしていたのだが。

 

 見学に来ているフィロメナとテクラを意識しているのかは分からないが、アーダムは特にそちらに注目することなく訓練を続けていた。

 アーダムは、最初から精霊を召喚して訓練を行っていた。

 ただし、召喚している精霊はフィロメナが目的にしている亀の精霊ではなく、別の精霊だった。

「模擬戦でもそうだったが、二体の同時召喚はできないということか?」

 そう言ったフィロメナを見て、テクラは頷きを返した。

「そのようですわ」

 フィロメナは敢えて誰だとは限定していなかったが、すぐにテクラには通じたようだった。

 

 フィロメナとテクラがアーダムの戦い方を分析している間も、アーダムの訓練は続けられていた。

 ただし、亀の精霊はこれまで一度も召喚されてはいない。

 このままだと目的が果たせないと考えたフィロメナは、わざと挑発するようなことを言ってみた。

「模擬戦のときには少しは期待できるかと思ったが、これだとなんの意味もないな」

「意味がない?」

「ああ。今のアーダムであれば、テクラは倒すことができるだろう?」

 ごく当たり前の表情でそう聞いてきたフィロメナに、テクラは一瞬だけ虚を突かれたような表情になってから、少しだけ笑みを浮かべた。

「簡単ではないでしょうが、出来るでしょうね」

 フィロメナから一定以上の評価を得ていると分かったテクラの表情は明るいままだ。

 

 実際、自分が今言ったことは紛れもない事実だとフィロメナは認識している。

 アーダムが亀の精霊を召喚するまでは、テクラが押していた。

 例え魔道具を使っていたとしても、その事実は変わらないというのがフィロメナの考えだ。

 だからこそアーダムは、後半になって亀の精霊を召喚し直したのだ。

 

 わざと訓練場の中に聞こえるように言ったセリフは、その目論見通りに中まで聞こえたようで、フィロメナたちの傍にいた生徒が何やら訓練中のアーダムのところへと走って行った。

 そして、その生徒がアーダムは近寄って何やら耳打ちをすると、フィロメナとテクラの方へと視線を向けてきた。

 ミラン研究室が使っている訓練場は割と広めの場所を使っているため表情ははっきりとは見えなかったが、それでもアーダムが何を考えているかはすぐにわかった。

 何故ならその直後の訓練では、精霊の召喚をし直して亀の精霊を使い始めたのだ。

 とても分かり易い性格をしているアーダムに、フィロメナは内心でほくそ笑んでいた。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 アーダムが亀の精霊を使っていることが分かった際には、フィロメナの傍につけていた精霊が連絡することになっていた。

 ラグ経由でその報告を受け取ったシゲルは、すぐさまアーダムがいる訓練場へと向かう。

 幸いにしてシゲルが訓練場に到着するまでアーダムの訓練は続いており、さらに亀の精霊も召喚したままだった。

 

 いきなりシゲルが姿を見せたことにテクラが訝し気な視線を向けたが、フィロメナはそれを気にすることなくシゲルへと確認する視線を向けた。

「…………よく、わからないな」

 そう言ったシゲルの返答に、フィロメナは首を傾げた。

 亀の精霊がグラノームであるかどうかを確認するだけなので答えはイエスかノーの二つしかないはずなのだが、シゲルの答えはその予想を外してきた。

「どういうことだ?」

「例の精霊の気配は確かに感じるけれど、あの精霊がそのものであるとは断言できないというか……」

 フィロメナに答えているシゲルも、自分が亀の精霊から感じて取っている気配に戸惑いを感じていた。

 

 亀の精霊を見た時の第一印象だけであれば、その精霊はグラノームではないと答えただろう。

 だが、注意深く見ればその精霊から感じる気配が単純な精霊ではないということが分かった。

 もっと具体的に言えば、亀の精霊から感じる気配に別のものが混じっているように感じ取れる。

 その別のものの気配は余りにも薄いために、シゲルでもそれがグラノームであるかどうかは断言できない。

 人で例えるなら、探している者の残り香が残っている状態で、別の者と相対しているようなものだ。

 

 シゲルのその説明に、フィロメナは再度小さく首を傾げた。

「残り香でしかないのなら、別の精霊ではないのか?」

「それが匂いだったらそうなんだろうけれど、気配が残っているってどういうことなのか、よくわからないんだよね」

 少なくともシゲルはそんな状態になっている精霊を見るのは初めてなので、断言することはできないというわけだ。

 

 困惑しながら亀の精霊を見ていたシゲルは、ここで視線をラグに向けた。

 今のラグは特級精霊だとはばれないように、小さな姿になっている。

 自分では分からないことであっても、特級精霊であるラグには別のものが見えたりするのではないかと考えたのだ。

 シゲルから視線を向けられたラグは、何やら厳しい表情になって亀の精霊に注目していた。

「――――ラグ?」

 その様子に疑問を覚えたシゲルは、そっとラグの名前を呼んだ。

 するとラグは、固い表情にままシゲルに言った。

「もう少し近づけば、シゲル様にもわかると思います」

 ラグのその答えを聞いて、シゲルは思わずフィロメナを見た。

 

 シゲルを第一に考えているラグが、こうして曖昧な答えを返してくることは極めて珍しい。

 逆にいえば、ラグが答えを言うよりもシゲルが直接確認した方がいいと判断したということになる。

 さらに、その表情を見れば、あまり良くないことが起こっているということも理解できる。

 ただし、シゲルがアーダムに近付けば面倒が発生する確率はさらに高くなる。

 そのため、シゲルは一度フィロメナに確認を取ったのだ。

 

 そして、シゲルとラグの様子をしっかりと見ていたフィロメナは、すぐに頷き返していた。

「ラグの様子を見る限り、変に気を使うような事態ではないのだろう?」

 フィロメナのその言葉に、シゲルは頷きを返しつつ面倒を受ける覚悟を決めたような表情になるのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 今までシゲルたちは、アーダムを刺激しないように割と離れた場所から確認を行っていた。

 ミラン研究室が使っている訓練場は四方の全てが通路で囲まれているので、シゲルたちがアーダムに近付くのは比較的簡単だった。

 ただし、最初に気を使っていたことが正しいと証明するように、シゲルたちが近づくにつれてアーダムたちにも変化が見られた。

 具体的には、これまで気にすることなく行っていた訓練を止めて、シゲルたちに注目するように集まっていた。

 

 そのことにはきちんと気づいていたシゲルだったが、亀の精霊に近付くにつれて、そんなことを気にするような余裕はなくなっていた。

 何故ラグが先ほどのような態度を取ったのか、その理由を理解できたのだ。

 そして同時に、これから起こるであることを想像して、頭が痛くなる思いでアーダムのところへと近づいていくのであった。

この話は、何故か非常に難産でした><


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