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(6)奥の手

 フィロメナがテクラとアーダムに気を取られている間に、模擬戦が始まった。

 その模擬戦を見ていたフィロメナは、戦いそのものよりも別の意味で驚いていた。

 フィロメナのすぐ傍で見ている研究室仲間が、使われている魔道具に注目して議論しているのはまだわかる。

 そもそも、彼(彼女)らはそれが目的で来ているのだから。

 時折フィロメナもその話に混じったりして、思っていた以上に有意義な議論ができていた。

 それだけではなく、フィロメナが驚いていたのは、同じような光景がそこかしこで見られたということだ。

 勿論、中には戦闘そのものに熱中している者たちもいる。

 ただ、フィロメナが見た感じでは、その数は観客の半分にも満たないもので残りは何らかの議論が行われているように思えたのだ。

 

 思った以上に真面目な場だったと感心していたフィロメナだが、戦闘そのものにはあまり注目していなかった。

 アークサンド学園のレベルが高いのは確かで、学生レベルと考えれば行われている戦いは最高峰といってもいいものだろう。

 とはいえ、やはり実際の命のやり取りでギリギリのところを何度も潜り抜けてきたフィロメナからすれば、あまり参考になるようなことはない。

 中には磨けば光るかも知れないという攻撃を繰り出す生徒もいるにはいたが、だからといってそれをどうこう言うつもりはなかった。

 それをするのは教師の役目であり、自分が口を出すようなことではないと考えているのだ。

 

 戦闘そのものはほとんど冷めた目で見ていたフィロメナに、周囲の研究室仲間がなにかを言ってくることはなかった。

 勇者であるフィロメナにとっては、目の前で行われている戦いが大したものではないと考えているのだろうと思っているためだ。

 それに、彼(彼女)らにとっては戦闘そのものよりも、使われている魔道具のほうが関心が高い。

 そのため、話の中心が魔道具になるのは、当然のことなのであった。

 

 

 それぞれの考えで見守られる中、模擬戦は特に大きな怪我人を出すこともなく順調に進んで行った。

 残すところは、最後の大将戦だけとなっている。

 これまでの結果は二勝二敗で、お互いにトップだと自負を持っている研究室としての面目を保つことができている。

 この結果に、お互いの勝ち星をやり取りでもしているのではないかと皮肉る者もいたが、それはフィロメナが否定しておいた。

 少なくともフィロメナが見た限りでは、それらしき動きをしているところは確認できなかった。

 もっとも、戦闘の初めから終わりまで事細かく打ち合わせをしているようなことがあれば、流石のフィロメナも見抜けない可能性もある。

 ただ、これまで行われた戦闘を見ている限りでは、そこまでの事前打ち合わせは無理だろうという判断をしたのである。

 

 そんなことを話している間に両者の準備が整ったのか、それぞれの研究室の大将が出てきた。

 フィロメナから見て右側にテクラがいて、左側にはアーダムがいる。

 両陣営の大将が出て来ると、先ほどまでの会場の喧騒が嘘のように静まり返った。

 大将ということで、皆の注目が集まっているのだ。

 

 観衆の注目が集まる中、テクラとアーダムは特に気負った様子もなく、ごく自然体で相対している。

 それを見ていたフィロメナは、内心で多少感心していた。

 これまでの選手は、多くの注目を集めているということで、少なからず気負いらしきものが見えていた。

 この状態であれば、万全の状態で戦うことができるはずである。

 

 フィロメナがそんなことを考えていると、ついに注目の大将戦が始まった。

 テクラは純粋な魔法使いで、アーダムは基本が精霊使いでたまに魔法を使う戦闘方法である。

 両方とも魔法(精霊)を使うということで、直撃すれば大きな怪我を負うこともあり得るのだが、きちんと基礎を修めていればそこまで大きなダメージを負うことはない。

 簡易結界のようなものを張っているということもあるのだが、お互いの魔力がぶつかり合うことによって、威力が軽減されているということもある。

 

 とにかく、魔法の派手な打ち合いは、会場に来ている観衆たちを大いに満足させるものだった。

 そんな中、フィロメナの周囲ではさっそくとばかりに目の前で行われている戦闘の分析が始まっている。

「――今のところ魔道具は使われていない?」

「……俺にはそう見えるが――」

「いや、そんなことはないぞ」

 魔道具が使われているかどうかの話が出てきたところで、フィロメナが途中で割って入った。

 

 そのフィロメナの言葉に、研究室仲間の視線が集まった。

「確かに攻撃魔法を使うような道具は使われていないが、魔力を増幅したり流れをスムーズにしたりするような道具は最初から使われている。……見た目には分かりづらいだろうが」

 フィロメナはそう言いながらスッと目を細めた。

 高位の魔法使いになればなるほど、魔法として発現する現象そのものだけではなく、魔力の操作そのものが重要になって来る。

 フィロメナでさえ、重要な戦いのときにはきちんとそうした魔道具を用意するほどだ。

 勿論、道具が用意できない場合は、自前の力で戦うことになるのだが。

 ちなみに、魔族や魔王と戦ったときにはそれらの魔道具は使えなかった。

 理由は単純で、使っていたとしてもすぐに見つかって壊されてしまうからである。

 

 それらの説明に周囲が感心する中、フィロメナはさらに続けて言った。

「最終的には地力の差がものを言うことになるのには違いがないのだが……おっと。ついに奥の手を出してきたか?」

 そう言ったフィロメナの視線の先では、これまで自分の力だけで戦っていたアーダムが、一体の精霊を召喚した。

 シゲルと一緒にいると誤解しそうになるが、常時精霊を召喚している精霊使いは珍しい部類である。

 特に重要な戦いの時には、必要に応じて召喚するのが基本なのだ。

 

 アーダムもその基本から外れないタイプだったようで、召喚するなりその精霊の持つ力をすぐさまテクラへとぶつけていた。

 ……のだが――、

「ほう、なるほどな。パーティ候補に挙がっていたのは伊達ではないということか」

 しっかりと精霊の攻撃を防ぎ切ったテクラを見て、フィロメナはこの模擬戦で初めて戦闘そのもので感心した声を上げた。

 いまのアーダムの攻撃は、相対している者にとっては不意打ちに近い形だった。

 それを全くダメージを受けずにさばき切れるというのは、やはり戦闘センスが高くないとできないことなのだ。

 

 不意打ち気味のアーダムの攻撃は結局効かず、そのまま戦闘は続いている。

 フィロメナが言った「奥の手」が通じなかったアーダムも、特に気にした様子はない。

 実際、テクラとアーダムはこうして何度か模擬戦で戦う機会があり、不意打ちの攻撃を防ぐのは予想の範囲内だったのだ。

 それでも、不意打ちを防いだテクラに分があるように、フィロメナには見えていた。

 このまま魔法の打ち合いを続けていたとしても、テクラが押し切るとフィロメナは予想していた。

 

 そのフィロメナの予想を外すためには、アーダムは今の精霊に代わる別の攻撃手段を持たなければならない。

 もしそんなものがあれば今度こそ本当に奥の手になるだろうなと考えていたフィロメナの目の前で、この戦闘で何度目かになる状況の変化が訪れた。

 その変化を起こしたのは、フィロメナが苦しいと予想していたアーダムであった。

 そして、その変化を目の前で見たフィロメナは、一瞬驚きで立ち上がりそうになってしまった。

 

 アーダムは、一体目の精霊に続いて、二体目の精霊を召喚したのである。

 別にそのこと自体はフィロメナが驚くようなことではなかったのだが、問題はその召喚した精霊の姿だ。

 そう。その精霊は、まさしく亀の姿をしていたのであった。

立ち上がりそう――は少し大げさかなと思いつつ……。

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