(9)シゲルの秘密
顔を赤くしたままシゲルとチロチロと確認しているフィロメナを放置して、ミカエラがシゲルを見て聞いて来た。
「ところで、さっきから気になっていたんだけれど、それって精霊よね?」
わざわざ隠すこともしていなかったので、ちょうど今護衛についているシロは、先ほどからシゲルたちが席についているテーブルの周りをうろちょろとしていた。
来るのがフィロメナの友人だと聞いていたので、隠れているようには言っていなかったのだ。
「ああ。うん、そうだね」
「フィーは、そっち方面はあまり得意じゃなかったはずだけれど、やっぱりあなたの精霊?」
ミカエラはエルフで、やはり気になるのか、シロに視線を向けていた。
「まあ、そういうことになるかな?」
そういうこともなにも、間違いなくそうなのだが、嫌な予感がしたシゲルは敢えて曖昧な言い方をした。
ミカエラのシロに向けている視線が、獲物を狙っているハンターのように見えたのだ。
そのシゲルの嫌な予感は見事に的中して、胸の前で手を組んだミカエラは、目を輝かせながら言った。
「まあ! ものはご相談なのですが、ぜひ私に譲ってもらえませんか?」
「え~」
今まで使っていなかった敬語を使い、胡散臭い顔で笑顔を見せながらそう言ってきたミカエラに、シゲルはジト目を向けた。
そして、シゲルが何か言い返そうとするよりも早く、なんとか復活したらしいフィロメナが動いた。
「痛っ……!? フィー、何するのよ!?」
フィロメナの握った拳が、ミカエラの頭にしっかりとさく裂したのだ。
「何を、ではないだろう? 他人のものを横取りするのは邪道だと、昔からさんざん言っていたのはそなたではないか?」
「横取りじゃなくて、お願い! きちんとシゲルの許可が取れれば……って、わかったから、もう殴るの禁止!」
わざと目の前でもう一度拳を作って見せたフィロメナを見て、ミカエラは慌てて頭の上に両腕を持ってきてガードしていた。
その二人のじゃれ合いの様子を楽しそうな顔で見ていたマリーナが、シゲルを見て来た。
「それにしても、私たちはシゲルのことを初めて知ったのですが、どうやって知り合ったのですか? フィーが隠していた理由は、理解できるのですが」
「うっ……!」
揶揄うような視線を向けたマリーナの視線を受けて、フィロメナはついと視線をずらした。
わずかに頬が赤くなっているのが見て取れる。
マリーナの問いに、シゲルはどう答えたものかと少しだけ悩んだ。
出会いのことを話すとなると、シゲルが渡り人であることまで話さないといけなくなる。
どう見てもフィロメナと長い付き合いであろうミカエラとマリーナには、遠い親戚とか昔の知り合いといっても通じないだろう。
そう考えたシゲルは、チラリとフィロメナを見た。
その視線を受けたフィロメナは、一度だけ頷いた。
「まあ、このふたりであれば、言っても大丈夫だろう。というよりも、言っておいた方が、今後いろいろと楽になるはずだ」
「なるほどね」
フィロメナの言葉に頷いたシゲルは、隠すことなく自分のことを話すことにした。
シゲルの話を聞き終えたミカエラとマリーナは、納得した顔になって頷いていた。
「なるほどねー。道理でフィーも慎重に扱うわけだ」
「そうね。まあ、途中からは完全に目的が変わっていたのでしょうけれどね」
「……ううっ。もう、そろそろ、止めにしてもらえないか?」
相変わらず揶揄われることに慣れていないフィロメナが、ようやくといった感じで友人二人に拒絶の意思を示した。
この様子だと、またほとぼりが冷めたころに同じことが繰り返されることになるだろうが、それでも第一歩である。
まだまだ先は長そうだけれど、とシゲルは内心で苦笑しながらフィロメナを見ていた。
笑いながらフィロメナを見ていたミカエラは、一度シロを見てからシゲルに視線を向けて来た。
「ふたりの出会いはわかったけれど、精霊については聞いていないわよ? どうやってこの世界に来てからこの短期間で契約できたのよ?」
「あ、契約しているって分かるんだ」
シゲルがそう感心すると、ミカエラはわずかに胸を張るようにしながら頷いた。
「まあね。……って、そうじゃなくて、契約した方法!」
「うーん。それはまあ、企業秘密ってことで」
シゲルは、別に隠す必要はないとも考えていたが、今後のことを考えて下手に広める必要もないかと判断した。
ミカエラやマリーナが不用意に秘密を話すことはないと思っているが、知っている者が少ないほうがいいのは間違いない。
そんなわけで、渡り人であることは話したが、『精霊の宿屋』については詳しく話すのはフィロメナだけという線引きをすることにしたのだ。
シゲルの答えを聞いて、ミカエラは残念そうな顔をしていたが、すぐに頷いた。
「まあ、それもそうか。手札を隠すのは当然だものね」
「それもあるが、別の理由もあるぞ? まあ、シゲルは気付いていないみたいだが」
シゲルに代わってフィロメナがそう言うと、ミカエラはどういう事、という視線を向けた。
「シゲルの精霊との契約方法は、特殊すぎるやり方だからな。まず他の者が同じことをするのは無理だと思う」
シゲルは最初から精霊と契約しようと思っていたわけではなく、『精霊の宿屋』を手に入れたら付随してついて来たのだ。
それを考えれば、フィロメナの言う通り特殊すぎる条件というのは、間違いではない。
フィロメナの説明で納得したのか、ミカエラはそれ以上契約方法について聞いてくることはなかった。
その代わりに、シロについてはいくつか質問された。
シゲルも、どこまで話していいのか悩みつつ、ある程度のことまでは話した。
といっても、この世界にランクやスキルがあるわけではなさそうなので、普段させていることや戦闘時のやりとりなどをお互いに伝え合った。
その結果、流石エルフといえることまで教えてもらえて、シゲルにとっては有益な時間を過ごすことができた。
シゲルとミカエラが何やら白熱した議論を交わしている間、フィロメナとマリーナは少し離れた場所でその様子を見ていた。
「あらあら、フィー、少し寂しそうな顔をしているわよ? 取られるとでも考えているのかしら?」
「ち、違うからな!? そんなことを考えていたわけではない」
小声でありながら悲鳴のような声を上げるという器用な真似をして見せたフィロメナに、マリーナはくすくすと笑って見せた。
「本当にねえ。まさかフィーが、こんな顔をするようになるとは、思ってもみなかったわ」
「うっ……! ど、どうせ似合わないことはわかっている」
そう答えたフィロメナは、少し拗ねたように唇を尖らせた。
それを見て、ますます笑みを深めたマリーナは、首を振りながら言った。
「あら、何を言っているのよ。そんなこと思っていないわ。それに、シゲルだって考えてもいないでしょうね」
「そ、そうなのか?」
「そうよ。ねえ、フィー。あなたは、もう少し自信を持っていいと思うわよ? シゲルの為にも」
長い付き合いのあるマリーナは、フィロメナの過剰なまでの反応は、彼女の自信のなさからくるものだと見抜いていた。
いくら勇者であったとしても、こういった方面にはとことん弱いということが分かっていた。
そのためマリーナは、フィロメナが作っていた分厚い壁を壊すのは誰になるのかと不安に思いながらも見守っていたのだが、シゲルであれば安心して任せられると思っていた。
少なくともシゲルは、フィロメナの力や地位を利用するためだけに近付いて来ていた男たちと同類には見えない。
そう考えると、マリーナにとっても、シゲルは優良物件と言えるかもしれない。
そんなことを考えていたマリーナは、シゲルをジッと見ながらふと呟いた。
「なるほどね。そう考えると、私にとっても煩わしいことが一つ減るのかしら?」
そのマリーナの呟きから、何やら不穏なものを感じたフィロメナは、ギョッとした顔を向けた。
「マリーナ?」
「ふふっ。大丈夫よ、そんな顔をしないで。もし本気になったら、きちんとあなたの許可を取るから」
「それなら、いいが……」
納得できたのかできていないのか、何とも微妙な顔になったフィロメナは、それでも友人であるマリーナに向かって頷いてみせた。
そんな不穏な会話がされているとは知らずに、シゲルはそれに気付かないままミカエラと精霊談義を続けていた。
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お互いのことを話していたら、いつの間にか夕食の準備をする時間になっていた。
いつものようにシゲルが用意をしたのだが、その食事を食べたミカエラとマリーナが驚きの声を上げていた。
そして、なぜだか納得した顔で、シゲルとフィロメナを見ていた。
その際に、マリーナが「やっぱり、本気で……」と呟いていたのだが、幸いにも(?)シゲルとフィロメナの耳には届かなかったのであった。




