(4)模擬戦へのお誘い
グラノームの行方不明(?)が発覚してから数日後、フィロメナは研究室仲間の言葉に首を傾げることになった。
「対抗戦? なんだ、それは?」
「やっぱり知らなかった?」
そう言いながら対抗戦について教えてくれた研究生は、男が多い魔道具職人の中では珍しく女性である。
研究室にフィロメナとも割と早めに仲良くなっていて、今では気さくに話し合う仲になっている。
「簡単にいえば、戦闘系の研究室同士での模擬戦なんだけれど、結構魔道具が使われていたりするから参考になるんだよ」
「なるほど。そういうことか」
女性研究生の言葉に、フィロメナは納得した顔で頷いた。
学園では割と頻繁に、大小問わず研究室同士での模擬戦が行われている。
時には大きな研究室がお互いの威信をかけてぶつかり合ったりするので、見ごたえのある試合が行われることもある。
ただし、そうした大きな研究室同士の模擬戦は珍しく、基本的にはそれぞれの技量を確かめるだけのようなものが多いらしい。
その代わりに、年に一度ほど行われる大研究室同士の模擬戦では、周辺の評価にも関わって来るので本気の戦いが行われることが多い。
そうした大きな模擬戦では魔道具が使われることもあるので、魔道具研究の学生たちにとっても見るべき価値があるのだ。
「――ふむ。なるほどな」
女生徒から詳細の説明を聞いたフィロメナは、少し考えるような表情で頷いた。
「やっぱりフィロメナさんは、戦闘系には興味ないかー」
フィロメナの表情を見て勘違いした女生徒が、そんなことを言ってきた。
勇者であるフィロメナは、戦闘系の魔道具を自ら作るということにはほとんど興味を持っていない。
そもそも道具を使わなくても、自分自身の力だけで戦うことができるので、わざわざ作る必要がないと考えがちなのだ。
それは、フィロメナが所属している研究室内では当たり前のことのように広まっている事実であった。
ただし、その話には一部誤解も含まれている。
何故なら、敵として戦う相手が魔道具を使ってくる可能性もあったので、知識としては知っていたほうが有利に戦えるからである。
そのためフィロメナは、戦闘系の魔道具に関しての知識が全くないというわけではない。
ただ単に、自分で使う必要がないために、わざわざ作る必要性を感じないというだけなのだ。
それよりは、戦闘を補助するためのものや生活を向上させるものに意識が向くのは、ある意味で当然の結果だ。
研究室内で生まれている誤解を解くためにも、フィロメナは女生徒に向かって首を左右に振った。
「いや、別に興味がないというわけではないぞ。作る必要性を感じないというだけで」
「それって、興味ないって言わない?」
キョトンとした表情で言われたフィロメナは、少し間をおいてから答えた。
「……言われてみれば、確かにそうかも知れないな」
魔道具職人が作る必要がないというのは、興味がないと言われても仕方のないことではある。
使う必要がないと作る必要がないという事実には微妙に差があると初めて認識したフィロメナは、否定することを諦めて本来の話題に戻ることにした。
「だが、戦闘で使われている魔道具をまったく知らないというわけにもいかないからな。きちんと知識としては知る必要があると思っているぞ?」
自分で言いながらフィロメナは、言い訳めいた言い方になってしまったと思っていた。
それは相手もそう思ったのか、少しだけ苦笑しながら返してきた。
「まあ、それならそれでいいんだけれど……。とにかく、フィロメナさんは模擬戦に行く?」
「それは、いつ行われるのだ?」
「明日」
短く帰ってきたその答えに、フィロメナは思わずキョトンとした顔になってしまった。
学園祭からさほど期間が経っているわけでもないのに随分と早く行われると思ったのだ。
表情からその考えが分かったのか、女生徒はなんでもないという表情をしながらさらに続けて言った。
「学園祭での戦闘は、どちらかといえば見世物という側面も強いからね。研究室の威信という意味では、こちらのほうが意識が強かったりするんだよ。それに、学園祭では使わなかった道具を使うという意味もあるしね」
「なるほど」
最後に付け加えられた言葉に、フィロメナはそう言いながら何度か頷いた。
道具というのは、使われなくては意味がない。
魔道具によっては使用期限のようなものがある物もあるので、それらを消費してしまうという意味もあるようだ。
ちなみに、魔道具の使用期限は食品の賞味期限とは違って、長いものでは数カ月から年単位での期限のものがほとんどである。
学園祭から間を置かずに模擬戦が行われる理由を理解したフィロメナは、教えてくれた女生徒に言った。
「学園で使われるということは、割と最新式のものもあるのだろう? だったら、見る価値は十分にあるな」
「そう? それだったら一緒に行く?」
そう問われたフィロメナは、一瞬考えた後で頷いた。
「そうだな。よろしく頼む」
フィロメナは、どこで行われるのかも知らないので完全にその女生徒に任せてしまうことにした。
そして女生徒は、最初からそのつもりだったのかフィロメナの言葉にすぐに了承をするのであった。
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「――というわけで、明日はその模擬戦とやらに行ってみることにした」
学園からの帰り道、フィロメナはすぐにシゲルへと報告をした。
ちなみに、女生徒から一緒に行くかと聞かれて答えに一瞬間を空けたのは、シゲルのことを考えたからである。
シゲルは模擬戦には興味を示さないだろうと考えて、すぐに女生徒に一緒に行くと返事をしたのだ。
そのフィロメナの予想に違わず、シゲルは特に興味を示さずにごく普通の表情のまま返事をした。
「ふーん。そんな催しなんかもあるんだ」
「やはりシゲルは興味がなかったか」
「いや、全く興味がないわけじゃないよ。ただ、自分には関りがないかなと思うだけで」
「それは興味がないと言わないか?」
どこかで聞いたようなセリフを返したフィロメナに、シゲルはこれまた似たような反応を返した。
「――確かに。とにかく、明日はちょっと忙しいから自分はいかないかな」
「そうか」
シゲルの答えに、フィロメナは少しだけ安堵した表情を浮かべた。
その表情に、シゲルが疑問の顔になると、フィロメナは苦笑しながらさらに続けて言った。
「実は、既に誘われた女生徒に一緒に行くと答えていてな。シゲルが行くと言ったらどうしようかと考えていたのだ」
女生徒にはその可能性も伝えていたのでと一緒に行く分には全く構わないのだが、シゲルがどういう反応をするのかが分からなかった。
そのためフィロメナは、シゲルが一緒に行くといった場合に、どう誘おうかと多少考えを巡らせていたのだ。
「なるほどね。どちらにしても明日はちょっと忙しいから模擬戦は無理かな」
ちょうど研究の作業が佳境に入っているシゲルは、フィロメナを安心させるためにも敢えてそう言った。
実際に忙しいのは本当のことで、今日も一緒に帰るのは諦めようと悩んでいた。
結局、フィロメナが迎えに来た時がたまたま作業の切れ間だったので、すっぱりと諦めて一緒に帰ることにしたほどだ。
最近シゲルが忙しくしていることはフィロメナも知っていたので、そのことも考慮に入れていた。
それでも、本人からはっきりと言葉に聞いたフィロメナは、改めて安心したような表情になって頷くのであった。
誘われたのはシゲルではなく、フィロメナでした。




