(17)シゲル屋台
シンディーの知り合いである謎の女性――ミナは、結局同じ日にもう一度現れることはなかった。
あの言い方から推察するに、どういうことかと問い詰めても意味がなさそうではあるが、それでも聞いてみたいことはいくつかある。
特にシゲルが気になっているのは、あの言葉を発する直前にラグを見たことだ。
あの視線がラグのことを直接指しているのか、あるいはシゲルの契約精霊を確認したのかなど、あれだけでも意味深だった。
とはいえ、ミナが言ったことを考えればそこをつくだけでも色々と面倒なことになりそうではあるのだが。
とにかく、確認しようにもその当人が姿を見せないので、シゲルとしてはどうしようもないことではあった。
そして、初日にヤコミナ研究室の屋台を終えた次の日は、シゲルの個人屋台を開く日だ。
二日目は初日や最終日とは違って、来るお客もそれなりといった感じになる。
だからこそ、すぐに場所を借りることもできたという側面もある。
シゲルも屋台で大儲けしようとは考えているわけではないので、特に日にちにこだわりがあるわけではないのだ。
研究室の屋台とは違って、シゲルの屋台はフィロメナとシンディーの三人で準備を進めた。
それだけの人数しかいないので、あまりお客が来なくてもいいとシゲルが考えている理由の一つになっている。
「――うん。これで大丈夫かな?」
前日のうちに用意していた料理の準備をきっちりと整えたシゲルは、満足げな表情で頷いた。
「そうだな。準備はばっちりだ」
シゲルの言葉に、フィロメナも同じような顔で頷いている。
その二人に、シンディーが少し不安そうな顔で言った。
「人手のこともそうだけれど、これで足りるかな?」
「足りなくなったら足りなくなったで仕方ないよ。どうせこれ以上用意するのは無理だったし。……材料的に」
そもそもメインの食材になっているトマトが、それほど大量に用意できなかったのだから仕方ない。
といっても、小分けにして売ることを考えれば多くの人数に行き当たるくらいの量は用意できたので、シゲルとしては十分だった。
学園祭の開催時間が過ぎて十分程度は、シゲルの屋台にお客が来ることはなかった。
最初のうちは研究室やそれぞれのクラスごとの出し物の場所に行くことが多いので、これは予想の範疇である。
シゲルの屋台を出すことを推したフィロメナも、特に焦ることなくお客を待っている。
フィロメナとシンディーは、食べてさえくれればちゃんと評価されると分かっているのだ。
そんな状態で最初のお客になったのは、やはりというべきかシゲルとフィロメナにとっての顔なじみの人物だった。
「おや。少し遅くなったかい?」
たまたま周囲も似たような状況で少し閑散としている光景を見て、そんなことを言いながら屋台に近付いてきたのは、トマトを提供してくれた店のおかみさんだった。
おかみさんは、複数の友達を連れてきている。
「いいえ。そんなことはありませんよ。よく来てくれました」
そう言って頭を下げたシゲルに、おかみさんはハハハとらしい笑い声をあげた。
「なにを言っているんだい。あのスープの作り方を教えてくれた本人が作った料理が食べられるんだ。来なきゃ損だろう?」
おかみさんがそう言うと、周りにいた女性たちも同意するように言いながら頷いていた。
おかみさんは、トマトスープの作り方を教えた知り合いを連れてきたのだ。
一つずつでいいのか確認したシゲルに、おかみさんズは頷きだけを返していた。
それを見て、シゲルは手のひらほどの大きさの器に、一食の四分の一程度のパスタを盛り付けていく。
「おや。パスタかい」
基本的にこの世界では小麦文化なので、パスタはもちろんある。
ただ、トマトが出回っていなかったことからもわかる通りに、塩を基調としたスープの味付けのものが基本となっている。
以前いた異世界でトマトとパスタの相性の良さに気付いて広まったときのように、こちらの世界でも同じことになるかと、シゲルは少しドキドキしながらおかみさんズを見ていた。
そして、皿の上で器用にフォークを回しながら麺を絡めてから口に入れたおかみさんは、一瞬驚いたように目を見開いてからきっちりと咀嚼してそれを飲み込んだ。
「なんだいこれは!? すごくおいしいじゃないか!」
微妙に行儀がいいところを見せたおかみさんは、驚いた様子を続けながらシゲルにそう言ってきた。
「やはりそうおもうよな」
「私だけじゃないと思ったとおりよね」
おかみさんの言葉に続いて、フィロメナとシンディーも続けてそう答えた。
驚いたまま自分を見てくるおかみさんに、シゲルはにこりと笑った。
「そうですか。喜んでもらえてよかった。でも、とりあえず温かいうちに食べてしまったほうが、美味しいですよ」
「おっと。それはいけないね」
おかみさんは、シゲルの言葉に少し慌てた様子で再びパスタをフォークに絡め始めた。
勿論、おかみさんが連れてきたほかの女性陣も夢中になって食べている。
今回のシゲルの屋台で出しているパスタは、多くの人に配れるように小分けにしているため、上手くフォークに絡めれば四、五回程度で食べられる量しか出していない。
その目論見が上手くいったのか、おかみさんたちはすぐに食べきって、お皿とフォークを返してきた。
「いやいや。ほんとうにおいしかったよ」
「そうよねえ」
「トマトを上手く使えば、こんなものまで作れるのね」
おかみさんを筆頭に、女性たちも口々に褒めてきた。
だが、その言葉を聞いていたおかみさんは、少しだけ残念そうに付け加えた。
「ただ、惜しむらくは量がちょっと足りなかったかねえ」
おかみさんのその言葉に、仲間の女性たちも同意するように頷いている。
「今回は屋台ですからね。ほかでも食べられるように、わざと量を少なくしています」
「なるほどねえ。あとは、トマトの問題かい?」
「そういうことですね」
そう言いながらあっさりと裏事情を見抜いたおかみさんに、シゲルは苦笑をしながら頷いた。
シゲルがトマトを仕入れている先はおかみさんの店なので、隠そうとしても無駄なことは分かっている。
そもそも仕入れられるトマトが限られているのだから、少なくしなければならないことはすぐに理解できることなのだ。
おかみさんは、シゲルの返答に納得した様子で頷いた。
「これはうちの問題も絡んでいるからねえ。どうにかしたいところだが……」
そんなことを言ったおかみさんに、シゲルは首を左右に振った。
「いやいや。今回は学園の屋台ですからね。むしろこれでいいと思っています。ですが、問題はこれから先では?」
「そうさねえ。少し考えないといけないかね。……といっても、多く仕入れるといっても限りはあるかね」
そもそも作っている農家が限られているので、いきなり仕入れの量を増やすことはできない。
これから先、トマトを安定的に仕入れるようにするためには、一部の範囲だけではなく多くの人にトマトが認知されるようにしなければならない。
少しの間考えるような表情になっていたおかみさんは、首を左右に振ってからシゲルを見た。
「今ここで考えるのは止めておこうか。――それよりも、お前さんはこれから来るお客のことを考えないといけないよ」
おかみさんが笑いながらそう言うと、ほかの女性たちに加えて、フィロメナやシンディーまでが同意してきた。
「そうだな」
「これから口コミで、どんどんと広まるでしょうからね」
「そういうことだよ。勿論、私たちもどんどん広めさせてもらうよ」
フィロメナとシンディーの言葉に、おかみさんは今度はニヤリとした表情を浮かべた。
その顔は、これから先シゲルが大変になることを十分に見越しているものであった。
おかみさん、再登場!
今後、再登場するかはわかりませんw




