閑話 冒険者組の一日(前)
シゲルとフィロメナが学園の校舎へと向かうのを見送ったラウラは、ちらりと横に浮かんでいる二体の精霊を見て溜息をついた。
「――随分と過保護のような気もするのですが……」
その精霊は、シゲルの契約精霊であるラグが連絡用にと置いていったものである。
ラウラがため息をつくのを見て、マリーナがクスクスと笑った。
「いいじゃない。それだけ愛されているってことね」
「はいはい。ご馳走様」
マリーナの惚気に、ミカエラが速攻でそう突っ込んだ。
そうしなければ、ラウラは頬を赤くしているだけなので、いつまでたっても出発できないと考えたのだ。
さらにミカエラは、惚気から離れるために話題を精霊へと戻した。
「冒険者としての活動をしているとなにがあるか分からないから、連絡用の精霊を置いておくというのは悪い選択じゃないわよ。いきなり帰れなくなったりすることもあるだろうし」
ミカエラとマリーナがいれば、よほどのことがない限りアークサンド周辺では戦闘で後れを取るようなことにはならないはずだ。
ただ、目当てのものが見つからなかったり予想外のトラブルに巻き込まれるという可能性はあるので、その日のうちに帰れないなんてことは普通に考えられる。
ミカエラとマリーナは魔法を使って連絡を取るという手段もとれるが、移動しているときなどは簡単に使うことができない。
そう考えれば、精霊を使って連絡が取れるというのは、かなり便利なのである。
マリーナも勿論そのことが良くわかっているので、すぐにミカエラの言葉に頷いた。
「そうね。魔法の通話のことを考えなくても済むのは良いことよ」
「そうですか」
先輩冒険者二人が揃ってそう言うのであれば、ラウラとしてもこれ以上反論するつもりはない。
それに、そもそもいらないとか鬱陶しいと考えていたわけではない。
照れ隠しの要素も多分に含んでいたので、妙に反論めいた言い方になってしまっただけである。
もっとも、マリーナとミカエラにはしっかりと見抜かれていて、隠す意味もなかったのだが。
そんな会話をしつつ、三人はシゲルとフィロメナを見送ってさほどの時間も経たずにアークサンドの冒険者ギルドへと向かった。
準備は昨日のうちにしていたので、大した時間は取られなかった。
出発がシゲルとフィロメナよりも遅くなったのは、精霊の件があったのと急いで行ってもあまり意味がないというミカエラとマリーナの助言があったためだ。
それは、ラウラがほかの冒険者のように金銭やランクを求めているわけではないので、急いで割のいい依頼を受けなくてもいいという事情があるからこその助言だった。
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アマテラス号を出てギルドに着いたラウラは、早速そこで冒険者らしい不躾な視線を浴びることとなった。
それも無理はないだろう。
なにしろ女性だけで三人、しかも美形ばかりが揃っているのだから注目を集めないはずがない。
ラウラもそのことを十分に理解しているのだが、やはり城にいる時とは違った遠慮のない視線には一瞬怯んでしまった。
別に冒険者としての活動が初めてというわけではないのだが、いつまでたってもこの感覚には慣れそうにない。
もっとも、さすがに人前に立つことを前提とした王族教育を受けただけあって、ラウラが怯んだのは一瞬だけだった。
その後は何事もなかったかのように、マリーナとミカエラの後ろについて行っていた。
ギルドに入って真っ直ぐに掲示板に向かった三人は、さっそく都合のいい依頼がないかを探し始めた。
事前に決めておいた内容は、アークサンドの近辺でできる簡単な討伐依頼である。
討伐の対象は魔物でもいいし、普通の野生動物でもいい。
要は、依頼のついでに今晩の食事に出せる肉を狩れればいいのだ。
そんなことを考えながら依頼を探していた三人だったが、途中でその作業を止めざるを得ないことになった。
三人に声をかけてきた者がいたのだ。
「割のいい依頼だったら俺たちが探しておいてやるぜ」
思わず振り返ってしまったラウラだったが、すぐに後悔することになった。
そう声をかけてきた三人は、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら隠すことなく不躾な視線を向けていた。
そして、なんて言って断ろうかとラウラが悩んでいる間に、ミカエラがごく簡潔に男たちに言った。
「結構よ」
「そんなつれないことを言うなよ。せっかく、Cランクの俺たちが手伝うって言っているんだぜ?」
「貴方たちがなにランクだろうと私たちには手伝いは必要ないわ」
ミカエラに続いてマリーナがはっきりとそうお断りの文言を言ったが、それでも男たちは全く離れる様子はなかった。
こういうことも起こり得ると事前に聞いていたラウラだったが、この場は完全にミカエラとマリーナに任せることにした。
こういう場面では、あまり対応に慣れていない自分が出るよりも二人に任せたほうがいいと判断したのだ。
そして、その判断が正しかったことは、すぐに証明されることとなった。
まったく色よい返事が来ないと理解した男たちが、いきなり実力行使に出ようとしたのだ。
「いいからこっちに……!?」
来いと言いながらマリーナの腕を取ろうとした男の手を、その当人が持っていた杖でパシリとはたいたのだ。
「いきなりなにをするのよ」
「おいおい。それはこっちのセリフだぜ。ギルド内は暴力禁止、だぜ?」
ニヤリとしてそんなことを言ってきた男に、マリーナは呆れたような視線を向けた。
確かにギルド内の暴力は禁止されているが、それ以前に騒ぎを起こすこと自体を禁止されている上に、自衛まで禁止されているわけではない。
カウンター越しにこちらのやり取りを注目しているギルド職員に訴えれば、マリーナたちの主張は認められるはずだ。
ラウラがそんなことを考えていると、マリーナも同じことを思ったのか男たちに向かって言った。
「そう。でも今の場合は身の危険を感じたのだから仕方ないわよね」
「おいおい。ただ腕をつかもうとしたのが、どうして身の危険に感じるんだ?」
「あら。だって、私は貴方に身を任せたくはないもの」
ありえないという顔をしながら首を左右に振ったマリーナに、男が一瞬あっけにとられたような表情になってからこめかみに青筋を立てた。
「貴様! ふざけてるのか!? そんな話は――」
していないと続けようとした男だったが、それをすることはできなかった。
「はいはい。そこまでにしてください」
そう言いながらギルドの男職員が割って入ってきたのだ。
「なんだ、てめーは!? ギルドは冒険者のやり取りに不干渉が原則だろうが!」
「そうでもありませんよ。特にギルド内で騒ぎが起こりそうなときには、前もって介入することが許されています。あくまでも中立的な立場で、ですが」
ギルド職員はそう言っていたが、今誰の味方で仲裁しているのかは誰の目にも明らかだった。
まあ、今のやり取りを見ていた冒険者の中で、男の味方をするような者はほとんどいないのだが。
とにかく、ギルド職員が仲裁に入ったことで、男はチッと舌打ちをしてから仲間を引き連れてギルドから出て行った。
「ありがとうございます。お陰で助かりました」
マリーナが職員に向かって頭を下げると、その職員は右手をひらひらさせた。
「いえいえ、これくらいはいいのですよ。ギルド内で起こっていることですから。ですが、外に出た場合はなにもできないのでお気をつけてください」
職員はさらに「では、ゆっくりと依頼をお探しください」と言いながらカウンター内に下がった。
その後三人は、何事もなかったかのように依頼を探して、適当なものを見繕ってからカウンターへと持って行くのであった。
精霊育成師、初の閑話です。
しかも何気にテンプレもどきも久しぶり……でしょうか?




