(14)研究生たち
ベムントとヤコミナから研究生に関する話を聞いたシゲルは、そのままヤコミナに連れられて研究室へとむかった。
現在ヤコミナ研究室に所属している研究生は四人で、シゲルを含めると五人になる。
アークサンド学園内に存在している研究室としてはごく普通の人数で、特別なことではない。
ただし、ヤコミナ研究室は、所属している研究生の全員が精霊使いということで注目されていた。
ヒューマンにとっては珍しい精霊使いが四人も集まっているのだからそれも当然である。
ちなみに、ほかに精霊使いの研究生が存在している研究室は、アークサンド学園に限って言えば、あと一つだけである。
とはいえ、珍しいというのは精霊使いが存在しているということだけで、そのほかについてはほかの研究室も似たり寄ったりである。
勿論、奇行がめだったり、ほかでは理解できないような研究をしているようなところもあるのだが、それは昔からあることとスルーされているのがこの学園での暗黙の了解だ。
とにかく、ヤコミナから四人の仲間を紹介されたシゲルは、頭を下げながら自己紹介をした。
「初めまして。今日からこの研究室でお世話になることになりましたシゲルと申します。この子たちは私の契約精霊ですが……それは必要があれば追々紹介していきます」
シゲルの契約精霊を全員紹介するとなるとそれなりに時間がかかってしまう。
加えてヤコミナからは、精霊使いにとって契約精霊は大事な切り札なのだからすべてを話す必要はないと言われている。
四人の研究生もそれは十分に理解しているのか、シゲルが紹介を省いたことに対してはなにも言わなかった。
仲間の研究生が反応したのは別のことだった。
「よろしくお願いいたします」
護衛として傍にいたラグが、そう言いながら頭を下げたことに四人が揃って驚きを示したのだ。
「「「「しゃ、しゃべったっ!?」」」」
四人が揃って目を見開きながら揃ってそう言ったのを見たシゲルは、少し困った表情をしながらヤコミナを見た。
「あ、そういえば、話をする精霊は珍しいのでしたか」
「珍しいの一言で済む問題ではないのですが……皆、落ち着きましょう。とりあえず、噂の『精霊育成師』だからということで納得しましょう」
ヤコミナがそう諫めると、四人は揃って動きを止めた。
ちなみに、四人の研究生の構成はちょうど男女で半々ずつである。
ヤコミナの言葉で額に手を当てた壮年男性がイヴァーノで、その右隣にいる十代の男性がクリストフ。
ヤコミナを挟んで反対側にいるのがシンディーで、その左隣にいるのがヴァレリーだ。
クリストフとヴァレリーにはそれぞれに契約精霊がいるらしいが、今のところシゲルの前に姿を見せてはいない。
そういえば精霊が話せることはあまり知られていないことだと思いだしたシゲルは、苦笑しながら言った。
「その噂のというのがどういうものか気になるところですが……ある程度成長した精霊が条件を満たせば言葉を話すことができるということは、これから常識になっていくと思います」
現にラグという実物がいるのだからそれを否定することは誰もできない。
シゲル自身がことさらに広めていくという考えはないのだが、こうして普通に連れまわして一緒に話をしていくだけでも十分だろうと考えている。
「目の前にその実例がいる以上は、そうなのでしょうね」
ため息交じりにヤコミナがそう答えると、シゲルは無言のまま頷いた。
「い、一体どうすれば話せるように……?」
呆然とした表情でヴァレリーがそう呟くと、しっかりとその声を拾ったクリストフがハッとした様子でシゲルに詰め寄ってきた。
「そ、そうだ! どうすればいいんだ!? 教えてくれよ……いてっ!?」
「おやめなさい、まったく。他人の成果を奪うような真似をしては駄目だと、いつも言っているではありませんか」
しっかりとクリストフに物理的制裁を加えたヤコミナが、そう言ってからシゲルに向かって頭を下げた。
「すみませんね。この子は気になることができると、周囲のものが目に入らなくなるようですから」
「いいえ。いいのですよ。といっても、これは特に論文にするようなことではないのですよね」
シゲルはそう答えながらどうするべきかと頭を悩ませた。
今のところシゲルがはっきりと分かっている条件は、上級精霊以上であることとほかの話ができる精霊から教わることの二点である。
シゲルの感覚では態々論文にするようなことではないし、なによりも検証の繰り返しで得たものではなく、ラグたちから直接聞いた話なので証明のしようがない。
敢えて言えば、ラグたちの存在そのものが証拠なのだが、それを論証のための証拠とできるかは微妙なところである。
シゲルはそう考えて詳しい条件を省きつつ話をしたのだが、ヤコミナは首を左右に振った。
「内容がどうであれ、精霊から直接聞いたとなればそれは証拠となり得ます。一度、書かれてみてはいかがですか?」
研究生を抱えている教師は、その研究生が提出しようとしている論文に関する守秘義務を持っている。
そうでなければ、研究生は安心して教師に相談することもできないのである意味当然である。
「そうですか。では、すぐにでも書いて持って行きます」
無駄に文章を引き延ばしても一枚の紙いっぱいに書くことすら難しいとシゲルは考えているので、すぐにどうするべきかと頭を悩ませることとなった。
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研究室仲間との挨拶を終えてさっそく論文の書き方を悩んでいたシゲルだったが、中々思い通りに書けずに途中で休憩をすることにした。
研究生は一人一部屋与えられるわけではないので、立ち上がったシゲルを見つけたイヴァーノが声をかけてきた。
「おや。休憩ですか?」
「ええ。座って考えていても思いつきそうもないですから」
首を振りつつそう答えたシゲルを見ながら、イヴァーノは小さく笑った。
「はは。それは確かに。私もご一緒しても?」
「勿論です。というよりも、どこか休憩できる場所、教えてもらえませんか?」
「そういえばそうだね。折角だから休憩スペースにでも行きましょうか」
学園には次の講義を受けるまでの学生が休める場所がいくつかある。
そこへ行きましょうというイヴァーノに、シゲルは快く頷いた。
研究室から休憩スペースは、歩きで十分くらいの場所にあった。
その休憩スペースには小さいながらも売店のようなものもあって、広いスペースに多くの学生が休めるようにテーブルと椅子が多く並べられている。
それを見たシゲルの感想は、よくある学食のようなところだなというものだった。
「随分と広めに取ってあるんですね」
「そうかな? 昼時にもなれば、ここでも足りないくらいに学生が入って来るよ」
「なるほど」
今は食事時からは少しばかり時間が過ぎているので、休憩スペースにはまばらにしか人がいない。
売店で飲み物を購入したシゲルは、イヴァーノと一緒に適当な場所に腰かけた。
ちなみに、紙コップなんてものはないので、飲み物は木の入れ物に入れられて器は後程セルフで返すようになっている。
「――それにしても、こんなことを聞いてもいいのかわからないのだが……」
「どうしました? 答えられないことは、はっきりそう言いますから気にせず聞いてください」
少しだけ躊躇した様子で前置きをしたイヴァーノに、シゲルはそう応じた。
シゲルの言葉に頷いたイヴァーノは、頷きながら聞いてきた。
「シゲルさんは、なぜ研究生に? いや、噂を聞く限りでは、わざわざそんな立場になる必要もないかと思ったのですがね」
「あー。それですか」
シゲルは、苦笑を返しながらどう答えたものかと一瞬悩んだ。
普通に友達探しと答えたら駄目だというわけではないのだが、なんとなく気恥ずかしく感じたのだ。
そうしてシゲルがひねり出した答えは、
「これまでは自分のことで一杯一杯で、ほかの方と触れ合うようなことをしてきませんでしたから。折角なので学園という場を借りて、色々な人と知り合っていこうかなと思ったんです」
というものだった。
完全に嘘というわけではないが、本当のことからも少し外れている。
今後のことを考えれば、完全に嘘を吐くことはしたくなかったのだ。
イヴァーノは、幸いにしてそんな細かい違いには気付かなかったようで、納得した表情で頷いていた。
「なるほど。連れている契約精霊を見ても、シゲルさんは実践タイプだと考えていたので、少し不思議だったのですよ」
「確かに、そう言われてみればそうかもしれませんね」
聞きようによっては無礼ともとれるイヴァーノの言葉だったが、彼の顔にはそんな考えはみじんも浮かんでいなかったので、シゲルは素直に頷きながらそう応じるのであった。
イヴァーノとの会話はもう少しだけ続きます。
ちなみに、イヴァーノの言葉遣いが安定していませんが、まだ慣れていないからです。
後々安定する……はずです。(タブン)




