(10)誕生
結婚式場を決めたシゲルとフィロメナは、翌日にホルスタット王国の王都へと向かった。
その日のうちに移動をしなかったのは、急ぐようなことがなかったということと、グラノームがアークサンドの街を見たがったためだ。
シゲルを鍵にして大洞窟から出てきているグラノームは、ある一定の距離以上は離れることができないのである。
そして、王都に着いたシゲルとフィロメナは、すぐにマリーナとミカエラに研究生のことについて話をしたのだが、二人はそちらよりもグラノームが一緒にいることに驚いていた。
研究生については、そういうこともあり得るかな程度のことだったようだ。
シゲルとフィロメナから話を聞き終えたラウラが、考えるような表情になってから言った。
「シゲルは精霊、フィロ……フィーは魔道具についての研究生ですか。わたくしがなれるとしたら料理関係でしょうか」
「それはありでしょうね」
ラウラの言葉にそう言って同意したのはマリーナだ。
ラウラとマリーナは、研究生になることが決定しているシゲルと一緒にアークサンドに行くということは既に決めているようである。
「ただ、わざわざ研究生になる必要はないと思うわよ?」
「と、いいますと?」
「アークサンドに住むからと言って必ず学校関係に入らないといけないというわけじゃないのよ? 冒険者として活動すればいいじゃない」
「そうかもしれませんが、さすがに一人で活動するのは……」
ラウラは、自分自身の容姿が周囲に与える影響を十分に理解している。
一国の王女としてほかの貴族たちから見られる場合と、身分を隠して普通の国民として活動する場合との違いもだ。
悩ましい表情になっているラウラに、マリーナが苦笑しながら言った。
「なぜそこで私を頼るということをしないのかしら?」
「え。ですが、マリーナは研究生になるのではありませんか?」
不思議そうな顔で自分を見てくるラウラに、マリーナは首を左右に振った。
「確かに遺跡関係でなれないこともないと思うけれど……宗教関係者とやり合うのは少し遠慮したいわね」
マリーナはそう言いながら苦笑をしていた。
マリーナが研究生になるとすれば、それは間違いなく宗教関係ということになる。
となれば、日夜それぞれの宗教における教義や歴史を研究している者たちと当然のようにやり合うということになる。
それで自身の信仰心が揺らぐとはマリーナは欠片も考えていないが、そうしたやり取りが面倒だと思うのも確かである。
そもそもそうしたやり取りは教会で過ごしていたときに日常的にしてきたことなので、研究生となってまでやりたいとは思わない。
それであれば、ラウラと一緒に冒険者活動をしていたほうが、ずっと気楽ですむというのがマリーナの考えだった。
そうしたマリーナの考えを察したのか、ラウラが少し嬉しそうな表情になって頷いた。
「そういうことでしたらアークサンド周辺で活動する、ということでいいですね」
「まあ、待て待て。アークサンドに行ってどうするかを決めるのは、ミカエラの意見を聞いてからでも遅くはないと思うぞ? 今すぐに決めなくてはならないわけではないしな」
先走った議論をするマリーナとラウラに、フィロメナが少し落ち着くようにそう言った。
だが、フィロメナがそう言った次の瞬間、マリーナとラウラが同時に振り向いた。
「「貴方がそれを言う(言いますか)?」」
マリーナとラウラが見事に揃ってそう言うと、フィロメナはついと視線を横にずらした。
フィロメナは、シゲルが研究生になるという条件を出してすぐに自分もなると言い出したという事実があるので、確かに説得力は欠片もない。
そのフィロメナの様子を見て、シゲルが笑いながら仲裁した。
「まあまあ。フィロメナの言うとおりに急ぐ必要はないんだから、ゆっくり考えたらどうかな? どちらにしても式が終わらないと話が進まないことなんだし」
「確かに、それはそうですね」
「でも、研究生になるんだったら事前に調整は必要でしょうから、ある程度の期間は必要よ?」
「それはそうだね。でも、半月程度じゃ変わらないと思うよ」
改めてシゲルがそう言い直すと、マリーナもようやく納得したように頷いた。
その後シゲルたちは、全員揃ってフィロメナの家に戻った。
そこでミカエラにも同じように話をしたのだが、すぐに結論は出さずにどうするか考えるとだけ言っていた。
その答えを聞いたシゲルは、マリーナとラウラに言ったようにそれで構わないと答えるのであった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
フィロメナの家に戻った翌日の朝。
ラウラと一緒に朝食の準備をしていたシゲルは、少し慌てた様子で『精霊の宿屋』から出て来るリグを見つけて首を傾げた。
「あれ、どうしたの? 外敵がなにかした?」
真っ先に精霊喰いが大きな被害をもたらしたのかと考えたシゲルに、リグは首を左右に振った。
「ち、違うの。そうじゃなくって!」
「こら。少し落ち着け、風の。折角の慶事も其方が慌てていては、主にきちんと伝わらないぞ?」
大洞窟に帰ることなくしっかりとシゲルの傍にい続けているグラノームがそう言うと、リグは気持ちを落ち着けるように深呼吸をした。
グラノームはなにが起こったのか分かっているようだが、シゲルは未だに意味が分かっていない。
深呼吸を繰り返しているリグに、シゲルは急かさないように気を付けながら聞いた。
「慶事ということはそこまで慌てる必要はないと思うけれど……あっ、あー。もしかして、そういうこと?」
話をしている最中にそのことに気付いたシゲルは、確認するようにグラノームへと視線を向けた。
「そういうことじゃが、折角報告に来たのじゃから聞いたらどうかの?」
「それもそうか」
グラノームの言葉に納得したシゲルは、そう言って頷きながら視線をリグへと向けた。
その頃になってようやく落ち着きを取りもどしたリグは、シゲルに向かってからゆっくりと言った。
「精霊の卵から初期精霊が誕生したの」
「やっぱりそうか。精霊が……ん?」
生まれたと続けようとしたシゲルは、微妙な受け取り方の違いに気付いてまじまじとリグを見た。
「今、初期精霊って言った?」
「そう! 普通の精霊じゃなくて、初期精霊が生まれたの。しかも二体同時に!」
驚きを伝えるように両腕を広げながらそう言ったリグを見て、シゲルは慌てて『精霊の宿屋』を開いた。
これまで『精霊の宿屋』では、精霊が誕生することはあっても初期精霊が生まれたことが確認されたことはなかった。
初期精霊と普通に生まれた精霊の差がどういったものであるのかは分かっていないが、ラグ、リグ、シロという存在がいる以上はなにかあるとシゲルは思っていた。
その違いを知るために、出来れば新しい初期精霊がいれば分かり易いのにと考えていたシゲルだったが、これで新しい比較対象ができたということになる。
『精霊の宿屋』の中でしっかりと二体の初期精霊が生まれていることを確認したシゲルは、視線をグラノームへと向けた。
「こうなることは分かっていたのかな?」
「いや。儂が分かっているのは、精霊の卵と通常の精霊では成長に違いが出る可能性があるということだけじゃ。お主が持っているその宿り木で、どういう変化が起こるかまでは分からないぞ?」
「それもそうなんだけれど、双子が生まれるということは?」
一つの卵からは一体の精霊しか生まれないと思い込んでいたシゲルは、初期精霊が生まれたということと同じくらいに驚いている。
「ふむ。精霊の卵からは一体で生まれることもあれば、二体で生まれてくることもある。その辺は人の子と変わらないのじゃ。付け加えるが、儂らが事前に調整したということはないぞ?」
意図して二体の精霊を誕生させたわけじゃないと断言したグラノームに、シゲルは納得して頷いた。
精霊の卵から誕生する精霊を意図して調整できるのであれば、なにかの意図が大精霊たちにあるのかとも考えたのだが、さすがにそれはなさそうだと考えたのだ。
『精霊の宿屋』を確認して生まれたばかりの初期精霊二体が特に異常もないと分かったシゲルは、そのままラウラの手伝いへと戻った。
時間は後からたっぷりとあるので、今慌てて確認することもないだろうと判断したのである。
その後、きちんと朝食をとったシゲルは、自室に戻って生まれたばかりの二体の初期精霊にきちんと名前を付けてあげるのであった。
ちなみに、グラノームは当分ずっと一緒にいる予定ですw
※明日の更新はお休みさせていただきます。
次回更新は4月20日になります。
m(__)m




