(4)式の形式
それぞれの方針が決まった翌日からシゲルたちは、アマテラス号でホルスタットの王都へと向かった。
ただし、ミカエラだけはフィロメナの家でお留守番だ。
曰く「貴方たちの結婚式の話し合いに、私が着いて行ってどうするのよ」というわけである。
もっともな言い分なので、シゲルたちも無理に誘ったりはしない。
ミカエラの実力があれば一人でタロの町に向かうこともできるので、退屈するということもないはずである。
というわけで、王都に着いたシゲルは、始めにラウラと一緒にアドルフ王と面会をしていた。
「ふむ。ようやく決めたか。すでにどうするのか、いくつかパターンを考えてあるぞ?」
結婚式のことを切り出すなりアドルフがそう言ってきて、シゲルは一瞬困惑した表情になった。
「早いですね。城で式を挙げると決めたのは最近なのですが……」
「それが国というものだ。無論、無駄になることもわかっていて検討させている。外野に対しては慎重な其方たちだからな。個人でひっそりと開くことも選択肢の一つになっているな」
アドルフは、シゲルとラウラが婚約をした時から結婚式についての検討するように指示していたのだ。
その対応の速さにシゲルは困惑していたが、ラウラはそれが当然だという顔でアドルフを見た。
「では、検討したものを見せていただけますか?」
「ちょっと待て。――おい、資料を持ってこさせろ」
アドルフは、後ろに立っていた文官の一人にそう指示を出した。
「それでしたらこちらに」
さすがは王に直截着いている文官だけあって、シゲルとラウラが来たという時点で目的の資料は持っていたようだ。
当然、結婚式以外にもシゲルたちに関係ありそうな資料はいくつか持ってきているのだ。
文官から資料を受け取ったラウラは、さっそく目を通し始めた。
そしてラウラは、それらの資料でいくつかあったパターンのうち二パターンを選んでシゲルに差し出した。
「こちらのうちのどちらかがいいと思いますが、シゲルさんはどちらを選びますか?」
「あれ、これだけ? ほかのやつは?」
「国外の要人を呼んだり、貴族たちを大勢呼んだりする王族本来のものだったので弾いたのですが、検討されますか?」
「あ、ごめん。それはいいや」
ラウラの確認に、シゲルは速攻で断りを入れた。
最初から規模は小さくすると決めていたので、わざわざ面倒なことになりそうな要人を呼んだりするつもりはない。
改めてラウラから受け取ったシゲルが資料に目を通すと、そこには日取りの候補から式全体の流れまで事細かく書かれている。
既に何度も話し合って来たかのような細かさに、シゲルは思わず目を瞬いた。
「随分と詳細に決まっている見たいだけれど、事前に話し合っていたわけじゃないよね?」
「王族が関わる行事というのは、基本的なパターンが決まっていますから。あとはそれに合わせて細かい点を修正するだけなのですよ」
「え、でも王族がこんな規模の小さい式をするなんてことあるの?」
ラウラが提示してきたものは、家族だけで集まって行うものとごく限られた親しい貴族家だけを呼ぶような形式だった。
王族がそんな小さな結婚式を挙げるというのがあり得るのかと、シゲルは不思議だったのだ。
そんなシゲルは、ラウラは小さく頷き返した。
「ええ。ホルスタットの長い歴史の中では、そうしたことも事例がありますから。それに、基本的に王族は人数が多いですからいろいろなことを考える王女がいたのですよ」
ラウラは敢えて言葉にはしなかったが、刑罰的な意味を含めて小さな式にしているという場合もある。
シゲルたちはそれには当てはまらないのだが、規模という意味では参考にする余地はあるのだ。
「なるほど。そういうことね」
なんとなくラウラの雰囲気からそうした事情を読み取ったシゲルは、納得した表情で頷いた。
そんな会話をしつつも資料目を通し終えたシゲルは、改めてラウラを見て聞いた。
「ラウラは、本当にどちらかでいいの?」
その気になればもっと大きな式を開けることを分かっているので、シゲルは敢えてそう聞いた。
「ええ。変に貴族たちを呼べば、折角市井の者に嫁に入るという事実が消えてしまいます。身内だけでやるのが一番ですよ」
「そう。それじゃあこっちで」
シゲルがそう言って差し出したのは、家族だけを呼んで行う式ではなく親しい貴族家も呼んで開くものだった。
それを見たラウラは、少しだけ考える様子を見せた。
「こちらでよろしいのですか?」
「うん。折角の式だしね。自分の身内がほとんどいないのでバランスは悪いかも知れないけれどね」
「いえ。そもそもシゲルさんは渡り人ですから、そうなるのは皆が分かっていることです」
ラウラは、首を左右に振りつつそう答えた。
シゲルがそっと周囲を確認すると、王をはじめとしてほかの面々も気にした様子は見せていない。
長い歴史がある王国だと渡り人が式を挙げるところも見てきているので、特に不都合などを感じることはないようだった。
それに、ホルスタットに限らず、ほかの国で渡り人が関わっているところもしっかりと確認しているのだ。
ラウラは、シゲルに返答しつつ受け取った資料をあっさりとアドルフへと渡した。
「では、準備はこちらで進めておいてください」
「わかった。だが、日取りはできるだけ早めに決めて貰わないと困るぞ?」
「分かっています。最初に式をフィロメナが決まらないことには、こちらも決められませんから。ただ、半年より前になることはありません」
「そうか。それなら大丈夫だな」
ラウラの答えを聞いたアドルフは、文官が頷くのを確認してからそう答えた。
式で出される料理や細かい内容に関しては、基本的に口を出すことはない。
そもそも式で用意されるものは、その当時の最高品質のものが出されるので口を挟む余地がないのだ。
一般的に考えれば資金的な問題が出てきていろいろとやりくりをするのだが、現在のホルスタット王国は王族の結婚式をケチらなければならないほどに財政に余裕がないわけではない。
式を挙げる者が考える余地が出て来るのは、ドレスなどのデザイン関係ということになってしまうのである。
結果としてシゲルが必要となるのは、自分が着る服のために微調整をしに来ることくらいである。
いくつかのドレスを着用することになっているラウラに比べれば、さほど手間がかかるというわけではないのであった。
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城で話し合った後、一度アマテラス号に戻ったシゲルは思わずといった様子で呟いた。
「うーん。思ったよりも簡単に終わったな」
シゲルのイメージでは、予算に合わせて何度も話し合いをするということを考えたいたのだ。
そのシゲルを見て、ラウラが苦笑をしながら答えた。
「そうですか? 王族の結婚式はこんなものです。むしろ、出番があるのはドレス関係なので……」
式の進行そのものは文官たちが用意してしまうので、当人が関わることはほとんどないのだ。
予算というものをほとんど考えなくてもいい王族ならではと言えるだろう。
感心したような顔になっているシゲルに、今度はマリーナが笑いながら言った。
「言っておくけれど、私のほうはもっと決めることは少ないわよ?」
「え? そうなの?」
「そうよ。だって、宗教関係の式よ。基本的に内容は形式に沿って行うし、食べる物も戒律に沿ったものだからほとんど決めることはないもの」
フツ教はがちがちに禁止されている食べ物などはないが、それでも神官などになってしまうとある程度の制約は出て来る。
結婚式をはじめとした儀式関係も当然のように、決められた形式というのがあるのだ。
マリーナの説明を聞いて、シゲルは小さくため息をついた。
「なんか、もっといろいろと大変だと思っていたけれど、意外と簡単に終わりそうだね」
「私たちに関してはそのとおりね。でも、フィーの場合は違うでしょう?」
「それはもう覚悟しているよ」
マリーナの言葉に、シゲルは任せろと言わんばかりに頷いた。
それを見ていたフィロメナは、言葉には出さなかったが嬉しそうな表情をしていたので、なにを考えているのかは皆にしっかりと伝わるのであった。
マリーナ、ラウラ組はあっさりと決定しました。
あとはフィロメナ。




