(2)会場問題
シゲルたちが話をしている間、最初の頃に撃沈していたフィロメナがなにをしていたかといえば、未だになにやら呆然とした表情になっていた。
「おーい。そろそろ帰って来なさい」
マリーナがそう言いながらフィロメナの頭をポンと叩くと、その当人がハッとした表情になっていた。
「えっ……? あれ? 美味し…………あ、うむ。なんでもないからな?」
周囲の視線に気づいたフィロメナは、途中からきりっとした表所に戻ったが、勿論そんなことをしても意味はなかった。
それを見ていたシゲルは一体なにを想像していたのかと思ったが、それを実際に聞くことはしなかった。
変に揶揄って直されるよりも、今のような普段とギャップのある姿を見ていたほうが楽しいのだ。
それはシゲルだけではなくほかの面々も同じなようで、意外とこういう場面でフィロメナに言葉で突っ込む回数は少なかったりする。
周囲の視線に気づいたフィロメナは、わざとらしく一度だけ咳ばらいをしてから話始めた。
「それで? 式をする会場がどうこうという話だったか」
頭の中の大部分はどこかの世界に飛んでいたようだが、しっかりと話は聞いていたらしい。
意外なところで器用な面を見せたフィロメナに、昔からそうだったとなれているマリーナが頷き返した。
「ええ。そういうことね。それで、フィーはどう思うの?」
「どう想うもなにも、まずは王に話をしに行くのだろう? それで動かなければ今の状態まま続くのでいいのではないか?」
フィロメナは、そう答えながら自分が口を挟むことではないという顔をした。
そんなフィロメナに、マリーナは首を左右に振った。
「そっちじゃないわよ。私たちの式のこと」
「そ、そうか。私たちの式……け、結婚……」
「もうそれは分かったから」
再びトリップしようとしたフィロメナに、マリーナがそう言いながら先ほどと同じく軽い実力行使に出た。
今回はすぐに戻ってきたフィロメナは、赤い顔をしながらも落ち着きなくシゲルを見ながら言った。
「私はどこでも構わないが……? ただ、宗教施設でやるとすればうるさくなりそうだ。ほかでやる場所があればそこでやったほうがいいというのは同意だな」
勇者であるフィロメナが式を挙げれば、その場所に箔が付くことになるのは間違いない。
そのためフィロメナがどこの会場で式を挙げるかは、色々な方面が注目をしているはずである。
婚約の時はラウラの立場を慮って城で行ったが、今回はシゲル自身の名前が広まっていることもあってそういうわけにもいかないのだ。
四人が頭を突き合わせて悩んでいると、今まで不在だったミカエラが自室から出てきて首を傾げた。
「皆揃ってなにを話しているのよ?」
「いや、実はね――」
ミカエラの問いに、ここは自分が話をするべきだろうとシゲルが自分から先ほどまでの話をした。
するとミカエラは、少しだけ拍子抜けしたような顔になってから言った。
「――なぜ思いつかなかったのか不思議けれど、それぞれバラバラに式を挙げるのは駄目なの? というか、普通はそうしない?」
「あっ……!?」
ミカエラの素朴な疑問に、シゲルは思わずといった様子でそう声を上げた。
「そ、そうか。ごめん。つい婚約式の時のことがあったから一緒に挙げると考えていたけれど、別々でいいんだ」
「相変わらず変なところで抜けているのね、シゲルは。……と、言いたいけれど、今回ばかりはシゲルのせいとは言えないかな?」
ミカエラはそう言いながらフィロメナたちを見た。
シゲルが以前いた場所では、一夫一妻制であることは既に皆が知っている。
そのため、こちらの世界の常識を知らなくても無理はない。
とはいっても、結婚式を一度で済まそうと考えたことが常識であるかどうかは首を傾げるところだが。
それはともかく、フィロメナたちがその点を指摘しなかったことが問題を大きくしたことは間違いない。
ミカエラの指摘に、フィロメナたちは顔を見合わせてからバツが悪そうな表情になった。
「いや、済まない。確かにミカエラの言うとおりだ」
「そうね。話を聞いた時点で、真っ先に言うべきことだったわ」
「わたくしも……シゲルさんが最初から一度に挙げるつもりだったようなので、そのつもりになってしまって……」
フィロメナたちは、三者三様に反省する弁を述べた。
それを見ていたミカエラが、ため息をついてからさらに言った。
「シゲルがこちらの常識に疎いのは分かり切っているんだから、それをきちんと考えてから話さないと。――って、私がこんな偉そうに言えるのも、外野にいるからだけれどね」
「まあ、そうだろうけれど……とにかく助かったよ」
「なにを安心しているのよ。シゲルは、まだ悩むことがあるでしょう?」
「えっ。なに……?」
思い当たることが無くて首を傾げるシゲルに、ミカエラはもう一度ため息をついた。
「マリーナとラウラはともかく、フィーはどこで式を挙げるの?」
ミカエラがそう言うと、シゲルとフィロメナは顔を見合わせてから渋い顔になった。
マリーナはフツ教の教会で、ラウラはホルスタットの王城で式を挙げれば問題はない。
ただしフィロメナに限って言えば、どこで式を挙げるかが問題になるのは先ほどまでの話と変わりないのだ。
むしろ、勇者であるフィロメナと大精霊を呼び出せるシゲルという組み合わせだけになるので、より問題が大きくなっているともいえる。
フィロメナが、ミカエラと同じように溜息をつきながら言った。
「私としては、式という体裁が整っていれば、どこで挙げても同じなのだがな。いっそのことここで挙げてしまっても……」
大丈夫だと続けようとしたフィロメナだったが、マリーナとラウラの鋭い視線に遮られた。
いくらなんでもそれはないというのと、自分たちがそれぞれそれなりに豪華な式になると考えられるのにそれはないだろうという思いが込められている。
それを見ていたシゲルが、苦笑しながら首を左右に振った。
「面倒だと思う気持ちは分からなくはないけれど、さすがにそれは駄目だと思うよ? 自分で言うのもどうかと思うけれど」
「そうね。シゲルの言うとおりだわ。そもそもシゲルは、三人別々に式を挙げても問題ないくらいに稼いでいるんだし? ……一般的な基準で、だけれど」
シゲルの言葉に頷きつつ、ミカエラがチラリとマリーナとラウラに視線を向けてからそう付け加えた。
フツ教の聖女と王女がそれぞれの立場で式を挙げれば、勝手に周囲が盛り上がってどんどんと規模が大きくなるのは間違いない。
そのことが分かっているマリーナが、首を左右に振りながら言った。
「いくらなんでも好きなようにはさせないわよ。場所は教会で挙げるにしても、規模は抑えるつもりよ」
「そうですね。わたくしも父に釘を刺さなければなりません」
決意に満ちた表情でラウラがそう続けたが、それにはきちんとした理由がある。
王族がその立場に見合った式を挙げると、シゲルの持っている資産はかなり目減りする。
それに、そんな式を挙げると国との繋がりは関係ないと宣言していることが無駄になってしまう。
会場すら決まらないフィロメナだけではなく、マリーナとラウラにも様々な問題は残っているのだ。
頭を抱えそうな表情になっているシゲルに、マリーナが視線を向けながら言った。
「こっちの問題はこっちで考えるから、シゲルはまずフィロメナのことを考えなさい」
「いや、でもそれは……」
さすがに結婚式は二人で考えるものだと認識しているシゲルは、渋い顔になってマリーナを見た。
だが、そのマリーナは首を左右に振りながらそのシゲルを遮って続けた。
「そもそもこちらの問題は、自分たちの立場についていることだもの。それくらいは自分で責任を取るわよ」
「そうですね。私もそうしたほうがいいと思います」
マリーナにしてもラウラにしても、一般の社会では考えられないような常識があったりする。
そんな世界にまったく触れてこなかったシゲルが口を出すと、変なところで第三者に隙を見せてしまうことになりかねない。
事実上戦力外通告を出されたシゲルは、渋い顔になりながらも頷いた。
「わかったよ。ただ、口は出さないから話し合いの場には一緒に着いていくよ。それくらいは許してくれるよね?」
それがシゲルが出した唯一の妥協点だった。
「まあ、それくらいなら構わないわ」
「そうですね」
本当であれば自分もきちんと一緒に考えたいと思っているシゲルの心の内を理解しているのか、マリーナとラウラも笑顔になりながらそう言って頷くのであった。
久しぶりのポンコツフィロメナさん。
第一部は世界の不思議に触れる回だったので、第二部はこうした日常回を増やしたいななんてことを考えています。
まだどうなるかはわかりませんがw
※本日、本作「精霊育成師の異世界旅行」の発売日になります。
是非ともよろしくお願いいたします。
活動報告でキャララフも公開していますので、そちらもチェックしてください^^




