(1)ちょっとした問題
シゲルたちは、大洞窟にいた原始の精霊喰いに関しては、そういうものがいるんだと知識として知っておくだけでそれ以上のことはなにもしないことに決めた。
大精霊たちからの話で、手を出してはいけない存在だということは十分にわかったので、変に討伐をしようという気にもならない。
下手に自分たち以外に話を広めれば、功名心に逸った者が出てこないとも限らないので、ほかに話をすることもしない。
そもそも、原始の精霊喰いに会うためには、地の大精霊がいるところに行かなければならないなどの高いハードルがあるので、たどり着くことすら困難なのだが。
というわけで、大洞窟から戻ったシゲルたちは、どこかに報告をするでもなくまったりとした時間を過ごしていた。
シゲルが報酬として手に入れた精霊の卵は、今のところ『精霊の宿屋』で大事に保護されている。
シゲルは、どうやれば卵から精霊が誕生するのかまったく分からないので、完全に契約精霊たちにお任せである。
もっとも、その契約精霊たちも特に精霊の卵に対してなにかをするわけでもなく、ただ卵が傷付かないようにしているだけだ。
シゲルはラグに一度だけそれだけで大丈夫なのかと尋ねたのだが、それ以外にできることはありませんという答えが返ってきた。
そう言われた以上、シゲルとしてもなにもできることはなくただ変化が起こるのを待っている状態である。
そんな中で、シゲルは『精霊の宿屋』のちょっとした調整を行った。
以前からラグたちが管理していた薬草畑を、南東から中央の公園の傍に置いたのだ。
ついでに、その薬草畑から収穫したものを保存するための小屋も設置した。
これは、薬草畑を管理しているラグとサクラが中央にいることが多くなったためで、精霊力を貯まったのを機に移動することにしたのである。
「――これで大丈夫かな?」
「はい。お陰で作業が楽になります」
シゲルが確認を取ると、傍にいたラグは笑顔になりながら頷いた。
「採取したものとか作ったものを保管庫に移動する距離は増えちゃったけれどね」
「それは配下の者たちがやるので特に問題ありません。外敵が出ているか監視をする意味も含めて移動は必要ですから」
「それもそうか」
ラグの説明に、シゲルはそう答えながら頷いた。
特級精霊になったことで配下の精霊を持てるようになったラグたちは、その数を順調に増やしている。
それだけ特級精霊としての能力が上がっているということなのだが、今のところそれがどこまで伸びるかは分かっていない。
どれくらいの数の精霊を配下とするかは完全にラグたち任せで、シゲルは関与するつもりはない。
ラグたちが、変に気負って無理をすることが無いように見守るだけだ。
ラグたち初期精霊三体はもうランクに変化は起こらないが、ほかの精霊たちは順調に成長している。
サクラとスイは上級精霊Bランクに、ノーラは上級精霊Cランク、アグニは上級精霊Gランクになっている。
アグニの後に契約したヒエン、ウエン、リーアの三体の精霊は、同じ時期に契約したこともあって、揃って上級精霊のGランクだ。
最後に入ったヒカリとヤミは、二つ上がって上級精霊のHランクである。
それぞれの精霊が順調に成長していて、『精霊の宿屋』は安定して運営ができている。
訪ねて来る精霊の数に比例するように外敵の数も増えているが、それ以上に契約精霊が成長している。
そのお陰で、今のところは『精霊の宿屋』が決定的なダメージを負うようなことにはなっていない。
まったりと『精霊の宿屋』を確認していたシゲルだったが、途中からほとんどうわの空で画面をフリックしていた。
それを見かねてか、それまで黙っていたラグがそっと声をかけてきた。
「シゲル様、なにかお悩みのようでしたら相談に乗りますが……」
その声でシゲルはハッとした表情になり、ついでにラグの隣にいたリーアの心配するような顔を見て苦笑をした。
「いや、悩みというか、そろそろきちんとしないといけないなと思ってね」
「きちんと?」
そう言いながら首を傾げるラグに、シゲルはコクリと頷いた。
「うん。それはね――――――」
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「――というわけで、そろそろ式の準備を始めようか」
いきなりそんなことを言ってきたシゲルに、フィロメナが首を傾げた。
「いや、なにがというわけなんだ? そもそも式とはなんのことだ?」
フィロメナがそう応じると、隣にいたマリーナが盛大にため息をついた。
「フィー、シゲルが私たちに言う式なんて一つしかないでしょう?」
「そうですね。フィロメナの言うとおりに突然すぎる気もしますが、確かにタイミング的にはちょうどよさそうです」
マリーナに続いて、ラウラも嬉しそうな顔になりながら頷いた。
それでもまだ首を傾げているフィロメナを見て、マリーナが敢えて視線をシゲルに向けた。
その意味を正確に受け取ったシゲルは、マリーナに頷き返しながらフィロメナを見た。
「結婚式だよ結婚式。婚約はしていたけれど、もうそろそろきちんと話をした方がいいと思ってね」
「けっ…………!?」
そう言って言葉に詰まり驚いた表情になりながら顔を赤くしたフィロメナを見て、シゲルはこれは駄目だという顔になって肩をすくめた。
この手の話題はフィロメナにしても無駄だと判断したシゲルは、マリーナとラウラに視線を移した。
「こっちの習慣って聞いていなかったんだけれど、そもそも式はどこで挙げるものなの?」
「基本的には信仰している教会で挙げるのだけれど……私たちの場合は難しいわね」
「そうですね。フィロメナはともかく、マリーナとわたくしがいますから」
マリーナの言葉に同意するように、ラウラがそう答えながら頷いた。
マリーナはフツ教の信徒なのでその教会で式を挙げればいいのだが、ラウラの場合は少し事情が異なって来る。
そもそも王族が結婚式を挙げる場合には、国教がある国は別として、信仰の自由を民に見せるためにも敢えてどこかの教会で式を挙げるということをしないのである。
そのため、王族が式を挙げるのは王城でということになる。
ただし、ラウラの場合はさらに事情が複雑になっている。
というのも、ホルスタット王国の王城で式を挙げてしまうと、それはシゲルたちがホルスタットに組み込まれたと宣言することになるためである。
たとえシゲルたちが否定したとしても、周りはそう受け取らないのだ。
マリーナとラウラから交互に説明を受けたシゲルは、盛大にため息をついた。
「確かに面倒だね。普通の国民が、信仰が違っている同士が結婚する場合はどうしているのかな?」
「その場合は、どちらかの教会で挙げたり、両方でやったりまちまちね」
市井の結婚式に一番詳しいマリーナがそう答えると、シゲルは腕を組んで考え始めた。
この時シゲルの頭にあったのは、日本でいうところのホテルの結婚式場のような施設がないかということだ。
そういった場所であれば、国や宗教に縛られることなく式を挙げることができる。
その考えをそのまま口にすると、マリーナとラウラは顔を見合わせてからそれぞれの意見を口にした。
「随分と面白い考え方ね」
「ですが、どちらで式を挙げるのか困った層が一定数いることも確かです。そういった会場があれば、受け入れられるのではないでしょうか」
「自分としては、むしろ今までそういった場所がなかったことのほうが不思議だけれどね」
シゲルはラウラを見ながらそう答えた。
この世界には複数の宗教があるが、それぞれの信徒同士が結婚をすることが禁止されているわけではない。
その場合はどうしたってこうした問題が出て来るわけで、それに対応する場があってもおかしくはないはずだ。
「それはそうだけれど、これが当たり前だと思っている私たちには中々思いつかないわよ」
「そんなもんか」
「そうですね」
マリーナの言葉に軽く頷いたシゲルに、ラウラも同意するように頷いた。
こういう話を聞くと、シゲルはそのたびにこの世界がいろんな面で停滞していると感じるわけだが、それについてどうこう言っても仕方がない。
そんなことを考えたシゲルに、ラウラがさらに続けて言った。
「ですが、どこの宗教にも属さない式場があるというのはいいかも知れません。折角なので、父に話をしてみましょうか?」
「確かに受け入れられるかもしれないわね」
宗教が違う場合にどちらの教会で式を挙げるべきかということは、神官たちがよく受ける相談のひとつである。
その問題の解消に一役買うのであれば、話の仕方次第ではそれぞれの宗教も反対はしないはずである。
そう考えたマリーナは、ラウラの言葉にそう答えながら頷き返すのであった。
色々と落ち着いているので、ついに結婚式を挙げる決断をしました。
それから、精霊の名前が全員出てきたので以下まとめ
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ラグ(木):初期精霊
リグ(風):初期精霊
シロ(地):初期精霊
スイ(水)
サクラ(木)
ノーラ(地)
アグニ(火)
ヒエン(火)
ウエン(水)
リーア(風)
ヒカリ(光)
ヤミ(闇)




