(11)細かい確認
シゲルが「まだほかの大精霊は残っているんだけれど?」と言うと、ため息をついていたフィロメナたちはハッとした表情になった。
それを見て、メリヤージュが苦笑を言った。
「いいのですよ。あの方を前にすれば、そうなるのが当然ですから」
そのメリヤージュの言葉に、ほかの大精霊たちも気にするなという顔をしている。
基本的にシゲルにしか興味を示さない大精霊たちだが、今回はフィロメナたちに同情的な視線を向けている。
それだけで、光の大精霊の力が強いということが良くわかる光景だった。
フィロメナたちが少しずついつもの調子を取り戻して行くのを確認したシゲルは、メリヤージュを見て聞いた。
「それで、まだ分からないことだらけなんだけれど、質問してもいいのかな?」
「ええ。そのために、私たちは残っているのです。あの方もそうなるだろうと予想して、早めにいなくなったのですよ」
「そうなんだ」
シゲルがそう言うと、メリヤージュも「ええ」と返しながら頷いた。
あれ以上あの場に光の大精霊がいると、フィロメナたちに悪影響を及ぼしかねない。
そう判断したからこそ、光の大精霊は多少話が中途半端でも、ほかの大精霊に話を任せることにして自らは姿を消したのだ。
光の大精霊の気遣いを知ったシゲルは、少しだけ笑みを浮かべながらフィロメナたちを見て聞いた。
「というわけだけれど、質問、あるよね?」
自分がしても良いのだが、折角なのでフィロメナたちに聞いてもらおうとシゲルは考えた。
フィロメナたちは、光の大精霊の威圧のせいでまともに口を開けなかったが、別に思考まで止まっていたわけではない。
いや、約一名、思考も止めていた者もいそうだったが、それは敢えて無視をする。
わざわざ質問を譲ったシゲルに、フィロメナが首を傾げながら聞いた。
「いいのか?」
「うん。少し自分の中で整理をしながら話を聞いてみたいんだ」
シゲルがそう答えると、フィロメナたちは納得した表情になった。
それは、女性陣だけではなく、この場に残っている大精霊たちも同じだ。
「それでは、失礼して私からいくつか質問があるのだが、いいでしょうか?」
フィロメナが大精霊たちに向かってそう聞くと、メリヤージュとディーネが頷き返してきた。
エアリアルやイグニスは特に変わった様子を見せていないが、だからと言って拒否をしているというわけでもない。
それを確認したフィロメナは、一拍空けてから続けて聞いた。
「そもそも私たちは、どこに向かえばいいのでしょうか?」
そのフィロメナの質問を聞いたシゲルは、思わず内心で頭を抱えていた。
そんな基本的なことすら聞くのを忘れていたのかと、反省したのだ。
なんでもないように光の大精霊と会話をしていたシゲルだったが、やはりどこかで緊張もしていたのである。
そんなシゲルを余所に、メリヤージュがフィロメナの問いに答えた。
「場所としては、ネクロガンツ大洞窟になります。より具体的にいえば、以前貴方たちが行った場所よりもさらに深い位置なります」
「え? あれ? グラノームがいる場所が最深部だったんじゃなかったっけ?」
メリヤージュの言葉に、シゲルは思わずそう口を挟んでしまった。
「通常行ける場所としてなら、その説明は間違っていません。ただ、特殊な条件をクリアすれば、その先に行けるというわけです」
「封印……ですか?」
メリヤージュの曖昧な言い方に、ラウラが補足をするようにそう付け加えた。
メリヤージュは、ラウラの問いを肯定するように頷いてからさらに続けて言った。
「あの封印は、全種の大精霊の許可があって初めて通ることができるようになっています。今回、私たちが全員揃っているのは、そういう意味もあるのです」
「なるほど。そういうことですか」
メリヤージュの説明に、マリーナが納得した表情で頷いた。
大精霊が勢ぞろいしたのを見た時は、一体何事かと思っていたのだが、そういう理由があるのであれば納得できる。
現地で集まればいいじゃないかとも思わなくもないが、説明の段階で揃っていれば、現地で驚かなくても済む。
なぜこれだけの大精霊が揃っているのかという疑問はこれで解けたが、ほかにもまだ疑問は残っている。
「では、危険があるというのは、どの程度のものなのでしょうか? あの場所よりもさらに奥となると、かなり厳しいと思われるのですが?」
以前にグラノームのいたところに行った時のことを思い出しながら、フィロメナがそう聞いた。
「ああ。魔物がいるかどうかという意味では、恐らく大丈夫だと思いますよ」
「どういうこと?」
あっさりとそう返してきたメリヤージュに、シゲルは思わずそう聞き返した。
シゲルは、危険な魔物が多くいるのだろうと予想していたのだ。
シゲルと同じようなことをほかの面々も考えていたのだろう。
シゲルが彼女たちの顔を見ると、同じような表情になっている。
「先ほども言った通り、封印は地の大精霊がいる場所よりも先にあります。あの者がいるお陰で、魔物が先に進むことはありません。いくら魔物でもなにもない所でいきなり発生したりはしませんから」
「あー。そういうことか」
メリヤージュの説明に、シゲルは納得顔で頷いた。
言われてみれば確かに、グラノームがいたところには、まったく魔物がいなかった。
スライムのような小さな魔物であれば見逃すこともあり得るだろうが、大型の魔物がいることはない。
付け加えると、封印自体に外からの侵入を防ぐ能力があるので、小型の魔物が入り込むということもあり得ないのだ。
となると、今度は別の疑問がわいてくる。
「では、あの方がおっしゃった危険というのは?」
ラウラがそう聞くと、メリヤージュが首を左右に振った。
「それに関しては私の口からはなんとも言えません。あるかも知れないしないかも知れない。そういうことを含めての確認なのですよ」
「ああ、そういうこと」
シゲルがそう答えると、メリヤージュがさらに続けて言った。
「あの方がおっしゃったように、先にイメージを植え付けることにもなりかねませんから、これ以上は言えないのです」
結局は、秘密主義というよりも余計な情報を与えない場合の結果を知りたいということなのだ。
光の大精霊も言ったとおりに、その点に関しては最初から一貫して貫いている。
これ以上のことについては、詳しく訊いても教えてくれないだろうと判断したシゲルたちは、答えてくれたメリヤージュに礼を言ってから話し合いを終えた。
当然ながら先に大精霊たちがいなくなったわけだが、その際にもフィロメナたちは大きく肩を落としていた。
光の大精霊ほどではないにしろ、威圧があるのは紛れもない事実なのだ。
ちなみに、メリヤージュが与えたアイテムは、あくまでも光の大精霊の威圧を抑えるための物で、ほかの大精霊の威圧に効果があるわけではない。
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遺跡にある拠点に戻ったシゲルたちは、ようやくそこで人心地着いていた。
無理もないだろう。
光の大精霊と対面するだけでも相当な苦労をしていたのに、それに加えて五体の大精霊が勢ぞろいしていたのである。
それで気疲れをしない者がいるのならば、勇者の称号を譲ってしまいたいとフィロメナは考えていた。
ちなみに、いくらフィロメナたちほどに威圧を感じないシゲルといっても、疲れているのは変わりない。
そのシゲルが、ある程度皆が落ち着いたころを見計らって話かけた。
「それで? 光の……じゃないか。大精霊たちからの『お願い』はどうする?」
「シゲル。それって、私たちに選択肢があると思う?」
これまでずっと黙ったままだったミカエラが、少し呆れながらそう聞いてきた。
彼女の中では、すでに結論は出ているようだ。
そのミカエラに、まあまあと右手で抑える仕草をしながらシゲルはほかの面々を見た。
「ミカエラの答えは聞かなくても最初から分かっているけれど、ほかの皆はどう?」
「私としてはこんな機会はまずないから受けたいと思っているが……どうにも材料が少ないという気もしなくもないな」
大精霊たちが情報を制限している理由はよくわかっているが、それでももどかしいと思うのは仕方ないだろう。
ただ、そこで文句を言うくらいなら、最初から『お願い』を断ればいいというのはフィロメナの考えだった。
そもそも魔物が出るこの世界で、危険がまったくない場所のほうが珍しいのだ。
フィロメナの言葉に頷きつつ、マリーナが続いて言った。
「そうね。でも、まあそこは考えても仕方ないでしょうね」
「確かにそうだな。――というわけで、私もミカエラと同じ意見だが、ほかはどうだ?」
フィロメナが改めてそう聞くと、マリーナ、ラウラ、シゲルの順に答えを出した。
その結果、全員一致で光の大精霊からの『お願い』を受け入れるということに決まったのであった。
次は久しぶりに大洞窟へ向かいます。




