(20)光と闇の精霊について
ヨーデリア遺跡が光の大精霊によって守られていることは、予想外でもあり、また予想通りのところもあった。
予想通りだったのは、ある程度高位の精霊が守っているだろうということであり、予想外だったのは、光の大精霊なんて大物が出て来るとは考えていなかったことだ。
シゲルの傍にいるメリヤージュを越えるような存在が、一部とはいえ遺跡を朽ち果てさせるなんてことはないだろうという思い込みがあったため、これほどまでの大物の出現を予想できていなかったのである。
もっとも、メリヤージュと会って、その言動を見てからはそれも予想の範疇にはなっていたのだが。
それはともかく、ヨーデリア遺跡が光の大精霊の個人的な理由によって守られているということが分かっただけでも十分である。
そう考えたシゲルは、ふとなにかを思い出したような顔になってメリヤージュを見た。
「そういえば、メリヤージュがこの町を守っているのも、個人的な理由?」
ディーネとエアリアルに関しては、直接関与している人物のことがあるということは分かっている。
ただ、メリヤージュにはその辺のことは、あまり詳しく聞いていなかった。
「ええ、そういうことです」
頷きながらそう返答してきたメリヤージュを見て、シゲルはそれ以上掘り下げて聞くのは止めた。
光の大精霊と同じく個人的な理由であるということもあるのだろうが、なんとなく寂しげな表情になっている気がしたのだ。
メリヤージュから視線を再び光の大精霊へと移したシゲルは、ここで以前からの疑問を聞くことにした。
「『精霊の宿屋』が自分の能力だということは分かりましたが、精神操作されているなんてことは……?」
「ご自分で暗示をかけているという意味でなら、そういうこともあるでしょうね」
あっさりと返ってきたその答えに、シゲルは肩の力を抜いた。
その答えは、以前ミカエラからの指摘でいろいろと考えていたのが馬鹿のように思えるものだった。
他者から操作されているというわけではなく、自分自身で暗示をかけるように無意識のうちに思い込むことなど、生きていく上ではいくらでもあることだ。
それをむやみに恐れていては、人として生きて行くことなどできるはずがない。
シゲルの場合は、『精霊の宿屋』という特殊すぎる能力(?)を持ってしまったために、その思い込みがほかとは違った形で出てきただけである。
考えないようにしながらも心のどこかでしこりのように残っていた疑問が解決して、シゲルはさっぱりとした表情になっていた。
「そうですか」
「勿論、他者からの影響を全く受けていないとは言いません。ですが、それは人であればどなたでも同じことですよね?」
一瞬シゲルは、光の大精霊の言った言葉の意味が分からなかった。
だが、少し考えて光の大精霊が言いたいことが分かった。
要するに今の言葉は、人は自分以外の他の者から色々と影響を受けて生きているのだろうと言いたいのだ。
もし、その影響を完全に無くしたいのであれば、それこそ人里離れて完全に一人で生きて行かなければならないだろう。
シゲルは、当然ながらそんなことを望んでいるわけではないので、光の大精霊に向かって頷いた。
「そうですね。では、また別の質問ですが、貴方のような光の精霊――闇もですが、それらの存在があまり人の世界に広まっていないのは何故でしょうか?」
この問いかけに、光の大精霊は小さく首を傾げた。
「さあ? さすがにそこまでは私も存じません。別に意図して隠しているわけではないのです。――ただ、思い当たることがないわけではありません」
少しだけ間を空けてからそう付け加えてきた光の大精霊に、シゲルは無言のまま続きを待った。
「光と闇――物質と精神というのは、誰しもが持っているものです。体と心がなければ、そもそも人として存在できないのですから」
その光の大精霊の説明に、シゲルはなるほどと頷いた。
光の大精霊が今言ったことは、人として当たり前すぎて忘れがちになりそうな事実であることなのだ。
ただし、そのことと人の間に光と闇の精霊についての話が広まっていない関係が分からない。
そのシゲルの疑問に答えるかのように、光の大精霊は淡々と続きを話している。
「恐らくですが、光と闇は人として当たり前に持っているものなので、精霊として感じ取ることが難しいのではないでしょうか。更にいえば、片方だけを持っているという認識が、邪魔をしているのかもしれません」
「え? それはどういう……?」
光の大精霊が言っている意味が分からずに、シゲルは首を傾げた。
前半のことはともかく、後半はなにを言いたいのかが分からなかった。
現に、目の前に光の大精霊がいて、シゲルはしっかりと認識できているのだからなにがどう邪魔をするのか、意味が分からない。
そのシゲルに助け船を出すように、メリヤージュが説明を加えた。
「シゲル、あなたであれば分かるでしょう? 例えば、今護衛についているリグも風以外の属性の魔法をいくつも使えているのですから」
そう説明されたシゲルだったが、それと先ほどの光の大精霊の言葉がどう繋がるのか分からない。
相変わらず疑問の表情を浮かべているシゲルに、メリヤージュはさらに続けて言った。
「光と闇の精霊は、もともと人に認識されにくい上に、別の属性を持って現れると、そちらを優先して認識してしまうということです」
「…………ああ、なるほど。そういうことですか」
メリヤージュの説明を聞いて、少しの間頭の中でその言葉を吟味したシゲルは、ようやく納得して頷いた。
以前、リグたち初期精霊が特級精霊に進化した時、物質や精神の力を強く感じ取れるようになったと言っていた。
だがそれは、あくまでも『強くなった』のであり、いきなり発現したわけではない。
ごく弱い状態ではあるが、もともと持っていた能力なのだ。
それは、逆にいえば精霊であっても光と闇の力(属性)は最初からあるものであり、人が当たり前に持っているためにそれを認識できないでいるということだ。
そこまで考えたシゲルは、目の前にいる光の大精霊を見て聞いた。
「ということは、あなたもほかの属性を持っているというわけですか」
「ええ、勿論です。私の場合は光の属性が強いので光の大精霊と認識されていますが、ほかの属性がないわけではありません」
シゲルの問いかけに、光の大精霊はすぐにそう答えてきた。
その表情が若干嬉しそうなのは、シゲルに自分の言いたかったことが通じたと理解したためだ。
精霊は、人と違って肉体に強く縛られて生きているわけではない。
それでも、こうして目の前に現れている以上は、やはり物質(肉体)とは切っても切り離されない関係にあるのだ。
それは、リグたちを見ていてもわかることだ。
ただし、リグたちのように形を持たない精霊になると、話は別である。
そこまで小さな存在になれば、やはり光と闇の精霊は明確に区別されて存在しているのである。
そのため、光と闇の精霊は存在しているが、どういう形でいるかは分からないという状態になっているのではないかというのが、光の大精霊の見解なのだろう。
その考えをシゲルが言葉できちんと確認すると、メリヤージュと光の大精霊が同時に頷いた。
「それで間違っていません。ただ、推測の部分もかなり混じっていますので、完全に正しいかどうかは分かりません」
光の大精霊がそう言ってくると、シゲルは頷き返した。
「それで構いません。完全な答えを知りたかったわけではありませんから」
シゲルがここで光と闇の精霊について聞いたのは、あくまでも答えが得られるかもしれないと考えたからだ。
光の大精霊から答えを貰えなかったとしても、それを気にすることはなかっただろう。
これほどの存在であっても、知らないことはあると考えただけだ。
結局、予想以上の答えを貰えたので、ありがたいという気持ち以外にはない。
光の大精霊から聞いた話と伝えると、それが事実であるように広まってしまう可能性があるので、その辺は気を付けなければならない。
わざわざ光の大精霊が念を押してきたのは、そうした懸念があるからだということは、シゲルにも伝わった。
光と闇の精霊についての話を聞いたシゲルは、それ以上の質問は思い浮かばなかったため、これで光の大精霊との話し合いは終わった。
光の大精霊は、最後にまたなにかあればメリヤージュに話を通してくれればいいと言って、その場からから姿を消した。
それを見送ったシゲルは、少しだけ困ったような顔になっているメリヤージュを見つけて、小さく笑うのであった。
これにて第11章は終わりになります。
タイトル通り光と闇の精霊に関する話で、終わってしまいました。
そして、肝心の『精霊の宿屋』ついてほとんど触れていないと今更ながらに気付く作者。
次話は、現状の『精霊の宿屋』について詳しく触れる……はずです。
次から新章になるので、いつもの通り三日お休みをいただいての更新になります。
なんだかんだで書籍発売までひと月切っております。
書籍版も是非よろしくお願いいたします。
m(__)m




