(19)『精霊の宿屋』の役割
戸惑った表情を浮かべたままのシゲルに、金髪の大精霊は少しだけ困ったような顔になっていた。
「貴方は貴方の好きなようにしてくださって良いのです…………といっても、よくわからないでしょうね」
そう前置きをした金髪の大精霊は、何故かメリヤージュに目配せをした。
その視線の意味をしっかりと理解をしたメリヤージュは、シゲルに向かって微笑みながら言った。
「これから先は考えることが多くなるでしょうから、あちらで座りながら話を続けましょう」
メリヤージュがあちらと言いながら指を指した方向には、いつの間にか椅子とテーブルが用意されていた。
自分が来た時には無かったと思うのだがと、シゲルが疑問の表情を浮かべると、メリヤージュは笑みを深くしながら続けて言った。
「シゲルが光の方とお話をしている間に、用意させてもらいました」
「光……」
さらりと重要な情報を入れ込んできたメリヤージュに、シゲルは少し呆気にとられたような顔になった。
「ええ。こちらのお方は、光の大精霊に当たる精霊なのですよ」
シゲルがチラリと金髪の大精霊――光の大精霊に視線を向けると、特に秘密にするつもりはないのか、あっさりと頷いてきた。
ここで迂闊に名前を聞くような真似はしない。
精霊にとって名前が重要だということは、これまでの精霊たちとの付き合いで嫌というほど理解しているのだ。
光の大精霊という稀有な存在に会えたことに混乱しつつ、それでもシゲルはなんとか用意された椅子に座ることができた。
シゲルがしっかりと腰かけるのを見ていた光の大精霊は、ここで再び口を開いた。
「まず、貴方の持っている『精霊の宿屋』ですが、本来であればこちらの精霊が対処すべき精霊喰いをいくらか引き付けてくださっております。その分、精霊が対処する必要がなくなり、随分と楽になっているのですよ」
そう言った光の大精霊は、シゲルに向かってニコリと笑った。
そして、光の大精霊は、さらに説明を続けた。
精霊の宿屋が精霊喰いを引き付けてくれているお陰で、シゲルの周辺にいる精霊たちに余裕が生まれる。
その余裕のお陰で別の場所での対処が楽になり、連鎖反応的に精霊全体の動きが活発になってきたという。
精霊にも当然のように個性があるので、精霊喰いと戦いたくない気分というのはある。
それでも対処しなくてはならないので、中には嫌々対処している精霊もいるのだ。
往々にしてそれらの精霊が、それこそ精霊喰いに食われたりしていたのだが、そうした事故が減っているという。
事故が減ればその分精霊の減少も緩やかになり、生まれた余裕のお陰で誕生する精霊の数も増える。
その好循環ができたお陰で、現在の精霊の数は、かつてないほどに増えているそうだ。
「――そうなのですか」
光の大精霊の話を聞いていたシゲルは、どこか他人事のようにそう言って頷いた。
『精霊の宿屋』があることが、精霊にとって良いことだというのは喜ばしいが、それが自分の手柄のように言われるのはなにか違う気がしたのだ。
『精霊の宿屋』を自分で作ったとか、手に入れたのであれば、お礼を言われて素直に受け入れることもできたのだろうが、残念ながらそうではない。
なにか、他人の手柄のお陰でお礼を言われているようで、そんな感じになってしまったのだ。
そのシゲルの思いを見抜いたのか、光の大精霊がこんなことを言ってきた。
「貴方の持つ『精霊の宿屋』は、紛れもなく貴方自身の力ですよ。 勿論、私たち精霊が与えた物というわけではありません。それに、誰かから無理やり押し付けられたというわけではないですよね?」
「まあ、それはそうなのですが……」
「そう言われても中々実感はできませんか。……では、こう考えてはいかがでしょうか。事故によって、ほかの世界に来ることになってしまった者への贈り物だと」
「事故、ですか」
再び出てきた聞き逃せない言葉に、シゲルは少し驚いた表情を浮かべた。
そのシゲルを見ながら光の大精霊は小さく頷き返した。
「ええ。貴方がこの世界に来たのは、誰かの意思によって導かれたわけではありません。本当にただの事故なのですよ」
異なる世界は、ごく稀に空間同士が繋がることがある。
その現象は頻繁に起こるわけではなく、ましてやシゲルのような生物が遭遇することはほとんどない。
それでも、過去に出現したアビーやタケルのように、事故は起こる。
その事故を防ぐことは今のところ難しいというのが現実なのだ。
光の大精霊からその説明を聞いて、ようやくシゲルの中でずっとあった疑問の一つが解けた。
「一応確認しますが、元の世界に戻るということは?」
シゲルがそう聞くと、護衛についていたラグの表情が一瞬曇っていた。
だが、シゲルはそれには気付かずに、真っ直ぐに光の大精霊を見ていた。
「残念ですが、少なくとも私はその方法は知りません。それに、別世界への道が生まれたとしても、それが貴方が以前いた世界かどうかは分かりませんから」
下手をすれば、全く知らない世界に移動することになる。
その時シゲルが『精霊の宿屋』を引き続き持っているかどうかは、光の大精霊にも分からないことだ。
光の大精霊の説明を聞いたシゲルは、一度短めに目を閉じてからぽつりと呟いた。
「……そうですか」
タケルの日記を見てから、もうとっくに以前の世界のことは諦めていたつもりになっていたのだが、やはりどこかにはもしかしたらという思いが残っていたようだった。
それが、光の大精霊という存在により否定されて、やはりショックは隠せなかった。
と同時に、やはりこの世界で生きて行くんだという思いは強くなったといえる。
自分を見ながら申し訳なさそうな顔になっている光の大精霊を見て、少しだけ笑いながらさらに続けた。
「私がこの世界に来たのは貴方のせいではないのですから、そんな顔をされる必要はないですよ。それよりも、質問をしてもいいでしょうか?」
きっぱりとそう言い切ったシゲルを見て、光の大精霊は小さく頷いた。
「勿論です。わたくしはそのために来たのですから。答えられることは、すべてお答えいたしますよ。……答えられないものもあるかも知れませんが」
「それはそうでしょうね」
シゲルも、質問の全ての答えが得られるとは考えていなかったので、その言葉を貰えただけでも十分だ。
光の大精霊に向かって頷いたシゲルは、最初に遺跡のことを聞くことにした。
「あの遺跡は、やはり貴方の指示によって維持されているのですか?」
「ええ。その認識で間違いありません。本来であれば、あそこまで朽ちる前に色々と手を入れたかったのですが、そこまで手が回らず……」
光の大精霊は、そう言いながら表情を曇らせた。
「なぜあの遺跡を?」
「それは……個人的な理由です。貴方が知るほかの大精霊と変わりませんよ」
光の大精霊は、そう言いながらメリヤージュを見た。
考えてみれば、シゲルはメリヤージュが森の遺跡を守っている理由を知らない。
光の大精霊が言ったように、個人的な理由が絡んでいそうな気がしたので、敢えてそこまで踏み込んで聞いていないのだ。
シゲルは、メリヤージュと同じようにそれ以上突っ込んで聞くのは止めて、質問の矛先を変えることにした。
「あの大聖堂を特に重要視しているように思えるのですが?」
「ええ。それは間違いありません。あの大聖堂は、特に思い入れが強いものですから」
「なるほど。では、ここの遺跡と違って、完全に守られていないのは、何故ですか?」
そこまで聞いていいのか分からなかったが、シゲルは敢えて踏み込んで聞いてみた。
答えによっては、それこそ「個人的な理由」に触れることになるかも知れないと考えたのだ。
だが、そのシゲルの考えに反して、光の大精霊はあっさりと答えを返してきた。
「それは簡単です。当初、あの遺跡を守っていた精霊は、別の者だったのですよ。その精霊から引き継いだ時にはすでにあの状態でした」
「ああ、なるほど。そういうことですか」
どう見ても力のある精霊が、遺跡をあんな状態にしてしまったのかが不思議だったのだが、途中から守るようになったというのであれば納得できる。
さらに、引き継いだ時に既に人の目があったのであれば、あのようにこそこそと(?)維持をしている理由もわかる。
メリヤージュやディーネのように最初から人を避けて管理をしていれば別だったのだろうが、わざわざ人を追い出してまで維持管理をする必要はないというわけだ。
光の大精霊の答えで、ヨーデリア遺跡に関するいくつかの疑問は解けた。
それでもまだシゲルには聞きたいことがあるので、質問はさらに続くのであった。
今章は、光の大精霊と話をして終わりになる……はずです。




