(18)六体目の大精霊
魔の森の遺跡に調べ物をしに行くということは、王都に向かったその日のうちに担当者に説明を終えた。
さすがに大聖堂にある天井画は有名なようで、それについて調べると説明したところ、担当者は疑問に思うそぶりも見せていなかったというのが、話を終えて戻ってきたマリーナとラウラの説明だった。
今回は、調査はまだ続けるということを伝えるだけだったので、教会と城に説明をしに行ったのはマリーナとラウラだけだった。
担当者に会うまでに時間が多少かかったということはあったものの、それ以外は特に問題らしい問題は起こらなかった。
そのことに、微妙に安堵した雰囲気に包まれて、アマテラス号は魔の森へと向かうのであった。
魔の森についたシゲルたちは、その日のうちに遺跡に向かったわけではなく、きちんと準備を整えてから移動を開始した。
魔の森の遺跡に向かう主な目的は、シゲルが会った精霊がいうところの「あの方」に会うためではあるが、大聖堂にあった天井画のことを調べるという目的もきちんと果たすつもりなのだ。
そのため、幾日かは遺跡に滞在して、本や書籍の類を確認していくのである。
魔の森の遺跡は、それ自体がかなりの広さがあるので、本当に天井画に関して見つかるかも知れないという期待もあるのだ。
そうして準備を整えたシゲルたちは、順調に遺跡へと着いた。
「さて、まずはメリヤージュに挨拶に行く?」
シゲルが皆にそう問いかけると、ミカエラが当然と言わんばかりに頷いた。
「勿論よ。ここは、あの方の庭も同然だからね。きちんと挨拶はすべきよ」
「そうですね。それに、例の精霊が言っていた件でもご迷惑をおかけするのですから」
ミカエラに続いて、ラウラも頷きながらそう言った。
シゲルの場合、呼び出しさえすればいつでもメリヤージュと会うことができるのだが、形式は大事である。
全員が頷くのを確認したシゲルが、それじゃあ町の中心に向かおうかと言おうとしたところで、それまでいなかったはずの存在が姿を見せた。
「――その必要はありませんよ。今回のことについては、話を聞いていますから」
「メリヤージュ」
シゲルたちの目の前にいきなり現れたのは、遺跡の管理をしているメリヤージュだった。
シゲルが名前を呼ぶと、メリヤージュは小さく頷きながらシゲルを見て続けた。
「あの方からは、シゲルの好きなタイミングで構わないと聞いていますが、どうしますか?」
メリヤージュまでもが「あの方」と呼んだことに驚きつつ、シゲルは少しだけ首を傾げてからフィロメナたちを見た。
遺跡に来るまでに何度か魔物との戦闘を行ったため、少し休んでからのほうがいいと考えたのだ。
そのシゲルの意図を汲んでか、フィロメナが小さく頷いていた。
それを確認したシゲルは、再びメリヤージュを見ながら言った。
「すみません。少しだけ休ませてもらっても大丈夫ですか?」
「勿論ですよ。それでは、会えるタイミングになったら公園に来てください。ただし、今回はシゲルと精霊だけでお願いします」
メリヤージュが最後にそう付け加えると、やっぱりそうなったかと思いつつ、シゲルは頷いた。
連絡係の精霊の態度を見れば、よほど重要な相手であることは分かっていたので、そう言われる可能性があることは前もって話していたのだ。
そうなったらそうなったで、フィロメナたちは遺跡での調査を進めることになっているのでなにも問題はない。
シゲルが頷き返すのを確認するなり、メリヤージュはすぐに姿を消した。
メリヤージュらしくきちんと一言断ってからだったが、その忙しそうな様子を見て、シゲルは少しだけ顔を引きつらせながら言った。
「……なんだか、とんでもない相手と会うことになりそうなんだけれど?」
「今更なにを言っているのよ。これだけ気楽に大精霊と会えること自体が、とんでもないことなのよ?」
「それはそうなんだけれどね」
ミカエラの突っ込みに、シゲルは苦笑をしながらも頷いた。
大精霊は、シゲルに対してごく普通に接してくるので、ついついそのことを忘れがちになってしまうのだ。
決してシゲルが忘れっぽい性格であるというわけではない……はずである。
シゲルとミカエラがいつものじゃれあいを見せた後は、皆で拠点へと移動をした。
魔の森の遺跡にはすでに何度か来ているので、休める場所は決まった場所になっている。
旅をする行商や冒険者であれば、それぞれの町にお気に入りの宿というものがあるが、それと似たような感覚だ。
その拠点で一時間ほど休憩を入れたシゲルは、護衛についていたリグにお願いをして、先ぶれの精霊をメリヤージュに送ってから町の中央の公園へと向かった。
先ぶれの精霊はすぐに戻ってきて、どこから入るかまで指示を出してきた。
以前のようにメリヤージュから直接言葉を飛ばされるのではなく、こんな方法もあるのかとシゲルは感心しながらその精霊の様子を見ていた。
そして、その精霊に従って公園の中央に来たシゲルは、そこで再びメリヤージュと対面した。
その頃になれば、メリヤージュの先ほどの言葉を思い出して、シゲルは多少緊張した面持ちになっていた。
メリヤージュが「あの方」と呼んでまで気を遣う相手なので、なにが起こるか分からないという気分になっていたのである。
そんなシゲルの表情を見て、メリヤージュはクスリと笑いながら言った。
「そんなに緊張する必要はありませんよ。私があの方と呼んでいるのは、かの精霊が私よりもはるかに長く存在しているからです」
シゲルは、それだけでも十分にすごいことなのではと思ったが、それを言葉にすることはできなかった。
メリヤージュが、それよりも早く言葉をつづけたのだ。
「それに、格でいえばあの方も私と同じ大精霊です。どちらかといえば、精霊神ではないと言ったほうが正しいのかもしれませんが」
「いや、それって全然安心できる要素がないんだけれど?」
自分よりも格が上と言ってきたメリヤージュに、シゲルは少しだけ恨めし気な視線を向けた。
今のメリヤージュの説明の仕方だと、シゲルの緊張を解こうとしているのか、より緊張させようとしているのかが分からない。
そんなシゲルを見て、メリヤージュはクスリと笑った。
今のシゲルは、公園に入ってきたときよりも緊張が解けているのだが、そのことに本人は気付いていないのだ。
それを敢えて指摘すれば、また元の木阿弥になってしまうことになるので、メリヤージュはそのことは言わずに別のことを言った。
「そうですか? それよりも、そろそろお呼びしますね」
「あ、はい。もう好きにしてください」
この時既にシゲルは、まな板の上の鯉という気持ちになっていたので、諦め半分でそう答えた。
すると、その返答に応えるように、シゲルの目の前で変化が起こった。
具体的には、いきなり握りこぶしほどの光の塊が現れて、その塊が一気に大きくなり人型になった。
そして、その光が消えたと思った瞬間に、雰囲気とあふれ出てくる力から一目で精霊だと分かる存在が現れたのだ。
腰まで届いているように見える長い金髪に青い瞳を持つその精霊は、シゲルがこれまで会ってきたどの精霊よりも力が強いということが分かった。
シゲルはそれと同時に、なぜこの場に自分一人だけで呼び出されたのかも理解した。
もしこの場にフィロメナたちがいれば、下手をすれば気を失っていたかもしれない。
それほどまでに、シゲルは目の前にいる精霊から強大な力を感じていた。
圧倒されているシゲルを見て、現れた精霊は優し気な表情になりながら笑みを浮かべた。
「そんなに緊張なさらないでください。わたくしは、導者である貴方にお礼を言いたくて、この場に来たのですから」
「お礼……ですか?」
意味が分からずに首を傾げるシゲルに、その精霊はコクリと頷いた。
「ええ。貴方の持つその『精霊の宿屋』のお陰で、精霊喰いの対処が随分と楽になりました。しかも貴方は、契約をしている大精霊に頼るということもしておりませんから」
「いや、それは……」
シゲルが大精霊に頼っていないのは、それだけ緊急の事態が発生していないためだ。
もし、『精霊の宿屋』が潰れるようなことになれば、遠慮することなく呼び出しただろう。
そう説明をしようとしたシゲルに先んじて、金髪の精霊は首を左右に振った。
「結果はどうあれ、今まで呼び出すことをしていない。それが重要なのですよ。それに、契約をしているのですから、貴方が大精霊を呼び出したとしても文句を言う者はいません。……矛盾をしているようですが、それが事実です」
そう言ってきた金髪の精霊に、シゲルはどう言葉を返していいのか分からずに、曖昧な表情を浮かべるのであった。
金髪の大精霊は、今まで会った大精霊とは、まさしく格が違います。




