(14)面倒なやりとり
翌朝。
アマテラス号を出て遺跡の中に入ったシゲルたちに、当然のように監視の者たちがついてきた。
ご丁寧にも騎士と神官が三人ずつなのは、なにかの取り決めでもあるのかと疑いたくなる。
確証はないのだが実際そうなのだろうと、近寄って来る監視たちを見て、シゲルはそんなことを考えていた。
もともと予想していたフィロメナは、慌てることなくそれぞれの代表に向かって交渉を始めた。
「――というわけで、今日もそばをうろうろされるようであれば、直接王都に話に行くが?」
本当にいいのか、という意味を込めてフィロメナがそう聞いたが、騎士代表は特に表情は変えなかった。
「それならそうすればいいだろう。私たちは私たちの仕事をするだけだ」
その言葉を聞いただけで、話が通じないとわかる。
もっとも、騎士が上からの命令に従わないわけにはいかないので、ここでフィロメナがいかに言おうとも騎士たちの行動が変わることはないはずだ。
神官たちは、騎士に後れを取るわけにはいかないという感情が見て取れる。
騎士代表の返答を聞いたフィロメナは、一度だけ頷いてからさらに応じた。
「そうか。ならばそうさせてもらう」
フィロメナはそう言いながら、シゲルを含めた残りのメンバーを見回した。
その顔を見れば、引き上げようと言っていることがわかる。
元からこうなることを予想していたシゲルたちは、事前の話し合い通りに遺跡に向かうのを止めて、アマテラス号へと戻るのであった。
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アマテラス号に乗り込んだシゲルたちは、すぐに王都へと向かった。
フィロメナが言ったとおりに、それぞれの担当者へ苦情を言うためである。
手間といえば手間なのだが、移動にアマテラス号を使っている分、徒歩や馬車で移動するよりは気楽に行える。
実際フィロメナたちは、鼻歌でも歌いそうな顔になっていた。
少しだけ騎士たちのことが気になったシゲルは、ラウラを見ながら聞いた。
「あんなに適当な扱いにしてよかったの?」
「ええ。問題ありません。あちらはあちらで今頃話し合いをしているでしょうが、どうすることもできませんから」
騎士が上からの命令に絶対であるならば、その上からの命令を撤回するようにしなければならない。
それは、現場レベルで話をしても意味がないということは、ラウラはよくわかっているのだ。
さらに、ラウラに続けてマリーナが少しだけ肩をすくめて言った。
「なんだかんだ言いながら、こっちも似たようなものね。結局、上下関係には逆らえないのよ」
「あー、まあ、そうなるのか」
結局、どこの世界でもその辺りの事情は変わらないんだなと思いつつ、シゲルは少し呆れた顔で頷いた。
昨日の話し合いで分かっていたことだが、それでも実際に目の当たりにすると、面倒だという気持ちはどうしても沸いてくる。
あのまま遺跡で駄々をこねても、ただのクレーマー(もどき)の扱いになるのは分かり切っているので、そんなことをしろというつもりはないのだが。
なんともいえない顔になっているシゲルに、フィロメナが笑いながら言った。
「そんな顔をするな。ここまであからさまだとは思わなかったが、いずれは表に出てきていたはずだ。それが早めに解決できると思えばいい」
「それもそうか」
フィロメナの言い分に、シゲルもすぐに気分を変えて頷いた。
いつまでももやもやとした気分を引きずっていても仕方ないし、なによりもそんなことでイライラしても仕方ないと割り切ったのだ。
そんなことよりも、今は優先すべきことがある。
そう考えたシゲルは、アマテラス号の操縦に集中し始めて、王都へと進路を進めた。
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王都に着いたシゲルたちは、さっそく行動を開始した。
例によって、マリーナが教会側に、ラウラが城へと向かう。
ただし、今回は抗議の意味も含めて、マリーナにはミカエラが、ラウラにはフィロメナが付いている。
シゲルは、前回と同様にアマテラス号でお留守番になる。
シゲル自身が面倒だと思ったというのもあるのだが、それ以上に騎士たちの行動を見ていると、アマテラス号に余計なちょっかいを出してくるかもしれないという意見が出たためである。
これまでそんなことを気にせずに、割と気楽に放置することを許していただけに、フィロメナがそんなことを言い出した時は、シゲルも少しだけ驚いていた。
その後で、 もしかしたら遺跡でのやり取りにうんざりしていたことに気を使ってくれたのかもと、シゲルは胸中でそんなことを考えていたりもしていた。
それはともかく、今回の話し合いは、最初の交渉の時と違って時間がかかっていた。
今回の場合は、こちらから話を持ってきたので、まずは担当者との繋ぎを作るのに時間がかかったのだ。
普通であればそうそう簡単に会えない相手と話し合いをしているので、時間がかかって当然なのだ。
それを考えれば、今回のことも最速で対応してくれたと考えてもいいかもしれない。
とにかく、話し合いを終えて先に戻ってきたのは、マリーナ&ミカエラペアだった。
そして、視線だけでどうだったと問いかけるシゲルに、マリーナが肩を竦めながら答えた。
「どうしようもないわね。騎士が止めたらこちらも止めるの一点張り。そのまま話を続けても仕方ないから、適当に切り上げてきたわ」
「こっちも一応は、今の状態が続けば、調査は止めると言ってきたけれどね」
マリーナの続いて、ミカエラがうんざりしたような顔になってそう続けた。
その表情からは、勝手にやってろという思いがにじみ出ている。
なんとなく船の中でだらけていたことに気が引けたシゲルは、ミカエラに申し訳なさそうな顔になりながら聞いた。
「そんなにひどかった?」
「ゴーレムそのものかと思ったわよ。もしマリーナがいなければ、聖職者って皆があんなに頭が固いもんだと思い込んでいたわ」
「うわー」
それだけで、どういう状況だったか理解したシゲルは、顔を引きつらせながらそう言った。
シゲルとミカエラのやり取りを見て、マリーナが少しだけ苦笑しながら言った。
「結局は、ラウラ次第ということになってしまったわね」
「なんか、向こうは向こうで神官次第だと言っていそうな気がする」
シゲルがうんざりした顔になると、ミカエラは突き放すように言った。
「そうなったらそうなったでいいじゃない。言ったとおりにヨーデリア遺跡の調査なんて止めてしまえば」
よほど腹に拗ね変えているのか、ミカエラはいつになく強い口調になっている。
その様子を見て、シゲルとマリーナが視線を合わせたが、教会側をかばう気にもなれず、しばらくの間はそのまま好きなようにさせておくのであった。
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ラウラとフィロメナは、ミカエラとマリーナが戻ってきた翌日に帰ってきた。
やはり面会を取り付けるのに時間がかかったようだった。
ただ、それ以外の交渉は上手くいったということは、戻ってきた二人の顔を見てすぐにわかった。
「――あっさりと騎士を下げるという許可が出ました」
ラウラがそう報告すると、シゲル、マリーナ、ミカエラの三人は、揃って顔を見合わせた。
「随分と簡単に許可が下りたね」
「はっきりとは口にしませんでしたが、一部の暴走だったようですね」
シゲルの言葉に、ラウラが苦笑しながらそう答えた。
国家という巨大な組織である以上は、一枚岩でことに当たるなんてことは、よほどのことがない限りは起こらない。
外敵に攻められている状況でさえ、そういった状況になり得るのだから、これは変えることのできない事実である。
もし、実現できたとすれば、それはよほどの暴君か名君が王として立っているということになる。
ヨーデリア王国の現王は、良くも悪くもそこまでの王ではないため、組織自体はごく普通の官僚で成り立っている。
それらの官僚の一部が、今回の件で手柄を得ようと暴走したというのが、あのうっとおしい監視というわけである。
「さすがは宰相の片腕と言われているだけあって顔には出していなかったが、担当官もうんざりしている様子だったな」
フィロメナが気の毒そうな顔になって言ったため、実際にその通りだったのだろうとシゲルは思った。
かといって、完全に同情する気はシゲルにはない。
それは、ほかの面々も同じだろう。
「――とにかく、騎士側は約束を取り付けた。あとは、神官側になるが……」
「また明日にでも行ってみるわ」
マリーナがそう答えた瞬間、ミカエラがあからさまに嫌そうな表情になり、シゲルが苦笑を浮かべた。
そしてそれを見たフィロメナは、なんとなく状況を察したのか「――そうか」とだけ答えるのであった。
シゲルは退避。ミカエラ激おこ。




