(10)面倒な事態
ヨーデリア王国に向かう途中で、シゲルはアマテラス号の操縦をしながら気になったことを聞いた。
「そういえば、国と教会同時に呼ばれているみたいだけれど、両方行くの? それから、どっちを先に?」
国も教会も、多くの人を抱える組織であることに違いはない。
そういう意味では、面子はどちらも重要になって来るのだ。
どちらを先に挨拶したかというのは、面倒ではあるが、非常に重要な選択になる。
それは、軽く話を聞いたシゲルにもすぐにわかることだ。
シゲルの問いに、フィロメナが渋い顔になって答えた。
「どちらかを優先すると面倒なことしか待っていないので、同時に行くしかないだろうな」
「あら。ということは、二つに分かれるんだ」
「いや。招待されたのはマリーナとラウラだけだからという理由を付けて、最初はそれぞれに行ってもらうつもりだ」
シゲルの答えに、フィロメナは首を振りながらそう答えた。
その答えを聞いたシゲルは、少しだけ驚きながらさらに聞き返した。
「え、それって大丈夫なの?」
聖女の称号があるマリーナはともかく、ラウラは二人の侍女しか連れてきていない。
そんな状態で交渉をしようにも、なめられるだけでまともな話し合いにもならないのではないかという懸念がある。
勿論、シゲルが考えているようなことは、ラウラも十分わかっていた。
「大丈夫ではないでしょうね。ただ、こちらとしては、別に相手の言うことを聞く必要はないですから」
「それは、私の方も同じね」
ラウラの言葉に同意するように、マリーナが頷きながらそう続けた。
ヨーデリア遺跡は、国が厳重な警備体制を敷いているために、そもそもそちらで許可を貰えなければ入ることができない。
ただし、管理を行っているのは教会なので、たとえ国の許可があっても自由に遺跡を調べるということもできないのだ。
なぜそんな面倒なことになっているかといえば、少なくとも表向きは、国と教会の仲が悪いからという理由ではない。
基本的に、教会側の許可さえもらえれば、国は遺跡の調査の許可は出すことになっている。
勿論、国が許可した者も、教会側に打診さえすれば大抵許可はもらえる。
ところが、今回の場合は別々に許可を出す旨が、それぞれのルートで同時に届いた。
となれば、シゲルが考えたように、それぞれの面子というものが邪魔をしてくる。
さらに、フィロメナ――というよりもこの場合はマリーナという聖女が絡んでいることが、やっかい事を大きくしていた。
ヨーデリア王国では、勇者パーティの一員として戦ったマリーナの人気は、未だに衰えていない。
そのため、マリーナが聖都に顔を見せれば、騒ぎになることは間違いがない。
マリーナに直接招待を出してきたのは教会側なので、最初に顔を出すのが教会になるのは問題がない。
ただし、遺跡の調査に関して、どちらの許可を貰って行動したというのが、相手側にとっては重要になってくるのだ。
「――――その理屈でいえば、マリーナ宛に手紙を出した教会側の許可を貰うのが筋だと思うけれどね」
シゲルがそう言うと、フィロメナが苦笑しながら首を振った。
「ところが、そう簡単にはいかない。国側からも招待を貰っているわけだからな。下手をすれば、入国許可を出さないとさえ言われる可能性がある。……まあ、そんな暴挙は言ってこないだろうが」
フィロメナがそう言うと、マリーナとラウラが同時に苦笑をしていた。
フツ教の教会は、あくまでもヨーデリア王国に広く根付いている一つの宗教という立場でしかない。
当然ながら国の管理は、王族を中心にして貴族たちが行っている。
そのため、国外への締め出しなどの権利は、国が握っているのだ。
勿論、フィロメナたちを相手に入国許可を出さないなどの暴挙を行えば、国民からの反発も出て来ることは予想できる。
そのため、そんなあからさまな方法は取ってこないだろうが、似たようなことはやろうと思えば出来るのである。
ヨーデリア王国がそんな手を打って来るかは分からないが、それでもやはり警戒はせざるを得ない。
そもそもそういう意図がなければ、わざわざ教会側と時を合わせて手紙を届けるなんて真似はしないはずなのだ。
そうした諸々の事情を鑑みて、最初の対面はマリーナとラウラだけがそれぞれ顔を見せに行くということに決まったのだ。
というよりも、シゲルが話を振ってきたので、今決めたというのが正しい。
とにかく、今回の二方面からの招待が、シゲルたちにとっては面倒なことであるのは間違いない。
それでも、こんな機会が次にいつ来るかがわからないので、出来れば遺跡の調査を行いたいというのが本音ではある。
ただし、相手側の変な要求までは受ける必要がないというのが、シゲルたちに共通した認識となるのであった。
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アマテラス号でのヨーデリア王国への入国は、ラウラが招待を受けている時点で許可を貰っている。
そのため、シゲルは遠慮なくアマテラス号を王都(聖都)の城壁の傍に泊めた。
勿論、城門などの邪魔にならないように、誰も来ることがないような壁の脇にだが。
それはそれとして、王都に着いてすぐに、マリーナとラウラは動き始めた。
マリーナは一人で教会を訪ねるつもりだが、ラウラは侍女のビアンナとルーナが一緒に着いて行くことになっている。
その上で、ホルスタット王国の大使館 (のようなもの)を一度訪ねてから王城へと使者を出すことにした。
シゲルたちは、マリーナとラウラが結果を持ち帰って来るまで、アマテラス号でお留守番となる。
マリーナとラウラの準備が整ってアマテラス号の外に出るころには、待ってましたとばかりに騎士らしき者たちが、アマテラス号の近くまで来ていた。
「あれは、どう見ても強制的に連れて行こうとしているように見えるけれど?」
多少大げさにシゲルがそう言ったが、それを聞いたフィロメナも頷いていた。
「まあ、そうだろうな。言葉は取り繕うだろうが、言って来る内容はその通りのことになるはずだ。まあ、ラウラがいれば簡単にあしらえるだろうが」
ふとシゲルが視線を門のある方に向ければ、数人のフツ教のローブを来た者たちが駆けてくるのが見えた。
その目的が、騎士たちと同じであることは考えなくてもわかる。
残念ながらやり取りの声までは聞こえてこなかったが、端から見ているだけでその内容は容易に想像することができた。
「あっ、やっぱり騎士と神官がもめ始めた」
「まあ、そうなるだろうな。そろそろラウラが割って入るはず――ああ、やはりか」
フィロメナのその言葉に合わせるように、ラウラが一歩前に出て何事かを言っていた。
すると、騎士と神官は戸惑うようにそれぞれで顔を見合わせてから、しぶしぶと言った様子で頷いた。
そして、騎士がラウラを神官がマリーナを引き取るようにして、それぞれが護衛をするように歩き始めた。
その予想通りの展開に、シゲルは呆れたようにため息をついた。
「なんというか……ここまで予想通りだと、可哀そうになって来るんだけれど?」
「まあ、そう言うな。それに、相手だってこうなることは分かっているはずだ」
「そうね。それでも引けない事情があるということよ」
フィロメナの言葉に付け加えるように、ミカエラも頷きながらそう言ってきた。
国や教会の面子など自分たちには関係ないと言いたいところだが、その国や教会の許可を得なければ目的を達成できないところが面倒なところだ。
まあ、その面倒を乗り越えてでも調べたいことがあるので、こうしてわざわざ出向いてきたわけだが。
とにかく、シゲルたちはアマテラス号でそれぞれの結果が出るのを待つのであった。
国や教会とのやり取りは、これまでと似たようなパターンなので省略しようかと考えています。
次話は、マリーナとラウラの結果から。
※締め切りや確定申告が重なったために、明日の更新はお休みいたします。




