(2)不思議なこと
一人で納得しているミカエラに、シゲルが改めて問いかけた。
「そろそろ話して欲しいんだけれど?」
すでにリグが倒した魔物の処理は終わっている。
周辺を見た限りではほかの魔物が出て来る気配もないので、話をしていたとしても問題ないはずだ。
それはミカエラもわかっているのか、すぐに頷いてから答えた。
「そうね。――リグ、初めに確認しておきたいのだけれど、なぜ配下の精霊を使ったの?」
「え? なぜと言われても?」
ミカエラの疑問に、リグは戸惑ったような表情で首を傾げた。
リグにとっては、配下を使うことは自然なことで、疑問に思うようなことではない。
ずっとそばにいるシゲルにしてもそれが当たり前だと考えていたので、ミカエラが聞いたようなことは考えたこともなかった。
つい最近まで配下の精霊なんてものはいなかったのに、である。
言われてみるまで不自然にすら感じていなかったシゲルは、リグと同じように首を傾げた。
「そんなに不思議なこと?」
シゲルがそう聞くと、質問をしたミカエラはなぜかすぐに首を左右に振った。
「いいえ。そのこと自体は、さほどでもないわね」
大精霊にも当然のように配下の精霊は存在している。
そのため、自身の手足のようにそれらの精霊を使うことは、大した問題ではない。
ミカエラが聞きたかった本命は、次の疑問だった。
「それはいいとして、なぜリグは風以外の精霊も使えているのよ?」
そう。ミカエラが言ったとおりに、リグは普段から風属性以外の精霊に指示を出して戦闘を行っていた。
これは別に戦闘に限ったことではなく、普段も同じである。
ミカエラが疑問に思っているのは、風属性の(大)精霊は、風属性の精霊を配下にするというのが常識だからだ。
ミカエラに問われたシゲルは、そういえばと首を傾げた。
「言われてみれば、確かに。でも、ラグもシロも普通に使っていたから、不思議だとは思わなかったな」
シゲルがそう答えたように、答えを持っているはずのリグは、困ったような表情になっていた。
それは、リグにとってはそれが当たり前すぎて、シゲルと同じように疑問に思ったことすらないという顔だった。
「そうよね。でも、やっぱり不思議なことなのよ。――これまでの常識でいえば」
首を傾げているシゲルとリグに、ミカエラはそう断言するように言った。
精霊と契約している精霊使いで、これまで配下に精霊を持っているような精霊と契約をしたという記録は残っていない。
それは、エルフたちが語り継いできた教えの中でも同じだ。
それでも、これまで出てきた大精霊やその他の精霊たちを観察してきた経験から、上位の精霊は自身と同族性の配下を持つことができるとされていた。
ところが、リグは先ほど違う属性の配下をごく自然に使っていた。
ミカエラが、今更ながらにそこを突っ込んでくるのは、ある意味で当然といえる。
その一方で、突っ込まれたシゲルは、相変わらず首をひねっていた。
それを見たミカエラは、さらに続けて言った。
「そもそも、シゲルもリグたちも、疑問にすら思わなかったのでしょう?」
ミカエラがそう聞くと、シゲルとリグはコクリと頷いた。
「ということは、ほかの子たちも同じでしょうね。でも、揃いも揃って疑問を抱かないって、少しおかしいと思わない?」
ミカエラがそう聞くと、シゲルの表情はすぐに真剣なものになった。
少し間を空けてから、シゲルは慎重になってミカエラに問いかけた。
「――不思議に思わないように、誰かがそうしているってこと?」
「まさか。そんなことまでは考えていないわよ。そもそも精神を操作する類の魔法なんて、伝説にすら出てこないんだし」
ミカエラがそう言った通り、この世界では精神操作系の魔法は、禁忌にすらなっていないおとぎ話にしか出てこない。
もっとはっきりいえば、妄想の類といっても構わないだろう。
もし、使える存在がいるとすれば、それはそれこそ神の域に達しているといっても過言ではない。
ミカエラの返答に、幾分か安堵したような顔になったシゲルだったが、すぐにその表情を引き締めた。
「ただ、もし本当に操作されているとすれば、それ相応の相手が出てくるということだね」
「だから、そっちからは離れなさい。今はそんなことを考えても仕方ないでしょう。そもそも神がそんなことをする必要なんてあると思う?」
「それは、まあ……」
『精霊の宿屋』の特異性を考えれば、そういった制御をされている可能性もなくはないが、そんな存在に目を付けられている時点で逃れることなど不可能である。
さらに付け加えれば、ミカエラが言ったとおりに、神とされる存在が一個人に対してそんなことをするということ自体がありえないこととされている。
ちなみに、別にシゲルや精霊たちの精神が操作されているという事実はなく、単に思いつかなかっただけだということは、後に判明する。
諦めたようにため息をついたシゲルに、ミカエラはさらに続けて言った。
「もし本当にそんなことがあるとしても、そもそも必要なことだからと考えることね」
若干突き放したような言い方に聞こえるが、この世界での神はそういう存在である。
神の定義はそれぞれの信仰で違っているが、人では及びもつかない存在というのは、共通していることなのだ。
「それに、今言いたかったことは、そのことではないわ」
ミカエラは、そう言いながら視線をリグへと移した。
それを見たシゲルは、まだなにかあるのかとため息をついた。
「……そろそろお腹いっぱいなんだけれど」
神という存在が出てきただけでも、シゲルにとっては扱いきれる話ではない。
「だから、さっきのことは今は考えなくてもいいから。そうじゃなくて、リグたちのことよ」
ミカエラはそこで一度言葉を切ってから、考えをまとめるように視線を宙に向けながらさらに続けた。
「リグは、本当に属性がひとつなのかしら? いえ、そもそも大精霊も本当に属性はひとつだけなの?」
そう聞いてきたミカエラに、当然ながら(?)シゲルは答えを持っていなかった。
そもそも、精霊や魔法を区別するための属性は、基本的には人が分かり易いように考えただけという説がある。
大体において、強い魔法を使う場合には、複数の属性を混ぜ合わせることも珍しいことではない。
それを考えれば、属性ごとの区別などないという考えがあってもおかしいことではない。
ただし、それをリグに当てはめて考えていいかはまた別問題だ。
「言いたいことは分かったけれど、それを言ってしまうと『精霊の宿屋』の在り方がおかしいってことになるんだけれど?」
『精霊の宿屋』では、しっかりとそれぞれの契約精霊に属性が表示されている。
もし属性という区別が、本来は存在しないとするならば、その表示が間違っているということになる。
「そうなのよ。それが一番私も悩んだところなの」
ミカエラはそう言いながら、シゲルの言葉を認めて頷いた。
ただし、そこでミカエラの話が終わったわけではない。
「けれどね。こう考えれば説明できないわけではないのよ。――『精霊の宿屋』は、シゲルのために作られたものだから、それに合わせて表示されているってね」
「そんなことは……」
その言葉を否定しようとしたシゲルだったが、ミカエラはすぐに首を左右に振ってそれを止めた。
「ない、かしらね? でもそう考えると、スキルの表示も説明がつくわよ?」
更なるミカエラの言葉に、シゲルは今度こそ押し黙った。
そもそもこの世界では、スキルなんてものは存在していない。
少なくとも、シゲルが扱っている『精霊の宿屋』以外には。
勿論、高い威力を持っている技などは多く存在しているが、それがスキルとして確立しているかといえば微妙なところだ。
結局は、きちんと鍛えたうえで技が存在していて、スキルがあるからこそ技が使えるというわけではない。
そう考えれば『精霊の宿屋』だけにスキルが存在しているのは、不自然極まりない。
ただし、ミカエラが言ったとおりに、シゲルにとって分かり易く表示されているだけと考えれば、説明できなくもない。
そこまで考えたシゲルは、少しだけ混乱している頭を整理するように、大きくため息をついた。
「なんだろう。いつの間にかあって当たり前と考えるようになっていたけれど、今更ながらに不思議だよね。『精霊の宿屋』って」
以前から分かっていたが、改めて考えるとおかしいよなと続けるシゲルに、ミカエラからの突っ込みがさく裂した。
「それこそ、今更なにを言っているのよ」
そう言ってため息をつくミカエラに、シゲルは曖昧に苦笑することしかできないのであった。
そろそろ『精霊の宿屋』のことにも触れて行こうと思います。




