(1)ミカエラの疑問
祠に関する調査を終えたシゲルたちは、どこかに遠出することなく、のんびりとした日々を過ごしていた。
これまでの調査で分かったことなどをまとめたり、それぞれの趣味にかけることに時間を費やしていた。
そんなある日、珍しくミカエラがこんなことを言ってきた。
「シゲル、ちょっと気になることがあるから、依頼を受けに行くわよ!」
「はい……?」
あまりに唐突すぎて、シゲルは思わず目が点になった。
これまでフィロメナからギルドの依頼を一緒に受けに行くように言われたことはあっても、ミカエラから言われたことはなかったのだ。
ついでに、言われるまで全くそんなことを言ってくる素振りも見せていなかったので、驚きも含まれている。
何故か腰に両手を当てて胸を張っているミカエラに、シゲルは戸惑いつつ聞いた。
「いや、依頼を受けに行くのは良いけれど、二人だけで……?」
「なによ。私と一緒だと不満?」
「そんなことはないけれど」
不満そうな表情になっているミカエラに、シゲルは慌てて手を振った。
普段は美人度レベルが高い女性たちに囲まれているおかげであまり意識をせずに済んでいるが、ミカエラはエルフらしく見目麗しい容姿をしている。
そんな女性から誘われて、嬉しくないはずがなかった。
もっとも、ほかの三名の視線が若干怖いので、絶対にそんなことは口にはできないのだが。
それはともかく、シゲルの答えを聞いたミカエラは、満足げな顔になって頷いた。
「そう。それじゃあ、行きましょう!」
「えっ、行くって今から……? あっ、ちょっと待って、腕を引っ張らないで! それから、フィロメナたちには……?」
ぐいぐいと腕を引っ張って来るミカエラに、シゲルは慌てて抵抗した。
たまたまシゲルと一緒にリビングで休んでいたフィロメナも、少し驚いた様子になっている。
そのフィロメナがなにかを言うよりも早く、ミカエラがそちらを見ながら言った。
「ちょっとシゲルを借りるわよ。ラグたちのことで、気になることがあるから」
「そういうことなら快く貸し出そう」
ミカエラの言葉に、あっさりとフィロメナが頷いた。
シゲルとしては、意味が分からずに連れ出されることに戸惑っていただけで、ミカエラと一緒が嫌というわけではない。
ましてや、精霊に関わることとなれば、断る理由は存在しなかった。
「そういうことなら行くのは良いんだけれど、アマテラス号はどうするの?」
シゲルのランクで適切な依頼を受けるとなると、大抵は一泊しなければならないほどの遠出をすることになる。
勿論、日帰りでできる依頼もあるのだが、そういう条件の良い依頼は、朝のうちに無くなってしまう。
シゲルの質問で、ようやくミカエラの動きが止まった。
「そうね。そういえば、そのことまでは考えていなかったわ」
「乗って行けばいいんじゃないか? どうせシゲルがいないと動かせないのだし。なにかあったとしても、魔法が通じる範囲はミカエラが把握しているだろう?」
少し悩む様子を見せたミカエラに、フィロメナがそう言ってきた。
現状アマテラス号は、シゲルがいないと動かすことができないようにしてある。
それには理由があって、元はラウラが言い出したことだ。
ラウラの場合、大抵は傍に侍女たちが控えている。
そうした侍女たちが、シゲルがいないのを良いことに、ラウラを言い聞かせて勝手にアマテラス号を動かすように指示してくることもあり得る。
ラウラはそんな指示を受けるつもりはないのだが、一応家族という存在がいる以上は、どんな要求をされるか分からない。
そのため、シゲルがいないと動かないようにしてほしいと申し出たのだ。
フィロメナたちは、その言葉に乗っかった形だ。
アマテラス号の背後には大精霊が控えているという事実は、この際関係がない。
そもそもそんなことを考える輩は、大精霊を前にして、シゲルを盾にするくらいのことはするだろう。
もっとも、怒った大精霊を前にして、自身の考えを貫けるかは微妙なところだろうが。
とにかく、なにをされるか分からない以上は、保険を掛けておいたほうがいいとなり、今の運用方法になっている。
いざとなれば魔法で連絡をすればいいと言ったフィロメナに、シゲルとミカエラは顔を見合わせてから頷いた。
「まあ、それならいいかな?」
「そうね。それじゃあ、行きましょう!」
なにを慌てているのかは分からないが、ミカエラはとにかく早く確認したいことがあるようだった。
こんな状態になっているミカエラに逆らっても良いことはないと、シゲルは(フィロメナも)これまでの経験でよくわかっているのであった。
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タロの町で適当な依頼を見繕ったシゲルたちは、結局魔の森に戻っていた。
シゲルが依頼を探していると、ミカエラが「これでいいじゃない」と言って、その依頼を示したのだ。
それは、魔の森に生えている特殊な薬草を取ってくるというもので、シゲルにはぴったりだった。
ちなみに、魔の森は採取場所に向かう途中で多くの魔物が出て来ることで知られており、依頼が出ていても敬遠されることが多い。
ただし、そんな都合は、アマテラス号が使えるシゲルには関係がない。
これ幸いと依頼を受けて、現地へと向かったのである。
依頼内容は薬草採取だが、シゲル(というよりミカエラ)の目的は別にある。
本来であれば依頼を受ける必要もなかったのだが、そこはミカエラの優しさというべきか、シゲルの冒険者ランクのことを気にしたのだ。
冒険者のランクは、依頼を受けずに放置しておくと、降格もしくは剥奪ということもあり得る。
その期間は半年と長めに設定されているのだが、定期的に依頼を受けておくに越したことはない。
そのため、ラウラも最低でも数か月に一度は依頼を受けるようにしている。
ちなみに、フィロメナたちは特別扱いになっているので、どれだけ放置していようがランクは下がらないし、資格を取り消されることもない。
魔王を討伐した者としての特権である。
とりあえずシゲルたちは、薬草がある場所だけを確認して、本来の目的を果たすことにした。
とはいっても、シゲルは詳しい話をミカエラからは聞いていない。
シゲルは、先に事情を話すと結果が変わるかも知れないからとだけ聞いていた。
そこまで言われれば、シゲルとしてもそれ以上は聞く気にはなれなかった。
そこまで警戒(?)する必要があるのかは疑問だったが、ミカエラがそう言うのだからそうなのだろうと納得したのである。
とにかく、ミカエラの目的は、シゲルが契約精霊を使って戦闘をすることである。
「それじゃあ、お願いね」
薬草を見つけた場所からほど近い位置に、ちょうどいい相手がうろついているのを見つけて、ミカエラがそう言ってきた。
こうなることは事前に話で聞いていたので、シゲルも頷いてリグを見た。
「それじゃあ、行ってきまーす」
シゲルからの視線を受けて、リグは軽い調子でその相手に向かって飛んでいくのであった。
リグの戦闘は数分もかからずに終わった。
今いる場所は魔の森の深部というわけではないので、リグ(とその配下の精霊)だけでもそれくらいで対処ができるのだ。
それに、ミカエラが見たかったのは戦闘時間ではなく、戦闘方法そのものだった。
「――――やっぱりね」
リグの戦闘を見守っていたミカエラは、そう言って頷いていた。
「そう言うってことは、なにか分かったことがあるんだ」
「そうね。……むしろ、なぜ今まで気付かなかったのかと、少し反省しなければならないわね」
そう言いながら落ち込む様子を見せたミカエラに、シゲルは首を傾げた。
ミカエラがなんの確認をしていたのか分からないだけに、そう返すことしかできなかったのである。
新章開始!
しばらくは、精霊に関する話が続きます。
(たぶん)




