(20)つかの間の日常
祝!200話達成!
ノーランド王国を出たシゲルたちは、そのまま魔の森にある遺跡で調査を続けた。
ただしこちらは、水の町で行った調査の延長戦だったので、似たような書物を見つけて同じく写本用に持ち出したくらいで終えた。
それらの書物をアドルフ王に渡したシゲルたちは、すぐにフィロメナの家に戻ったのである。
あとは、写本を得た両国が、どのように研究を行い、それを公表していくかにかかっている。
そこまでは、シゲルたちが手を突っ込むつもりはない。
祠の調査にしても、写本の研究成果にしても、一々横から口を挟むつもりはないのである。
それら諸々の用事を済ませたシゲルたちは、久しぶりにフィロメナの家でのんびりとした時間を過ごしていた。
各々で好き勝手なことを出来ているので、それなりに充実した日々になっているようだ。
シゲルはシゲルで、『精霊の宿屋』を好きなように調整できている。
もっとも、『精霊の宿屋』はどこにいても調整できるので、シゲルにとっては特別なことではないのだが。
そんなある日、扉をノックする音に気付いたシゲルが返事をすると、フィロメナが部屋に入ってきた。
「フィロメナ? なにかあった?」
今日は特別な用事は無かったはずだと脳内で思い浮かべていたシゲルに、フィロメナは首を左右に振りながら言った。
「いや。ただ……今日の夕食をなににするのか決めたのかと思ってな」
「夕食? いや、まだ決めていないよ」
シゲルは、そういうことかと内心で苦笑しながら、少しだけ恥ずかし気にしているフィロメナにそう答えた。
そこまで気に入る要素があるのかと不思議には思うこともあるが、作った料理を喜んで食べてくれるフィロメナは、シゲルにとってもうれしい存在であることには違いない。
シゲルの答えに気を良くしたのか、フィロメナは笑みを浮かべた。
「では、今晩はハンバーグを所望する!」
「あ~、なるほど。ハンバーグね。……それじゃあ、それにするか」
一瞬材料はあったかと残りの食材を頭に思い浮かべたシゲルだったが、すぐに問題ないと分かってそう答えた。
それに、フィロメナに流されただけではなく、シゲル自身もなんとなくハンバーグが食べたくなってきた。
シゲルから確約を得て上機嫌になったフィロメナは、「それじゃあ、よろしく頼む」と言って部屋を出て言った。
どうやら夕食のことだけを言いに来たらしいと分かったシゲルは、思わずその場でクスリと笑うのであった。
フィロメナが部屋に来てから一時間ほどしてから、シゲルは食事の用意をするために、台所へと向かった。
するとそこでは、すでにラウラが事前の準備を始めていた。
「あら。少し遅れたかな?」
「いいえ。私が少し早めに来ただけです。ちょうど区切りが良かったので」
「そう」
ラウラの返答に、シゲルは短くそれだけを答えて頷いた。
事前の準備といっても、前もって内容が決まっているわけではないので、材料の用意などをしているわけではない。
米を研いでいたり、食事をするためのテーブルを拭いたりなどのちょっとした作業のことだ。
ちなみに、今のラウラは台所を拭いたりして綺麗にしていた。
「今晩のおかずをなににするのか、決まっているのでしょうか?」
「うん。ハンバーグだね」
シゲルがそう答えると、ラウラはなにかを思いついたような顔になって「ああ」と言った。
その様子にシゲルが首を傾げると、ラウラはクスリと小さく笑った。
「いえ、先ほどフィロメナがシゲルさんの部屋に行くのを見たものですから」
「ああ、なるほど」
ラウラの言葉を聞いたシゲルは、そう言いながら苦笑を返した。
夕食のおかずが誰の希望で決まったのか、ラウラにもしっかりと伝わったのだ。
さらに、フィロメナがハンバーグ好きだということは、すでに皆にばれている。
フィロメナがシゲルの部屋に行くところを目撃していなかったとしても、ラウラであればなんとなく気が付いていたはずだ。
もっとも、ハンバーグが好きなのはフィロメナだけではない。
「ハンバーグですか。シゲルさんが作るハンバーグは美味しいですから、私も好きです。……どうして私が作るとああならないのでしょう?」
「うーん。慣れもあると思うけれどね」
不思議そうな顔になって首を傾げるラウラに、シゲルはそうフォローを入れた。
実際、回を重ねるごとにラウラのハンバーグ作りは上手くなっているので、嘘を言っているわけではない。
シゲルとラウラはそんな会話をしながらも、手際よくハンバーグを作るための準備を進めていた。
そんな様子も他の者たちが準備の手伝いに来ようとしなくなる理由の一つになるのだが、当人たちにその意識はない。
料理の手順さえ分かれば、これくらいのことはできて当たり前だと考えているのだ。
さらにいえば、ほかの面々が混ざろうとしない理由はそれだけではなく、折角の二人きりの時間を邪魔しないようにという配慮(?)もある。
この時ばかりは、常にラウラの傍にいる侍女たちも遠巻きに見守るだけで、余計な手出し口出しは控えているのだ。
シゲルとラウラで夕食の準備を進めていると、頃合いを見計らっていたのかマリーナが部屋を出てきた。
それを確認したラウラが、気を使って席を外した。
もう準備はほとんどできていて、あとは皆が揃ってテーブルに揃えるだけという状態になっているのだ。
ただ、夕食の時間まではまだもう少しだけあるので、その間はシゲルとマリーナで話をすればいいというわけだ。
そのラウラの気遣いに気付いてか、マリーナが軽く頭を下げて、ラウラもそれに応えていた。
「気を使わせちゃったわね」
「いいんじゃないのかな? ……って、自分が言うようなことでもないか」
マリーナからの突っ込みが来るよりも早く、シゲルは自分自身でそう言った。
そのシゲルに向かってクスリと笑ったマリーナは、テーブルの椅子に腰かけた。
「折角だから、話しでもしましょう?」
「それは良いけれど……なにか話すようなことでもあった?」
「特になにかがあるわけじゃないけれど、たまにはいいじゃない」
夕食の時間までは少ししかない。
その間くらいはどうでもいい雑談でもしようと提案するマリーナに、シゲルもそれもいいかと頷いた。
その後の二人は、本当に取り留めもないことを話して過ごしていた。
例えば、どこどこの町にはあんな物が売っているとか、そういえば○○には変わったものが置いてあるといったなどである。
ただし、遺跡や宗教に関わる話は一切していない。
その話に流れれば、間違いなくお互いに真面目モードになって話をするということが分かっているためだ。
その辺は、シゲルもマリーナもこれまでの付き合いで十分に理解している。
折角の二人きり時間なのだから、この時くらいは仕事(?)を忘れて話をしたいのだ。
シゲルとマリーナが話し込んでいると、しびれを切らしたように、ミカエラが部屋から出てきて言った。
「あの~。お楽しみのところ申し訳ありませんが、そろそろ夕飯にしませんか?」
わざとらしく厭味ったらしい言い方をしてきたミカエラに、シゲルとマリーナは顔を見合わせてから笑った。
「な、なによ!?」
「いや、こういう場合は、フィロメナが来るもんだと思っていたから」
「そうね。貴方もしっかりと餌付けされているのじゃない?」
シゲルとマリーナが揶揄うようにそう言うと、ミカエラはわずかに頬を赤くして、その後もきちんと抗議の声を上げるのであった。
日常回でした。
これで第十章も終わりとなります。
気が付けば200話達成していましたw
これでも今回のような日常回を削っているのですけれどね><
それはともかく、次はまた三日挟んで20日からの更新になります。




