(2)今後について
いつまでもここにいては駄目だという言葉に従い、シゲルは女性――フィロメナの後についていった。
そうして案内されたのは、フィロメナが住んでいるという家だった。
その家は深い森の中にあり、なぜそんな場所にフィロメナが住んでいるのかとシゲルは疑問に思ったが、敢えて聞くことはしなかった。
それよりも、いま自分の身に起こっていることを整理する方が重要だったのだ。
ちなみに、シゲルがフィロメナの後に素直についてきたのにはきちんとわけがある。
それぞれ自己紹介をしたあとで、フィロメナがこのまま町を目指すよりは、自分の家に行ったほうがいいと言ってきたのだ。
なんでも、シゲルが現れた場所は森の奥に位置していて、今から戻っても町に着く前に夜になってしまうということだった。
それが嘘ということもあり得るが、少なくともそのときのシゲルは、フィロメナの言葉に従ったほうが良いと判断した。
自分が知らない森の中を、しかもオークのような魔物が出るところを、好き勝手に歩かない方がいいと考えたのである。
もしかしたら騙されているだけかも知れないという考えもよぎったが、そこはもう賭けることにした。
そして、フィロメナの住んでいるという家に戻るまでに、シゲルはこの世界についての話を聞いていた。
フィロメナもシゲルの状況を理解してか、きちんと一つ一つの質問に答えてくれていた。
その結果、シゲルは今いる世界が、所謂ラノベでテンプレの剣と魔法の世界であるとわかった。
フィロメナからの話で、魔法があると聞いたシゲルの胸が躍ったのは言うまでもなかった。
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フィロメナから適当に寛いでいてくれと言われたシゲルは、椅子に座りながら今までの状況を整理していた。
見知らぬ男性を自分の家に招いておいて、少し不用心ではないかとも思えたが、オークとの戦闘シーンを思い出せば、少なくともシゲルがフィロメナに勝てるとは思えない。
それをフィロメナもよくわかっているのか、家に入る時には、最初の頃にあった警戒心はほとんどなくなっているようにシゲルは感じていた。
シゲルが渡り人だとわかったからかもしれないが、初対面の男性を家に招くほどのお人よしなのだと、シゲル自身の警戒心も薄れている。
勿論、完全に信じているわけではないが、それはフィロメナも同じだとシゲルは考えている。
それよりも、これから先のことをどうしようかとシゲルはぼんやりと考えていた。
自分でも驚くほどに、異世界に来て、さらには元の世界に戻れない(かも知れない)というショックはなかった。
もう少し取り乱してもよさそうだけどと頭のどこかで考えてはいたが、そんなことを思い浮かべている時点で、とっくに諦めが付いているとわかっていた。
なぜこんなに冷静になっているのかと自分でも不思議だったが、別に無理に取り乱す必要はない。
むしろこれから先のことを冷静に考えられることに、シゲルは安心さえしていたのである。
そんなことを考えていたシゲルの耳に、ドアが閉まる音が聞こえてきた。
その方向は、着替えると言ってフィロメナが入って行った部屋がある方向で、シゲルはそちらの方向に顔を向けた。
そして、それと同時に、シゲルは驚きで大きく息を飲んだ。
意思が強そうなグリーンの瞳がバランスよく配置されたフィロメナのそのご尊顔は、シゲルがこれまで見てきたどの女性よりも整っていた。
さらに流れる清水のような銀白色の髪は、サラサラと音を立てそうなほどに輝いていた。
視線を顔から下に向ければ、その体つきはどこのグラビアから飛び出してきたのかと思うほどに、丸みを帯びている。
はっきり言えば、シゲルにとって初めて見るほどの美女が目の前に立っていたのだ。
自分の姿を見て固まっているシゲルを見て、フィロメナは不思議そうな顔になって首を傾げた。
「どうしたのだ?」
その声は、間違いなくあのフルフェイスの兜から聞こえてきたものと同じである。
ようやくそのことを認識したシゲルは、一度深呼吸をしてから首を左右に振って答えた。
「いや……フィロメナがあんまりにも美人だったから驚いたんだ」
自己紹介をした時に、敬語は使わなくていいとフィロメナから言われたので、シゲルは普段使いの言葉に直していた。
そして、自分の台詞を聞いてなぜか横を見たフィロメナに、シゲルは首を傾げた。
「……ど、どうしたの?」
「い、いきなり何を言うか!」
「えっ!?」
シゲルが驚いてそう答えるのと同時に、フィロメナの耳が若干赤くなっていることに気付いた。
そしてシゲルは、なぜフィロメナがそっぽを向いたのかを理解した。
「い、いや、ごめん。普通に思ったことを言っただけだったんだけれど……?」
「なお悪いわ!」
シゲルの言い訳に、フィロメナは、傍にあった小物を掴んで投げた。
「ウワッ……と!?」
無事に小物をキャッチしたシゲルは、フィロメナの様子を見ながら内心で苦笑をしていた。
シゲルからすれば、フィロメナほどの美人であれば、自分が言った程度の言葉は聞きなれていると考えていた。
むしろ、今のフィロメナの反応のほうが予想外だった。
シゲルの予想通り、フィロメナは確かにあらゆる方面から自分の美しさを褒められることには慣れていた。
だがそれは、相手が必ず裏になにかを抱えている状態のものであり、シゲルのようにストレートに褒められるということが無かった。
逆に様々な状況で褒められ慣れしていたフィロメナにとっては、シゲルの素直な表現が新鮮だった。
そのため、嬉しいというよりは、恥ずかしいという感情が勝って、思わず投げても大丈夫そうな小物を投げてしまった。
フィロメナほどの美人が顔をわずかに赤くして睨んでくるという状況に、シゲルは慌てて言い訳めいたことを始めた。
「い、いや、つい思ったことが口をついて出て……」
「な、なあっ……!?」
シゲルの言葉に、フィロメナはさらに顔を赤くした。
そして、これ以上言わせては駄目だと瞬時に判断したフィロメナは、
「ま、待て。もうわかったから、それ以上は言わなくてもいい!」
これ以上、シゲルにしゃべらせれば、羞恥でどうにかなってしまいそうだと、急いでそう言うことしかできなかったのである。
どうにか落ち着きを取り戻したフィロメナに、シゲルは少しだけ困ったような顔になって言った。
「あー、ええと、ごめんなさい……?」
「だからそれはもう良い。それはともかく、今後のことはどうするんだ?」
既に状況を理解しているフィロメナは、少し気づかわし気な顔になってシゲルを見た。
今夜は自分の家に泊めることを勧めたフィロメナだったが、別にずっと住ませるつもりはなかった。
シゲルと出会った場所と時間を考えて、合理的に判断しただけだ。
一方で、問われたシゲルも悩まし気な顔になった。
勿論、フィロメナほどの美人と一緒に過ごしたいという思いが無いわけではないが、いくらなんでもずっと押しかけたままというつもりはシゲルにはない。
そのためにも、一度自分に何ができるのか、きちんと見極める必要がある。
「うーん。将来的には世界中を冒険したいという思いもあるけれど……まずは、生活するための手段を得ないと駄目だろうな」
「冒険か……となると、やはり冒険者として登録することになると思うが――」
そういって黙り込んだフィロメナを見ながら、シゲルは頭の中でやっぱり冒険者っているんだと考えていた。
この家に来るまでの間では、そこまでの詳しい話は聞けていなかったのである。
シゲルがそんなことを考えているのを知ってか知らずか、フィロメナは残酷な事実を突きつけた。
「シゲルはさほど強くないだろう? 魔法も使えないのだから、今の状態で旅をするのは厳しいと思うぞ?」
「ぐふっ!?」
フィロメナからの攻撃に、シゲルは精神的ダメージを受けた。
この世界には、魔物が多くいることは聞いていたので、そう簡単に冒険が出来ないことは、きちんと理解していた。
その上で、ちょっとした夢を語ってみたのだ。
わざとらしく胸を押さえていたシゲルは、すぐに立ち直って頷いた。
「大丈夫、それはわかっているさ。ただ、いずれはそうなってみたいなと考えただけだよ」
「それならいいが……まあ、冒険者として登録するというのはありだろうな」
「ふむ。その心は?」
「どの町に行くにしても、身分証は必要だからな。一番手っ取り早く作れるのが、冒険者ギルドのカードだ。それに、他のギルドに所属してはいけないという規則もないから、先がどうなるにせよ、作っておいたほうがいいだろうな」
フィロメナの説明に、シゲルはなるほどと頷いた。
今は厳しいとわかっているが、いずれはいろいろなところを見て回りたいという目標を捨てたわけではない。
それならば、フィロメナの言う通りにした方がいいだろう。
納得した顔で頷いているシゲルを見て、フィロメナはふと思い出したような顔になった。
「ああ、いかんな。このまま話し込んでいても仕方ない。とりあえず、食事にしよう」
「……お世話になります」
そう言って頭を下げたシゲルに、フィロメナはフッと笑みを浮かべた。
「なに。折角の珍しい存在と出会えたのだからな。私にとっても利が無いわけではない」
渡り人は非常に珍しい存在として知られており、その当人と直接話ができる機会などそうそう恵まれるものではない。
そう考えれば、フィロメナにとってもシゲルとの会話は、得るものがある。
シゲルに向かってそう言ったフィロメナは、立ち上がって食事の準備に向かうのであった。
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※次回更新は本日の夜20時になります。




