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(19)ポテトサラダ

 上司と現実の板挟みにあう悲哀を感じたシゲルだったが、翌日にはタロの町を後にしていた。

 シゲルとしては、変に同情する気はないので、そこはそれという気持ちである。

 せっかくフィロメナが強固な盾になってくれているのに、自らそれを手放すつもりはない。

 ある程度の実力がつけば、多少の無理を通すことはできるという話を聞いているので、まずは実力をつけることのほうが優先だ。

 シゲルにとっては虎の子の『精霊の宿屋』を、落ち着いていじくることができるのは、周辺環境も含めて今のところフィロメナの家が一番最適なのである。


 そんなわけで、フィロメナの家に戻ったシゲルは、家主の温かい笑顔に出迎えられた。

 ……のだが、

「お帰りなさい」

「え、ああ、うん。ただいま」

 フィロメナの笑顔に何か含むものを感じたシゲルは、思わず腰が引けた返事をしてしまった。

 

 そんなシゲルに対してフィロメナは笑みを浮かべたままだ。

 すぐにその沈黙に耐えられなくなったシゲルは、恐る恐るその理由を確認してみることにした。

「え、えーと、フィロメナさん?」

「……なんだ?」

「何故、怒っていらっしゃるのでしょうか?」

 限りなく下手に出て質問をしてきたシゲルに、フィロメナはクスリと笑った。

「別に怒ってなどいないぞ? いつまでも外に突っ立っていないで、中に入ったらどうだ」

「え~……っと、はい」

 その笑顔を見て、内心で首を傾げつつ、確かに怒っているわけでなさそうだと判断したシゲルは、腑に落ちないままフィロメナの後について家の中に入るのであった。

 

 

 シゲルにとってのフィロメナの不思議な態度の理由は、すぐに判明することとなった。

 なにやら先ほどと違って迫力のある笑顔を浮かべたフィロメナが、シゲルに向かってこう聞いて来たのだ。

「それで? 今晩の夕食はなんだ?」

「えっ? 夕食!?」

 シゲルは、町からここまで、周囲の警戒をすることに必死になって、そんなことはまったく考えていなかった。


 だが、ここでそんな答えを返せば、目の前の美人さんの機嫌が急降下するということは、実践しなくてもわかる。

 そのためシゲルは、町で依頼を受ける合間に作ったとある物を、早速投入することにした。

「え、えーと。折角だから、新しい味の物を作ってみようかと思っているんだけれど……」

「ほう…………?」

 その作戦が成功したのかはともかく、フィロメナは興味深げな表情になってシゲルを見た。

「どんなものなのかは、出来てからのお楽しみということで」

「むう。……仕方あるまい。確かにそのほうがよさそうだ」

 フィロメナはそう言いながらニコリと笑って、それ以上の追及をしてこなかった。

 それに安堵したシゲルは、フィロメナの機嫌を取るべく、早速台所へと向かうのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 シゲルがフィロメナに行った新しい味というのは、別にその場の言い逃れをするためではなく、きちんとした根拠があって言っていた。

 ギルドランクを上げるためにタロの町にいたシゲルは、とある懸念があって作ることを止めていた物を作っていたのだ。

 それがなにかと言えば、ずばりマヨネーズである。

 町にいる間に、卵を売っている店主と仲良くなったシゲルは、鮮度の高い物を用意しておくようにお願いしていたのだ。

 そして、その卵を使って、なんとか念願のマヨネーズを作ることができたというわけだ。

 ついでに、町にいる間にいろいろなところを巡って、この辺りに調味料は塩と酢、それと食用油、わずかなハチミツくらいしか手に入らないことが分かっている。

 砂糖はあるにはあるが、値段が高い上に、とても庶民の口にはいるほどの量は出回っていない。

 

 というわけで、満を持して(?)のマヨネーズの投入というわけである。

 シゲルは、以前口にしていたものと同じようになるように、いろいろと試行錯誤しながら作っていたのだが、お陰で合格点が出せるくらいの味にすることができていた。

 それまでに、多くの卵が犠牲となったが、必要経費と諦めている。

 ちなみに、その試行錯誤をするために、ギルドの依頼料はほとんどが消えていた。

 どうせフィロメナの家にいる限りは、ほとんどお金を使わないのだからいいだろうと割り切っていた。

 

 

 フィロメナが町で購入してあった芋を茹でながら、他のおかずを作っていたシゲルのところに、フィロメナがやって来た。

「あれ? どうしたの?」

「いや、その、なんだ。……何を作っているのか、少し気になってな」

 流石に恥ずかしかったのか、少しだけ頬を赤くしてそう言ってきたフィロメナを見て、シゲルはプッと噴き出してしまった。

 頬を染めながら、チラチラと見てくるフィロメナを見て、シゲルが内心でグラリと来ていたのは、内緒にしておいた。

 

 ドキドキしていることに気付かれないように、シゲルはウーンと小さく首を傾げた。

 このままいきなりマヨネーズを使った料理を出してもいいのだが、フィロメナのこの様子だと待ちきれないのではないかと思ったのだ。

 シゲルとしては、折角なので、きちんと食事の時に味わってほしい。

 そう考えたシゲルは、今回は出番がなかったレタス(もどき)を引っ張り出して、さっと水で洗ってからフィロメナに渡した。

「…………なんだ、これは?」

「まあまあ、とりあえず、これを付けて食べてみて。あ、最初は少しだけ付けた方がいいかな?」

 シゲルはそう言いながら、マヨネーズが入った容器を差し出した。

 

 容器を受け取っても首を傾げたままのフィロメナに、シゲルは笑いながら小さめに作った木のスプーンを使って、マヨネーズをレタスに付けた。

「それでいいから食べてみて」

「生でか……!?」

 シゲルにしてみれば当然の感覚なのだが、この辺りで野菜を生で食べる習慣はあまりないので、フィロメナが驚くのは当然だった。

 せいぜいが、さっと塩ゆでしたものを食べるくらいである。

 調味料が少ないので、それも仕方がない。

 

 マヨネーズが付いたレタスを手にしながら躊躇っているフィロメナを見て、シゲルはこのままでは駄目かと自分も同じようにレタスを用意した。

 目の前で食べてみせれば、フィロメナも決断すると考えたのだ。

 現に、シゲルがマヨネーズを付けたレタスをシャクシャクと食べているのを見て、フィロメナは目を丸くしながら、喉を鳴らした。

「――うん。美味しい?」

 そのシゲルの言葉が駄目押しになったのか、フィロメナは持っていたレタスをついに口に入れた。

 

「っ!? っ!! なんだ、これはっ?」

 初めて食べるその味に、フィロメナは目を丸くしつつそう言ってきた。

「いや、だからマヨネーズ。美味しいでしょ?」

 シゲルがそう問いかけると、フィロメナは残りのレタスを口に入れたままコクコクと頷いていた。

 そして、口の中にあったレタスを食べきると、シゲルに向かって言った。

「もっと欲しいんだが……?」

「駄目。あとは夕食まで我慢ね」

「むう。仕方ない。シゲルの言う通り我慢する」

 少しばかり不満そうな顔で言ってきたフィロメナに、シゲルは笑いながら付け加えた。

「そうそう。新しいおかずは、このマヨネーズを使った料理だから」

 シゲルがそう言うと、フィロメナの口にははっきりと笑みが浮かんだ。

 

 

 第三者が見れば、どう考えてもフィロメナが餌付けされている図だったが、今この家にはシゲルとフィロメナしかいない。

 自分がどう見られるかなんてまったく気付かずに、フィロメナは大人しく食卓の椅子に座りながらシゲルが持ってくる料理を待っていた。

 趣味の魔道具作りにも向かっていないことから、どれほど楽しみに待っているのかが分かるというものだ。

 それに気付いたシゲルは、苦笑しながら作った料理を運び始めた。

「わ、私も手伝う!」

 ついに我慢しきれなくなったのか、フィロメナがそう言いながら勢いよく立ち上がった。

 

 フィロメナが手伝うといっても、二人分の食事の量はさほど多いというわけではない。

 パーティでもしない限りは、そこまで多くのおかずを作るわけではないので、すぐに夕食の準備を終えた。

 テーブルについたフィロメナは、既に今まで見たことが無い白いおかずに、視線が固定されている。

 シゲルが作ったのは、ポテトサラダだった。

「それでは、いただきます」

「いただきます!」

 シゲルに続いて、フィロメナも自然な流れでその言葉を口にしていた。

 

 フィロメナが真っ先に口にしたのは、当然と言うべきかポテトサラダだった。

「……! …………!!!?」

 ポテトサラダを口に入れて、少しの間もごもごさせていたフィロメナの顔は、百面相かと思うほどに色々と変わっていた。

 それを面白そうに見ていたシゲルは、フィロメナがポテトサラダを飲み込むのを確認してから聞いた。

「どう?」

「なんだ、これは!? 美味い!」

「そう。それはよかった」

 フィロメナの言葉に、シゲルはそう言いながら頷くのであった。

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