(9)思い当たり
今ある町がそのまま過去のものを利用しているということを思いついたシゲルだったが、どれがその町だとわかったわけではない。
そのため、タケルの日記を読み直したりしていたのだが、時々視界に入って来るリグを見て、ふと思いついたことができた。
一度その考えに囚われてしまうと、なかなか抜け出すことができない。
なにか否定するための材料を探そうとしても、一人で考えるのはどうしても限界がある。
そのためシゲルは、その思い付きをフィロメナたちに話して確認を取ることにした。
その考えを持ったままシゲルが部屋を出ると、リビングで寛いでいるフィロメナがいた。
「あれ? フィロメナだけ?」
「ああ。私は、たまたま時間が開いたから飲み物を取りに来ただけだ。ほかはまだなにかしらやっているのではないか?」
「ああ、そうなんだ」
フィロメナの返答に、シゲルはそう返しながら頷いた。
さらに、先ほど思いついたことをフィロメナへと話した。
――そして、シゲルの話を聞き終えたフィロメナはといえば……。
「あれ? 意外に冷静?」
思ったよりも落ち着いて話を聞いているフィロメナを見て、これは間違いだったかなとシゲルは心の中で考えていた。
シゲルとしては、もう少し反応があると思っていたのだ。
そのシゲルを見ながら、フィロメナは首を振りながら答えた。
「冷静……というよりも、以前私たちも似たようなことを考えたことがあってな」
「あら。まあ、それはそうか」
別にシゲルが思いついたことは、独自の考えというわけではない。
というよりも、考古学というほどしっかりとした学問ではないかもしれないが、そうした研究者がいるということは、似たようなことを考えてもなんらおかしいことではない。
なんどか頷いているシゲルに、フィロメナはなにかを思い出すような顔になった。
「ノーランドの王都が、過去の文明の遺跡の名残だという考えは昔からあってな。既に何度も調査員が入って調べている。当然のように王国の調査員もな」
「あ、なんだ。そうなのか」
とっくに調査がされているということで、シゲルはガクリと肩を落とした。
この分ならそれらの調査をもとに、フィロメナたちなりの考察がされているということもすぐにわかった。
そのシゲルの考えを肯定するかのように、フィロメナが頷きながらさらに続けた。
「ここまで話せばわかる通り、今まで出ている結論は、あくまでも一つ前の文明の上に成り立っているというものばかりだ」
「あ~、やっぱりそうなるのね」
フィロメナが話した結論に、シゲルも納得の声を上げた。
だが、そんなシゲルに対して、フィロメナはニヤリと笑った。
「――というところまでは、前にマリーナと話をしていたんだ。少し気になることを除いて、だが」
「……へえ?」
わざとらしく含みを持たせて話をしたフィロメナに、シゲルも笑みを浮かべながらそう返した。
フィロメナは、そのシゲルに頷き返した。
「王都には王家が管理している過去の遺物というものがあってな。それは、もしかすると、もしかするかもしれない。……ということを今なら思いつけるのだが、シゲルの話を聞くまではすっかり忘れていた」
フィロメナは、そう言いながら苦笑をした。
「あ~、なるほどね」
うっかりといえばうっかりだが、こればかりはフィロメナだけを責めるわけにはいかない。
なにしろ、話を聞く限りではそのときにはマリーナもいたということなのだから。
シゲルがそう考えていると、絶妙のタイミングでソファに座って話をしていた二人の背後から声が聞こえてきた。
「全く同感ね。――と、言いたいところだけれど、少しは言い訳もあるのよ?」
勿論、そんなことを言ってきたのは、フィロメナと同じ当事者であるマリーナだった。
「写本をお願いしに行ったときは、そんな雰囲気じゃなかったじゃない。シゲルだったらあの場で言い出せた? ……というのは、やっぱり言い訳ね」
その気になれば言い出せたであろうことを、マリーナもすぐに認めた。
というよりも、王家管理の遺跡の調査をだしにして、写本をお願いすればよかったのだ。
要するに、フィロメナもマリーナもあの時には、すっかり忘れていたというわけだ。
とはいえ、ノーランド王家管理の遺物は、あくまでも前史文明の名残という結論があるために、優先順位が低かったことだけは間違いない。
ただし、なにか表に出せる証拠を求める今となっては、調査の対象として順位が上がったことだけは確かである。
もしその遺物が超古代文明の名残だと証明できれば、それこそ今のシゲルたちが待ち望んでいるものになる。
残念なのは、何度か調査に入っているはずのノーランド王家管理の遺物の資料で有用なものが、ほとんど見当たらないことだ。
調査にはそれなりの回数入っているはずなのに、どんな外見をしているのかというものすら公表されていない。
もしかしなくても、過去の王家がそれを止めてきたのだということが察せられる。
「――というわけで、ひょっとしたら水の大精霊が情報を止めているのかもしれないということもあるわね」
これも言い訳のひとつになってしまうけれどと、マリーナは肩をすくめながらそう言った。
その話を聞いたシゲルの感想は、そういうことだったらあり得るかも知れないなあ、というものだった。
忘れていたこと自体はうっかりといえばうっかりなのだが、大精霊の存在があるのであれば後回しに来た気持ちもわからなくはない。
普段のミカエラのあの様子を見ていれば、それは理解できることだ。
ただ、シゲルがいるのになぜその話を前もってしなかったということもある。
結局のところ、フィロメナとマリーナは、話をしていて揃ってそのことを忘れていたのが正しいのだ。
マリーナの言葉に頷いたシゲルは、二人を見ながら問いかけた。
「ということは、どうするの? 原本を取りに行くついでに、確認してみる?」
「うーむ。話を出してみるのはいいと思うがなあ……」
「あの方のことだから、なにを要求されるか分かったものではないと思うわよ?」
フィロメナの懸念を、そっくりそのままマリーナが引き継いで言葉にした。
何度か直接対面したときのユリアナ女王の顔を思い浮かべたシゲルは、苦笑しながら頷いた。
「あ~、それは確かにあるかもね。でも、事前にディーネの許可を貰って行ったら?」
シゲルがそう言うと、フィロメナが一瞬驚いた表情を浮かべたのちに苦笑をした。
「シゲル。それは少し卑怯というんじゃないか?」
「シゲルらしくないわね? なにかあったの?」
普段はあまり大精霊を利用しようとしないのに、珍しくそんなことを言い出したシゲルに、マリーナが不思議そうな表情を浮かべてそう聞いてきた。
そんなマリーナに、シゲルは苦笑をした。
「いや、まあ、そうなんだけれどね。どうせ例の名前を広めるんだったら、せっかくのチャンスを利用しようかなと思ってね」
これは今思いついたことではあったが、言葉に出してみて、なかなかいい言い訳ではないかとシゲルは思った。
そのシゲルの思いが当たったのか、フィロメナとマリーナは同時に顔を見合わせた。
「確かにそれはそうかも知れないが……本当にいいのか?」
「いや、それこそ今更という気もするよ。どうせだったら、噂を加速させてしまったほうがいいのかも知れないしね」
精霊育成師であれば、大精霊と関係が密であっても不思議ではない。
そう思わせることができれば、シゲルにとっても悪いことばかりではない。
勿論、悪いことも出て来るが、それは今までと状況はほとんど変わりがないのである。
シゲルの言葉にもう一度顔を見合わせたフィロメナとマリーナは、さらに頷きながら言った。
「そういうことなら、女王に頼んでみようか」
「きちんと大精霊には話をしておくのよ? 勝手に名前を使ったらだめだからね」
「それは勿論」
当たり前だが、シゲルとしてもきちんと礼儀は通しておくつもりだ。
そして、話を終えてふたりと分かれたシゲルは、すぐにディーネを呼び出して、彼女の名前を出すことの許可を得るのであった。
色々言っていますが、結局のところ二人の中では優先順位が低すぎて忘れていたというだけですね。
そして、なんだかんだで大精霊を利用するシゲル。
大精霊当人は喜んでいますが、シゲルはどことなく後ろめたさもあったりします。




