(8)過去の町
この場の冗談で終わらせるというシゲルの意図をきちんと分かっているのか、女性陣も今のところ真面目に受け取るつもりはないようだった。
それを証明するかのように、フィロメナが少し笑いながら言った。
「それでなくとも、精霊育成師として華々しく噂が広まっているというのにな。さらに狂人という属性が付くわけか」
「どちらかといえば、あとのほうがあっという間に広まるんじゃないかしら?」
フィロメナの言葉に続いて、マリーナが混ぜっ返すようにそう付け加えてきた。
「全くね。もうこれ以上、余計なものは必要ないよ」
ただの冗談だと分かっているので、シゲルも特に怒るようなことはせず、ただ肩をすくめながらそう返した。
ミカエラやラウラも話に乗ることはしていないが、顔はしっかりと笑っている。
全員で笑い話にしたところで、今度はフィロメナが真面目な顔になって言った。
「精霊喰いと遺跡の関係が事実かどうかはともかくとして、もう少し表に出せる現物があればいいのだがな」
現状、超古代文明に関するものは、シゲルたちが貸し出している写本用の本しかない。
あとは、最初の時にマリーナが寄付をした教会関係の本くらいだろう。
今のところ超古代文明があったということに関しては、世間に受け入れられ始めているが、これだけだと研究が進むわけがない。
フィロメナたちが発信するにも、限度というものがある。
それらの限度を超えるためには、やはりほかの研究者を超古代文明の遺跡や遺物に触れさせる必要がある。
できることなら大精霊に守られていない過去にあった超古代文明の遺跡があればというフィロメナの意見に、皆が難しい顔になった。
「写本用の本は、今が限界でしょう。あまり借りすぎるわけにもいかないですから」
ラウラがそう言うと、ミカエラも大きく頷いていた。
「そうね。どう考えても、これ以上は止めておいたほうがいいわ。というか、そんなことを大精霊に追加で頼むのは嫌よ?」
確認するようなミカエラの言葉に、皆が頷いた。
実際に頼むとなればシゲルがするのだろうが、変なところで大精霊の機嫌を損ないたくないというミカエラの気持ちは、皆にしっかりと通じたようだ。
今借りている本をきちんと返せば、また借りることはしやすいだろうが、借りたままの状態で追加のおねだりはしたくはない。
その思いは皆の共通した思いのようで、誰からも反対意見は出なかった。
その代わりに、シゲルが思い出したような顔になってフィロメナたちを見た。
「そういえば、タケルの日記に幾つか町に行っている記述があったよな……。そこから当時あった町を特定するのは…………厳しいか」
日記の内容を思い出しながら言ったシゲルだったが、途中で諦めて厳しい顔になった。
そもそもタケルは、アマテラス号を使って移動をしていた。
アマテラス号が出せるスピードを考えれば、調べる範囲が相当な広さになってしまう。
そこから場所を特定するのは、かなり厳しいと言わざるを得ない状況だ。
だが、そんなシゲルの言葉に、マリーナが少し考えるように間を空けてから首を左右に振った。
「……いえ、そんなことはないかも知れないわ。少なくとも、あのドックを中心として、どの方角に向かったとかはわかるのでしょう?」
「いや~、どうだろう? あくまでも日記だからね。わざわざどの方角に向かったなんて書かれていなかったと思うよ?」
タケルも自分が転移した文明が一度滅びるなんて、想像もしていなかったはずだ。
そのため、同じ転移者のために残した日記だとしても、そこまでの細かい情報は書かれていなかった……はずだ。
実際にどうだったか思い出そうとしているシゲルに、フィロメナが念のためと言った。
「一応、もう一度確認してもらえるか? 方角だけでも特定できれば、こちらでもなんとか調べられるかもしれない」
フィロメナがそう言うと、実際に資料に当たっているミカエラとマリーナが頷いた。
なんの取っ掛かりもなしに当時あった町の場所を特定するのは難しいが、多少なりともなにかがあれば、それをてこにして調べることはできる。
それは、当時の資料だけではなく、今まで研究されてきた古代文明に関する情報からでも同じことだ。
三人から期待されるような視線を向けられたシゲルは、すぐに頷いて同意した。
元々、フィロメナに言われなくても、もう一度読むつもりでいたので、丁度いいタイミングだったともいえる。
とにかく、今は新しい遺跡かそれに類するような現物を見つけなければならない。
シゲルだけではなく、フィロメナたちも当時の資料を当たってみたりすると言いながら、その場は解散となった。
他にもやることはたくさんあるのだが、それでも当時の文献を調べるというのは、重要な作業の一つなのだ。
食事を終えて、いつも通りに片づけはフィロメナたちに任せたシゲルは、自室へと戻って早速タケルの日記の確認作業を開始するのであった。
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タケルの日記では、かなり頻繁にいろんな場所へと出向いていることが記録されている。
そもそも、ギルドカードの根幹を作った技術者なので、現地の保守の人間が手に負えない場合はそちらに出向いて説明などをしていたりしたようだ。
それに加えて、帰還の方法なども調べていたので、結果としてあちこちに出向くことになったといえる。
ただ、当然といえば当然だが、日記には○○へ向かったとは書かれていても、どの方角でどのくらいの距離だったかまでは書かれていない。
さすがに日数がかかった場合は、〇日出発〇日到着と書かれているのでわかるのだが、そもそもアマテラス号を使えば大陸の端から端まで五日とかからないので、あまり参考にはならない。
もっとも、アマテラス号で移動してどれくらいという目安くらいにはなるのだが。
つぶさに日記を見ていたシゲルだが、一つだけわかったことがある。
「――当たり前といえば当たり前なんだけれど、結構町は多くあるんだよなあ」
あれだけの都市を作れる技術を持っている文明だったので、今以上の都市の数があったことだけは日記からも伺える。
勿論、魔物が出て来る世界なのは変わらないので、シゲルたちが以前いた世界とは違って、簡単に町の数を増やすことはできない。
そのため、以前の世界と比較をすれば、町の数が少ないのは仕方のないことである。
シゲルが気付いたのは町の数のことではなく、別のことだった。
「これだけの町があるのに、今に残っていないのはなぜだろう? ……まさか、全部をいっぺんに失ったなんてことは……」
できれば考えたくないなと、一瞬暗い顔になったシゲルに、それまで黙っていたリグが口を挟んできた。
「人って、同じものを再利用したりはしないのかな?」
「あっ……」
リグの言葉に、シゲルは思わずといった様子で動きを止めた。
以前放棄された町に、再度入植して立て直すなんてことはよくあることだ。
そもそも「そうだ、○○へ行こう!」で有名なあの町でも、それこそ遥か昔から存在していた町の上に成り立っていた。
あの町のように連続性がなくても、箱モノだけ出来ている町を再利用するなんてことは普通にある。
さらに言えば、以前フィロメナたちとの話でも似たようなことが出ていたはずだ。
シゲルの中で遺跡のイメージが先に立ってしまって、ついそのことが頭からすっぽりと抜けていたのである。
肝心なところで抜けているところがあると自覚しているシゲルは、首を振ってからため息をついた。
「駄目だなこれは。そもそも根本から考え直さないと。……ああ、リグ。ありがとう」
自分のお礼に、リグが「どういたしまして」と返してきたのを確認したシゲルは、改めて日記を見直し始めるのであった。
時々大事なところで抜けるシゲルでした。




