(2)精霊を育てる(られる)者
『精霊の宿屋』の拡張を終えたシゲルは、船長室から出て艦橋へと戻った。
その際、予想外に大きくなった『精霊の宿屋』のことを考えて難しい顔をしていたことに気付いたラウラが、シゲルに向かって首を傾げて聞いてきた。
「なにかあったのですか? やはり拡張できなかったとか?」
「ああ、いや、そういうわけじゃないんだけれどね」
そういえば拡張できることまでは教えていなかったと思い出したシゲルは、そう答えながら首を左右に振った。
そして、グラノームから受け取ったアイテムが『大地の恵み』であることから始まって、拡張までできたことまでを話し始めた。
一通りの説明を終えたシゲルは、最後に難しい顔になっていた原因を付け加えた。
「――それで、拡張までできたのはいいけれど、その大きさが予想外過ぎてね」
「シゲルが予想外ってよっぽどね」
そう聞き捨てならない感想を漏らしたのは、やはりというべきかミカエラだった。
シゲルが精霊と『精霊の宿屋』のことに関して非常識の塊だとミカエラが認識しているのは、すでに周知の事実である。
それに対して周りは苦笑をしながら見ていて、さらに当の本人もすでに認めていたりする。
そんな状態なので、ミカエラの混ぜっ返すような言葉に、シゲルは真顔で頷いた。
「そう。よっぽどだったんだよ。なにしろ、広さがかなり大きくなってしまってね。……ええと、どれくらいといえばいいんだろう?」
具体的には東京二十三区くらいなのだが、そんな細かい数字をシゲルが覚えていない。
ついでにいえば、この場で東京二十三区といっても通じるわけがない。
悩ましい顔になったシゲルに、ラグからの助け舟が出された。
「大体コデール領ほどの大きさだと思います」
ラグたち精霊は、採取を行う際に、シゲルから○○領の辺りと指示されている。
そのため、シゲル自身は広さの比較できないが、実際に採取を行っているラグには大体の大きさが分かっているのだ。
そのラグの答えを聞いて、アマテラス号の操縦をしているフィロメナを含めて全員が驚きを示した。
「なんだ。ついにシゲルも領地持ちか」
さすがのフィロメナも、少し呆れた様子でそんなことを言ってきた。
これまではちょっとした広さの公園を持っている程度で済んでいたのだが、さすがの現在の大きさになればそんな冗談を言いたくなるのも分からなくはない。
これに関してはシゲルとしても十分非常識だと分かっているので、反論する余地などなかった。
とはいえ、いつまでも皆の反応を窺っているだけでは芸がない。
フィロメナの言葉に頷きつつも、シゲルは困ったような声色で最初のラウラの問いに答えた。
「領地持ちかどうかはともかくとして、大きくなりすぎるのも問題があってね」
シゲルがそう言うと、当然というべきか、ラウラがすぐに察したような顔になって言った。
「管理するのが大変そうですね。敵も沸いてきているのですから」
「そういうこと」
あっさりと問題点を出してきたラウラに、シゲルはさすがだと思いつつ頷き返した。
拡張され過ぎもそれはそれで問題があると理解したミカエラが、納得の表情になっていた。
「精霊にとっても、広くなりすぎるのはどっちもどっちということね。――精霊喰いがいなければいいのでしょうね」
「むしろ、広くなったから精霊喰いに目を付けられたということも考えられるから、そううまくはいかないということだろうね」
ミカエラの感想に、シゲルがため息交じりでそう応じた。
精霊喰いが出なければという思いは、精霊たちを除けば、誰よりもシゲルが一番強く感じているのだ。
『精霊の宿屋』が広大になったからといって、フィロメナたちに直接関係するわけではない。
シゲルの多少愚痴っぽい話を聞いて、あとはお開きというところで、ふとマリーナがなにかを思いついた顔になって言った。
「そういえば、大精霊は一つ前の広さになるまで入れなかったわよね?」
「うん? そうだけれど……?」
シゲルは、マリーナがなにを言いたいのか分からずに、そう言いながら首を傾げた。
そんなシゲルに、マリーナがさらに続けた。
「それってやっぱり、精霊の強さと存在できる広さは関係があるってことかしら?」
「うーん。どうなんだろう?」
シゲルはそう言いながらミカエラを見た。
「こっちを見ないでよ。私にわかるわけないじゃない。ただ、例えばある程度の強さの木の精霊は、それなりの大きさの森がなければ存在できない……というか、生まれてこないという話は聞いたことがあるわよ?」
しっかりとそう答えを返してくれたミカエラに、シゲルはさすがだと頷いた。
いまのミカエラの言葉には、シゲルも頷けるところがある。
「そもそも自分の契約精霊たちも、『精霊の宿屋』が大きくならないと成長しなかったしね。それは普通にあると思うよ」
精霊のランクが、『精霊の宿屋』拡張に合わせて上がっていたことは、すでに知っての通りだ。
ただ、ラグたち初期精霊と他の精霊では、その限界が違っていることが気になるところではある。
ただ単純に、広さだけではない他の要素もあると考えていいだろう。
もっとも、それがなんであるかは、今のところ詳しくわからないのだが。
今更と言えば今更の疑問に、シゲルは首を傾げつつマリーナを見た。
「それがどうかしたの?」
「いえ。もしそれが正しいのだとすると、これから先ラグたちはどこまで成長するのかしらと思ったのよ」
マリーナがそう言うと、皆の視線がラグへと集まった。
艦橋にいる全員の視線が自身に集まったことで、ラグは少しだけ居心地が悪そうな顔になった。
「単純に強くなればそれだけ従える精霊も増えるのですが……シゲル様は望みませんか?」
すでに何度か繰り返されているそのラグの問いかけに、シゲルは今まで通りに首を左右に振った。
「まさか。そんなことはないよ。ラグはラグらしく、今まで通りに成長してくれればいい。それが、『精霊の宿屋』を守ることに繋がるんだから」
シゲルがそう答えると、ラグは安心したような顔になった。
そのシゲルとラグのやり取りを見て、マリーナが反省するような顔になっていた。
「ごめんなさい。別にラグたちを責めるつもりで言ったわけじゃないのよ。そうじゃなくて、『精霊の宿屋』の広さによって精霊が強くなっていくところを見ていたら、やっぱりシゲルは普通の精霊使いとは違うと思ったのよ」
「え? 今更?」
マリーナの言葉に、ミカエラがなにをいっているのかという顔になっていた。
それに対して、マリーナは頷き返していた。
「そうなのだけれどね。単に普通の精霊使いではないとかじゃなくて、シゲルの場合は精霊を育てることができる、別の存在なんじゃないかなって思ったのよ。今までのラグたちとの関係を見ていたら猶更ね」
マリーナのその言葉で、シゲルを含めた全員が考えるような顔になって沈黙した。
シゲルが『精霊の宿屋』を使って、精霊たちのランクを上げていることは、この場にいる全員が知っていることだ。
ただ、それに関して、ただの精霊使いとは別の存在なのではないかという話は、今まで一度も出ていなかった。
マリーナが改めてそれを口にしたことで、その可能性があるのではないかと、今更ながらに皆がそう思い至ったのである。
少しばかりの沈黙を挟んで、運転席にいるフィロメナがぽつりと呟いた。
「精霊を育てし者、か。……そういえば、最初にあった木の大精霊もそんなことを言っていたな」
メリヤージュに限らず、ほかの大精霊もシゲルを最初から特別視していた。
それが、シゲルの精霊を育てることができるという特殊能力に関わっていることは、シゲルを含めた全員が感じていることだ。
シゲルにしてみれば、『精霊の宿屋』があるからこそそんなことができているんだと言いたいところだが、現に契約精霊が成長しているのは紛れもない事実である。
むしろ、シゲルは精霊使いではなく別の存在だと言われたほうがしっくりと来ることなのである。
ようやくタイトル詐欺にならないような話が書けました。
まあ、今更といえば今更なんですが、きちんとまとめるのは重要です。(タブン)




