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(18)ランクアップ

 シゲルが冒険者ランクを上げるためにタロの町に滞在している間、精霊たちには周辺の採取を行ってもらっていた。

 といっても、護衛と『精霊の宿屋』の管理要員を除けば一体しか空いている精霊はおらず、昼間はシゲルの冒険者活動を手伝ってもらっているので、基本的には合間の短い時間を使って作業をさせている。

 夜の間は、シゲルと同じように休息の時間になる。

 それから、これまでにも何度かあったのだが、精霊の気分が乗らないときや不機嫌なときは、採取作業に行かないこともある。

 逆に、護衛や管理作業をしているときにはそんなことが起こらないので不思議なのだが、シゲルはそういうものだと割り切ることにしていた。

 とにかく、あまりにも連続して採取作業をさせると無駄なことになるので、なるべく長時間の採取作業はさせないように交代させながら指示を出している。

 せめてもう一体契約精霊がいれば、もう少し余裕のあるスケジュールが組めると思いつつ、シゲルは仕方なしに三体で回していた。

 どうすれば契約精霊の数を増やせるのかわからない以上、文句を言っても仕方ないのである。

 

 そんな精霊の採取作業だが、ひとつだけあり難い機能の追加もあった。

 それがなにかといえば、地域ごとの環境構築である。

 文字だけ読んでもなにかさっぱり不明だったが、要は『精霊の宿屋』を整える際に、登録されている地域の環境を丸ごと設置できるのだ。

 例えば、フィロメナの家の周辺であれば「魔の森南東」であったり、シゲルが今いるタロの町周辺であれば「タロの町周辺」といったように、特定の地域が登録されていて、その環境をそのまま再現できるのだ。

 しかも、単に設置が楽になっているというだけではなく、普通に一つ一つの設置物を置いていくよりもお得になっていて、お財布(精霊力)にも優しい仕様となっている。

 ただし、今の『精霊の宿屋』は、精霊力に余裕があるわけではないので、宝の持ち腐れとなっている。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 『精霊の宿屋』の状況は牛歩の歩みといった感じだが、シゲル自身の冒険者活動は順調に行われていた。

 最初の日から毎日、採取依頼と討伐依頼を行った結果、五日目には無事に十個の依頼を終えることができたのだ。

「――これでシゲル様のランクはDランクとなります。ランクアップを行いますか?」

 アーシャから笑顔でそう言われたシゲルは、素直に嬉しいと思いつつ、すぐに頷いた。

「お願いします」

「畏まりました」

 ランクアップを断る冒険者はほとんどいないが、稀に付随してくる面倒を嫌がる者もいるにはいる。

 そのため、たとえDランクへのランクアップも、きちんと当人に確認をするのが、受付としての最低限の仕事になる。

 

 ちなみに、シゲルのように五日でランクアップを果たす冒険者は、特に珍しい存在というわけではないので、アーシャも淡々と作業を行っている。

 田舎周辺で討伐を行っていた者が町に出てきて冒険者登録を行い、ゴブリン程度はサクサクと倒してしまうということはよくある。

 逆に言えば、Dランクへのランクアップは、それくらいに簡単な設定になっている。

 問題はそこから先に進む場合なのだが、今のシゲルにとっては関係がない。

 フィロメナから出された課題(?)は、Dランクになることであって、それ以上ではないのだ。

 

 更新作業はすぐ終わるという事で待っていたシゲルだったが、本当に数分もかからずに終わった。

「――――はい。これでシゲル様は、今からDランクになります」

「ありがとうございます」

 アーシャから差し出されたカードを受け取ったシゲルは、カードに装飾が変わっているのを見て、思わずにやけてしまった。

 Eランクのカードは何の飾り気もないただの白いカードだったが、Dランクの場合は、赤い色の装飾が付いている。

 ギルドカードは、見た目だけでどのランクにいるのか、すぐに分かるようになっているのである。

 

 カードを受け取って頭を下げたシゲルを見ながら、アーシャが話しかけて来た。

「これでまたしばらくは、お別れという事でしょうか」

「いや、まあ、そうなんですが、お別れというほど大袈裟なものではないですよ?」

 アーシャの言い方に苦笑しながらシゲルはそう答えた。

 フィロメナの家にいる限りは頻繁にタロの町に来ることにはなるので、どこかで顔を合わせることにはなるだろう。

 それに、町に来たついでに適当な依頼を受けることもシゲルは考えている。

 

 シゲルの答えに、アーシャは不思議そうな顔になった。

「そうなのですか? 前に世界中を旅したいと言っていたと思うのですが?」

 この数日の間に、アーシャと何度も顔を合わせていたシゲルは、ちょっとした世間話もしていた。

 最初の頃は、定番のトラブルイベントがあるかもしれないと、シゲルは遠慮していたのだが、受付のたびにアーシャが話しかけてくるので、いつの間にか気にならなくなっていた。

 ちなみに、シゲルがアーシャと話をしていることはほかの冒険者も気付いているはずだが、絡んでくるような者たちは一人もいない。

 これは、冒険者同士のトラブルに関して、ギルドが厳しい制限を設けているためで、決してタロの町にいる冒険者が大人しいからというわけではない。

 現にシゲルは、今も憎々し気なものや、羨まし気な視線を背中に突き刺さっているのを感じていた。

 

 シゲルは、それらの視線に内心で顔を引き攣らせつつ、表面上は特に気にした様子も見せずに頷いた。

「ああ、それは確かにそうですが、あくまでも将来の夢ですからね。いまの自分の実力では、とてもとても……」

 そう言いながら首を左右に振ったシゲルに、アーシャはホッとしたような表情になった。

「そうですか。場所によっては、山越えなどもしなければなりませんからね」

 人里離れた山の街道は、場所によっては高ランクの魔物が出てくることもある。

 安全に旅行をするためには、実力を上げなければならないというシゲルの言葉は、間違いってはいないのだ。

 

 そんなごく普通の会話をしていたシゲルとアーシャだったが、不意にギルドの中が騒めいた。

 何事かとシゲルが視線を上げてみれば、その原因が受付の奥から右手を上げながら近付いて来ていた。

「おう。シゲル……だったか。久しぶりだな」

「ギルドマスター」

「済まんがちょいと時間をくれないか?」

 その言葉は、確認する体はとっているが、ほぼ半強制に近い感じだった。

 ゼムトにとってはそんなつもりはないのかもしれないが、少なくとも周囲の視線を感じているシゲルには、そう思えてしまった。


 わざとため息をついてみせたシゲルは、ゼムトを見ながら答える。

「それって、断ることは出来るのかな?」

 シゲルの答えに、ギルド内の騒めきは益々大きくなった。

「断るつもりなのか?」

「……ハア。そう言うわけにもいかないのでしょうね」

 背後からのプレッシャーを感じながら、シゲルは諦めたようにもう一度ため息を吐くのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

「こちらをどうぞ」

「ああ、有難う」

 なぜだか一緒についてきたアーシャが、飲み物を出してきたので、一応シゲルは礼を言っておいた。

 そして、機嫌よさそうに笑みを浮かべているゼムトを見ながら、先ほど言われたことを繰り返した。

「それで、ギルド専属にならないか、ということでしたか」

「ああ、そうだ。メリットが多くあって、中々お得だと思うぞ?」

「確かに、メリットは先ほどたくさん聞きましたね」

 シゲルの返答に、ゼムトは満足げに頷いた。

 

 その顔を見ながらシゲルはさらに続ける。

「ですが、デメリットはまったく聞いていないのですが?」

「そうだったか?」

「普通はメリットとデメリットを話したうえで、相手に決めさせるのがセオリーだと思うのですが?」

「そうだろうな」

「それをせずに、単にメリットだけを言って専属にしても、まともに働くとは思えませんが?」

「それも、そうだな」

 シゲルの問いに、ゼムトは淡々と返してくる。

「……一応聞きますが、自分を専属にさせる気、本当にありますか?」

「いいや、まったく」

 あっさりとそう言って首を左右に振ったゼムトに、シゲルは少し呆れたような視線を向けた。

 

 そして、同時にゼムトの顔に、以前の見たことがあるような色を見つけて、つい言ってしまった。

「…………上からの命令を断れない管理職というのも、中々大変ですね」

 シゲルがそう言うと、ゼムトは一瞬何とも哀愁の漂う表情を浮かべて、真顔になって頷いた。

「そこに気付いてくれるとは、あり難いことだ」

「あ~、前にも似たような方を見たことがありますからね」

「そうか。まあ、今回の場合、きちんと勧誘をしたという事実があればいいからな。まだ楽な方だ」

「そうですか。少しでもお役にたてたのでしたら良かったです」

 どことなく社畜としての悲哀を感じさせるゼムトに、シゲルはそう答えることしかできないのであった。

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