(16)戦闘評価と独り立ち?
「ウインドカッター!」
「グガッ!?」
シゲルが唱えた呪文の後に、少し混乱したような声が相手から出された。
なんとか倒そうと考えて魔法を放ったのだが、残念ながら致命傷には至っていない。
戦っている相手であるオークは、首から血をダラダラと流しながらも、シゲルの方に向かって駆け寄ってきていた。
「くそっ! やっぱり倒しきれないか」
シゲルも自分の魔法だけで相手を倒せるとは思っていなかったが、悔しいことは悔しい。
とはいえ、焦って自分だけでどうにかしようとしても駄目だということは、これまでの戦闘でよくわかっている。
慌てず騒がず、二体の精霊に指示を出した。
「ラグ、リグ、あとはお願い」
何とも簡単な命令だったが、リグはその指示に従って、オークに向かって行った。
ラグはシゲルの傍で、ほかの魔物が来ることが無いように、周囲を警戒していた。
シゲルがこの世界に来てから一週間。
フィロメナから教えてもらった魔法は、生活魔法から初級魔法へとレベルアップしていた。
そして、同時にわかったことは、フィロメナは基本的に実践主義であるということだった。
というのも、シゲルが初級魔法を覚えて数日も経たずに、いきなり屋敷周辺に出てくる魔物を相手に戦うように言ってきたのだ。
最初のうちは、フィロメナが戦っている隙をつくように、シゲルが魔法を放って連携したりとどめを刺すという形だった。
ところが、ある時から精霊が戦闘に加わって、自分が魔物の相手をしなくても済むとわかったとたんに、フィロメナは完全に監視役に徹するようになっていた。
基本的に精霊が倒してくれるからといって、シゲルもその間遊んでいるわけではない。
何とか致命傷を負わせるべく、リグが魔法で攻撃をしている間に、自身でも魔法攻撃をしていた。
流石に一週間やそこらで武器の扱いが上達するはずもなく、シゲルの戦闘方法は基本的に魔法頼りである。
問題は、今の戦闘でも分かるように、オークを相手に致命傷を与えられないことである。
ところが、シゲルがそう愚痴をこぼすと、フィロメナはきまって、
「何を言っているんだ。魔法を習って一週間やそこらでそんなことができるようになったら、本職の立場が無いだろう」
と宣う。
シゲルにしてみれば、自分自身も魔法を使っているので本職だと思っているのだが、フィロメナに言わせれば違うらしい。
精霊たちに指示を出して戦っているシゲルは、誰がどう見ても精霊使いだというのだ。
フィロメナが言わんとすることは理解できるのだが、それでも自分の力で倒したいとシゲルが考えるのは、やはり小説などの余計なイメージがあるためだ。
そのため、戦闘のたびに、どうにかできないかと考えるのが常になっている。
自分自身で工夫を重ねることは悪いことではないので、フィロメナも止めずに見守るようにしている。
それに、回を重ねるごとにとは言わないが、着実に向上しているので、止める必要性を感じていないのだ。
リグが戦闘に混ざったあとは、シゲルとラグも参加しつつ、オークに止めを刺した。
一体や二体程度のオーク相手では、油断さえしなければ、フィロメナの援護なしに倒せるようにはなっている。
フィロメナに言わせれば、あり得ないほどの成長速度だそうだが、シゲルにとっては大した実感がない。
すぐ傍に、フィロメナというとんでもない実力者がいるせいだが、そもそも比べるのが間違っているということには気づいている。
ただし、身近にいる人間に追いつこうとするのは、人間としての性だとシゲルは開き直っていた。
オークを倒して解体を始めたシゲルを見て、少し離れた場所で見ていたフィロメナが近寄って来た。
「また魔法の威力が上がったのではないか? それに、精霊も強くなっている気がするが?」
少し呆れた様子でそう問いかけて来たフィロメナに、シゲルは嬉しそうな表情になった。
「そう? まあ、魔法はともかくとして、精霊はランクが上がったからね」
シゲルは、傍にいる精霊たちにランクが存在していることをフィロメナには話してある。
今のラグたちのランクは、下級精霊のCランクになっている。
それぞれDランクになった時点で、戦闘用の魔法を覚えたり、箱庭世界で使うための新しいスキルを覚えたりしている。
最初の頃に平均的に育てると決めて、順番にそれぞれの仕事を任せてはいたが、それでもスキルに差が出ているのは、やはり個体差があるせいだと思われる。
精霊たちが覚えたスキルを見て、シゲルが今のところ受けている印象だと、ラグが箱庭世界常駐型、リグが護衛(戦闘)型、シロが探索(戦闘)型になっている。
シゲルの傍に浮いているラグとリグを見ながら、フィロメナが感心したように頷いた。
「そうか。精霊がどこまで強くなるのかはわからないが……この分だと、この辺りでの戦闘は、そろそろ私がいなくても大丈夫だろうな」
今もシゲルたちは、安定した戦いを見せていた。
シゲルは一撃で倒せなかったことを嘆いていたが、オークを一撃で倒せる魔法を身に着けるには、まだまだ魔法の修練が足りない。
シゲルもそれがわかっているからこそ、いろいろ工夫をしながら魔法の威力を上げようとしているのだ。
フィロメナの言葉を聞いて、シゲルが確認するような視線を向けた。
「と、いうことは?」
「うむ。以前から言っていたように、ギルドのランクを上げてもらう」
フィロメナは、シゲルが初級魔法を覚えたときから、この辺りで戦闘ができるようになったらタロの町に行って、ギルドランクを一つ上げてくるようにと言っていた。
シゲルのギルドランクは最低のEランクで、一月の間何も依頼を受けずにいると失効してしまうのと、ひとつランクを上げればその期間が延ばせるというのが理由だった。
そもそもEランクからひとつだけランクを上げるだけなら、そこまで強くなる必要はない。
ちなみに、この世界でのオークの単独撃破は、Cランクに相当する。
通常の冒険者は、パーティ単位で活動するのが普通なので、単独撃破はより強いと判断されることになる。
いよいよ冒険者としての本格的な活動ができると笑みを浮かべたシゲルに、フィロメナが釘を刺すように言ってきた。
「ただし! これも何回も言っているように、ランクが上がったら、必ず戻って来るのだぞ? ……まだまだ教えることはたくさんあるからな」
その取って付けたような言葉に、シゲルは思わず吹き出していた。
このやり取りももう何回も行われているのだ。
「わかっているよ。日々の食事は大事だからね」
シゲルがそう言うと、フィロメナはそっぽを向いていた。
今更否定しても、既にシゲルにすべての食事の用意をさせている時点で、説得力はないとわかっているのだ。
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翌日にはタロの町に入ったシゲルは、フィロメナお勧めの宿屋に入っていた。
宿に泊まるためのお金は、この一週間で増えていた精霊石をフィロメナに売って手に入れている。
どうやら普段のフィロメナは、魔道具の研究をしているようで、精霊石はいくらあっても足りないらしい。
勇者として活動していたフィロメナには、金貨が腐るほどあって、シゲルが渡している程度の精霊石であれば、いくらでも買い取る余裕があるのだ。
そんなフィロメナの懐事情はともかくとして、一週間たったことによって、『精霊の宿屋』の収支も多少余裕が出て来た。
残しておいた精霊石一個を合わせると、この一週間で貯まった精霊石は全部で六個になる。
そのうちの二個をフィロメナに渡して、一個分のお金をもらっておいた。
シゲルは、宿代と授業料を含めて三個渡そうとしていたのだが、フィロメナから固辞されてしまった。
フィロメナ曰く、あれだけ美味しいものを食べさせてもらっているのだから、それで充分ということだ。
未だに金銭感覚が身についていないシゲルは、フィロメナからそう言われてしまっては、無理に押し付けることもできなかった。
今の『精霊の宿屋』では、維持費に精霊石が一個分かかるので、自由に出来るのは残り三個になる。
そのうち一個は何かあったときのためにとって置くとして、残り二個を精霊力へと変換した。
その精霊力を使って、南北に長くなっている『精霊の宿屋』の南東側に、シロが採取してきていた薬草を使って、薬草畑を作った。
これには理由があって、ラグがランクが上がった際に、調合スキルを覚えていたためである。
スキルのランクを上げていくためにも必要だとわかったので、精霊力ができたら最初に作ろうと決めていたのだ。
そして、その薬草畑の傍に、小さい作業小屋を作った。
この箱庭世界では、建物も設置できるようになっているのだが、車庫程度の小さな小屋で、精霊石一個分の精霊力が必要だった。
「うーん。環境整備に比べて安い気がするけど……まあ、有り難いからいいか」
小屋の設置費用を見てシゲルはそんなことを呟いたが、深く考えるのはやめておいた。
費用が安く済む分にはシゲルは困らないので、その恩恵を十分に利用すればいいだけである。




