(19)昇格とちょっとした問題
闘技場で最初の戦闘を行ってからひと月。
シゲルはこの日、五度目の戦闘を行った。
結果は当然のように勝利。
この結果を受けて、闘技場の運営側は緊急会議を開くことになった。
闘技場側では、すでに前回の結果から一つの問題が持ち上がり始めていたのだ。
その問題がなにかといえば、それはシゲルのランクの問題だ。
現在はAランクのシゲルだが、誰がどう見ても負けることがないような戦い方をしている。
その結果として、そろそろ賭けとして成立しなさそうな状況になっているのだ。
中には大穴を狙ってシゲルの負けに張る者もいるが、四回目の時点ですでに怪しい雰囲気が漂っていた。
そのうえで、五回目の結果からどう考えてもシゲルはAランクでは収まらないという結論が出されたのである。
闘技場での五回目の戦闘を終えたシゲルは、すぐにアマテラス号に戻らずに、闘技場にある一室で精霊たちと共に暇を潰していた。
今までであればすぐに戻っていたのだが、今回は闘技場側から戦闘が終わっても待っているようにと言われていたのである。
その要請を受けて大人しく部屋で待っていたのだ。
そして、そろそろ精霊相手の会話も話題が尽きそうになってきたころになって、ノックの音と共に闘技場の関係者が部屋に入ってきた。
部屋に入ってきたのは全部で三人で、そのうちの一人はシゲルを案内してきた係員だった。
「お待たせして申し訳ありませんでした。それでこちらが――」
そう前置きをしてから紹介された残りの男性二人は、簡単に言えば闘技場のトップ2だった。
その紹介をされてもシゲルは特に慌てる様子もなく、ゆっくりと頭を下げた。
「そうですか。それで、私になんの用があるのでしょうか?」
恐らくこれだろうという要件は、シゲルの中でも思いついているのだが、あえてそれを口にすることはしない。
そのシゲルの考えを分かっているのかいないのか、闘技場のトップだと紹介されたドルガがシゲルを見ながら言った。
「たった今、お前さんのSランクへの昇級が承認された。昇級するかしないかはお前次第だが、どうする?」
ドルガの言葉を聞いて、シゲルはやはりかと頷いた。
「そういうことでしたら、喜んでお受けいたします」
「……随分とあっさりだな?」
それをあっさりと許可するシゲルに、ドルガは探るような視線を向けてきた。
確かにシゲルはこれまでAランクの魔物を簡単に倒してきた。
それでもSランクになれば、一捻りで倒せるというわけではない。
ランクを一つ上げるということは、それだけの壁が待っているのである。
そのドルガに向かって、シゲルは肩をすくめて見せた。
「別に楽に倒せるとは考えていませんが、死ぬまで戦うというような愚を犯すつもりもありませんので」
魔物相手の戦いでは、闘者が途中で敗北を認めた時点で戦いを終えることができる。
勿論、最後の最後まで粘ることもできるが、下手をすればその時点でこの世に戻ってこれないということもあり得るのだ。
あまりに一方的に負けている場合は、判定員がその試合を止める場合もあるが、基本的には闘者の判断が大きく関わってくる。
無理をするつもりはないとあっさりと言ったシゲルに、ドルガは鋭い視線を向けた。
基本的に闘技場で高ランクに位置している者たちは、負けず嫌いが多い。
そのため、引き際が見極められずに、命を落としてしまう者も少なからずいるのだ。
その中にあって、シゲルにはあっさりと負けを認めることができる潔さが見受けられる。
今までの戦いを見ていてもそうだが、やはりどこかほかの者とは違っているところがあると、シゲルを見て思ったのである。
だが、そんな考えは口にすることなく、ドルガは一度だけ頷いた。
「そうか。それなら手続きを進めておこう。――次の戦いはどうするんだ?」
「――そうですね。また一週間後にしておきます」
「……そうか」
そう言いながら少し考えるような顔になったドルジに、シゲルは笑顔を向けた。
「大丈夫ですよ。さすがにSランクで一週間置きに戦うようなことはしません。私もいろいろと忙しいですから」
シゲルがそう言うと、ドルジは苦笑をしなからもう一度「そうか」と返してきた。
闘技場側としては、Sランクという折角の盛り上がる戦いをそうそう頻繁に行われると、他への影響が大きくなってしまう。
簡単に言えば、高ランクの戦いが続くと、低ランクの戦いが見向きもされなくなってしまうのだ。
現に、シゲルが一週間おきにAランクの戦いをしていた期間は、他の戦いの売り上げが振るわなかった。
確実に儲けが出せると分かっている戦いに、より多くの資金をつぎ込むのは、賭け事においては当然の流れだろう。
闘技場の運営のことまで考えているシゲルの発言に、ドルジは思い出したような顔になって言った。
「期間を空けてくれるのはこちらとしてもありがたいが、出来れば半月前くらいには申請をしてほしいな」
「ああ、なるほど。確かにその方がいいでしょうね」
ドルジからのお願いに、シゲルも納得しながらそう答えた。
賭けをするお客を集めるためには、最低でもそれくらい期間があったほうが良いというのは、理由としてはよくわかる。
こうして、王都の闘技場の魔物部門としては初めてのSランク闘者が誕生することになった。
翌日にはそのことが発表されて、闘技場ファンの間では、そのことでまた大盛り上がりになるのだが、それはまた別の話である。
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闘技場でシゲルがSランクへの昇格を決めたその頃、女性陣はとある問題で頭を突き合わせていた。
もっと正確にいえば、ミカエラを除いたフィロメナ、マリーナ、ラウラの三人が真剣な表情になっていた。
「――どう考えても問題でしょうね」
「やはりそうなるか」
マリーナの一言に、フィロメナは渋い顔になって頷いた。
「私としては事情が事情ですのであまり強くは言えませんが……シゲルさんのことを考えると、あまりよろしくないでしょうね」
ラウラもフィロメナとマリーナの顔を見ながらそう言った。
三人揃ってなぜそんな難しい顔をしているかといえば、勿論シゲルのことだ。
今回闘技場でAランクの魔物をあっさりと退けたことにより、ますますシゲルの注目度が上がることとなった。
それ自体は、元の目的と合致しているので歓迎すべきことなのだが、シゲルの婚約者としては歓迎できない部分もある。
それがなにかと言えば、ミカエラが他人事のように見ていることからもわかる通り、ずばり女性問題である。
「シゲルのことだから変な女性に引っかかることはないと思うけれど……さすがにむやみやたらに近づかれると嫌になるわよね」
「おそらく」
マリーナの推測に、ラウラが真剣な顔で頷いた。
「その分シゲルが女性に近付かなくなるとも言えるが、良いことばかりではない……か」
流石のフィロメナもそのことは理解しているのか、渋い顔になっていた。
シゲルが有名になることによって、普段街を歩いているときさえも女性に近付かれることもあり得る。
それはそれで有名税ともいえるのだが、その分普通ではないおかしな輩も寄って確率も増えるはずだ。
そうなった場合には、シゲルが女性自体を避けるようになってしまう可能性もあり得るだろう。
それが、三人にとっては、もろ手を挙げて喜べる状況ではないのだ。
確かに、シゲルが女性を嫌えば、これ以上増えることはなくなる。
だが、それは逆に、自分たちに対しても線を引かれてしまうこともあり得るのだ。
今のシゲルを見ていれば、そんなことは起こりえないといえるが、それは絶対であるとは言い切れない。
ここにきて、フィロメナ、マリーナ、ラウラの複雑な乙女心(?)が膨らんできたといえるだろう。
真剣な顔になって話し合っている三人を、ミカエラは少し離れているところで見ていた。
ミカエラにとっては完全に他人事であるとは言えないのだが、そこまで真剣に考える必要もないと思えているのだ。
「……なるようにしかならないと思うんだけれどねー」
終わりそうもない三人の話し合いに、ミカエラは思わずそう呟いてしまった。
言った瞬間、しまったと思ったのだが、その時にはすでに遅かった。
「何を他人事のように」
「そうよ。他人事ではないでしょう」
「きちんと分からせないとだめでしょうか」
揃ってそんなことを言ってきた三人に、ミカエラは顔を引きつらせながら言った。
「あ、あの。三人とも少し落ち着いて……」
そうは言ってみたもののそんなことで許されるはずもなく、ミカエラはシゲルが戻ってくるまで三人の話し合いに強制的に参加させられることになるのであった。
Sランクに昇格しました。
これに伴って闘技場関係の話は、出てきてもちょこっとだけ(数行とか)になる……はずです。




