(10)試験手続き
この世界に来てからすぐの時は、できるだけ世間には目立たないように行動していたシゲルだったが、フィロメナたちと婚約するに至って自身の名を売る必要が出てきた。
シゲルは気付かなかったことだが、それが自分自身を守ることに繋がると言われれば、あえて拒否する必要はない。
面倒を避けるために名前を売っていなかっただけなので、逆に名前を売ることでそれが避けられるのならば、それにこしたことはないのだ。
ついでに、そのことによってラウラの名誉(?)が守られるのであれば、シゲルにとっては躊躇する理由はない。
フィロメナたちから説得されたシゲルは、そう考えることによってこれまでの方針を転換することに決めた。
闘技場に一番詳しいフィロメナに導かれるままに、シゲルは登録受付の場所へと向かった。
ちなみに、闘技場の受付にいる者たちは、冒険者ギルドとは違って男性だ。
戦闘で金を稼ごうとする者が集まる場所なので、別に華やかさは求めてないのかなと、受付で説明を聞いていたシゲルは、どうでもいいことを考えていた。
登録作業そのものは、シゲルが冒険者ギルドのカードを持っているので、さほど時間はかからなかった。
闘技場でも冒険者ギルドと同じシステムが使われているので、情報を共有することができるのである。
そして、一通り闘技場の説明を聞いたシゲルに、受付のおっさんが最後に言ってきた。
「それから、お前さんのランクだが最低のEランクから……」
「ちょっと待ってくれるか」
通常通りの説明をしようとしたおっさんに、フィロメナが割って入った。
「……なんだ?」
ランクで文句をつけてくる者は多くいるので、おっさんは胡乱げな視線をフィロメナへと向けた。
その反応はフィロメナも予想していたので、気にすることなく話し続けた。
「私はこういう者なのだが、推薦はできるか?」
フィロメナはそう言いながら自身のギルドカードを差し出した。
受付のおっさんは、ため息交じりにそのカードを受け取った。
闘技場のランクは、推薦システムを採用していて、ある程度の地位や力を持っている者であれば、上位ランクから進めることができる。
その推薦を無視してしまうと、受付をしたものの失点になるので、安易にスルーすることはできないのだ。
だからこそ目の前のおっさんは、胡散臭く思いつつも、フィロメナの対応をしているのである。
そんなおっさんだったが、フィロメナが差し出してきたカードを見て、大きく目を見開いた。
さらに、そのあとは何度もカードとフィロメナの間で、視線を行き来させた。
「ま、まさか、あんたが……」
おっさんはフィロメナの顔を知らなかったのか、少しだけ喘ぐような声を出した。
「私の推薦で足りなければ、ここの王女の推薦もあるのだが……」
フィロメナは、周りに聞こえないように、小声になりながらラウラを見た。
そのラウラは、フィロメナからの視線を受けると同時に頷いた。
フィロメナの顔は知らなかった受付のおっさんだが、ラウラと婚約したシゲルの噂は知っていたらしい。
彗星のように現れた渡り人の男が、人気の姫だけではなく、勇者であるフィロメナと婚約したということもだ。
慌てた様子でシゲルを見たおっさんは、カクカクと頷いた。
「それだけの推薦があるんだったら、なんの問題もない。ただ、ランクによっては、試験を受けてもらうことになる」
「ああ、それは知っている。なんの問題もない。ランクは……そうだな、Aランクにしておこうか」
フィロメナがそう言うと、おっさんは驚いたように目を見開いた。
王都の闘技場では、闘技場の闘士に対して、ランクが設けられている。
そのランクによって戦う相手が決められるので、闘技場で戦う闘士にとっては、もっとも重要な情報ということになる。
当然ランクが上がれば強い相手と戦うことになり、フィロメナが言ったランクは、闘技場における上から二つ目であり、推薦で上げられる最高ランクだった。
一見してさほど強くは見えないシゲルに対して要求するようなランクではないというのが、おっさんの考えだった。
そんな受付のおっさんに対して、フィロメナはどうということはないという顔をして続けた。
「シゲルの噂を知っているのであれば、どういう戦い方をするのかも想像ができるだろう?」
少しだけ誇らしげな様子でそう言ったフィロメナに、おっさんはハッとした表情を向けた。
渡り人とか有名な美人どころと婚約したという話とともに、精霊使いでもあるという噂も思い出したのだ。
「そういうことならこっちに否やはないが……試験の方法はどっちを選ぶんだ?」
闘技場では、対人戦と対魔物戦がある。
それに合わせて、ランクアップの試験も両方が用意されているのだ。
受付のおっさんの問いに、フィロメナは迷うことなく答えた。
「対魔物だな」
「そうか。それならこちらも準備をしよう。……すぐに受けるのか?」
おっさんはそう言いながらシゲルを見た。
推薦試験に関するやり取りをしていたのはフィロメナだが、実際に試験を受けるのはシゲルなので、直接聞いたほうがいいと考えたのだ。
おっさんから確認の視線を向けられたシゲルは、少しだけ考えるような顔になって聞いた。
「対戦相手は選べるの?」
「残念だが、無理だ。Aランクの中で適当な相手からランダムで選ばれるようになっている。こっちもそれは選べないな」
魔物を召喚する魔道具は、ランクは決めることができるが、よぶ相手は選ぶことができないのだ。
「そう。それじゃあ、どんな相手が出てくるかはわかる?」
「ああ。――それならこれだ」
同じようなことを聞いてくる者が多いのか、おっさんは座っているカウンターの袖からごそごそと一枚の紙を取り出した。
その紙には、Aランクの対魔物戦で出てくる魔物の一覧が書かれていた。
その一覧表を見たシゲルは、冒険者ギルドで指定されている魔物と変わらないことが分かって頷いた。
「これなら問題ないね。それでお願いするよ」
「わかった。準備に一時間ほどかかるから、それまでは適当に時間をつぶしていてくれ。今だったらメイン会場で、ちょうど戦闘が始まるから、それを見るのもいいかもな」
おっさんはそう言いながら、多くの人が出入りしている場所を指した。
そこが見学者が入るための出入り口になっていることは、シゲルもフィロメナから聞いていたので知っている。
おっさんの言葉に「わかった」と返答をしたシゲルは、フィロメナたちを見て言った。
「というわけで、少しだけ時間が空いたけれど、どうする?」
「町中で適当に時間をつぶせばいいのではないか? どうせ戦いを見るつもりはないのだろう?」
フィロメナがそう言うと、シゲルも含めて全員が頷いた。
事あるごとにフィロメナの戦いを見ているシゲルは、あまり他人の戦いを見て参考にできるようなことは少ない。
それならば、町の見学を続けるというのを選択するのは、当然のことだった。
あっさりと予定を決めたシゲルたちは、なんの気負いもなしに闘技場から出て行った。
それを見送っていたおっさんは、一度だけ首を左右に振ってボソッと呟いた。
「やれやれ。またとんでもない者が来たもんだな。出来ればあいつが戦うところを見てみたいもんだが……」
おっさんはそう言いながら、自分自身のスケジュールを確認するのであった。
闘技場から出て行ったシゲルたちは、小一時間ほど町の中をうろついていた。
後でシゲルが戦うことが分かっているので、買い食いは控えめに抑えている。
そして、ちょうど一時間後に闘技場に着いたシゲルは、案内されるまま試験会場へと向かうことになるのであった。




