(15)ステータスと生活魔法
体内の魔力循環の訓練中に、合間を見ながら進化した契約精霊の確認を改めて行っていた。
魔力の訓練は、連続行使は絶対だめだとフィロメナから言われているので、休み休み行っている。
なんでも、魔力が枯渇状態まで行くと、本当の意味で命の危険にさらされるそうだ。
自分の限界が分からないうちは、様子を見ながらゆっくりやっていくのがコツというのがフィロメナの説明だった。
シゲルは、流石にそんなことで折角の命を失いたくないので、ある程度疲れたと思ったところで止めることにしていた。
体力と同じように、魔力もある程度疲労度を感じる事は出来る。
それを目安にすれば、ぎりぎり限界まで行くことはない。
それは、フィロメナからもお墨付きをもらっているので、シゲルも安心して訓練をしている。
寝ている間に下級精霊のEランクに進化した精霊たちは、これまでなかった属性を持っていた。
「うーん。これまでの行動で確定したのか、もともとそうだったのかが曖昧だな」
比較対象が少なすぎるので、検証しようにも推論しか出てこない。
シゲルは、あまり深く考えても仕方ないかと割り切ることにして、それぞれの属性をもう一度確認することにした。
三体の精霊たちの属性は、それぞれラグが木、リグが風、シロが土となっている。
ただし、それらの属性がどういう意味を持っているのかは、今のところわかっていない。
分かり易く魔法のスキルがそれらの属性に分けられていればいいのだが、そもそもそうした魔法スキルもまだ出てきていないので、どうなるのかわからない。
そもそも、精霊たちが魔法スキルを覚えるのかも不明だ。
まだまだ分からないことだらけで、シゲルは思わずぼやいてしまった。
「……もう少し分かり易い説明とかあればいいのに……。まあ、ゲームじゃないから仕方ないと思うしかないか」
プレイヤーをクリアさせる目的で作られているゲームは、ある程度親切な説明がされている。
だが、残念ながら『精霊の宿屋』はゲームではないので、そこまで求めるのは筋違いといったところだ。
そもそも、『精霊の宿屋』がなぜシゲルに使えているのかわかっていないのだから、どうしようもない。
この世界では、人にステータスがあるわけではないらしい。(フィロメナ談)
ただし、フィロメナが勇者であるように、何らかの差があるのは確かなようだ。
もしかしたら、そうしたものを確認する方法が無いだけで、実際にはレベルもステータスもスキルも存在しているのかも知れない。
シゲルはそう考えているが、それが分かったところでどうしようもない。
精霊もそうだが、シゲルも魔物が出るこの世界で生きていくためには、強さが必要になるのだ。
ここで考えて、思考がずれたことに気付いたシゲルは、もう一度精霊のステータスを確認した。
いま見えているのは、ランクと属性、それにスキルだけである。
今のところスキルにレベルは見えていない。
ただ、ランクが上がることによって、行動制限なども変わっているので、スキルも何かの変化があるかも知れない。
「……そう考えると、それぞれの精霊に一種類の行動だけをさせておくのは勿体ない気がするなあ。でも、ひとつだけのエキスパートを目指すというのもありか」
非常に悩ましいところだが、いつまでも悩んでいても仕方ない。
結局、今いる三体の精霊に関しては、平均的に上げていくことに決めた。
理由は特にないが、何となく一点特化で育てるよりも、平均的に育てた方がいいと思ったのだ。
もし、特化型を育てるなら、他に契約精霊ができてからにするつもりだ。
そんなことを考えていたシゲルの目に、ラグの名前が点滅しているのが映った。
「うん? なんだ?」
すぐにタップをして確認をしてみると、ラグのスキルに変化があった。
元は【管理(初期)】となっていたはずだが、【管理(下級)】に変わっている。
「このタイミングで変わったってことは、やっぱり時間で獲得したってことかな?」
ラグは昨日からずっと『精霊の宿屋』の管理をさせていた。
下級に代わるタイミングが丸一日だとすれば、時間的には合っていることになる。
これは、他の二体の精霊のスキルが変わるタイミングを確認すれば、分かるはずだ。
そう考えたシゲルは、それ以上の検証を諦めた。
もし時間が関係しているのであれば、ほかの二体の精霊を待てば分かると思ったのだ。
リグもシロもそれぞれ違った行動をさせている。
二体のスキルが、時間差で変化が起これば、ある程度分かるのではないかと考えたのである。
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「――――ふむ。ということは、彼女たちは、初級精霊から下級精霊になったということだな?」
「そうみたいだね。そんな話、聞いたことがある?」
シゲルがそう問いかけると、フィロメナは首を傾げた。
「さて、どうだろうな? 少なくとも私は聞いたことが無い……ほら。また途切れているぞ」
「おっと……!」
フィロメナから注意が飛んできて、シゲルは慌てて体内の魔力を循環させ始めた。
昼食を終えた後、シゲルはフィロメナと会話をしながら魔力の循環の訓練を行っていた。
なぜ会話をしながらかといえば、そうするようにフィロメナから言われたためである。
ごくごく簡単な生活魔法を使うだけなら必要はないが、実戦で使えるようになるには、まずは意識せずに魔力循環ができるようになることが大切だというのが、フィロメナの説明だった。
その説明に納得したシゲルは、フィロメナを相手に会話をしながら、こうして魔力循環を行っているというわけだ。
ちなみに、シゲルにはまだ見えていないが、フィロメナも普段から魔力循環を行っている。
自分から指摘をされて、慌てて魔力を整えるシゲルに、フィロメナは少し感心したように目を細めながら言った。
「それにしても、予想以上にうまく魔力を扱えているな。これなら生活魔法程度なら教えても大丈夫か」
「えっ!?」
フィロメナの言葉に、シゲルは目を輝かせた。
生活魔法は、ごく普通の子供でも使えるような簡単な魔法だが、それでも魔法は魔法だ。
魔法がない世界から来たシゲルとしては、使えるようになるだけでワクワクしてくる。
喜びを顔に表したシゲルに、フィロメナは苦笑を返した。
「生活魔法だから、そこまで大袈裟に喜ぶようなことでもないのだが……」
「それでも、魔法を使えるようになるというだけで、嬉しいよ」
「そんなものか?」
「うん。そんなもの」
不思議そうな顔で見てくるフィロメナに、シゲルは真顔で頷いた。
ちなみに、この世界の子供たちは、魔力循環がそんなにうまくできなくても生活魔法は親から教わっている。
それではなぜフィロメナが魔力循環を優先したかといえば、自身の考えに基づいたものだ。
魔力循環がきちんとできた状態で魔力を発散させたほうが、魔力の使い方をはっきりと意識して魔法の発動ができると考えているのである。
さらにいえば、この世界の子供たちは、大人たちが魔力を使っているときに魔力の流れを見て、拙いながらも自然に魔力循環を覚えているのではないか、という考えもある。
それに対して、シゲルはまったく魔力を扱っていなかったので、まずは魔力循環から教えたというわけだ。
もっとも、シゲルの上達具合は、フィロメナの予想を超えていたので、その必要はなかったかとも考えていたりする。
この世界での生活魔法とは、『○よ』と○の部分に地水火風のいずれかを入れて呪文とし、それぞれ小さな現象を起こすものである。
例えば火であれば、種火程度の火を起こすことができる。
流石に一度では成功しなかったシゲルだが、何度か繰り返しているうちに成功させることができた。
「――――驚いたな。もう成功させたのか」
「いや、フィロメナが何度も見せてくれたからね」
「それにしても早いと思うが……」
そう言いながら首をひねっているフィロメナに、シゲルは少し考えるような顔になって言った。
「それって、何を基準にして言っているの?」
「それは勿論、普通の者たちが、生活魔法を覚える速さだが?」
「その普通の人たちって、子供じゃない?」
この世界の者たちが、生活魔法を親から教わっているとすれば、そう考えるのは自然のことだ。
「ああ、無論そうだが……?」
「だったら、そもそもの理解力が違っている自分が、子供たちよりも早く覚えられるのは、当然だと思わない?」
「むっ……そうか。いや、そうなのか?」
一瞬納得しかけたフィロメナだったが、すぐに首をひねった。
シゲルが言ったことは正しそうに思えたのだが、本当にそうなのかはきちんと考えないと駄目だと思ったのだ。
「少なくとも自分はそう思うけれどね。と、まあ、魔法初心者がそんなことを言っても、説得力はないか」
そう言ってハハハと笑ったシゲルに、フィロメナは首を左右に振った。
「いや、そんなことはない。少なくとも可能性としてはあり得るからな」
「あ、そうなんだ。どちらにしても、早く使えるようになるのに越したことはないから、自分としては嬉しいかな」
シゲルはそう言いながら『火よ』と呪文を唱えて、右手の人差し指の先に火を灯すのであった。