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(3)文明が滅んだ理由

 カインが案内した私室は、本当に普段の生活が行われている場所のようで、護衛すら着いてきていなかった。

 正確にはドアの前に立っているのだが、普通で考えれば王太子と護衛なしで話ができる状況ということがまずありえない。

 それだけシゲルが信頼されているという証になるだろう。

 もっとも、シゲルは自分が信頼されているというよりも、ラウラのお陰だという自覚は十分に持っている。

 それに、当たり前だが近くにメイドたちが控えているので、完全に二人きりというわけでもない。

 

 部屋の中に備え付けられている椅子にシゲルが座るのを確認してから、カインが話を切り出した。

「――今更ですが、婚約おめでとうございます」

「あ、はい。ありがとうございます」

 王太子というよりも、ラウラの弟からそんなことを言われるとは思っていなかったシゲルは、少しだけ不思議そうな顔になって頭を下げた。

 機会がなかったせいかもしれないが、ここでいきなりそんなことを言われるとは考えていなかったのだ。

 

 そんなシゲルの顔を見て、カインがクスリと笑った。

「私がこんなことを言うのがおかしいですか? これでもシゲル殿には感謝しているのですよ?」

「感謝……ですか?」

「ええ。私たち兄弟は、王家としては仲が良すぎるきらいがありましたから。それもこれも姉上のおかげなのですが……。とにかく、弟妹たちに自立心が芽生えたのは、間違いなく姉上が城から出て行ったお陰です」

 カインはそう言いながらシゲルに向かって頷いていた。

 

 これまでカインも含めたラウラの弟妹たちは、忙しい両親に代わって、ラウラに甘えてきた。

 だからこそ、その親代わり(?)がいなくなるということで、嫉妬とも怒りともいえない微妙な感情をシゲルに対して僅かながら抱いていた。

 ただ、カインに関しては、シゲルを見るラウラの幸せそうな顔を見て、そんな思いはすぐに吹き飛んでしまっていた。

 その顔を見た瞬間に、自分がラウラに甘えていたのだという自覚が芽生えたのだ。

 他の弟妹たちは、直接シゲルに会う機会はなかったが、カインや両親から話を聞いて諦めの感情と共に受け入れ始めている。

 

 ラウラがずっとそばにいるわけではないと自覚できただけでも、王子王女たちにとってはいい方向に進んでいる。

「――なので、いつかはお礼をと思っていたのですよ」

「お言葉ですが、それは私に言うべきことではないのでは?」

「そうかもしれませんが、あなたがいらっしゃらなければ、変わらなかったことも事実ですから」

 そこまで言われてしまっては、シゲルとしても言い返しようがない。

 少しばかり歯痒い気持ちもあるが、カインの感謝の気持ちは受け取っておくことにした。

 

 そうですかと言って頷くシゲルを見ながら、カインがさらに続けて言った。

「この話はこれくらいにして、本題に入りましょうか。――それで、実際に遺跡を見てきた者としてはどのようにお考えですしょうか?」

「文明が滅んだ理由ですか。……なんとも言えないというのが、今のところ言えることでしょうか」

 答えにならない答えを言ったシゲルを、カインはじっと見ていた。

 

 その顔が、そう考えるに至った理由が知りたいと言いたいと理解したシゲルは、さらに続けて言った。

「私が知る限りでは、文明が滅びる理由は様々です。他の文明の侵略、大規模な自然災害など、理由をあげればいくらでも思いつくでしょう。ですが、そのどれもがしっくりこないのですよね」

「しっくりこない?」

「ええ。そうした理由だけで、すべての知識や技術がきれいさっぱりなくなると思いますか?」

 シゲルがそう問いかけると、カインは何かを考えるような顔になって腕を組んだ。

 

 しばらくそうしていたカインだったが、やがて首を左右に振ってからシゲルを見た。

「確かにあの船を見ても高度な技術力があったことは確かでしょうが、すべてが引き継がれなかったわけではないのでは?」

 現に、タケルたちが存在した文明からさらに後の文明が、似たような技術力を持って発展していたと考えられる。

 今シゲルが言ったように、きれいさっぱり知識が失われたと考えるのは、いささか乱暴だと言えなくはない」

「そうかもしれませんが、私には意図的にそうした技術が隠されたように思えるのです」

 空飛ぶ船を使って大陸中を自由に行き来できた文明なのだ。

 よほどのことがない限りは、いきなり文明の痕跡がなくなるなんてことは起こらないはず、というのがシゲルの考えだった。

 そうでなければ、言い伝えや何かが必ず何かの形で残っているはずである。

 

 シゲルのその説明を聞いて、カインは再び頷いた。

「なるほど。言いたいことは分かりました。あなたには、超古代文明がいきなり滅んだことに、違和感があるということですね」

「いえ、そうではありません。どんなに高度な文明だったとしても、突然滅ぶことはあり得るでしょう。ただ、その痕跡がほとんどなくなっているということが不思議に思えるということです」

 シゲルが知っている限りでは、前史文明のことはともかく、その前の超古代文明についての話はまったく聞いたことも見たこともない。

 それについてはカインも同様の考えだったので、また考え込むような顔になった。

 

 そのカインの顔を見て、シゲルはさらに付け加えるように言った。

「ただ、完全に痕跡がなくなっているというのは、思い込みという可能性もありますけれど」

「どういうことでしょうか?」

「これまで過去に発達していた文明は、一つしかないと言われていたわけです。当然、文献などの研究もそれを前提に行われていたはずです」

 シゲルがそう言うと、カインはここで納得した顔になった。

「なるほど。実は一つの文明についてではなく、混ざっている可能性があるというわけですか」

「そうですね。おそらく、神話なんかはその可能性が高いのではありませんか?」

 これは完全にシゲルの想像でしかないが、可能性の一つとしてはあり得ると思っている。

 

 それに、シゲルがこんなことを言い出したのは、自分だけの考えではない。

「神話に関しては、マリーナが深く研究していたはずです。以前、そんな話をしていたので、彼女もそのことを疑っているのでしょうね」

 マリーナだけではなく、各宗教でも同じようなことは考えているはずだと続けたシゲルに、カインはなんとも言えない表情になった。

「ということは、それぞれの宗教が隠し事をしているということですか」

「まあ、宗教が過去から引き継いだ教えに反するようなことを発表することなどほとんどありませんからね。ただ、今回の場合は隠すつもりではないと思いますが」

 シゲルの言葉に、カインは先を続けるように視線を向けてきた。

 

 そのカインに一度頷いたシゲルは、さらに続けて言った。

「宗教側もまだ情報の整理がきちんとできていないと思います。まだ表に出てきてからさほど時間がたっていないのですから。逆に、ずっと隠し通すようなことになるとは、できれば考えたくないですね」

「……それは確かに」

 シゲルの言葉に、カインは苦笑を返してきた。

 

 少なくともホルスタット周辺では、超古代文明があったということは、事実として認識されつつある。

 そんな中で、それらの事実を隠すためにただの妄想だということは、いくら信者が多い宗教であっても難しいだろう。

 この状況で各宗教が何が何でも隠したい事実があるとすれば、それは教義に反するような事実が出てきたとしか考えられない。

 そうなればなったで、非常に面倒な事態になるので、シゲルが考えたくないと言ったのは、すぐにカインにも理解できた。

 

 話が宗教に及んだところで、シゲルが話せることはすべて話し終わった。

 あとは、推論にもならないただの想像の世界の考えでしかなくなる。

「そういうわけですから、超古代文明が滅んだ理由に関しては、ほとんど分かっていないというのが現状です」

「なるほど。よく理解できました」

 カインはそう言って頷いてから、真っ直ぐにシゲルを見た。

「あなたの考えは分かりました。……ですが、あの方は?」

 王太子であるカインが「あの方」と呼べるような存在は数えるほどしかいない。

 しかもシゲルが知っている存在となれば、もっと限られてくる。

 

 カインの言っている「あの方」が誰であるのか、すぐにわかったシゲルは、苦笑しながら首を左右に振った。

「聞いていないので分かりません。それに、おそらく聞いたとしても教えてくれないと思いますよ?」

「そうなのですか?」

 シゲルの言葉に、カインは不思議そうな顔になった。

「ええ。呼び出すことができるといっても、完全に従えているというわけではないですから」

「……そうですか」

 シゲルの答えを聞いてどう思ったのかはともかく、カインはそれだけを返してきた。

 あるいは、シゲルと大精霊の関係がどの程度なのか探りを入れてきているのかもしれないが、それならそれで構わないとシゲルは考えている。

 大精霊をいつでも呼び出せるというのは、この世界に者たちにとっては、それだけで十分に脅威になり得るのだから。

 

 カインがシゲルに聞きたかったことは、それが最後だったのか、あとはラウラに関しての雑談をして今回の話し合いを終えた。

 シゲルとしては、ラウラの過去の意外な一面を弟から聞けただけでも十分に収穫があったと思うのであった。

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