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(11)嬉しい発見と完全勝利

 大豆を見つけて嬉しい気分になっていたシゲルだったが、さらに思ってもみなかった物を発見することとなった。

 それがなにかといえば――。

「――米じゃん」

 フィロメナが用意してくれた食事からすっかりこの辺りの主食はパンだと思い込んでいたシゲルは、いささか呆然としてしまった。

 だが、既に精米済みで、白く輝いている(ように見える)その穀物は、まごうことなく米である。

 

 米を前にして固まっているシゲルに、フィロメナが不思議そうな顔になって聞いて来た。

「なんだ? シゲルは米も食べるのか?」

「自分のところはこれが主食だったんだよ。それにしても、米がここにあるとは思わなかった」

「ああ、うちはパンだからな。というよりも、米を主食にしている家はまだ少ないはずだぞ?」

「そうなんだ」

 シゲルはそう答えつつも首を傾げていた。


 何でだろうという疑問が顔に出ていたのか、シゲルとフィロメナの会話を聞いていた店員が会話に混ざって来た。

「もともと、もっと南で作られていた穀物なんですがね。ここ十年くらいでこの辺りの比較的寒い地方でも作られるようになったんですよ。まあ、まだまだ全家庭に回せる程の量は作れていないんですがね」

「ああ、そっちの理由ですか」

 店員の説明に、シゲルは納得顔になった。

 米はもともと温暖な気候の地域で作られていたことは、シゲルが知っている知識でも同じだ。

 米が主食にならずに品種改良が進んでいなければ、南側だけで細々と作られていたとしても不思議ではない。

 そもそも作物の歴史が地球と同じ道を辿っていると考えるのは、そうした歴史を学んできた者の思い込みでしかない。

 

 シゲルは、店員に確認を取ってから米をじっくりと観察してみた。

 それにより、売られている米はジャポニカ米そのものではないようだが、それに近い品種であることがわかった。

 これなら思ったとおりの食事ができるようになるかもしれないと、米を見ていたシゲルは思わずニンマリとした笑みを浮かべてしまった。

 その顔を見ていたフィロメナは、先ほどと同じようにすぐに店員に向かって言った。

「これをくれ」

「はいよ。量はどれくらいにする?」

 店員からそう聞かれたフィロメナは、シゲルの脇をつついて注意を向けた。

「えっ? あ、ああ、量ね。……とりあえず十キロでいいんじゃないかな?」

 初めて見る品種で、どんな炊き具合になるかもわからないので、まずはお試しで買ってみることにする。

「あいよ」

 シゲルの言葉に、店員は頷きつつ店の奥へと引っ込んだ。

 店先に置いているのはあくまでも参照用でしかないのだ。

 

 こうして思いがけず米を手に入れることができたシゲルは、これから先作れる料理のことを思い浮かべて、道すがらついニヤニヤとしてしまった。

 そして、それを見ていたフィロメナは、これからどんな料理を作ってくれるのかと、期待に胸を膨らませることになるのだが、そんなことにはまったく気付かないシゲルなのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 十分満足のいく結果を得て市場を出たシゲルは、フィロメナと共に冒険者ギルドへと向かった。

 楽しい時間はここまでで、これからはシゲルにとっては重要な話になる。

 もっとも、詳しい事情が分からないシゲルは、フィロメナにほとんどを任せるつもりになっている。

 既にそのこともフィロメナには伝えているので、よほどのことが無い限りは、口を挟むつもりはない。

 

 冒険者ギルドの受付で、カードの受け取りを申し出ると、案の上シゲルとフィロメナは別室へと案内された。

 シゲルたちを案内した受付嬢は、先ほど担当した者とは違っていたが、しっかりと話は伝わっていたようだ。

「どうせだったら、この辺がいい加減なところのほうが楽だったのに」

「そうそう都合よくはいかないということだな」

 ため息交じりに言ったシゲルに、フィロメナは少し笑いながらそう答えながらさらに続けた。

「ここのギルドマスターは、有能だとして名が知られているからな。その分、話が早くて助かるところもある」

「そうなんだ」

 フィロメナの説明に、シゲルは頷いた。

 

 頭が回ればその分だけ相手の希望を理解したうえで、なるべく自分の利になるように動ける。

 ここのギルドマスターは、そういう相手だとフィロメナは言っているのだ。

 そもそも、勇者であるフィロメナが頻繁に訪ねて来る町にいるギルドマスターが、有能でないはずがない。

 これで無能な者を置いていれば、冒険者ギルドという組織の底が知れたのだが、そう甘くはないということだ。

 そのことを知れただけでも、シゲルにとっては十分にあり難かった。

 

 ますますフィロメナに会話を任せようとシゲルが決意していると、ドアをノックする音が聞こえて来て、すぐに先ほど担当した受付嬢と体格の良い壮年男性がひとり入って来た。

 シゲルがチロリと視線をフィロメナに向けると、一度だけ小さく頷いていたので、彼がギルドマスターだとわかった。

 ふたりが入ってきたので立ち上がろうとしたシゲルとフィロメナに、ゼムトがそれを止めて言った。

「ああ、そのままでいい。俺がギルドマスターをやっているゼムトと言う。こっちの受付はアーシャだ」

 ゼムトはそう言いながら、シゲルとフィロメナの向かいの席に座った。

 アーシャはゼムトの隣だ。

 

 ゆっくりと腰を掛けたゼムトに、フィロメナがいきなり話し始めた。

「たった一人の新人相手に、わざわざギルドマスターがお出ましとはな」

「それは確かにそうだが、それこそお前が出張ってきていることで、十分に理解できると思うが?」

 フィロメナの牽制に、ゼムトはあっさりとそう返してきた。

 見かけは筋肉質で、第一印象では脳筋だと思いがちなゼムトだが、この会話だけでそうではないとシゲルも理解できた。

 

 ゼムトの言葉にフンと鼻を鳴らしたフィロメナは、一度だけシゲルを見てからすぐに正面に向き直った。

「だったら冒険者ギルドの傀儡にするつもりはないということも理解できるだろう?」

「傀儡とはまたずいぶんな言いようだな。ギルドは、才能ある者がいきなり逝ってしまったりしないように、しっかりと保護をしているだけだ」

「フン。物は言いようだな。その結果として、ギルドの言う通りに動いてくれれば、猶更いいということか?」

「そういうことだ」

 フィロメナの言葉に、ゼムトは鷹揚な態度のまま頷いた。

 

 そんなゼムトに対して、フィロメナは特に声を荒らげるでもなく、淡々と言った。

「そんな言葉を私が信用するとでも?」

「………………」

「確か私の時もそんな言葉を散々、いろいろな方面から聞いたはずだがな?」

「それは…………」

「まあ、それは別にいい。あれが無ければ未だに人々は苦しんでいただろうから、私自身が行った選択の結果でもある。だが、その後が良くなかったな」

 フィロメナの言葉に、ゼムトは黙ったままだった。

 

 それを良いことに、フィロメナはさらに続けて言った。

「私がどこに所属するかで、あっちに引っ張りこっちに引っ張り。挙句の果てには、人々が苦しんでいるからという建前を出してきては、あっちの魔物を倒してくれ、今度はこっちのをと。私でなくても隠居したくなるとは思わないか?」

 フィロメナの話を聞いていたシゲルは、内心でうわーと思っていた。

 そんなことをされれば、間違いなくシゲルもフィロメナと同じように森の奥に引っ込んでいただろう。

「さらには、こんな田舎まで総長候補まで連れてくる始末だ。ああ、いや。これはむしろ意趣返しになったのか?」

 フィロメナは、そんなことを言いながらニヤリとした笑みを浮かべてゼムトを見た。

 総長というのが具体的にどんな地位なのかはシゲルにはわからないが、話の流れから何を言いたいのかは理解できた。

 

 フィロメナの言葉に、ゼムトはたらりと一筋の汗をこめかみから流していた。

 実は、魔王を討伐した後、田舎に引っ込むと宣言したフィロメナだったが、その詳しい理由までは誰も聞いていなかったのだ。

 それが、いきなりこんな場所でぶちまけられたのだから、前もって考えていた言葉がすべて吹き飛んでしまっていた。

 何しろ悪しき実例が目の前にいるのだから、どんな言葉を言ったとしても説得力など欠片も持てないだろう。

 

 言葉を失っているゼムトに、フィロメナがさらに続けた。

「ああ、いや。すまないな。今はそんな話は関係なかったか。それで、シゲルのカードは渡してくれないのか?」

 フィロメナがそう問いかけると、ゼムトは無言のまま視線をアーシャへと向けた。

「こちらがシゲル様のギルドカードになります。紛失されると再発行料がかかりますのでご注意ください」

「わかりました」

 カードを差し出されたシゲルは、頷きながらそれを受け取り、すぐに懐へとしまった。

 

 その様子を見ていたゼムトは、思い出したような顔になって言った。

「彼の魔法の指南は……」

「基礎は私が教えるさ。それに、いざとなればミカエラ辺りに頼めば、喜んで引き受けてくれそうだしな」

 フィロメナがそう答えると、今度こそゼムトは黙り込んでしまった。

 その態度は、もはや自分が言うべき言葉はないと言っていた。

 だれがどう見ても、フィロメナの完全勝利であった。

ミカエラは魔王討伐した際のパーティメンバーですが、本編に出てくるのはもう少し先になります。

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