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(10)ギルマスの悩みと大豆

 執務室で面倒な書類の整理を行っていたゼムトは、ドアがノックされる音に気付いて書面から顔を上げた。

「うおーい。どした~?」

「失礼します、ギルマス。報告したいことがあって来ました」

 そう言って入って来たのは、普段はギルドの受付に座っているアーシャだった。

「うん? どうしたんだ? お前は、今日のこの時間は、まだ受付にいるはずだろう?」

 流石にすべての職員のシフトを把握しているわけではないが、受付はギルドの顔なのでゼムトの頭に入っている。

 ……決して、受付に座る女性が綺麗どころだからというわけではない。

 

 そんなゼムトに、アーシャが少しこわばった顔で近付いて来た。

 その手には、シゲルが行った魔力検査の道具が握られている。

「その受付で少し問題が発生したので来ました」

 アーシャの顔で冗談ではないと判断したゼムトは、眉をひそめながら手に持っていたペンを置いた。

「……何があった?」

「はい。先ほど受付で新規登録を行った際に、魔力検査も行ったのですが…………こちらを見ていただいた方が早いかと」

 アーシャはそう言いながら、ずっと抱えたままだった魔力検査の装置をゼムトに差し出した。

 

 装置を受け取ったゼムトは、それをみた瞬間に思わず驚きの声を上げた。

「おい! これは一体、なんの冗談だ……!?」

 アーシャがそんなふざけた真似をするはずがないとわかっていても、ゼムトはそう言ってしまった。

 それほどまでに、装置に出ている結果は、普通ではないものだったのだ。

「魔力量も瞬間放出量も最大値、何よりも精霊魔法の適性が高いだと……?」

 魔力量と瞬間放出量が高ければ、きちんと訓練さえ積めば、より強力な魔法が使えるようになることで知られている。

 だが、それよりもゼムトが驚いたのは、適性魔法だった。

 

 もう一度装置に出ている結果を確認したゼムトは、大真面目な顔になってアーシャを見た。

「まさか、あの引きこもりのエルフがこんなところまで来たというわけではないだろうな?」

 森の番人とされているエルフは、基本的に人里で見ることはほとんどない。

 中には変わり者もいて、森の外に出てくる者もいるのだが、その多くは森の中で人生を終えるとされている。

「いいえ。どこからどう見てもヒューマンでした」

「マジかよ……」

 ゼムトは、アーシャの言葉に、思わずといった様子で額に手を当てた。

 

 ゼムトがここまで驚いているのには、勿論きちんとした理由がある。

 それは、基本的にヒューマンは精霊魔法に対する適性が低いとされている。

 魔力検査の結果は、あくまでも適性があるということしか示すことができない。

 だが、それでも他の属性を差し置いて精霊魔法が結果として出てくること自体が、稀なことなのだ。

 しかも、今回の検査結果では、精霊魔法以外の資質もありと出ていた。

 精霊魔法はあくまでも現時点での一番高い適性ということになる。

 それほどの逸材は、そうそう簡単に見つかるはずがなく、ゼムトが驚き、そして期待をするのは当然のことだった。

 

 元が高ランク冒険者だったゼムトは、すぐに気を取り直してアーシャを見た。

「よし。すぐにその冒険者を呼び出せ! 俺が直接話をする」

「この後、カードを取りに来ることになっていますので、それは問題ではありません」

「よし、よくやった! あとは、しっかりとこちらに取り込んで――」

 これから先のことを考えて皮算用するゼムトだったが、アーシャにその思考を止めさせられた。

「ギルマス、それをするにはひとつ大きな問題点があります」

「…………なんだ? エルフではなくヒューマンだったのだろう?」

 エルフに対して下手に取り込みなどかければ、種族間の問題に発展する可能性もあるが、この場合はそれは起こり得ない。

 

 不思議そうな顔で見てくるゼムトに対して、アーシャがそれ以上の爆弾を落としてきた。

「いえ、そのことではなく……その新規登録者を連れて来た者がいるのですが――」

 そこで一度言葉を区切ったアーシャに、ゼムトは嫌な予感を覚えた。

「――――フィロメナ様がご一緒でした」

「……………………なんてこったい」

 アーシャの言葉に、ゼムトは歓喜から絶望へと一気に落とされることとなった。

 

 フィロメナが魔の森に住んでいて、タロの町に買い出しに来ていることは、関係者であれば誰でも知っている事実だ。

 だから、ふらりと冒険者ギルドに現れること自体は大した問題ではない。

 だが、勇者であるフィロメナの連れに、冒険者ギルドが唾をつけるような行為をすればどんなことになるのか、ゼムトでなくとも考えたくない事実だろう。

 だからといって、これほどの才能の持ち主を前にして、ギルドマスターがなにもしないでいるというのも問題である。

 これからカードを受け取りに来るというその新人冒険者とフィロメナに対して、どうアプローチをするべきか、ゼムトは頭を抱えつつ考えることになるのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 冒険者ギルドのギルドマスターが、フィロメナに対してどう対処するべきか頭を悩ませているその頃。

 当の本人フィロメナとシゲルは、昼食を取ったあとに町の商店街に顔を出していた。

 ただし、商店街とはいっても、シゲルが普通にイメージするような店が立ち並んでいるようなところではない。

 どちらかといえば、市場の中にそれぞれの個人商店が思い思いに店を開いているような感じだ。

 詳しく話を聞けば、誰がどこの場所に店を構えているというわけではなく、それぞれのスペースを借りて商売をしているということだった。

 勿論、大手の商店になれば、いい場所をずっと借りっぱなしという事になるので、毎回毎回顔ぶれが変わるというわけではないのだが。

 

 数日分の野菜などを補充しつつ店の冷やかしをしていたシゲルは、ふとある場所で足を止めた。

「……うん? どうしたんだ?」

 突然足を止めたシゲルに気付いたフィロメナが、後ろを振り返りつつそう聞いていた。

「いや、今までなかったからここ辺りには無いと思っていたんだけれど……」

 そう言いながらシゲルが注目していたのは、白っぽくて丸い形をした豆だった。

 そう大豆である。

 

 シゲルの目にはどこからどう見ても大豆にしか見えないが、ここは異世界。

 実際に大豆かどうかは、きちんと確認しないとわからないということを、これまでの冷やかしでシゲルはしっかりと学習していた。

「おばちゃん、これ、豆?」

「そりゃそうだが……豆以外に何に見えるんだい?」

 シゲルが恐る恐る確認すると、店番をしていた年配の女性は、多少呆れながらそう返してきた。

「いや、そうなんだけれどさ。他にはなかったみたいだから、自分が知っている物と同じなのか、ちょっと確認したくなってね」

「ああ。確かにこの辺りでは珍しいかもね。もう少し大きな町に行けば、扱う店の数も増えるさ。それに、時期も外れているからね」

 今の季節は夏で、確かに大豆の収穫時期からはずれている。

 

 だからといって、保存状態が悪いということはなさそうだ。

 大豆を見ていたシゲルは、そんな感想を持っていた。

 既にシゲルの中では、目の前にある豆は、大豆で確定している。

 大豆があるのであれば、いろいろと作ってみたい物がある。

 

 そんなことを考えて悩んでいたシゲルに、フィロメナが興味深そうな顔になって聞いて来た。

「なんだ? これが何かに使えるのか?」

「うん。まあ、自分が知っている物と同じものであれば、料理に使える――えっ、ちょっと!?」

 シゲルがそう説明をした瞬間、フィロメナはいきなり店先に置いていた大豆の袋を持ち上げて、店番のおばちゃんに差し出した。

「これをもらおうか」

「はいよ。毎度あり」

 シゲルが呆気に取られている間に、フィロメナはさっさと会計を済ませて、持っていた大豆をさっさと自前のアイテムボックスに入れてしまった。

 フィロメナは、アイテムボックスの魔法を使えるので、これまで買った野菜類も全て仕舞ってあるのだ。

 

 なにやら満足気に頷いているフィロメナに、シゲルは念のため確認をすることにした。

「フィロメナさんや」

「なんだ?」

「確認するけれど、その豆の調理方法はご存知で……?」

「私が知るわけがないだろう?」

 なぜだか自信満々にそう言ってきたフィロメナに、シゲルは「そうですよねー」と答えた。

 

 折角買った大豆を無駄にしないためにも、誰が料理をすることになるのかはわかり切っている。

「えーと、一応言っておくけれど、本当に使えるかどうかはわからないよ?」

「なんだ。そんなことを気にしていたのか? たとえ無駄になったとしても、大した金額ではない。気にするな」

 何とも豪快なその返答に、シゲルは内心で「これだから金持ちは」と呟いていた。

 勇者であるフィロメナは、一生かかっても使いきれないような大金を所持しているのであった。

※1 ギルマスにとってフィロメナは、下手に手を触れて良い相手ではありません。

※2 大豆を発見しましたが、例の調味料に手を出すのは、しばらく先になります。

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