優しい華は美しい夜に輝いて
この作品は、東方Projectの二次創作となります。苦手な方はお戻り下さい。
また、百合表現を含みます。苦手な方はやはり、お戻り下さい。
本当に、良い香りがする。花でもない。お料理でもない。そもそも形容することすらはばかられるような、そんな、脳髄まで溶かしてしまいそうな、香り。
私は今、その香りに包まれている。体中余すところなく、布地の上に広がる髪や、何も纏わない足の指にさえ、染み込んでくる。
……あぁ、なんと姫様の布団とは、良い匂いがするんだろう。
今まで何度かは、忍び込んで深呼吸をしたことがあった。その度に恍惚となり、我を忘れて鼻を鳴らした。特に、枕の首筋が当たる部分。それが最も姫様を感じることができて、幸せだった。
現在も、姫様の布団に入れて幸せである。枕に顔を埋められないことは残念だが、それでも、呼吸の度に掛け布団が動いて、また良い匂いを散らす。……それだけなら、幸せだった。
確認しよう。私は今、姫様の布団にいる。潜る訳ではなくて、普通に頭を出して、寝転がっている。そして、手を少しずらせば、そこに姫様が寝ている。
そう、姫様が寝ている。可愛らしい寝息を立てて、時折寝返りを打ちながら。隣には、姫様がいる。
ひたすらの緊張。寝ようにも、寝られない。出ようにも、出られない。近付くことはできるけど……。
そもそも、先に寝ていたのは姫様だった。と言うよりも、朝になったから、私が姫様を起こしに来たのだ。それは普通の光景で、起きてこない姫様にお師匠様が呆れるのも日常だ。今日も、そうなるはずだった。
部屋に入り声をかけると、姫様は思いの外早くしっかりと返事をした。これは、早く起きて朝ご飯を召し上がるかもしれない。準備を早くせねばと思っていると、不意に呼び止められた。
「ねぇ、鈴仙」
「何でしょう。すぐに朝ご飯は準備しますよ」
「いえ、そうじゃなくて」
布団から顔だけを出して、顎より下をすっぽりと布団に隠す。あぁ、かわいい。
「どうされました?」
「なんだか怠くて、頭がぼやっとするのだけれど……」
「それはいけません! すぐにお師匠様を」
「いえ、きっと寝不足だから、もう少し寝たいのよ」
深い溜息。心配が無駄とは言えないが、直球に寝不足と言われれば、返事に困る。
「でも、今は寒いじゃない? だから、私が厠からお布団に戻るまでの間、布団を温めておいてほしいのよ」
「でも、それって、起きないってことですよ……ね?」
「そうね。でも、お布団の中では粗相はできないわ。それとも鈴仙は、私の粗相が見たいのかしら」
「……どうぞ行ってきて下さい」
ぱあっと明るい表情になった姫様は、布団から出て上着を羽織る。言われたならば仕方なく、私も靴下を脱ぎ、厚い上着だけ脱いで、布団に入る。……布団に手が擦れる度にくらくらするような姫様の匂い。しかし、少し湿気があるような。冬とはいえ、掛布団が厚いのだろうか。寝汗をかいてしまったのだろうか。
「じゃあ、お願いね」
姫様はそそくさと、部屋を後にした。
とりあえず温めねばと、仰向けになり、掛布団をかける。姫様の温もりと香りが押し寄せてきて、一度だけと思いながら、何度も深呼吸をする。
その時に、左手に触る固いものがあった。そのものも生温く、さては湯たんぽではと思うも、湯たんぽはこんなに棒状ではないし、材質としては木のようで、また何か布団の生地とは違う布もひっついている。
むやみに探るのもよくないかと思ったが、どうにも気になってしまい、その棒をつかんで布団から引きずり出した。
棒は、衣紋掛けそのものだった。しかし壁にかける部分は取り外されており、ただの木の棒になってはいるが。衣紋掛けが何故布団の中にあるのかもわからないが、とりあえず同時に出てきた布に、目を奪われた。
私 の 下 着 だ
一昨日に脱いで、昨日洗濯しようと思っていたのに、どうにも見当たらなかったのは、ここにあったからか……。てゐはとっちめたのに、何も知らないって言ってたけど、そりゃあ、姫様が持っていたのでは……。
下着を見ても、特に汚れたような部分はない。ただしわくちゃになっていて、畳んであったようでもない。もう一ついえば、下着の穴部分、衣紋掛けが通っていることが、わからない。……何に、使ったのか。
悶々とする中、廊下から足音が聞こえた。少しずつ近付いてくるし、この歩き方はきっと姫様だ。
衣紋掛けを咄嗟に布団に入れて、さも何事もなかったかのように、息を整える。
だが、襖が開いたと同時に、吹き出してしまった。
「ひ、姫様!?」
「どうしたの?」
「そのお召し物は、えっと、その……」
「あぁ、これ? 寝汗かいちゃって、気持ち悪いから着替えてきたのよ」
「いやそれは構わないんですけど……」
「んー? 目線外してるけど、私のこと、見たくないの?」
姫様は枕元に座り、覗き込むように私を見る。だめ、そんなに前屈みになると布が弛んで……。
「いいでしょー。なんだか外の世界で流行ってるんだって。このセーター。セーターなのにすーすーして、冬だと上着がいるわね」
「え、あ、いや、見え」
「いやあねぇ。鈴仙は見たがりなんだから」
姫様はクスクスと笑いながら、姿勢を戻す。正座を横に流して、さも女性らしい座り方になる。
そう、女性らしい座り方。見えそうで見えない。正面から見る限り、胸やらは見えないがしかし、その、セーターしか着ていない以上、守られていない部分が多い。
何より、セーターの生地が全くない横腹から腰にかけて、何ら布がない。つまり、姫様はセーターしか着ていない。つまり、見えそうで見えないその先には……!
「さーて、鈴仙ちょっと端に寄ってよ。私が寝られないじゃない」
そういうと、姫様は四つん這いになって、私の頭をまたいで、ごそごそと布団に入った。もう、至る所が見えた。
「うん、暖かい。やっぱり人肌は最高ね」
「で、では、私はこれで、朝餉の用意に」
「ダメよ。鈴仙は今から私と二度寝するの」
「え」
「ほら、手を貸して」
私の手を無理矢理に見つけ出し、姫様は両手で握る。冷え込んだ外にいたからか、僅かに冷たくなった手は、火照り始めた私には心地が良い。また柔らかな肌、優しく甲を撫でてくれる手が、どこまでも愛おしい。
「姫様……。私」
「じゃあ、お休みなさい」
その言葉通り、姫様は寝息を立て始めた。
悶々としたこの思い。実に汚らしい、どす黒い感情が、一秒を数える毎に膨らんでいく。
無防備な姫様が悪い。挑発まがいをした姫様が悪い。あれだけされて、それこそ衣紋掛けとか、私の下着とか、隠し切れてない服とか、寝ながらも離してくれない指だとか。
むしろ、よくぞ今まで我慢したと思う。ここまで欲情を押さえ込めたのも、日頃の鍛錬の賜だろう。
そうだ、私は我慢をした。逃げようともした。しかし姫様がそれをさせてくれなかった。だから、私は姫様を襲って良い。否、襲わなければならない。
繋がった指を離し、腕、肘、肩と手を這わせて、仰向けに寝る姫様をこちらに横向かせる。自身も向かい合うようにして、離した指に再度片手を絡ませて、もう片側の手で、しっかりと姫様を抱き寄せる。
心臓が頭の中にあるのではないかと思う程、高鳴っている。頬が火傷をしたかのように熱い。もう、引き返さない。我慢出来ない。
刹那、姫様の瞼が開く。鼻が触れ合いそうな程の距離なのに、その優しそうな瞳が、私を脳の奥まで射貫く。恋人結びしていた指が、きゅっと握りしめられて。
「優しくしてね?」
その言葉を理解した時、二人の唇にあった僅かな隙間はなくなった。
読了ありがとうございます。
この作品は、固定された場面から一歩も動かず、その場面のみで作品を構成しました。
きっと、漫画では場面が変わらず、描きにくいんではないのかなぁ、と。それも妄想かもしれません。