5
その日は普段より遅くまで活動(?)していた。山気先輩はパソコンの前で空恐ろしい速度でキーボードを打鍵していた。平先輩と松前先輩は聞いているとくだらないが楽しい会話を繰り広げていた。國寺くんはずーと無言で『ファウスト』を読み進めていた。ぼくはぼくで『更級日記』の現代語訳を読んでいた。
気付けば五時半。活動時間を三〇分ほどオーバーしていた。気付いたのは松前先輩で、全員に向かって「もう五時半じゃん!」と報告した。
それでも慌てるようなことはなく、のんびり帰りの仕度をはじめた。
結局部室をあとにしたのは五時四〇分を過ぎたころだった。
「んじゃあ、気をつけてね」
山気先輩は手を振ってぼくらを見送った。先輩はこれから顧問の先生に部活終了の報告へ行かないといけない。それって、つまり今日は顧問の先生に迷惑を掛けたんじゃないのか? と思うが、さほどではないらしい。なんでも、先生は先生でやらなくてはならないことがたくさんあるらしく、六時位まではいつもいるらしい。
そんなわけで、先輩二人と國寺くんの四人で下駄箱へ向かった。一年生と二年生の一部は同じ一階に下駄箱があり、平先輩は一階の下駄箱を使用することになっている。
「あっ、と。俺、教室に忘れもん取って来る」
松前先輩が二階へ降りたところで言った(セミナー室は四階にある)。ついでに二年生の教室があるのは二階。
「そう。じゃあ、わたしもちょっと」
平先輩もそう言うと、いそいそと去って行った。行き先を見遣ると、トイレへと入って行った。“麗人”で“怪人”で“俳人”で“零人”なだけに淑やかだ。
「んじゃあ、お疲れさん」
松前先輩はそう言って教室へと向かった。
一階へ降り、下駄箱へ向かう。ぼくは三組で國寺くんは一組のため、下駄箱は少々離れている。國寺くんは徒歩で、ぼくは自転車なので、いつもここで挨拶をして別れる。
「じゃあ、お疲れ様」
ぼくは下駄箱の谷間へ入る前にそう言葉を掛けた。國寺くんは右手を挙げた。
いつものことと、上履きを脱いだ。自分の下駄箱を開き、上履きをしまって靴を出す。
と、悲鳴が鼓膜を震わせた。