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 部室の窓からグラウンドを覗くと、運動部が元気に、もしくは面倒くさそうに動き回っていた。その中に幾つか女子の集団があり、その中でもやたら元気な集団が目についた。

 ソフトボール部だ。

「……ねえ、國寺くん。本当に、あれで良かったと思う?」

 ぼくの隣の椅子で『暗夜行路』を読んでいる國寺くんに、先日の顛末の考察を要求してみた。

 案の定國寺くんは「ああぁ?」と面倒そうに唸る。

「本人たちがいいならそれでいいんだろう。何小説みたいなケジメの話しをしようとしてるんだよ」

 いいんだよ、べつに。アイツらは結局ハンパなやつらなんだからさ――

 國寺くんの欠伸が聞こえる。


 万永さんは自分のしたことを告白した。

 レギュラーを危うく思った万永さんは、崇城さんをはめようとした。怪我では、治ればまた危うくなる。ならば、やめさせるしかない。

 万永さんは人が来るタイミングで階段から落ちる振りをした。ぼくが下駄箱で國寺くんに別れの挨拶をしたのを聞いてタイミングを取ったらしい。叫び声を上げ、階段を落ちる。でも、数段だけ。それも勢いなく。それでもごつごつという転がる音はする。

 崇城さんは万永さんの悲鳴を聞けばすぐに戻ってくる。万永さんは他に悲鳴を聞いた人、つまり國寺くんに崇城さんが犯人であると嘘をつけばいい。それで崇城さんは疑われ、ソフトボール部にはいずらくなる。レギュラーにもなりにくいだろう。

 松前先輩は崇城さんがレギュラーを獲りたいがために万永さんに怪我をさせようとした、と言った。だが、実際は違った。逆だったのだ。

「かえちゃん巧いから……私よりもずっと巧いからさ……ああ、なんでだろう。なんで、あんなこと思いついたんだろう……ごめんね、かえちゃん。ごめんなさい……」

 誠心誠意の謝罪を示した万永さんに、崇城さんは微笑を一つ返した。それからてとてと万永さんに近付き、手を取った。

「いいんですよ。先輩が大丈夫で良かったです。先輩のプレー、しばらく見れないんじゃないかって、心配してたんですよ」

 崇城さんはさらに笑顔を広げた。

 万永さんは泣き出してしまった。

 ぼくと國寺くんはそんな女子二人についていけなかった。

「……ねえ、これでいいの?」

「……知るかよ。でも、いいんじゃねぇ?」


「万永さんは結局、崇城をはめるのを途中でやめたんだ。きっと、オレが崇城を怒鳴ったのを見て、急に怖くなったんだろう。これから、崇城はこういうふうにみんなから罵倒されてしまうんだってね」

 だから、万永さんは先生たちに崇城さんが犯人だと言わなかった。

「ハンパハンパハンパ。決意もなく誰かをはめようなんてするなっての。というかそんなやつを許してんじゃねーよ、崇城のやつ」

 ぼくと同じようにグラウンドを覗き込み、國寺くんは溜息混じりに怒る。

 ぼくらの視線の先には、二人の二塁手がいる。ノックをしているらしい。二人とも難なくこなしていく。

「あれはもう優しさじゃねーよ。甘さだよ。たくっ、誰かそれに気付かせてやれよ。というより気付かしてやるか」

「……誰が?」

 國寺くんはそれに答えず、ふたたび椅子に座って『暗夜行路』を読みはじめた。

「……ねえ、國寺くん?」

「うるさい。集中出来ない」

「…………」

 良くわからない不安が、液状化されて地表に現れる泥水みたいに湧き出てきた。……うーん、なんでだろう?

 グラウンドを見下ろし、セカンドの一人を見詰めてみる。帽子を脱ぎ、額の汗を拭った。

 ――優しさじゃなくて甘さ、か……。

 ふと、崇城さんが顔を上げた。崇城さんの顔がこの窓の方に向けられた。軽く帽子を振られた。

 ――これ、ぼくが返すの?

 ひとまず片手を上げてみた。すると遠目でもはっきりと、彼女が頬笑んだのがわかった。

「…………」

「何ぼけーとしてんだよ」

「へっ?」

 振り返ると鬱陶しそうに國寺くんがぼくを見ていた。

「いや、なんでもない……」

 グラウンドをもう一度眺める。

 うん。平穏だ。

 以上で『ティーンルーティーントゥラブル〜ラッカセイトゥラブル〜』は終了です。最後までお読み頂いた皆様、ありがとうございました。

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