04話 ナルキッスは菊池勇馬に従属する
千葉県松戸市。
JR松戸駅西口界隈の路地裏に、オレ、阿賀谷 蛍28歳♂の店はあります。
——【BAR NOOK】
路地の隅っこにあるから【NOOK(人目につかない場所)】って名付けました。
10坪にも満たない小さな店ですが、その分、安いんですよ。
賃料は15万ほど。
まぁ、ちょっと蓄えもあるから、のんびり営業しているんです。
とはいえですよ。
本日のお客様——地球人1名。異世界人1名也。
さすがにコレは……って感じですよね?
あ、誤解しないでくださいね?
いつもはもっと、お客さんは来るんですよ?
今日は、【菊池さん】が来てくれたから……。
早々に、店仕舞いしちゃいました!
あの人が来てくれたときは、大抵そうしているんです。
2人で居るその空間が、オレは大好きなんですよね。
オレが地を出して、気楽に話せる相手って、そんなにいないんですよ。
だから、あの人が来た時は、オレにとっては、休憩みたいなもんでして……。
こっそり店の扉に【準備中】の札をぶら下げちゃってます。
菊池さんが帰ったら、通常営業に戻すから、看板の灯は、落としませんけどね。
現在は、PM11時30分。
菊池さんも、ナルキッスさんも、すでにお帰りになりましたし……。
通常営業に戻すべき、なんでしょうが、今日はこれにて閉店します。
さすがに疲れましたから。
あ、ちょっと、看板の灯も落として来ちゃいますね。
いやぁ、今日は色々ありましたよ。
異世界人のナルキッス・ミウィ・ナルヒェンさんが登場しての、すったもんだ。
なんやかんやで、彼女をこの店で雇用することになっちゃいました!
後悔は……ありませんね。
あの娘はとても良い子でしたし……。
それに、菊池さんが、彼女の後見として、一緒に生活するのですから。
と、いうことはですよ?
オレと菊池さんの【絆】は、もっと太くなるってわけですよ!!
とりあえずは、あの娘の制服を用意しないと……ですね。
さてさて、色々忙しくなりそうですねぇ。
***
松戸の【BAR NOOK】を後にした俺は、新たなる同居人を連れて、帰路についていた。
俺の家は、千葉県柏市にある。
JR南柏駅徒歩5分のアパートだ。
南柏は、松戸からは、JR常磐緩行線で、12分程で着く距離となる。
新築の2LDKで、一人暮らしには、持て余すほど広いが、田舎だから家賃は安かった。
いや、田舎ってのは、語弊があるか……。
松戸も柏も大きな街だが、それに挟まれる南柏近辺は、程よく寂れているのだ。
俺の職場は、都心も都心。
東京都港区六本木にある。
その俺が、なんでこんなところに住んでいるかというと。
都会の喧騒が嫌いだから……だ。
生来の田舎モンだから、東京に住みたいとは思わない。
とはいえ、南柏から六本木は、そう遠くないんだよね。
職場近くの乃木坂駅まで、電車1本で52分しか掛からないのだ。
しかし、さっきから、乗客の目線が痛いな……。
「うわぁ! 勇馬様! 凄いですね! 速いですね! そんでもって静かですね!」
ナルキッスが、電車の扉にへばりついて、はしゃいだ声を上げている
「ずーっと、街が続いてますよね? 一体どれほどの人が住んでいるんでしょうか?」
まぁ確かに、この辺はまだ、畑や田圃は少ないからな。
一緒くたに【街】と捉えるのも、無理はないのか。
「ちょっと、ナルちゃんや。もう少し静かにな……」
乗客からしてみれば、もちろんナルキッスは異質だ。
<<やけにクオリティの高いコスプレをした外人さん>>
そんな風に見えていることだろう。
ところがどっこい!
この娘ったら、異世界人なんですよー!
(北小金〜。北小金〜)
電車が、北小金駅に止まる。
アナウンスとともに、電車の扉が開いた。
「アハハ! 何回見ても凄いですね! 勝手に扉が開きましたよ? 一体、誰がどこで、魔法を使っているんですか?」
「いや、魔法とか、この世界には無いんだが……」
最初はいちいち説明していたのだが、だんだん面倒になって、それは放棄している。
異世界人に、現代日本のことを説明するなんて、一朝一夕にはいかないと知った。
おいおい、少しずつ学んでもらうしかないであろう。
「人が沢山! みんな面白い服を着ているんですね? あ、でもあの服、可愛いかも!」 乗ってくる乗客を見て、ナルキッスが黄色い声を上げている。
しかし、随分ご機嫌だな、ナルキッスのやつ。
「楽しそうだな?」
「はい! 楽しいです!! それに嬉しいです!!! 」
「嬉しい?」
「へへへ…」
「なにがそんなに、嬉しいんだよ?」
「私、勇者様に捨てられて、凄くショックだったんです」
「だろうな」
「それに、これからどうしたらいいか分からなかったし、それこそ、これからの生活に希望なんて持てなくて……」
「うん」
「でも、勇馬様が、私を拾ってくれた。新しい主を見つけることができたんです!」
「主っておま。別にそんなに謙る必要はないんだぜ? なにも主従関係になるわけじゃないんだからな?」
「え? やだ! 困ります」
「なんでだよ!!」
聞けば、ナルキッスは<<自分の意志で生きること>>に、慣れていないようであった。
7歳までは親の庇護下で、それからは、勇者の従者として生きてきた。
だから、彼女の人生は、いつも誰かの指示のもとに、進行していたのだ。
「だから、私……勇馬様に、お仕えしたいんです」
「<<仕える>>って言われてもなぁ……」
「私、何でも言うこと聞きますよ? だって『勇者様の言うことはー?\ぜったーい!/』なんですから!」
「【勇者】じゃなくて【勇馬】な?」
「はい! 『勇馬様の言うことはー?\ぜったーい!/』です!」
「ハァ……。まぁ好きにしろよ」
程なくして、電車は南柏駅に到着する。
「うわぁ。人だらけだぁ……」
深夜12時に差し掛かろうとする時間帯だから、それほど人がいるわけでもない。
それでも、ナルキッスにとっては、そう感じるらしい。
少し駅のホームに待機して、改札に向かうエスカレータを昇る。
人混みの中に、ナルキッスが改札を抜けるのを避けるためだ。
「えっと、ここに、この紙を入れるんですね?」
ほれ見ろ。
自動改札前で、やはりナルキッスは、自動改札に手間取っている。
なるべくナルキッスには、他人に迷惑をかけて欲しくない。
それは、他人の為、というより、彼女のために……そう思うのだ。
改札を抜けて、南柏駅の東口へと向かう。
ナルキッスがキョロキョロと、物珍しそうにするものだから、歩みは遅かった。
<<寂れている>>とは言ったが、駅の東口には、中規模なショッピングモールがある。
それを中心にして、24時間営業のスーパーや、飲食店が連なっていた。
だから、深夜といえど、そこは存外に明るいのだ。
「今って、夜中なんですよね?」
「そうだよ」
「それにしては、随分と明るいんですね! でも……魔法じゃない?」
「そっ! こちらの世界に【魔法】は存在しない。明かりは【電気】ってやつで作り出しているんだけど……まぁ、そのうち説明するよ」
「はい! 色々と勉強しなくちゃですね」
ナルキッスの前向きな明るさに、俺は救われていた。
正直に言えば、今日、初めて合った女の子と……。
ましてや、異世界人と暮らすことになって、憂鬱というかなんというか……。
とにかく、俺は困っていたのだ。
だが、彼女のそんな姿勢をみていると、俺の心も、なんだか前向きになっていく。
「ちょっと、腹が減ったなぁ……。なんか食べていかないか?」
「はい! あ、でも。私、この世界のお金は持っていないんですが……」
「お前は俺の従者なんだろう? 従者の飯の面倒くらいはみてやるさ」
「エヘヘへぇ。ありがとうございます!!」
んー。
やっぱ、可愛いな……コイツ。
さっきの<<憂鬱さ>>とは別の意味で、困ってしまうぜ。
深夜で、飲み屋以外となると、飯を食う場所は限られてくる。
「この時間だと、ファミレスも、中華屋も閉まっているなぁ……。何か食いたいものはあるか?」
「と、言われましても……。こちらの世界の食べ物のことはよくわかりません」
「まぁ、そうだよな。そんじゃ、ま。ラーメンでも食うか」
言うまでもなく、ナルキッスは、ラーメンが何たるかなど知らないだろう。
だが、ラーメンは旨いものだ!
とりあえず『こんにちは日本!』ってことで、ラーメンをご馳走することにした。
横浜家系ラーメン。
初ラーメンのナルキッスには、ちとハードルが高いかもしれない……。
が、営業中の店が、ココしか見当たらなかったのだから、仕方ないだろう?
俺は、家系……好きだしさ。
まぁ、飲みの後としては、バッドチョイスだけどな!
「「いただきます」」
茶色く濁った、豚骨醤油のスープ。
太いストレート麺の上には、ほうれん草と、豚バラが乗っている。
実に美味そうである。
ナルキッスが、箸を上手く使えるか、不安だったのだが、問題ないようであった。
少しレクチャーしただけで、器用に箸で麺を掴んでいる。
「箸を使ったことがあるのか?」
「いえ、ありませんよ。アッチの世界で、食事に使うのは、マスターのお店で使ったフォークが普通ですね」
「ふーん。そんじゃ、ナルちゃんは器用なんだな」
「エヘヘヘぇ。たまにそう言われます」
そう肯定するあたり、器用さには自信があるのだろう。
これならば【BAR NOOK】でも、上手くやっていけるのかもしれない。
この世界にも馴染んで、自分の幸せを掴めるようになると良いのだが……。
(ズズズッ)
「美味しい!」
「お、クセがあるから、どうかと思ったんだけど、美味いか?」
「はい! こんなに濃厚なスープ……初めてです!」
(ズズズッ ズズズッ)
マスターの店じゃ、酒の肴しか食えなかったからな。
俺もそうだが、コイツも、大分お腹が空いていたみたいだ。
しかし、アレだ。
例えば、未開とよばれるような土地の人間が、日本にやって来る番組があったろう?
彼らが、日本の近代的な様相や、多種多様の【食】を体験して、感激するやつさ。
アレってつまり、日本人の優越感を刺激するためのコンテンツだと思うんだよ。
見方によっちゃゲスなんだろうけどさ。
そりゃそういう感情はあるよな。
ニンゲンダモノ。
俺が今感じている感情……。
一心不乱にラーメンを啜るナルキッスを見て感じる感情。
それも、やはり優越感なんだろうか?
それとも、父性とか、保護欲とか、そういうものなんだろうか?
よくわからないけれど、俺はなんだか嬉しくて。
もっと、コイツを驚かせたり、喜ばせたりしたいな……。
なんとなく、俺はそう思ったのだ。