03話 菊池勇馬は決断する
「これが……マジもんの【異世界人】っていう奴か!」
「パネェっすね、菊池さん!」
ナルキッスと名乗ったコスプレイヤー♀に、色々と話しを聞いた結果……。
俺とマスターは、確信をもって、この小娘を【異世界人】と認定していた。
なにしろ、現代社会の常識を、ナルキッスは全く知らなかったのである。
彼女の常識は、異世界のそれで構成されいる。
最初は【なりきり】の【設定】かと思っていたのだが、作りが細かすぎる!
それに、これが演技だとしたら、それこそオスカー級だ。
「そうですか……。ということは私、違う世界に転移しちゃったんですね」
そう言いながら、ナルキッスはケラケラと笑っている。
おいおい。
異世界に転移しちまったんだぜ?
どうして、そう笑っていられるんだ?
一瞬、そんな風に思ったのだが、それは違う……な。
10年間も、勇者って野郎に【実験台】にされていたのだ。
そして、酒場に放置された、捨てられたんだ……と、コイツは言っていた。
そんで、自暴自棄気味に使った一発勝負のスキルで、異世界に来ちまったと……。
ま、そりゃ、笑うしかないわなぁ。
「そういうことになるかな。ここは【日本】っていう国だ」
「ニホン……」
「剣も魔法もない。ましてやモンスターなんかもいない、平和な国だよ」
「そっか。じゃぁ【冒険者】で生計を立てるのは、もう、無理なんですね……」
「……」
何も言えねぇ!
この小娘、7歳で親に捨てられてから向こう、ずっと【冒険者】だったんだもんな。
これからは違う職業で、まして、違う世界で、生きることになるんだ。
そのことを考えれば、それは辛かろうよ。
あ、もしかして、泣いているんじゃないだろうか?
そう思って、ナルキッスの顔を見ると……。
あれまぁ、相変わらずケラケラと笑っていた。
「おいおい、大丈夫か? これから、この世界で生きていかなくちゃならないんだぜ?」
「はい! もちろん大丈夫です。頑張ります!」
頑張るって、何をだよ。
言葉は理解できるとはいえ、どうやって生活するつもりだ?
「勇馬様は【サラリーマン】という稼業なんですよね?」
「ん? そうだよ。それがどうした」
「【サラリーマン】のパーティメンバーは、一体、何をすれば良いのですか? 私……勇馬様のパーティメンバーとして、一生懸命頑張っちゃいますよ!」
……
…………
……………………
コイツ、何を言っているんだ?
俺=サラリーマンのパーティ??
そんで、ナルキッスちゃんが、パーティメンバー??
意味がわからん。
うむ、こんな時はマスターだ。
マスターに助けを求めるのだ。
俺は、マスターに目線を送る。
『なんとかしろ』とテレパシーを添えて。
「えっと。ナルキッスちゃん?」
「はい、なんでしょうか?」
「君は、菊池さんのパーティーの、メンバーなのかい?」
「へ? そうですよね。さっき契約を結んだじゃないですか。勇馬様に誘ってもらって、私……とーーーっても嬉しかったです!」
「だ、そうです! 菊池さん(敬礼)」
「なんも解決しとらんわ!!!」
使えねぇマスターだな。
「えっと、ナルキッスさん? 俺が君をパーティメンバーに誘ったって……どういうこと?」
「え、だってさっき、5種類の食べ物を、私にご馳走してくれましたよね?」
「ああ、確かにしたけども……」
「酒場で5品の食べ物をご馳走するってことは、パーティーへの勧誘ですよ? 常識じゃないですか!」
へ、へぇ。
そんな仕組みがあったとは……。
迂闊に飯も奢れねぇな!
しかしだな、その常識、【異世界】製だよ?
ここは、ちゃんと否定してあげないといけないな。
ほら、マスター、よろしくだぜ!
俺は再び、『なんとかしろ』という念を込めて、マスターに目線を送った。
「……チッ」
あっ!?
マスターの野郎、舌打ちしやがった!
「いいかい、ナルキッスちゃん」
「なんでしょうか?」
お、なんだよ。
ちゃんと説明してくれるんじゃんか、マスターめ。
下げて……上げる。
さすが、俺が認めたお茶目さんだぜ。
「この世界にはね。そんな勧誘のルールはないんだ。だから菊池さんは……ただ君のお腹が空いているんじゃないか? って思って、ご飯をご馳走しただけなんだよ」
「え? え?? え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛???」
ナルキッスの顔が、みるみると蒼白くなっていく。
目が見開かれて、顎が落ち、全体的に顔が伸びた。
凄いなぁ。
人間って、表情に、ココまで落差をつけられる生き物なんだなぁ。
凄いなぁ……人間って。
「私……私……”また”捨てられちゃうんです゛ね゛ぇ゛ぇ゛ぇ」
「いや、別に拾ってもいないよ?」
俺のツッコミも虚しく、ナルキッスは、コレ以上無い絶望の表情で泣き出した。
マスターがこっちを見ている。
まるで、ゴキブリ……いや、それを殺す殺虫剤を見るような目で、見ている。
なるほど、つまり『お前がなんとかしろ!』ってことね。
「ええと。泣かないでよ、ナルキッスちゃん」
「あ゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ……」
「ごめんよ、俺。君を誤解させちゃったみたいだね」
「い゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ……」
「あ、そうだ! もっと何か食べるかい? 飲み物だって奢っちゃうよ?」
「う゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ……」
「ほ、ほら。これ、飲んでみなよ、美味しいよ?」
「え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ……」
俺は近くにあったコップを、泣きわめく小娘に差し出す。
ナルキッスは泣きながらそれを受け取り、一気に飲み干した
「お゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ……(嘔吐)」
あ、やべ。
これ、ウイスキーじゃん!
てへ。
失敗、失敗。
急いで水を飲ませ、落ち着かせる。
ウイスキーのショックで、涙も引っ込んだようだ。
不幸中の幸いってやつだな。
「ひどいです……。毒を盛って、殺そうとするなんて……」
「そんなことしないよ!? これはお酒。確かにアルコール度数は強いけどさ」
「ゲホッゲホッ! こんなお酒……あるんですね」
「うん。というか、本当にごめんね、ナルキッスちゃん」
「だ、大丈夫です。お陰で落ち着きましたです」
マスターが、ミネラルウォーターをナルキッスに渡す。
「しかし、菊池さん。この娘、どうしますか?」
「『どう』っつってもなぁ……」
「でも、異世界人を野に放つわけにもいかんでしょ?」
「そりゃそうだけどね。まぁなんにせよ……ウイスキーもう一杯貰える?」
「はいよ。あ、俺もご馳走になって良いっすか?」
「構わんよ」
酒は、思考を現実から遠ざけてくれるものなのだが……。
俺もマスターも、全く酔えなかった。
アルコールより、異世界人の今後についての刺激のほうが、強かったからだ。
「どうするよぉーーーマスターぁぁぁ」
「知らねっすよぉーーー菊池さぁぁぁん」
「『知らね』っておま! だいたい、ナルちゃんが最初に入った店がココなんだから、マスターが面倒みりゃいいじゃねぇか」
「はぁ? その理論なら、ナルちゃんと最初にコンタクトを取った地球人は、アンタだろう? アンタが面倒みるべきじゃね?」
「地球レベルの話すんじゃねぇよ!」
「うるせぇ! バーカ!」
いえ、やっぱり酔ってました!
ナルちゃん(そう呼ぶことにした)を押し付け合う、大人♂が2人……。
そこに居る、当人の気持ちなんか、考えちゃいない。
「あ、あの。お二人とも、ゴメンナサイ。私、大丈夫です! 1人で頑張れますよ?」
「「え?」」
「ご迷惑をお掛けするわけには、いきませんし。アハ! もう掛けちゃってますね!」
「「……」」
「えっと……。それじゃぁ、そろそろ私……失礼します!」
そう言って、ナルキッスは、店の扉に向かって歩いて行く。
その背中は、少し曲がっていて、少し震えている。
ドアノブに手を掛けた彼女は、少しの逡巡を経て、こちらを勢い良く振り返った。
「あの……。マスターさん。美味しいお料理と、お飲み物。ご馳走様でした!」
「……いや、あの、どうも」
「ゆ、勇馬様。勇者様にそっくりなアナタに、パーティーに誘ってもらって、嬉しかったです! エへ、でもそれは勘違い……でしたけど。でもでも、それでも、嬉しかったんです! ありがとうございました(ペコリ)」
「…あ、うん」
「それでは、私はこれで……失礼します!」
「「ちょっと待って!」」
そりゃ、止めるよね。
大人だし、漢だし!
それに、ナルちゃんは、とても良い子で可愛いし。
「なぁよ。マスター?」
「腹決めるしかないっすよね? 菊池さん」
「だな!」
俺とマスターは、目線を交わして頷き合う。
まずは、マスターが男前になるターン
「ナルキッスさん。よかったらだけど……このお店で働かないかい?」
「え!?」
次は、俺が男をみせるターン
「ナルちゃんよ。こんなオッサンの家で悪いけど、良かったらウチにおいでよ。泊まるところなんて、ないんだろう?」
「えええ!?」
こうして始まった俺、菊池勇馬の新しい生活。
異世界人ナルキッス・ミウィ・ナルヒェンとの共同生活。
不安は、もちろんあるよ。
たとえ、ナルキッスが異世界人じゃなかったとしても、それは同じだろう?
30代のオッサンと、10代の少女の共同生活なんだからさ。
さて、一体、どんなことになりますやら……。