表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

03話 菊池勇馬は決断する

「これが……マジもんの【異世界人】っていう奴か!」

「パネェっすね、菊池さん!」


 ナルキッスと名乗ったコスプレイヤー♀に、色々と話しを聞いた結果……。

 俺とマスターは、確信をもって、この小娘を【異世界人】と認定していた。


 なにしろ、現代社会の常識を、ナルキッスは全く知らなかったのである。

 彼女の常識は、異世界のそれで構成されいる。

 最初は【なりきり】の【設定】かと思っていたのだが、作りが細かすぎる!

 それに、これが演技だとしたら、それこそオスカー級だ。


「そうですか……。ということは私、違う世界に転移しちゃったんですね」

 そう言いながら、ナルキッスはケラケラと笑っている。


 おいおい。

 異世界に転移しちまったんだぜ?

 どうして、そう笑っていられるんだ?

 一瞬、そんな風に思ったのだが、それは違う……な。


 10年間も、勇者って野郎に【実験台】にされていたのだ。

 そして、酒場に放置された、捨てられたんだ……と、コイツは言っていた。

 そんで、自暴自棄気味に使った一発勝負のスキルで、異世界に来ちまったと……。

 ま、そりゃ、笑うしかないわなぁ。


「そういうことになるかな。ここは【日本】っていう国だ」

「ニホン……」

「剣も魔法もない。ましてやモンスターなんかもいない、平和な国だよ」

「そっか。じゃぁ【冒険者】で生計を立てるのは、もう、無理なんですね……」

「……」


 何も言えねぇ!

 この小娘、7歳で親に捨てられてから向こう、ずっと【冒険者】だったんだもんな。

 これからは違う職業で、まして、違う世界で、生きることになるんだ。

 そのことを考えれば、それは辛かろうよ。

 あ、もしかして、泣いているんじゃないだろうか?

 そう思って、ナルキッスの顔を見ると……。

 あれまぁ、相変わらずケラケラと笑っていた。


「おいおい、大丈夫か? これから、この世界で生きていかなくちゃならないんだぜ?」

「はい! もちろん大丈夫です。頑張ります!」

 頑張るって、何をだよ。

 言葉は理解できるとはいえ、どうやって生活するつもりだ?


「勇馬様は【サラリーマン】という稼業なんですよね?」

「ん? そうだよ。それがどうした」

「【サラリーマン】のパーティメンバーは、一体、何をすれば良いのですか? 私……勇馬様のパーティメンバーとして、一生懸命頑張っちゃいますよ!」


 ……

 …………

 ……………………

 コイツ、何を言っているんだ?

 俺=サラリーマンのパーティ??

 そんで、ナルキッスちゃんが、パーティメンバー??

 意味がわからん。


 うむ、こんな時はマスターだ。

 マスターに助けを求めるのだ。

 俺は、マスターに目線を送る。

 『なんとかしろ』とテレパシーを添えて。

 

「えっと。ナルキッスちゃん?」

「はい、なんでしょうか?」

「君は、菊池さんのパーティーの、メンバーなのかい?」

「へ? そうですよね。さっき契約を結んだじゃないですか。勇馬様に誘ってもらって、私……とーーーっても嬉しかったです!」


「だ、そうです! 菊池さん(敬礼)」

「なんも解決しとらんわ!!!」

 使えねぇマスターだな。

 

「えっと、ナルキッスさん? 俺が君をパーティメンバーに誘ったって……どういうこと?」

「え、だってさっき、5種類の食べ物を、私にご馳走してくれましたよね?」

「ああ、確かにしたけども……」

「酒場で5品の食べ物をご馳走するってことは、パーティーへの勧誘ですよ? 常識じゃないですか!」


 へ、へぇ。

 そんな仕組みがあったとは……。

 迂闊に飯も奢れねぇな!

 しかしだな、その常識、【異世界】製だよ?

 ここは、ちゃんと否定してあげないといけないな。

 ほら、マスター、よろしくだぜ!

 俺は再び、『なんとかしろ』という念を込めて、マスターに目線を送った。


「……チッ」

 あっ!?

 マスターの野郎、舌打ちしやがった!

「いいかい、ナルキッスちゃん」

「なんでしょうか?」

 お、なんだよ。

 ちゃんと説明してくれるんじゃんか、マスターめ。

 下げて……上げる。

 さすが、俺が認めたお茶目さんだぜ。


「この世界にはね。そんな勧誘のルールはないんだ。だから菊池さんは……ただ君のお腹が空いているんじゃないか? って思って、ご飯をご馳走しただけなんだよ」

「え? え?? え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛???」


 ナルキッスの顔が、みるみると蒼白くなっていく。

 目が見開かれて、顎が落ち、全体的に顔が伸びた。


 凄いなぁ。

 人間って、表情に、ココまで落差をつけられる生き物なんだなぁ。

 凄いなぁ……人間って。


「私……私……”また”捨てられちゃうんです゛ね゛ぇ゛ぇ゛ぇ」

「いや、別に拾ってもいないよ?」

 

 俺のツッコミも虚しく、ナルキッスは、コレ以上無い絶望の表情で泣き出した。

 マスターがこっちを見ている。

 まるで、ゴキブリ……いや、それを殺す殺虫剤を見るような目で、見ている。

 なるほど、つまり『お前がなんとかしろ!』ってことね。


「ええと。泣かないでよ、ナルキッスちゃん」

「あ゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ……」

「ごめんよ、俺。君を誤解させちゃったみたいだね」

「い゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ……」

「あ、そうだ! もっと何か食べるかい? 飲み物だって奢っちゃうよ?」

「う゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ……」

「ほ、ほら。これ、飲んでみなよ、美味しいよ?」

「え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ……」

 

 俺は近くにあったコップを、泣きわめく小娘に差し出す。

 ナルキッスは泣きながらそれを受け取り、一気に飲み干した

「お゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ……(嘔吐)」

 あ、やべ。

 これ、ウイスキーじゃん!

 てへ。

 失敗、失敗。


 急いで水を飲ませ、落ち着かせる。

 ウイスキーのショックで、涙も引っ込んだようだ。

 不幸中の幸いってやつだな。


「ひどいです……。毒を盛って、殺そうとするなんて……」

「そんなことしないよ!? これはお酒。確かにアルコール度数は強いけどさ」

「ゲホッゲホッ! こんなお酒……あるんですね」

「うん。というか、本当にごめんね、ナルキッスちゃん」

「だ、大丈夫です。お陰で落ち着きましたです」


 マスターが、ミネラルウォーターをナルキッスに渡す。

「しかし、菊池さん。この娘、どうしますか?」

「『どう』っつってもなぁ……」

「でも、異世界人を野に放つわけにもいかんでしょ?」

「そりゃそうだけどね。まぁなんにせよ……ウイスキーもう一杯貰える?」

「はいよ。あ、俺もご馳走になって良いっすか?」

「構わんよ」


 酒は、思考を現実から遠ざけてくれるものなのだが……。

 俺もマスターも、全く酔えなかった。

 アルコールより、異世界人の今後についての刺激のほうが、強かったからだ。


「どうするよぉーーーマスターぁぁぁ」

「知らねっすよぉーーー菊池さぁぁぁん」

「『知らね』っておま! だいたい、ナルちゃんが最初に入った店がココなんだから、マスターが面倒みりゃいいじゃねぇか」

「はぁ? その理論なら、ナルちゃんと最初にコンタクトを取った地球人は、アンタだろう? アンタが面倒みるべきじゃね?」

「地球レベルの話すんじゃねぇよ!」

「うるせぇ! バーカ!」


 いえ、やっぱり酔ってました!

 ナルちゃん(そう呼ぶことにした)を押し付け合う、大人♂が2人……。

 そこに居る、当人の気持ちなんか、考えちゃいない。


「あ、あの。お二人とも、ゴメンナサイ。私、大丈夫です! 1人で頑張れますよ?」

「「え?」」

「ご迷惑をお掛けするわけには、いきませんし。アハ! もう掛けちゃってますね!」

「「……」」

「えっと……。それじゃぁ、そろそろ私……失礼します!」


 そう言って、ナルキッスは、店の扉に向かって歩いて行く。

 その背中は、少し曲がっていて、少し震えている。

 ドアノブに手を掛けた彼女は、少しの逡巡を経て、こちらを勢い良く振り返った。


「あの……。マスターさん。美味しいお料理と、お飲み物。ご馳走様でした!」

「……いや、あの、どうも」


「ゆ、勇馬様。勇者様にそっくりなアナタに、パーティーに誘ってもらって、嬉しかったです! エへ、でもそれは勘違い……でしたけど。でもでも、それでも、嬉しかったんです! ありがとうございました(ペコリ)」

「…あ、うん」


「それでは、私はこれで……失礼します!」

「「ちょっと待って!」」


 そりゃ、止めるよね。

 大人だし、漢だし!

 それに、ナルちゃんは、とても良い子で可愛いし。


「なぁよ。マスター?」

「腹決めるしかないっすよね? 菊池さん」

「だな!」

 俺とマスターは、目線を交わして頷き合う。


 まずは、マスターが男前になるターン

「ナルキッスさん。よかったらだけど……このお店で働かないかい?」

「え!?」


 次は、俺が男をみせるターン

「ナルちゃんよ。こんなオッサンの家で悪いけど、良かったらウチにおいでよ。泊まるところなんて、ないんだろう?」

「えええ!?」


 こうして始まった俺、菊池勇馬の新しい生活。

 異世界人ナルキッス・ミウィ・ナルヒェンとの共同生活。

 不安は、もちろんあるよ。

 たとえ、ナルキッスが異世界人じゃなかったとしても、それは同じだろう?

 30代のオッサンと、10代の少女の共同生活なんだからさ。


 さて、一体、どんなことになりますやら……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ