天使の噂
『雷が落ちる日には天使がやってくる』
最近中学で流れ始めた噂話だ。
雷とともに空から翼の生えた人が降ってくるらしい
一学期の終わり、終業式の帰りに日本に台風が直撃していた。
中学の生徒は皆、保護者に車で送ってもっている中、相原拓徒だけは1人取り残されていた。
「ちゃんとニュース見とけよ…俺」
寝坊して、時間が無かった訳でもなく、朝のニュースを全く見ていないせいで、直撃するまで台風の存在を知らなかったのだ。
妹の美火に傘を持ってきて貰おうとスマホを取ったところで、行動を先読みしたかのようにメールが届いた
『洗濯物は取り込んでおきました。これから傘を届けに行きます』
考えていることは全てお見通しのようだ。
一方で、不安が残っていた。
風は静まる事を知らず、激しさを増してきている。
屋根から瓦が降り始め、木の枝がへし折れ風に流されている。
さすがに傘でもこれを防ぐことはできないだろう。
このまま居て美火に万が一の事があったら困る。
かといってここにはバスもタクシーもない。
「走る……しかないか……」
これから暑くなるとは思えない冷たい雨に打たれ、屋根からの落下物に警戒しながら誰もいない歩道を駆けていく。
拓徒の住む二階建てのアパートは学校から近く毎日徒歩で通える距離にあった。
かといって、この豪雨の中傘を使わずに走れば全身水浸しである。
早く着替えて、風呂にでも入りたい気分だ。
だが、妙な事に気づく。
このアパートの壁は薄く、玄関越しでも住居者の足音や、話し声が聞こえてくる。
だが拓徒の住む203号室からは、物音1つしない。
「まさかもう学校まで行っちまったか…」
今更走る前に連絡をしなかったことに後悔する。
扉に手をかけゆくっくりと開いていく。
不思議なことに美火の靴はある。
(寝てんのか?)
玄関で靴を脱ぎ、濡れたままの足で構わず進んでいく。
嫌な臭いがする。
酷く生臭く、それでいてどこか鉄の臭いがする。
リビングに続く扉の下から水流れてきている。
嫌な静けさが漂うリビングへの扉を開ける。
そこには美火がいた。数々の衣服が詰められているタンスにもたれかかるように座っている。
そしてそこにはもう一人いた。背高く、細身の男だ。
その男は右手に西洋の騎手が携えるような、剣を持っていた。
そしてその剣の先は美火の胸へ深々と突き刺さっている。
扉の下から流れる水の正体は、美火の胸から流れる血だった。
「み……か………?」
掠れた、声で美火の名を呼ぶ。しかし返事など返るハズがなかった。
男は剣を引き抜き、洗濯スペースしかないベランダの柵に足をかける。
(逃げるつもりか…?)
「おい…待ちやが」
言葉の途中で男は背中、肩甲骨の辺りから片方だけで1m以上はある翼を顕現させた。
ふと、ある噂を思い出す
『雷が落ちる日には天使がやってくる』
(こいつが…天使だと!?)
男、天使はベランダから羽ばたき、夜の闇に消えていった。
美火の死体だけを残して。