《サイドストーリー》グロッキー・ネクストデイズ【コメディ】
「えっと、もしもし? 代行業者さんですか? 車の鍵、ボンネットの上に置いておくんで、今から説明する住所まで車もっていってもらいたんですけど。車種は、白と黒のツートンカラーのセダンで。場所は……」
アオバが歩きながら電話で代行業者に連絡する。
アオバ、アザラシ、トリガーハッピー、首だけのゼロワンの四人は、街に向けて徒歩で移動していた。一応、バス停とカーネル・サンダース像もそれぞれ肩に担いで持ってきている。
「ハッピー、本当に街まで歩くの? パトカーを返してくるついでに乗って行ってもいいんじゃないかしら?」
「それはジョークか? 全身から酒臭い匂いさせながら、パトカー運転して警察署に行けって?」
「ああ~、言われてみればそれもそうね……。でも変身していれば法的に優遇されるから大丈夫じゃない?」
「ヒッピーのあんたと違って私とかアオバは体面を気にしなきゃいけないんだよ。だから却下」
「ん~仕方ないわね~。それじゃあ、まずどこに行く?」
「まずはこのバス停だろうな。このバス停は高速道路入り口近くの停留所のやつだからな。ここからかなり近いし、少なくとも私たちは昨日そこを通って行ったんだろうってことはわかる」
「あ~なるほどね~」
「噂をすればもう目の前だぜ。あそこの高速道路……、が、砕け散っているぅ!高速道路ぉ!」
高速道路は真ん中から真っ二つに折れていた。大量のガレキ片と化した高速道路が一般道路を封鎖しており、警察が旗を振って交通誘導をしている。
まるで空爆でもあったかのような凄惨な状況に、アオバが呆然として携帯端末を落としてしまった。
「……これは損害賠償やむなしかしら~?」
「あ、これ、私たち見つかったらヤバいやつデスね。警察はきっと激オコデス」
「バス停はここに置いていくぞ! 林道通って街に行く! 逃げろ!」
警察官がチラリとこちらを向くが、間一髪のところでアオバ達は気付かれることはなかった。
警察官は歩道の上にぽつんと置かれたバス停を見て首をかしげるも、それ以上詮索することはなかった。
▼ ▼
「おいおいおい! 酔って暴れるにしても限度ってもんがあるだろうが!? ヤベえよあれ! シャドウも出てこないのに暴れていたら私らただの悪党だぞ!」
「どうしましょう、僕、街を見に行くのが怖くなってきました」
「私たち一体何をしでかしたのかしらね~? 記憶がないのが怖いわね~?」
「一番最悪のパターンを想定するデス! 昨日あの後、まず酔った私たちは高速道路を破壊、そのあとバス停を頂戴して街に行き、ケン○ッキーに寄って人形を窃盗、止めに入った警察官のパトカーを強奪し、飲酒運転のあげくどこかにキューティクルズのみんなをほったからして帰宅。辻褄が合うのデス!」
「やめろ! 鳥肌が立った!」
トリガーハッピーは両腕をさする。血の気の冷めるような想像が頭をよぎったようで冷や汗が吹き出している。
「そろそろ街中よ~、アオバさん、光の魔法でこのおじさんを隠してくれないかしら~」
「あ、はい。それじゃあ大きめのボストンバックで包みます」
「それはやめてもらえるとうれしいわ~。……死体袋に見えるから」
「……普通に光を透過させます」
アオバが手を軽く振るとアザラシが肩に担いでいたカーネル・サンダースの人形が消失する。アザラシは片腕を上げた状態で歩くことになるが、いまさらそんな不自然さを気にする様子は見せなかった。
やがて林を抜け、いくつかの住宅を抜けて人通りも多くなってくるとフライドチキンの店にたどり着く。
「ここね~。たしかに人形が無くなっているわね」
四人はフライドチキンの店の前で立ち止まった。
店の前には確かに創業者の人形が無い。度重なる盗難でコンクリートにボルトで固定されていたはずだが、力づくで引っこ抜いたらしくコンクリートには埋められた金具だけが残っている・
「返してくるついでに店員に昨日の事聞いてきましょうか?」
「それがいいわね~。ついでに朝食も買おうかしら?」
アザラシが人形をそっと元に戻し、アオバが魔法を解いて元通りにする。
窓から見た店内に客はいない。朝食には遅く、昼食には早い時間なので当然だ。これならば落ち着いて店員に昨日の出来事を聞けるような状況だろう。
そして四人が何食わぬ顔で店に入店しようと扉を開ける。すると、レジの受付をしていた黒髪の店員が四人を見て目を見開き、叫んだ。
「お前たち! また来たのか!?」
「「「ダークネス!?」」」
レジで立っていたのは高校生程度で顔鼻立ちの整った女性だ。キューティクルズの反存在にしてシャドウの根源をつかさどる精神世界の王、ダークネス。それが赤いシャツに黒い帽子の制服を着て、胸に研修中のバッジを付けてアルバイトしている。
「いったい今日はなにをしに来た!? まさか私をこのバイトから追い出す気じゃないだろうな!? バイト中に私は戦えないぞ!」
「いや、ちょっ、えええ! ダークネスバイトしてるの!? なんで!?」
アオバが叫ぶように驚愕する。
キューティクルズにとっては実質的なラスボスであるダークネス。強大な実力を秘めているのだが、現時点ではただの美人な店員になってしまっているのだから驚くのも当然だ。
「なんでだと! そんなもの、当然生活の為に決まっているだろうが」
「いや、生活って、あなた深淵の王でしょ!」
「肉体の無かった前任者と比べるな! 私だって飢えずに済むならそうしたい。だが、忌々しいことにこの肉体は腹が減るのだ」
「だからバイト!?」
「それは昨日も説明しただろう!? ……いや、昨日のお前たちは発狂したかのように酔っていたからな。記憶が飛んだのか?」
「待って! 僕たち昨日ここに来たんだよね? 一体何があったのか教えて!」
「正直ほとんどなにもわからなかったな。目的も目的地も、それどころかお互いに会話も成り立っていなかった。なぜだか昨日の夜遅くに突然お前たち四人がやって来て、入り口の人形を掻っ攫ってどこかに行こうとしたんだ。私はそれを止めようと出ていくと、お前たちはもっと酒はないかとか、クロスさんはどこへ行ったとか叫んで、あと私の制服姿を見て爆笑して、それからポリスレンジャーがやって来るとお前たちはどこかへ去っていった」
「ポリスレンジャー!? 日本警察の最高戦力に追われてたの!?」
「何をしたのかは知らないが、あきれてものが言えなかったよ。追われているというより攻撃を仕掛けていたな。ポリスブラックの警察車両の上に飛び乗ってどこかへ消えていった。そのあと銃声と爆音も聞こえたから攻撃したんだろうな」
ダークネスは肩をすくめてみせる。完全に無関係を気取るつもりのようだ。宿敵だからと言って首を突っ込みたくは無いらしい。
すると顎に指を乗せ考え込んでいたアザラシがふと尋ねた。
「あら~? 昨日その時点で私たちはすでに四人だけだった?」
「ああ、お前たちだけ。いや、ゼロワンはまだ胴体が付いていたな」
「昨日は他にもクッキング・キューティクルズのパティシエやファッショナブル・キューティクルズのローズ、私のところのちびっこ三人組に、ユダさんっていう怪人の女の子、あとクロスさんっていう一般人の男性も一緒にいたはずなんだけれど、その誰も見掛けていないのかしら?」
「昨日の夜十時二十五分時点でお前たちは四人だけ。他は見ていない」
「そう、それは困ったわね~」
アザラシは悩ましげに頬を手に乗せる。
するとトリガーハッピーがハッとなにかに気付いたかのように叫んだ。
「ああそうだよ! 思い出した! アオバ、あのコンドーム持ってきてるか!」
「持ってきてるわけないじゃないですか!」
アオバが顔を赤くして叫び返す。その叫び声は存外に大きく、店長らしき人物が店の奥から慌てて顔をのぞかせた。
ダークネスがアオバがコンドームを持っていた事に驚きを見せる。
「お前……、中学生でコンドーム常備しているのか?」
「してない!」
「いや、別に悪いとは……。だが、飲食店でコンドーム取り出して何をしでかすつもりだったんだ?」
「だから僕は持ってきてないって言ってるでしょ!」
アオバが耳まで赤くして反論する。耐性がないせいでコンドームと言う性具の存在が恥ずかしくて仕方がないようだ。厨房の影からまじまじと見ている店長の存在もあって恥ずかしさも倍増だ。
たいして言いだしたトリガーハッピーは、コンドームがないことにさしたる落胆の色を見せなかった。
「なければ無くてもいいぜ。確認したかっただけだしな。あのコンドーム、どこかで見た気がすると思ってたんだが、あれ駅裏のラブホテルの使い捨て施設備品で間違いない。昔旦那と使ったから覚えている」
「あら~? 備品なんてどこも同じじゃないの?」
「あそこのスイートルームだけ高いゴム置いているんだよ。他のラブホテルも一通り巡ったから確実だぜ」
「僕たちキューティクルズですよね!? そう言う子供の泣きそうな情報聞きたくないです!」
アオバが両手で耳を塞ぐ。しかしいまさら、もはや手遅れ。
「あらあら~? 私たち以外のみんながそこに泊っているのかしら? もしそうだとしたら、……男性であるクロスさんを取り囲んでの乱交パーティーが……」
「はい口を閉じて! ここから先、放送禁止用語を含む会話は僕が禁止します!」
アオバは両手をアザラシに向けてそれ以上の失言を制止する。アザラシはその制止を受けると、あらあらと母性溢れる頬笑みを見せて口を閉じた。
「だが、これで次の目的地が決まったな。んでダークネス、お前はどうする? ついてくるか?」
「冗談ではない。お前たちとは常に敵対状態だ。それにまだバイト中だしな」
「そうか。……そう言えばお前、どうやってバイト受かったんだ? 無一文だったなら履歴書も買えないだろうし、何より身分証明書になるものがないよな」
「それは……、前任者のつてを頼ったのだ。詳しくは言えないが友人が一人だけいてな。感覚だけを頼りにその人物に会いに行き、一万円だけお金を借りた。あと健康保険証も偽造してもらった」
「……それは裏社会の人間か? なら私も詳しくは聞けねえな」
隠れて様子をうかがっていた店長が「えっ!?」っと言った様子でダークネスを見ている。しかしトリガーハッピーもダークネスもそれを気にするそぶりを見せない。
「じゃあお前は今、そいつの家に泊ってるわけか?」
「そこまで迷惑はかけられない。今は近所のこうえっ……、公共の場所で寝泊りしている」
「……。まあ、困ったら教えてくれ、金ならいくらでも貸してやるから」
「死んでもキューティクルズの力は借りない。私はお前たちの反存在だからな。それに、衣食住のどこにも困っていないから心配するな。服は変身すれば事足りるし、食事もここは昼食がまかないで出る。それに毎日コンビニの賞味期限切れの弁当をもらっているからな、むしろ食べきれないで困っているくらいだ」
ダークネスは腕を組んで誇らしげに微笑む。生活能力の高さを自慢したいようだ。
基本お金に困る事の無いキューティクルズからすればとても悲惨な境遇にも見えるのだが、トリガーハッピーはそれを表情に出さない。ダークネスのプライドを尊重することに決めたようだった。
「オーケー、困っていないならいいんだ。じゃあな」
「ああ、またいずれ。次会う時はきちんと敵対出来る事を祈っているよ」
ダークネスは軽く手を振って四人を送り出す。自分が笑顔になりかけていることにダークネスはハッと気づき、無表情になって振っていた手を下ろした。
トリガーハッピーはすでに背を向けて歩きだしていた。行先はラブホテル。
ダークネスはその後ろ姿を見て、キューティクルズが早くまともなヒーローにならないかな、と、真摯に願うのであった。
▼ ▼
「さて、来ちまったなラブホテル」
四人が少々艶やかな装飾の施されたビルの入り口前で立ち止まる。
駅から徒歩十五分、市内最大サイズのラブホテルである。一流ホテルから従業員を引き抜いたりするほどの高級路線の経営であり、地下駐車場は高級車がずらっと並ぶことも珍しくない場所だ。
「僕、未成年なんですけど、大丈夫ですか?」
「私もいま首だけデスけど、大丈夫デスか?」
「いまさらだから気にしなくていいわ~。さあ、行きましょう」
アザラシはそんな建物の威圧感に怖気づく様子も見せず、常連の如く堂々とロビーに入っていった。
受付のフロントを見つけると、迷うことなく受付嬢に声をかける。
「すいませ~ん、受付さん。昨日、私がここに来なかったかしら?」
「えっ? あ、はい。先日団体でお越しの、え~と、キューティクルズ様、でしょうか?」
「あら? もしかして昨日の受け付けもあなた?」
「はい、夜勤でしたので。……昨晩はお楽しみでしたね」
「あらあら~?」
受付嬢の不穏な言葉にアザラシが首をかしげる。
「待って下さい! お楽しみって、昨日の僕たちに何があったんですか!?」
アオバがカウンターに身を乗り出して受付嬢に尋ねる。
「い、いえ、今のは定型文と言いますか……。昨日大勢でいらっしゃられて、シャンパンをかけあいながら入店なされましたので」
「そ、そう……」
「チェックアウトなされていませんので、皆様はまだお部屋にいらっしゃられますね。スイートの101号室になります」
「ありがとうございます、行ってみます」
アオバはチラリと建物の案内掲示板を確認し、エレベーターの位置を把握すると歩きだす。不安で重くなる気持ちが反映されているのか、やわらかなカーペットがいつも以上に深く沈む感覚を感じていた。
四人がエレベーターに乗るとフローラル系のさわやかな香りが鼻腔をくすぐる。
「さて、どうするよ。スイートの扉を開けた瞬間、あの大男の股間のエクスカリバーが、キューティクルズの誰かにぶっ刺さってるかも知れねえぞ?」
「僕、下ネタ禁止って言いましたよね?」
アオバが注意するもトリガーハッピーは肩をすくめるだけで反省するそぶりを見せない。
「あらあら~、股間はエクスカリバーで出来ているのかしら~。それなら、一番最初にヌいた子が王様になれるわね~」
「アザラシさん、そこは女王様デハ?」
「大丈夫よ~、アーサー王には女性説もあるから」
「だから、下ネタ禁止って言いましたよね!? 僕たちキューティクルズの自覚持ちましょうよ!」
アオバの意見はどうもギャングとヒッピーと無機物には通用しないようだ。
一応修正音が入らない程度の言葉は選んでくれているようだったが、アダルトなキューティクルズ古参組は危険なネタだろうと大した遠慮はない。
そうして僅かな下ネタの応酬の後、とうとうスイートルーム101号室の前に到着した。
エレベーターを出てすぐ目の前に、金色のドアノブが取り付けられた高さ三メートル大きな扉。左右に設置された大理石の石柱がその扉の大きさを助長している。あとはいくつか調度品が置かれているだけの、部屋の入口があるだけの一室だ。
ワンフロアを使いきった贅沢なスイートルームである事をその入口がありありと示してくれる。その豪華さは迎賓館にも匹敵するだろう。
「さ~て、鬼が出るか蛇が出るか」
「出てくるのはキューティクルズ一択デス」
「いずれにしろろくなもんじゃねえってことだ。よし、開けるぞ!」
トリガーハッピーは勢いよく扉を押し開く。するとギミックが作動し白ユリの花びらが舞い散った。
五十五インチの壁掛けテレビ。大理石のテーブルにベットのように大きなL字ソファー。無数に転がる空のシャンパンボトル。視界いっぱいに広がるガラス窓からは昼前の街並みが見渡せる。
一見して誰もいないように見えた。しかし、ソファーの影に隠れていた白いシーツがもぞりと動く。
「がるぁ! アザラシ!」
「ハラショー! アザラシお姐さん!」
シーツにくるまって床で寝ていたのは、ビースト・キューティクルズのタイガーとヒグマだった。二人ともホテルに据え置きのバスローブを着ており、裾を引きずりながらアザラシ目掛けて駆け寄ってくる。
「あらあら~。二人とも、無事だったかしら~? どこも痛いところはない?」」
「痛いとこ? 無い!」
「楽しかった! 三人で絡まって寝た!」
「あら、良かったわね~。それなら、フクロウはどこかしら~?」
「そこ!」
タイガーがソファー裏のシーツを指差す。するとまたもシーツは動きだし、中からバスローブ姿のフクロウが這いだしてきた。
「あうぅ……。寝起きで、顔踏まれた……」
泣きだしそうな表情でくしゃくしゃになった髪を手で整える。まだ起きたばかりのようで頭が回っていいないかのようで、ぼんやりと辺りを見渡してていた。
「ああ、よかったわ~フクロウも無事だったのね~?」
「……? あっ! アザラシお姐さん!」
フクロウはアザラシの存在に気付くと駆け寄ろうと動き出す。途中でバスローブの裾を踏んで盛大にこけるもなんとかすぐに立ち上がり、勢いよくアザラシの胸に飛び込んだ。
「あうぅ、迎えに、来てくれた……。良かっ、た」
「あらあら~、怖い思いでもしたの?」
「私は大丈夫、です。ただ、ローズさんが……」
「ローズが?」
「酔ったパティシエさんとシアンさんを隣のベットルームに連れていって、『おいしく頂きます』、って」
「……あら~」
「パティシエさん、あり得ないとは思うけど、食べられたかもしれないと思うと、怖くて」
フクロウの視線の先を見ると、そこには淡いピンク色の扉があった。
「いま見てきてあげるわ。待っててフクロウ」
アザラシはフクロウの頭を一度撫でてから扉に向かっていく。だがアザラシがたどり着く前に扉はひとりでに開いた。
「よかった、無事だったのねアザラシ。おはよう」
「あら、ローズ。おはよう」
扉から出てきたのはバスローブ姿のローズだ。髪を結んでおらず、バスローブの下に何も着ていないようで胸の谷間を晒している。そして酔いがまだ残っているのかよろめいて扉に寄りかかり、そのまま肩で体を支えていた。
その姿をみて何かを察したアザラシは部屋の奥を見る。すると大きなラウンドベットの上に、ちょうど人二人分のシーツのふくらみがあった。
「食べちゃったの? パティシエとシアン」
「たぶん食べた。記憶に無いけど」
「大丈夫なの? あのシーツの中身、念のため寝ているうちに殴って記憶消す?」
「どうかしら? 目が覚めても記憶が無ければなんともないかも。でもそこまで酷くヤッてなさそうだし、記憶があっても性格が変わるくらいで済むと思う」
「それならいいかしら~。でももし何かに目覚めて、他のクッキング・キューティクルズを性的に襲いはじめた時は……」
「その時は私が責任を持って全員の面倒を見るわ」
「それがいいわね~。感染爆発だけは起こさないでね~」
アザラシはそこまで注意すると振り返り、トリガーハッピー等の集まっている場所まで戻ってくる。
「よかったわね~。昨日集まったキューティクルズは全員大丈夫だったみたいね~」
「僕には大丈夫ではないように見えるんですけど?」
「大丈夫よ~。日本語で《大丈夫》って言うのは、心臓動いてる、って意味だから」
「範囲広いですね!?」
アオバが突っ込みを入れる。
そうしている合間にローズがよろめきながらも寝室の扉を閉めて中に入っていた。食べカスとなったパティシエ・シアンの後処理をするつもりのようだ。誰もが扉が閉まったことに気付いたが、扉の向こうを詮索するのは危険であると判断した為だれも追及はしない。
「これで見つかっていないのはクロスさんとユダさんだけかしら~。ハッピー、なにか次の目的地を見つけられるヒントは無かったかしら?」
「いーや、この部屋探してみたけど何もなかったぜ。見てないのは寝室くらいだが、どうもここはあくまで寝るためだけに利用されたみたいで、酒びん以外の何も残っていないって感じだ」
「う~ん、それじゃあここで手詰まりかしら?」
「い~や、まだ一個だけ行かなきゃいけない場所があるぜ? それも確実に情報がある場所がな」
「あら~、それはどこかしら~?」
「警察署」
「……あらあら~」
アザラシは困ったように首をかしげて見せた。
▼ ▼
「さて、警察署に到着したわけだが……。行きたくないなー」
「わかるわ~、やましい事してなくても緊張しちゃう」
「その考えをしている時点ですでにやましいと思います」
「まったくデス。……と言う私も、拘留経験があるので来たくなかったデス」
「え、何をしでかしたんですか?」
「テロリストを捕まえるために、テロ以上の被害を出しまシタ。拘置所で反省文書かされたのデス」
「それは酷いですね」
「私が電磁兵器、ゼロツーが細菌兵器デスからしょうがないデス。ですがさすがに、感染性ブリオンで犯人捜しして、都市ガス爆破でシメはやりすぎだったと反省していマス」
「……それは酷いですね」
アオバは改めてキューティクルズに碌なやつがいない事を思い知った。
そうこうしていると、駐車場側から歩いてきた警邏帰りの警察官が目の前を通り過ぎていく。
「あ、みなさん。昨日はお疲れさまでしたー!」
「えっ!? あっ、お疲れさまでしたー!」
芸能関係者であるアオバは習慣的に元気良い返事を返してしまった。その警察官はアオバ達キューティクルズを警戒する様子は見られない。むしろ好意的で信頼感すら寄せられているかのようにも感じられた。
警察官はそのまま警察署の中に入っていって姿を消した。
「あら~、よかったわ~。怒ってないみたい」
「正直速攻で銃口むけられる事を覚悟してたが、大丈夫だったみたいだな。もう補導も逮捕もこりごりだから安心したぜ」
「ちょっと前科のある人多すぎませんか? 僕たち正義の味方なんですよね?」
「分類学上はな」
「えっ?」
「ほとんどのキューティクルズが正義の味方を名乗ったことはないぜ。なんたって趣味人の集まりだからな。たぶん今ならシャドウの方が正義の味方に近いんじゃないか?」
「そうね~私たちが悪い事するとシャドウがいい事始めるのよ~。ちなみに、だからシャドウは頑張って悪い事してくれているのよ~? 私たちをいい人間にしておくためにね~」
「シャドウが暴れても簡単に倒せるが、私らが暴れたらシャドウじゃどうしようもないからな」
「まともな正義の味方だったのは多分初代キューティクルズのローズさんたちくらいデス。これは構造的な欠陥デスので、どうしようもないデスね」
「……この場でまともなのは僕だけですか」
「いずれアオバちゃんもまともじゃなくなるから安心してね~。倫理観が壊れるのも慣れれば楽しいから」
「正義の味方になって後悔するのは定番だから、諦めるしかねぇな。よし! ここでぐだぐだしていてもしょうがねえ。中入って見るか!」
そうして三人と生首一個は警察署の扉をくぐる。
警察署の内部に特段変わった様子はない。通り過ぎた警察官がキューティクルズに対して先ほどと同じような挨拶をしたくらいで、いたって平時の状態だ。
しかしその目の前を通り過ぎた警察官が入り口近くの休憩スペースに行き、書類を渡した相手が平時ではあり得ない人物であった。
待合所のテーブルのあるスペースで書類にサインをしている人物。一般警官の制服に警視総監のバッチを付けた、人のよさそうな中年男性。
ポリスレッドだ。
「おっ! お疲れ様! いやぁ、昨日は災難だったな。クロスさんは大丈夫だったか?」
「「「ポリスレッドさん!?」」」
四人は一斉に驚く。ポリスレッドは十数年前に活躍したヒーロー戦隊、ポリスレンジャーのリーダーである。超現場主義で有名な警視総監である。警視総監という役職上本来こんな地方都市の警察署で気軽に仕事をしていい立場ではないので、実質的な職務放棄とも言える。
「あらあら~? 警視総監であるあなたがこんなところで書類仕事なんてしててもいいのかしら~?」
「現場にでない刑事なんて刑事じゃないからな。警視庁の椅子に座ってあくびをするくらいなら、現場に出て悪党を捕まえるさ。どうせ戦うなら身内のエリートよりも社会の悪党のほうがいいだろう?」
ポリスレッドの正義の味方らしい台詞にアオバが尊敬の視線を見せる。
「羨ましいですね。僕もヒーロー戦隊になりたくなってきました」
「キューティクルズはみんなに愛されるからいいじゃないか。身内に敵が湧きにくい特性は羨ましいばかりだ。今度事務所に一日警視総監体験とかの企画でも送ろうか?」
「その仕事、ぜひやりたいです!」
「おいおい待て待て! 今日は商談をしに来たわけじゃねえんだ! おいポリスレッドさん、昨日私たちが何をしたのか、今ここで洗いざらい教えてくれよ!」
トリガーハッピーがそうまくしたてるように尋ねると、ポリスレッドは不思議そうに聞き返した。
「何をしたのかって? なにも覚えていないのか?」
「まさにそうなんだよ。酒ぇ――、じゃなくて私たちの能力のリスクのせいで記憶が飛んじまってよ」
「あれだけ派手な事して、何も覚えていないって?」
「だから困っているんだ」
「えーと、そこのテレビを見てみればいい」
「は?」
「いま、お前たちが特集で出てるぞ?」
トリガーハッピーが振り返ると、そこには休憩所に設置された大型テレビがニュースを流していた。
テレビ画面には報道ヘリで撮影された夜の高速道路が映し出され、右上の見出しには【二週連続のヒーロー共闘! SNSで話題沸騰! 特撮系のクオリティが高すぎる!】と出ていた。
手ブレで揺れるテレビ画面には、高速道路で疾走するバイクがアップで映し出される。乗っているのはフードを被ったハードレザーのロングコートの男性だ。
「「「クロスさん!?」」」
キューティクルズ達はまたも驚くと、バイクに続いて追跡しているポリスレンジャーのカラフルな特殊警察車両と、アオバが当然のように運転しているかなり旧式のパトカー。そのパトカーの屋根にはアザラシ、トリガーハッピー、五体満足のゼロワンの三人が乗っていた。非常に分かりにくいがパトカーの助手席にはユダも同席している。
ある程度バイクの距離が縮まってくると、トリガーハッピーは車の上でクロスに向けて銃弾を撃ち込み始める。
「おい! あそこで銃を乱射してるのは私か!? 私だよ!?」
映像のトリガーハッピーは酷く酩酊しているのか、銃のノックバックに負けてやたらめったらに銃弾をばら撒いている。あげく転倒して後続の警察車両に銃弾のフルバーストを叩きこんでいた。
そのあたりで映像にタレントの解説が挿入されてきた。
「いやー、すごいですねぇ。近頃パッとしなかった特撮系がいきなり動画サイト一位を獲得するだけはあると思います」
「先週と今週の放送で多くの新規視聴者が増えているという話です。派手さが現代社会にマッチしたという意見が多数を占めていますね。派手に物や車を破壊することに反対意見も多かったものも、昔の特撮を思い出すと高評価の意見が大多数として見受けられています」
「あ! 今アザラシ・キューティクルが白バイをポリスブルーごと投げつけました! これは酷い、ポリスブルーは反対車線のトラックに轢かれちゃいましたね。バイクは高速道路の下に落ちました。そしてこのタイミングでSNSの視聴者がキューティクルズ派とヒーロー戦隊派で意見が分かれたようです」
「専門家の意見を聞きますと、しばらく落ち着いた番組が多くなっていた事で、視聴者の刺激を求める傾向が高くなっていたというお話がありました。日曜朝八時の特撮番組も、これからは大人も一緒に楽しめる時代になったのかもしれませんね。しかしすごい爆発だ、一体どうやって撮影しているんでしょう?」
キャスターの二人はほのぼのとした様子で映像の内容を解説する。人的被害が一切出ない事が確定しているので非常にのんきな様子だ。
しかし映像では車両を爆破したり車のドアを投げつけたりカーネ○・サンダースを振り回したり電磁砲を発射したりとキューティクルズがやりたい放題の有り様を見せている。当事者からすれば撮影して欲しくない程度の失態が大々的に放送されてしまっている。
そんな攻撃の数々をバイクに乗ったクロスは神業的な未来予測で回避しているが、被害の顧みない攻勢は非常に激しく逃げ場が瞬く間に奪われている。
「どうしてクロスさんを僕たちが追いかけているんですか!?」
「本当に何も覚えていないんだな。昨日お前たちがディスコを破壊した時、色々と誤解が重なって全部クロスさんが悪いって事になったんだ。お前たちが突然歌って酒飲んで銃を乱射して、その中でひときわ目立つ火傷の大男がいれば誰だって戦闘中だと思うからな。一般人はみんな彼が悪党だと信じて疑わないんだが、怪人が出たわけじゃないからジャスティスレンジャーもレーダー反応しなくて気付けなくてな、それで真っ先に警察に連絡が来て俺たちが行く羽目になった、ってわけだ。本当は俺たちも適当にあしらってクロスさんを逃がしてやろうと思ったんだが、お前たちが謎のテンションでクロスさんを追いかけまわしたからあんな事態になってたわけだ」
「それじゃあ、クロスさんは今どこに?」
「いや、それは俺も分からないぞ? 高速道路を派手に爆発した後、すぐにどこかに行ってしまったからな。てっきり上手くクロスさんを逃がすことが出来たのかと思ったが……。ほら、今そこの映像が流れるみたいだ」
ポリスレッドがテレビ画面を指差すと、ちょうどその瞬間画面を揺らすほどの大爆発が起こった。
報道ヘリが曲芸じみた動きで体制を立て直し、振り子のように座席が揺れる。しかしカメラを手放す事の無かった報道カメラマンは即座に爆炎立ち上る高速道路を撮影していた。
その立ち上る炎と煙は、まるで雷雲のように電流を走らせて輝いている。あきらかに通常の爆発物ではあり得ない爆煙だった。
「あれは私の自爆技デス!? だから私首だけだったのデスか!? 自爆したから!」
「おかげで高速道路の橋が真っ二つだ。国から金が落ちるからいいとはいえ、その分自衛隊の予算が削られてミリタリーレッドが泣くからほどほどにしといてやれよ」
ポリスレッドはさも軽い出来事であるかのように言う。自衛隊が制服すら買えなくなっても対岸の火事の出来ごとなのでそこまで念を押すことではないらしい。高速道路の爆破も許容範囲のようだった。
そしてテレビ画面の報道ヘリコプターは旋回してキューティクルズの姿を探そうと躍起になっている。
「すごい爆発でしたねー。キューティクルズは大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫みたいですね。ヘリが旋回して爆破した高速道路の下を映しましたが、集まってきたパトカーがキューティクルズを取り囲んでいるのが見えますね。キューティクルズは無事のようで、バス停を持ち上げて振りまわしています。どうやらそのままパトカーを借りて帰宅するようですねー」
ガレキだらけの高速道路の下には警察官とポリスレンジャーが集まっていた。そんな彼らを押しのけるようにアオバはパトカーを運転してどこかに消えていく。そこで映像は終わってしまった。
「あれ? クロスさんがいない。まさか、爆発に巻き込まれたとか!?」
アオバが驚愕の声を上げると、トリガーハッピーが納得いかなさそうに腕を組んで考え込む。
「いや、セーフティーが働くから大した怪我は無いと思うんだが……。しかしどういうことだ? 昨日この後そのまま帰ったとして、どうしてクロスさんはアパートに帰ってこなかったんだ? あの崩落現場から近かっただろうに」
「まさか、瓦礫に生き埋めデスか」
「それもあり得るな」
トリガーハッピーがそうつぶやくと、ポリスレッドはそれを真っ向から否定した。
「いやいや、警察と道路整備業者が瓦礫を撤去しているからそれはないな。と、言うか、昨日お前たちがクロスさんの安全は確保したって言うからそのまま任せたんだが……」
「えっ!? 僕たちが目覚めた時、アパートにクロスさんはいませんでしたよ!?」
「そうなのか? まさかどこかに放り出してきたとか……」
「それはさすがにないと思いますけど……。あっ! そう言えば乗っていったあのパトカーはどうすれば……」
「パトカー? ああ、そいつは気にしないでいいさ。あれは破壊される事が前提で残しておいた型落ち品だからな。1990年代製造とか言う超が付くような骨董品で、カーチェイスして壊してもいい車として数台残しておいたものだ。置いておいても維持費がかさむしむしろ壊して欲しかったが」
「そうなんですか、安心しました」
「まあ壊れてなかったら引き取るよ。……さて、俺はそろそろ事件の現場検分に行く時間だから離れるけど、まだ何か聞きたい事はあるか?」
「……いいえ、特には」
「そうか、まあそう気を落とすな。帰ってこないからって死んでたりはしないだろうから」
「……(『早めに助けてくれ』ってメールが届いていたってこと、すごく言いにくいなー)」
「それじゃあな。手助けが必要になったら教えてくれ」
そう言うとポリスレッドは玄関から出て行ってしまった。
昨日起こった事の詳細は分かったが最後のクロスさんの居場所までは分からなかった。
四人は休憩所の空いた椅子に座り、今後について話し合う。
「何か私たちは見逃しているな。なぜクロスさんはあんなメールを送ってきたんだ? どこかで身動きが取れなくなっている可能性が高いが、どこにいるっていうんだ? あの爆発のあと、一体何があった? あの爆発現場からクロスさんのアパートは歩いてもいけるような距離だぞ? しかもパトカーの助手席にいたユダもいなくなっているしな」
「どうにも不思議ね~。あの場で無事だったらクロスさんは返ってこれるし、無事じゃ無ければもう瓦礫撤去の業者が見つけているはず。なにがあったのかしら~?」
「では僕たちが帰ったあとどこかで身動きが取れなくなったってことですか? ユダさんと一緒に」
「そうなるわね~?」
四人は再び深く考え込む。しかし、これと言って浮かぶアイディアはない。
しかし、トリガーハッピーがふとした疑問を口にした。
「……なあ、どうして私らはパトカーで帰ったんだ?」
「それは、酔ってたからじゃないのかしら~?」
「そうだとしても、歩いて十分の距離だぞ? それなのになんでわざわざパトカーで帰ったんだ? 後始末が大変だろうに」
「そうかしら~? 人形やバス停も持って帰ったくらいだし、おかしい事でもないような気もするわね~?」
「そう言われるとそうなんだが。だが、もう手がかりになりそうなものがなぁ……」
「パトカー……。手がかり……。あっ! もしかして!?」
「どうした、アオバ!」
アオバが突然気付いたかのように自分のポケットに手を突っ込む。そして勢いよく出した正体不明の小さな鍵を近くでまじまじと見詰めた。
「アザラシさん! この鍵、見覚えありませんか!?」
「あら~? それは、車のカギかしら~?」
「もしかしてパトカーの鍵、これと同じ形をしていませんでしたか?」
「言われてみれば同じ会社ね~。でもこれは車に挿せない小ささよ~? パトカーの鍵はもっと長くて大きかったわ~」
「いえエンジンキーではなくて、これも一応車のカギなんです。今では全く使われていない物ですけど、すごく古い車ならあり得る話じゃないですか!?」
「……どういうことかしら~?」
アザラシは不思議そうに首を傾げてみせた。すると、トリガーハッピーが何かに気付いたように目を見開いた。
「あっ! そういうことか!」
「はい! そうだと思います!」
「って、事は急がねえとか! 代行業者に持って行かれちまうぞ!」
二人はあわてて走り出した。それによくわからないままのアザラシもつられて走りだした。
「えっと、どういうことかしら~?」
「すぐにわかります! 早くもどりましょう!」
アザラシはまだ分かっていない様子でありながらも、とりあえずと言った様子で付いていくことにしたようだった。
▼ ▼
たどり着いたのは、クロスのアパートの駐車場。パトカーはそのままの状態で残されていた。
「よかった! そのまま残ってた!」
「おい、メモが残されているぞ。えっと、『ヤバい仕事は現在行っておりません』だってよ! 代行業者ビビって逃げやがった!」
「そりゃあそうだよね。何せトランクには……」
アオバは小さな鍵をパトカーの後部トランクに挿した。鍵はすんなりと回転し、解除音を鳴らしてふたが持ち上がる。
「クロスさんがいるんだもん」
トランクの中にはかなり強引な詰め込み方でクロスとユダが入っていた。
「ムグゥゥ……」
「スゥ……スゥ……」
クロスは寝違えたかのように体と首を丸めた姿勢で動くことにすら難儀していた。ユダはクロスの胸に頭を埋める形で心地よさそうに寝ている。
古い車両のトランクルームには脱出用のノブが無いものがある。この車はまさにその車種のものだったのだ。クロスとユダはトランクルームに一晩中閉じ込められていたのだ。
「よかったー! これで全員見つかったみたいですね!」
「おう! 安心だ!」
「あらあら~。大丈夫だったかしらクロスさん~」
「ン……」
クロスはトランクの中で頷く。ユダを起こさないようにゆっくりと這いだし、トランクから頭を出した。
「ごめんねクロスさん。僕たちが昨日酷いことしたみたいで」
クロスは無言で首を振った。まるで気にした様子の無いそぶりだった。
そして無言のままポケットに手を入れ、さも当然のようにこぶし大ほどの布の塊をアオバに手渡した。
「……? なんです、これ?」
アオバは不思議そうに布の塊を開くと、布は勢いよく花開いた。その押し固められた布の塊は、いくつもの女性用下着だった。
「ええええ!? 下着!? えっ、これ、僕の!?」
アオバはあわてて自分の股間に片手を当てた。いまアオバの手に残って握られている一枚の下着は昨日まで着けていたはずのアオバ愛用のライトブルーのやわらかな下着だった。そして今になってアオバは自分が現在下着類を一切着けていないことに気付いてしまった。
「えっ!? うそっ、うそっ!? 僕、昨日からずっとブラも着けてなかったの!?」
「うぉぉぉぃ! なんで私の下着もあるんだよ!?」
「私の乳首アタッチメントパーツもあるのデス!?」
「あらあら~、どういうことかしら~? ローズの分もあるわね~?」
「ンムゥ……!? オォ……」
クロスはここでようやくキューティクルズが記憶を無くしている事に気付いた。クロスは慌てて四人の様子をうかがう。
「ちょっ! ちょっと! どういうことですか! クロスさん!?」
アオバは胸とズボンに手を当てながら、顔を赤くして恥ずかしそうに尋ねた。
「ン、ムゥ……!
クロスは胸ポケットからペンを取り出そうとしたが愛用のボールペンは無くなっており、なんとかしてどうにか弁明できないかとあたふたした。
トランクの中に落ちていた携帯端末を拾ってみるも電源は切れている。
そこで思い出したかのように、ユダのポケットからデジタルカメラを取り出してアオバに手渡してみせた。
「えっ! これって」
「昨日ユダさんが撮ってくれていたカメラね~」
それは昨日の飲み会でユダが撮影していた一般的なデジタルカメラだ。特に故障もしていない。
「じゃあもしかして、ここに昨日起こった事が全部残されているってわけか!?」
「あ、それは果たして見てもいいものデスか? 本当に見るべきデスか?」
「それはどういう意味だゼロワン?」
「私の電脳コンピューターによると、なかに入っている写真データ、96%の確率で末代までの恥なのデス。見たら昨日の醜態を無かった事に出来ません」
「ぐっ……。たしかにな」
トリガーハッピーがたじろぐ。それに合わせてアオバも電源を入れようとする手が止まってしまった。
「……一度くらいなら、確認してもいいんじゃないかしら~」
アザラシが穏やかに言って見せた。しかしその声はやや緊張している。写真が残っていたとして、そこに移っている真実は確実に醜態の塊であるはずだった。
「僕たちだけで一度だけ確認して、危険なものならすぐに消去しましょう。ユダさんには悪いですけど」
アオバはチラリとユダを確認した。ユダはいまだクロスの膝の上で熟睡している。
そこまで確認するとアオバはデジタルカメラの電源を入れた。
「どれどれ……」
トリガーハッピーがアオバの横に付いて画面を覗きこむ。それに合わせてゼロワンとアザラシもデジタルカメラの画面を覗いた。
コントロールスティックを動かし、昨日の飲み会の乾杯後の画像まで表示した。
その瞬間、四人の血の気の引く。
「ああぁ~」「ウソだろ」「ヤバいのデス」「あ、あらあら~……」
デジタルカメラは不都合な真実を映し出す。酔いに任せることは恥である事を、今日こそ彼女たちは学習せねばならないだろう
《デジタルカメラに残っていた画像一覧》
四トントラックの荷台でシャンパンを掛け合っているキューティクルズの画像
ラブホテルのスイートルームで下着姿になっているキューティクルズ達の画像。
くちづけし合っているローズとパティシエの画像。
泡風呂の中で白い泡を口周りに付けて髭のようにして遊んでいるトリガーハッピーの画像。
裸でクロスの背中に抱きついているアオバと、抱きつかれた慌てふためいているクロスの画像。
バスローブ姿でタイガーやフクロウの髪をドライヤーで乾かしているアザラシの画像。
胸部パーツを外して中身をさらけ出しているゼロワンに、綿棒らしきもので内部のクリーンアップを行っている、アザラシの下着を頭にかぶせられているクロスの画像。
お風呂の泡で大事なところを隠しただけのトリガーハッピーが、エレベータールームまで歩いていく画像。
クロスが開いているエレベーターをブロッキングしながら、トリガーハッピーとアオバに無理やりシャツとズボンを着せている画像。
エレベーターの中でシャンパンの一気飲みをしているアオバとアザラシとトリガーハッピーの画像。
四トントラックが突っ込んで崩落したディスコの入り口の画像。
バーカウンターの中に侵入してバーテンダーを押しのけ、棚の酒を片っ端から喉に流し込んでいるアザラシの画像。
高台に乗って歌い出すアオバに、天井に向かってサブマシンガンを乱射するトリガーハッピーの画像。
落下して割れたミラーボールの画像。
入口から突撃してくる警察官の画像。
ここで写真は途切れている。
「僕に一つ提案があります」
「なにかしら~」
「この画像は消して、記憶も消しましょう」
「わかったわ~。それじゃあ今からお酒を買ってきましょう。記憶を消すために」
「やめてください!」
キューティクルズに学習能力はない。アオバは頭を抱えてしゃがみこみ、キューティクルズと言う自分の所属団体に絶望するのであった。
……めでたしめでたし?
▼ ▼
昨晩の行動の答え。
キューティクルズはベロンべロンに酔っぱらった状態で四トントラックを運転し、街まで二次会しに行く→しかし道中でビースト・キューティクルのちびっこ組が眠くなってしまい、ラブホテルへ→お風呂に入り一度休憩を入れた後、トリガーハッピーを中心にディスコに行くことに→その後四トントラックでディスコに突っ込み、二次会を始めようとするも、クロスを見た一般客が戦闘中だと勘違いして警察に通報を入れる→ディスコでキューティクルズが暴れ始めて被害が大きくなりそうだったので、クロスはキューティクルズを誘導してバイクで逃走→警察車両が到着し、警官が大量展開した派手なカーチェイスに発展→街を奔走する最中、キューティクルズはケンタッキー人形を強奪するなどしながらクロスを追いかけ、ポリスレンジャーの協力に従って高速道路にまでクロスを追いかけることに→安全で広い場所に到着する前に、ゼロワンがうっかり自爆特攻→高速道路下でキューティクルズがクロスを真っ先に発見し、なんとか悪役を倒した事にしようと画策した結果、パトカーを強奪してそのトランクにクロスを隠そうという作戦を考え付く(この時、アザラシがバス停を振り回してクロスが詰め込まれているところを見られないようにしていた)→パトカーに乗ってクロスのアパートに帰宅→酔いが回っていたキューティクルズはそのまま部屋に戻って就寝。クロスは忘れられたまま、トランクに放置されてしまった。
これにてこの作品は一区切り。
次回作の構想とプロットを活動報告に載せさせていただきます。しばらく書き溜めますので、一年後位にまたお会いしましょう。新作につきましてご意見がございましたらぜひ感想欄にお願いします。
これまでのご愛読、まことにありがとうございました。