《おまけ》 エンドロール後にありがちな伏線っぽいワンシーン
ショッピングモール三階北端の、ライブ会場ともかけ離れたうす暗い休憩所。
災害用非常電源で動くジュースの自動販売機がほのかな光を放ってテーブルや椅子を照らしている。
ちょうど三曲目の始まったブラックの歌もここにはほとんど響かない。
そんな人気の無い場所に、短髪の青年トミーがやってきた。
脇に抱えたノートパソコンをテーブルに置き、手早く電源を付ける。
「まだ繋がっているか? 副大統領」
「ああ、まだテレビ電話はつながっているよ。しかし珍しい、舞台裏で片付けをしているこの黒子に、いまさら何の用かな?」
ノートパソコンの画面に、裏地が紫色に発光するローブを着た老人が映った。高級そうなテーブルに座り、画面外で何やらいじっていたタッチパネルから手を離す。
「まずははじめまして、だな。俺はお菓子怪人パティシエール・ロマン。本名は富井条という」
「トミー・ジョー? 珍しいファミリーネームだ」
「……まあ好きに呼んでくれ。今日はあんたに話があってきた」
「ほう、私と取引とは面白い」
画面に映る骸骨のように痩せこけた顔が笑顔に歪む。
「取引、とも少し違うかな。まず、状況が俺たち側に有利だ」
トミーが背後を振り返ると、闇の中からもう一人少女が現れた。
「悪魔参謀、ジョージ・マッケンジーは始末した」
スナイパーライフルを脇に抱えた少女、セラがそう端的に言う。
「君は?」
「ミリタリーホワイト、世良白雪」
「あのしぶとい悪魔参謀をよく暗殺できたものだ。衛生兵の証であるその赤十字の腕章は偽装かね」
「……この赤十字は母のもの。本業はこっち」
セラはスナイパーライフルの銃口をパソコンの画面に向け、余計な会話をするつもりなら取引を打ち切ると脅しをかける。冷徹そうに見下ろすセラの目に油断はない。
「ふむ、せっかちなものだ。では話を聞かせてもらおうか」
「交渉は俺がする。まずあんたは、悪魔参謀の爺さんがいなくなったことで日本に裏から潜り込めるパイプが無くなった。このパソコンが現状唯一の日本への干渉手段だな?」
「……」
「その沈黙は肯定と受け取ろう。そしてあんたの実情だが、今回の失敗で相当厳しくなったはずだ。中間選挙を控えたマイケル大統領との戦争を控えているんだろ? 今回の件であんたは切り札を用意するつもりだった。だが失敗した」
「ほう、妙に詳しいね」
「こっちは人材が豊富でね。切り札も隠し玉もたくさん用意してある。噂をすれば、もう一人」
トミーは通路の方を振り返るとさらにもう一人、緑色のアイドル衣装の少女が現れた。
「……おっと、これは驚いた」
プロフェッサーはうなずくように顎を引き驚いて見せる。
現れたのはエメラルド・キューティクルこと、ミドリだった。
「お初にお目にかかりますわ、アメリカ合衆国副大統領リチャード。わたくしの紹介は不要ですわね?」
「ああもちろん。かの財閥のご令嬢とあればな。あの会社の株価が倍になった時は驚かされた。君の執筆したビジネス書を拝読させてもらったよ。まったくを持って感心するしかない」
「それもキューティクルズの力があってこそですわ。あなたとの商談は魅力的ではありますが、今は別の話を」
ミドリは薄い笑みを浮かべて、卓越した経営者らしい落ち着いた声で話し始めた。
「今回の一件、わたくしはキューティクルズを闇側に反転させることで、怪人王グレゴーリルの復活元をキューティクルズの変身アイテムでほぼ確定させました。本当ならダークネスが反転して光の戦士へと変貌することが理想でしたが、それはブラックでも構いません。生み出された闇は全てここに集まるように仕向けましたのでもうもう手出しは無用です」
ミドリは手に持っていた螺鈿の輝きを放つ七支刀を地面に突き刺して見せる。それはかつてブゥードゥー・キューティクルズのディアブロが振るっていた武器であった。
「いずれ怪人王グレゴーリルが復活するとなればここから。怪人王グレゴーリルは怪人王ゾシマ以前では最強の怪人王として名を馳せておりましたが、復活する場所が分かれば恐れる存在ではありませんわ。協力者もすでに暗殺済み、こちらの息がかかったスパイがグレゴーリルの手下として取り囲み、本領発揮する前には再封印されることでしょう」
「ほう、お見事。あの厄介な怪人王を復活前に封殺するとは」
プロフェッサーは感心したように顎を撫でて見せる。
「おっと、ここからは俺が話そう。俺たちの目的についてだ」
「それは私も気になるところだ。怪人、ヒーロー戦隊、キューティクルズ、こんな珍しい共同戦線をいつから張っていたのかね?」
「俺とセラは元々から、ミドリさんはこの戦いの始まる前に連携した。ミドリさんはセラと中学校が同じでな。ミドリさんが今回SNSを通じてショッピングモールに観客を集めていた時、気付かれないよう連絡を送っていた」
「わたくしも驚きましたわ。いきなり今後の為にキューティクルズを闇に誘導して欲しいなんて書かれていたのですから」
ミドリは七支刀の柄に手を置き、ノートパソコンを見下ろす。
トミーは油断を許さない落ち着きのある視線を画面に向け、本格的に解説を始める。
「俺たちはある人物の招集に応じて行動している。リベラル派のオーパーツレッド、革新派のジャスティスイエロー、怪人至上主義のグレゴーリル、そして平和ボケのジャスティスレッド、どの派閥にも属さない。俺たちが描いているのは平和も戦争も関係ない、もっとばかでかい絵だ。その計画に、あんたも加えたい」
「それは驚きだ。私ほど前評判の悪い取引相手もいないだろうに?」
「いいやあんたは協力する。……俺たちは全員、新月の理由を教えられたからな」
「……ほぉ」
プロフェッサーは新月と聞いて表情を険しくした。
「俺も聞いた時は驚いた。俺だって月は見たことがあるはずだった。十五夜に月見をして満月も見たこともある。だがそれなのに、生まれてこのかた新月以外の夜を見たことがない。今考えればおかしな点はたくさんあった。日曜朝のヒーロー戦隊の特撮も、実際に撮影された戦闘よりもあきらかに戦闘シーンが多い。セーフティの原理も不自然。聞かされていたマナや地球の理論にはまだまだ隠された真実があった。俺たちはその真理を見つけたある人物と共に行動している」
トミーは珍しくも強い熱を込めていい、そして悪そうな笑みを浮かべてノートパソコンの画面を見た。
「あんたも一枚噛みたいだろ? 世界をひっくり返す派手な計画だ。退場した悪魔参謀の爺さんに代わって、俺たちがあんたを日本に招待しよう」
「ふふふ……。おもしろい、おもしろい! 世界の改変に挑むというのか! いいだろう、私も協力しよう。ただし、私は私なりのやり方を取らせてもらう。それくらいの自由は認めてもらおう」
「もちろんだとも。あんたが求めるメリットも用意している。……しかし一つだけ忠告だ。悪党気取りで欲張りすぎないほうがいい。なにせこの秘密結社のメンバーは、全ての垣根を超えた大物揃いだ。長生きしたければ自制することだな」
「……エクセレント!」
プロフェッサーの骸骨じみた顔が、生き生きとした笑顔に歪んだ。
善悪の関係ない真の戦争の予感に、脳髄に響くほどのワクワク感。高揚した狂気は、しかし黒幕の内側に隠れていった。
最後の最後に裏を突いたものが全てを手に入れる。頭脳戦はすでに始まっているようだった。
描かれた未来は、途方もなく壮大だった。
映画にありがちな、次回作制作が決まっていなくても挿入されるエンド後のワンシーン。
残念ながら書いてみたい完全新作の構想がたまっていますので、第三章が執筆されるのは相当未来の出来事になるでしょう。
それではみなさんさようなら。またいつの日か会いましょう。