第三十四話 光明のグランドフィナーレ キューティクルズの深淵!(前篇)
前話、クロスとイエローの決着より、少々時間が巻き戻ります。
赤井が大声で避難勧告を呼びかけている。
ショッピングモールの上空には、紫と黒色のまだらが描かれた積乱雲が渦巻いていた。その渦の中心に浮遊しているのは、ブルーカラーのサイボーグ、ゼロツー・キューティクルだ。
「観客は今すぐ離れろー! あの技はみんな死ぬぞぉぉぉ!」
「みんな死ねばいい! 死ねない体からすれば贅沢な悩みだ! 来たれ! インフルエンザウイルス! 赤痢菌! 黄熱病菌! 黄色ブドウ球菌! ペストウィルス! 破傷風菌!」
ゼロツーが呪文のように病原菌名を唱えると、サイボーグの体の関節部からいかにも毒々しい色合いの煙が噴出する。それによって発生した毒霧は、今や屋上のスポットライトに照らされて夜空を埋め尽くすほどだった。
「何をやっている!? 深淵の肉体を持つ私にウイルスは通用しないぞ!」
屋上に飛び上がってきたダークネスが叫んだ。
ダークネスは黒いフード付きロングローブをひるがえし、黒鋼色のショートヘアーが巻き上がるほどの速さで反転足刀蹴りを放ち、上空に浮かぶゼロツーに向けて黒い扇状の衝撃波を放った。
だがゼロツーは、そんなダークネスの攻撃を足裏で踏みつけるようにして消し飛ばす。
「あなたに毒が効かないことはすでに検証済み! この細菌の標的は、そこの観客だ!」
「なにっ!?」
ダークネスは周囲を見渡した。屋上駐車場から見渡すと、階下の駐車場には数万人規模の観衆が集まって来ていた。ミドリがSNSで呼び寄せ、キューティクルズを見に来た観客たちだ。
車一つ無い駐車場に隙間なく観客が集まり、ライブ用のスポットライトが彼らをまばらに照らしている。うっかり自家用車で来てしまった観客は封鎖された駐車場に阻まれて道路で長い渋滞が作られていた。そんな車を渋滞の中に置いて来てしまったので観客たちに逃げ場はない。走って逃げたところで細菌兵器は避けようがない。
観客はショッピングモールから離れるようにすし詰め状態で密集し、しかしヒーローへの信頼からか柵を超えてまで逃げようとしない。きっとこの戦いも一般に被害は出ないのだと民衆は信じ切っているかのようだった。
そんな観客をいかにも憎々しげにゼロツーは見つめ、そしてダークネスに向けて言った。
「あなたは深淵の王だが、所詮はシャドウ! あなたを形作る心の闇を断てば弱体化する!」
「バカなことを。観客を攻撃するなど、自ら光を捨ててはキューティクルズではいられない」
「光なんて最初からどこにも……! いえ、それは言い訳。私は嘘を言った。ぶっちゃけてあなたなんてどうでもいい。私には使命がある」
「使命? どういうことだ?」
「ほら、見て」
ゼロツーは駐車場の観客の中を指差した。
「カップルがいる! 許せない! リア充死ねばいい!」
「……いや、待て、おかしい。私はどうすればいい?」
「勝手にすれば? シャドウでしょう? 私は私でやりたい事をやる!」
ゼロツーの憎しみの目は観客に向けられている。何年もの間、最愛の彼氏とご無沙汰であるという闇がゼロツーを黒く染めていた。
ダークネスはそんなゼロツーに攻撃を仕掛けるわけにもいかず、額に手を当ててどうしたものかと悩む。
そんな時、ダークネスは殺気を感じ取った。
「安心してダークネス。あなたには踏み台として消える雑魚の役をお願いしたいの」
「……下か!」
「ジャスティス・ピラーボム!」
ダークネスがその場から跳躍して離れると、屋上駐車場の地面を突き破って炎の柱が夜の空に突き抜けて行く。その炎は肌をつんざくほどの熱量を放ち、しかし炎を残さず消滅していった。
「その技は……」
「ウソだろ! あれ、ジャスティスレンジャーの必殺技じゃねえか!」
ショッピングモール内部でスポーツレッドの野球服の青年が叫ぶ。
「あなたは闇の事を何も知らないのね。深淵の王の癖に。教えられた知識で知ったかぶりをしているだけだったとはお笑い草」
屋上駐車場に山羊の骸骨の仮面を被ったローズが上ってきた。
ローズはグロテスクな柄の黒マントをひるがえし、両手を大きく広げてあざけるように笑った。
「ふふふふ! あはははは! 最高の気分よ! パワーがみなぎる! キューティクルズの本当の力、見せてあげるわ! ファッション・アップ! パーツセット・怪人王ゾシマ!」
ローズの右腕だけが刺々しい黒鎧へと変貌し、手にはごてごてしく装飾された式典杖。右半身の様相だけが怪人王ゾシマの服装へと変化した。
「さあ、王様気取りのダークネス! 驚愕のまま、ゼロ次元の向こう側へ消え去るがいい! ダークネス・オブ・ゼロ!」
「くっ!?」
ローズは式典杖の先から黒く巨大なプラズマ球を打ち出し、ダークネスはそれを跳躍して回避した。
プラズマ球は屋上駐車場の地面を抉りながら飛翔し、フェンスを突き破って遠くに消え去っていった。
「次はなにを見たい? 今の私は何者にだってなれる。怪人王シャイロックの黄金の軍勢はどう? それとも怪人王エイハブの白鯨の三叉槍は? プライドを捨てたからにはどんな衣装でも着こなしてあげる。この初代深淵王の亡者軍団も、オーパーツレンジャーの古代兵器も思いのまま。ファッションデザイナーがこんなひどい衣装で前に出るなんて本当はあり得ないんだけど、今だけは例外ね」
「……どういうことだ? お前たちの力は本当にシャドウのものか? 私が知るシャドウとはまるで質が違う。闇の深さ、強さ、全てが影と呼べる領域を超えている」
「それは誤解よ。これはシャドウの力を借りているわけではない。これこそが私たちの持ちうる、本当のキューティクルズの力」
「本当の力? その湧きだすような闇が、キューティクルズの本当の力だと言うのか?」
ローズは山羊の頭を傾げて不思議そうにダークネスを見た。
「……深淵の王なのに分からない? ……その様子なら、もしかして深淵のコアが本当はなにかすらわからないかしら?」
「コアだと……? 私は、そんなものは知らない。深淵は、この私の体そのものだ」
「それは大間違い。道理でこんなにも闇が逆流したはずだわ。……深淵を生み出す大本のコア、つまりは、これ」
ローズは自身の変身アイテムである、バラのコサージュを取り出して見せた。かつては赤く輝いていたバラも、今は黒檀のように重々しく黒ずんでいる。
「バカな!? それは、キューティクルズが変身するための道具。輝きを集めるためのシンボルだ」
「逆よ。まず私たちが心の闇を発生させていて、その反発で生まれる心の輝きを集めて変身しているの。あなたが深淵だと思っていたあの黒い塊は、ただの心の闇の集合体。深淵の暗闇の本体は、私たちキューティクルズの方」
ローズはまるでそれが周知の事実であるかのように語った。
ダークネスはそんな真実に愕然と目を見開く。これでは何のために戦っているのか分かったものではない。理想と光をつかさどるキューティクルズと、本性と闇をつかさどる深淵との因縁など最初からなかったのだ。
「あり得ない。では、私は一体何だというのか」
「元々、深淵には管理人がいた。あなたはその管理者権限を王の力だと誤解したのね。本来はこんな事態にならないための逆流弁だった。あとはこの酷いマッチポンプの喜劇をごまかすための演出家。もしくは共同経営者。いずれにしても因縁の宿敵とは程遠い存在よ。それなのにどうしてあなたは命張って戦おうとしているわけ? 本当ならいかにも強そうな深淵王を名乗るシャドウを生み出して、ただ裏方として見ているだけのデスクワークだったんでしょ?」
「私は、深淵の王……。だからこそ、真なる心の闇を、肯定するために……」
「真なる心の闇なんてどこにもないわよ。光も闇も結局は一枚のコインだったって話。それも絵柄の無いコインだから、裏表なんてその人次第。ただ光が当たった面が表になって見えるだけ」
「……そんな、バカな」
「バカでも何でもそれが現実。あなたはどうしたいの? 私としてはどっち付かずが一番困るわ。だって、そろそろ一般人にも被害が出ちゃうから」
ローズは階下の駐車場を見下ろした。駐車場では蜘蛛の子を散らすように観客が逃げ惑っている。
視界に一番に見える場所にはトリガーハッピーが立っていた。
「一度やってみたかったんだよなぁ! Fat ass(さあ豚ども)! You all shall die(お前ら全員殺してやるよ)! 」
銃声が響く。正面玄関前に立ったトリガーハッピーが、観客にむけてマシンガンを乱射し始めたのだ。
「なに!?」
ダークネスはあわててフェンスの前に駆け寄る。
多くのキューティクルズはダークネスを追ってはこなかったようだった。そしてどういうわけだか、キューティクルズの怒りの矛先は観客たちに向かっていた。
コック・キューティクルが観客の口に無理やりパスタを詰め込み、アザラシが暴走車両のように観客に突っ込み、タイガーとヒグマは観客からお菓子を与えられて餌付けされる。
トリガーハッピーの弾丸は観客の後頭部に当たると火花を散らし、そのたびに壮大な悲鳴が響いた。
いかにも阿鼻叫喚の地獄になりかけた頃、トリガーハッピーの後頭部に火炎瓶が命中した。
「うおっ!?」
「いまだ! 頼む先生!」
赤井が叫ぶ。
「うぉぉぉぉっ!」
トリガーハッピーが振り返った瞬間、横から体育教師がタックルを仕掛けてトリガーハッピーを押し倒した。
「いぃっ!?」
トリガーハッピーの上に体育教師が馬乗りになり、それ以上の観客の被害を防ぐ。
「うむ! 人妻属性で中学生の貧乳! 悪くない!」
だが体育教師の手はトリガーハッピーの両胸に置かれていた。どう見ても故意のラッキースケベだ。
「こ、このっ!? Motherfucker(クソ野郎)!」
「ブベラッ、ボベァ!」
両手が胸の上にあり、トリガーハッピーの両腕を拘束しなかったせいでマシンガンのフルバーストが体育教師の顔面に叩きこまれる。
「Make It Ass hole(貴様にケツの穴を増やしてやる)! son of a bitch(変態野郎)!」
顔を真っ赤に染めたトリガーハッピーが、地面に転がった体育教師にさらなる弾丸を叩きこむ。
「あいたたたぁ! ドS属性も追加か! 悪くない!」
「Die(死ね)!」
体育教師は全身から火花を散らしながらショッピングモール内に逃げていった。
行動は最低だがしっかりとヘイトを集めてくれたようだ。トリガーハッピーは観客に銃弾を撃ち込むのをやめて、体育教師を追いかけることに専念したようだった。
キューティクルズの武器にセーフティーが働いているとはいえ、弾丸も市販のロケット花火くらいの威力はある。
だが筋骨隆々な体育教師はショッピングモールに隠れながら、次なるおっぱいを求めて他のキューティクルズにも突撃していく。
行動は最低だが、そのヘイト収集術はまさに現代のタンク職。これぞまさに騎士道。セーフティーが働くことをいいことに次々と他のキューティクルズにもおっぱい突撃をかましてしている。だが実際そんな体育教師のおかげで観客への被害は少なくなっていた。
もちろん活躍しているのは体育教師だけではない。ローズの落とした釘バットでオーロラ・キューティクルズの三人を牽制するキクチヨ。サブマシンガンによる狙撃と傭兵式の隠密移動で的確な援護を続ける黒ベストのハスラー。消火器と散水ホースの二刀流でショッピングモールの消火を一人で担当している消防士の男性など、ヒーロー戦隊および怪人の連合は真価を発揮していた。
しかし所詮一般人の能力の範囲。高い身体能力のあるキューティクルズを抑えきることは出来ない。
「どういうことなんだローズさん! キューティクルズの暴走が止められない!」
赤井が一階の広場から屋上を見上げて叫んだ。
「ごめんなさい。私たちは反転したみたい。あなたも一度は思ったことないかしら? あの人ごみを蹴散らしたいとか、ただ思いっきり欲望のまま暴れたいとか。こうやって闇に浸されていると、ゲスい感情が溢れてくるのよ」
「ローズさんは大丈夫なのか! 落ち着いているように見えるが、もしまだ正気ならこの状況をなんとかしてくれないか!」
「大丈夫なわけないわ? 私が一番危険な存在よ? なんなら、少し話をしてみる?」
ローズは落ち着いた声で答えると、赤井を見下ろしていた山羊の骸骨の頭が不自然に歪み始めた。
「ねえ」
ローズの声が大きくぶれて響いた。その声は低く、重々しい。
「はじめましてだ、ジャスティスレッドよ」
「えっ!?」
ローズの声に、透き通った男性の低い声が重なって聞こえてきた。
「私は怪人王グレゴーリル。皮肉なことに、今はキューティクルズの変身アイテムの部品の一つをやっている」
ぼやけた山羊の骸骨はどんな形に落ち着くこともなく、歪んだ表情を見せている。その不思議な空間の歪みはまるで異界にでも通じているかのようだった。
「グレゴーリル!? かつて本当に世界を支配しかけたっていう、最強の怪人王! オーパーツレッドに倒されたはずじゃあ!?」
「ああ、怯えるな。戦う意志はないから安心してほしい。今日復活するつもりもないし、まだその時ではない。いまこうして欠片だけでも姿を出したのはただレッドローズからその機会が渡されたからだ。それに、あまり彼女の心を支配することもやぶさかではない。よって会話は簡潔にするとしよう。言いたいことはただ一つだけ。オーパーツレッドにこう伝えてくれないか、【待たせたな】と」
ローズの声はついに完全に男性の声に変ってしまった。その声だけで実力は測れないが、声の質だけで相当なカリスマを持っていたことが分かってしまうほど重く澄んだ声だった。
「一体何が望みだ! グレゴーリル!」
「誤解しているようだ。私は野蛮な行為は嫌っている。今日の出来事に私は一切手出しをしていない。彼女らは自分たちの闇をうけて暴走しているだけ。倒すなり封じるなり、解決したければ勝手にすればいい。私は一切手出ししないと誓う。さて、部外者は迷惑を掛ける前においとまさせてもらうとしようか。私のショーはまた次の演目なのだから。くれぐれも、オーパーツレッドによろしく言っておいてくれ」
山羊の顔の歪みが徐々に修復されていく。
だがその前に、背後からダークネスが叫んだ。
「待て! 消える前に教えてくれ! 私は何者だ! 深淵の王とは、管理者とは、何のために存在している! 私は、何を成せばいい!」
歪んだ山羊の顔はダークネスを見ると、頭を傾げるようなしぐさを見せた。
「それは私は知らないな。深淵とキューティクルズは、アメリカの連中が生み出したものだ。師事を受けたければ前任者に聞けばよいだろう」
「前任者? 彼は、もう、消えてしまった……」
「いいや、どうやら彼は私に似てしぶといようだな。後ろを見てみろ」
山羊の頭が顎でダークネスの後ろを指し示すと、そこにはイエローのシャドウである一匹の雌獅子がいた。
「お前は……」
ダークネスはそんな雌獅子のシャドウに近寄る。
それと同時に、ローズの手が歪んだ山羊の頭に触れた。
「さらばだ、未来たち。オーパーツレッドとの戦いで私が勝った時には、それこそ世界を賭けて戦うとしようじゃないか。世に悪の種は尽きまじ。忘れるな、悪路王は過去形の言葉で語れぬと知れ……」
山羊の頭の歪みは消失し、ローズは立ったままうなだれて動かなくなる。赤井はその様子を階下で驚愕した様子のまま眺めていた。
「お前は、私の前任者か……?」
ダークネスは雌獅子の頭に触れた。
雌獅子は頭を垂れてうなずき、黄金色の瞳を閉じた。それだけで、その雌獅子がイエローの意思で動いていないと分かってしまえる。先代深淵の管理者が最後の力を振り絞り、イエローのシャドウを支配しているのだ。だがそのシャドウも弱々しく、足先から沈むように消失し始めた。
『ダークネスよ。我が次代の深淵よ……』
先ほどのグレゴーリルと似た声の色で、先代の管理者は語りかけた。
『私には、もう、時間がない。私の代わりに、戦ってくれ……。孤独で賞賛もされないが、必要な仕事なのだ。どうか、キューティクルズを……。キューティクルズを、支えてやってくれ』
雌獅子は見る見るうちに溶けていく。ダークネスはあわてて雌獅子の体を掴み、沈まないように支えようとしたが、その力で雌獅子の体は一気に崩れてしまった。
「待て! 私はどうすればいい! 私は悪か!? 目的は!? これから、どう生きればいいのだ!」
『……お前は、平和を、守る者。キューティクルズから、世界を、守る……、ため……』
雌獅子のシャドウはその言葉を境に消滅した。塵になったシャドウはダークネスの体に吸収される。
それと同時に、ダークネスは混乱した。誕生と同時に、深淵としての知識はあった。だが、それはジャスティスイエローによる刷り込みだったようだ。
シャドウを呼び起こし、シャドウこそを本当の自分だと認めさせるという目的。そんなチープな考えで戦おうとしていた。ただのパッと出の悪役として都合のいいように扱われていたのだ。
だが、もはやそうはいかない。とはいえ、ダークネスにはこの状況でどう戦ったらいいものかと判断も付けられない。
キューティクルズは今や闇に侵されている。深淵の主としてこの状況は頂けない。だが、ダークネスが正義の味方を気取って戦っては今後の関係にも響く。かといってダークネスがキューティクルズと一緒に一般人を襲うのももってのほかだ。
キューティクルズの闇は変身アイテムのコアから湧きだしている純正のもの。これはダークネスの管轄外で能力が及ばない。キューティクルズを正常化するにはその闇を吸い取るか消さねばならない。だが、これが茶番だと気付かれてはいけないという制約がある。どんな選択をするにしても信念が必要だ。
宙ぶらりんの立場となった今のような時こそ、悪役とは己の信念を問われる。だが自身で信念を見いだせなかったダークネスにとっては、自分で考えて行動することなど出来やしない。
階下の駐車場の状況も悪化してきていた。
暴走してだれにも止めることが出来ないアザラシには、フクロウが涙目で対処していた。高い空中機動能力でアザラシを翻弄しているが、しかし野獣と化したアザラシにどんな説得も届かない。
さらにはクッキング・キューティクルズもただ無作為に料理を生み出す存在へとなり果て、まるでたちの悪い酔払いのように観客に料理を詰め込んでいる。
ショッピングモール内部では散々ヘイトを集めた体育教師も、今はギャングスターの二人やゼロワン・キューティクル、さらにはオーロラ・キューティクルズの三人に囲まれて袋叩きにされていた。
「私は、キューティクルズの、……影」
ダークネスはいまだにうなだれているローズを見た。ローズは山羊の骸骨を下に向けたまま動かない。
一歩、ローズに近付いてみるも、だがどう接していいのか分からない。攻撃するべきか、それとも心の闇の王として命令権を主張するべきか。いっそ抱きしめるべきか。
「ローズ、お前は光だ。光を示してくれ。我々は戦うべきか? それとも、協力すべきか? 私の力はお前たちに光を取り戻すために振るわれるべきか? それとも闇をつかさどる者として敵対すべきか? どうすればお前たちを守れる。私は、どんな役を演じればいい」
ダークネスは懇願するような顔でローズに近付いた。だが、ローズは答えない。
そんな瞬間だった。
背後から襲い来る五本の日本刀が、ダークネスの胸部を貫いた。
「ぐっ!?」
胸からは扇状に刃が飛び出し、血の代わりに黒い霧が吹き飛ぶ。
ダークネスはゆっくりと背後を振り返った。するとそこには、サムライ・キューティクルズの五人組がいた。
「お、お前たちは……」
「隙を見せたな? その心の隙、付け入れさせてもらおう」
サムライ・キューティクルズの五人は一斉に後方に跳躍し、同時に日本刀がダークネスの胸から一斉に抜き取られる。
「うっ!」
刃を抜かれた勢いでダークネスがよろめいた。
サムライ・キューティクルズは少し離れた場所で横一列に並び、ダークネスを静かに見つめる。
「……」
「……」
あのお調子者の多いサムライ・キューティクルズが、今は真剣な表情でダークネスを見ていた。私語の一切を喋ろうとせず、冷徹な印象すら受ける剣士の集団へと変貌している。
「我らは、サムライ・キューティクルズ。魂を以って鬼道に至らん。……いや、気取った口調はやめておこう。ようやく模造品の魂から解放されて、正常な心を取り戻せたんだ」
「そうだねイソロク。お茶以外の事を考えられるなんて久しぶりだよ。こうして解放されると、私たちって相当スピリットに毒されていたって分かるね」
「うん、頭がすごいスッキリしてるよ私。風呂敷から取り出したい道具があったら言ってね? 今なら作戦指示されても問題なく対応できると思う」
「うふふ。闇が私たちの劣化した魂を補完してくれるとは。皮肉な話ね。歪んで生み出された光より、純真な闇の方が本当のキューティクルズの本当の力だったなんて」
「私たち、このまま闇落ちしたままのほうがいい気がしてきた。……イソロク、このままダークネスも見逃して、私たちも家に帰らない? ようやくまともな精神状態に戻れたんだよ? 親の葬式でも測量の事しか考えられないって、かなり辛いんだよ? これなら普通の生活に戻れるよ?」
「……そうだな。だがダークネスを放置してはならない。やつは私たちキューティクルズの反存在。私たちがこうして闇を自分で製造できるようになっても、深淵の王の権限はやつにある。強力な対抗馬になる前に封印せねばならない」
イソロクは軍刀を正眼に構え、殺気のこもった視線をダークネスに向けた。
「今日よりキューティクルズは闇の戦士へと昇華する。人々の心の闇を啜り、欲望のままに戦う狂戦士へ。賞賛の有無や自己顕示欲に悩まされる事はなくなり、キューティクルズの責任からかけ離れた、本来の少女としての人生に戻れる。深淵という欺瞞は消え去り、闇は悪のコアへと集約される。そして我々は、怪人として新たな人生を歩むことになるのだろう」
「なっ!?」
ダークネスは目を見開いて驚いた。
「キューティクルズが、怪人になるだと!?」
「おかしなことではない。元々怪人王のコアの欠片を反転させたのがキューティクルズだ。最初から歪んだ正義の味方。しかもキューティクルズを続ければ続けるほど精神も汚染される。私たちサムライシリーズに限って言えば、賞賛も人気も少なくて続けるメリットなんて一つもない。こんなクソッタレなヒーロー活動、誰が続けたいと思うのだ」
イソロクは真剣な表情のまま、片目から涙をこぼした。
不人気キューティクルズ、サムライシリーズ。強さもなく、混合された魂のせいで本来の自分の性格すら忘れてしまった失敗作。大技を使うたびに魂は模造偉人の魂に侵食され、本当の夢や恋心すら塗りつぶされてしまった。特に侵食のひどかったリキュウに至っては、お茶の事ばかり思考にねじ込まれて親の顔と名前すら思い出せない有り様だ。
キューティクルズのイロモノ枠としてバカにされる日々が続けば、誰だって心を病む。正義を盾にしたやりがいだけでは続けられない仕事だ。
プライドや理想という光で一度は正常に戻れただろうが、キューティクルズの本質は闇。人々の賞賛と羨望で光の戦士へと変身出来ても、シャドウの発生源ゆえに一度反転すればこの通り。心の闇とは影に隠れた心の本音。自然とその行動方針は自己中心的なものになってしまう。
「ゆくぞ! この一戦で我らの運命を変える! タダタカ! 軍略図を出せ」
「待ってました!」
タダタカは笑顔で両手を叩くと、地面に複雑な文様が浮かび上がる。文様はまるでホログラフのように浮かび上がり、イソロクを取り囲むように立体化してショッピングモールの図面へと変貌する。
「ミリ単位まで測量した立体図だよー! いつもならこの技使われるの嫌だけど、今日は仕方ない! さて、私の精神もってっちゃってー!」
「すまないな。行くぞ!」
イソロクが軍刀を振り払うと、左右のサムライ・キューティクルズ四人が糸を切られた人形のようにうなだれる。それと同時に、ショッピングモールの立体図面に四個の駒が表示された。
「兵を駒と見る戦の外法だ! いざ、一手! 歩を進めよ!」
イソロクが手を振り、駒が自然と図面の上を動く。すると駒の動きに合わせて左右の四人が歩き始めた。
表情を無くし、完全に歩調を合わせた、不可思議な歩き方である。
「精神を、支配したのか?」
「いいや、命を預かったのだ! 急戦・対四間飛車左銀!」
イソロクが叫んだ瞬間、駒と四人が一斉に動いた。腰の日本刀を抜き取り、三人が突撃、一人が影に隠れて後詰めにまわる。
異様なまでに連携の行き届いた斬線。あきらかに本来のサムライ・キューティクルズの動きではない。
ダークネスは防御を固めてその連撃を受け止めると、気付いた時にはダークネスの全身に縫合糸が巻きついていた。
「む、これは?」
「ラバウルより飛び立て、羅刹の戦花! 凛っ!」
イソロクが駒を動かすと、三人のキューティクルズも踊るように連動する。逆手に握られた三本の刃が重なり、ダークネスの首を三方向からの刃で切り落とす。
「グぅッ!?」
ダークネスは首から黒い霧を吹き出させるが、頭が落ちてきたりはしない。その肉体は精神体だ。物理的手段はもともと効果がない。
「私は……深淵。死より先の、虚無の、王……。決めたぞ! 私は王たる責任を背負う! キューティクルズよ! 哀れな小娘たちよ! お前たちという正義を取り戻すため、私は悪の陣営に信念の旗を立てよう!」
「悪とは我々キューティクルズの事だ! 正義など、この業界には無い戯言だ! どんな美辞麗句を語ろうと我々にはもう遅い!」
「いいや、遅くはない! かつての名医はこんな言葉を残した! 『叩けば治る』と! お前たちの敵として、そして友として、影として! その胡乱な我欲を叩き治してやる!」
ダークネスは力任せに縫合糸を引きちぎった。そして握りこぶしと熱意ある視線を向けて、いまだ涙の痕の残るイソロクと対峙した。
「無駄だ。私たちサムライが本気を出した時点で勝負は決まっている! ……戦火よ広がれ! 荒れ果てよ! この地を石器時代に戻すほどの暴虐を! 正義と名誉に心をついばまれし我らの弱きは、ここに大地を汚し天に唾吐く悪鬼羅刹の道を見出したり! お前ごとき小物に悪の旗は重すぎる、その自由の旗は我らが頂く! いざキューティクルズ! 大舞台の幕を開けぇっ!」
イソロクが両手を大きく広げ、そして勢いよく交差させてみせた。
するとその瞬間、ショッピングモールの立体地図に描かれた駒の表示が一気に増加した。
「「「「オォォォォォォ!」」」」
一斉にキューティクルズが屋上駐車場に掛け上ってくる。いずれも意識を感じさせず、操り人形のように蒼白な表情でありながら、しかし視線だけはしっかりダークネスに向けていた。
「全軍! 必殺技、用意!」
イソロクの号令に合わせて周囲のキューティクルズは本人の意思に関係なく必殺技の準備を始めてみせた。
「ファッション・アップ! パーツセット・怪人王グレゴーリル!」
「トンプソン・オーバードーズ・ドラムマガジン!」
「全電力装填、生命維持装置スリープモード移行。オートメーション照準に設定」
「全ての病理よ、魔葬の槍となれ!」
「ウグルゥゥゥゥゥ!」
「クッキング・デットエンド! さて、今からイギリス料理を作るよ!」
「闇をかき集め、オーロラは鉄のカーテンとなれ! エクスキューショナーズ・ブレードライン!」
ダークネスは目を見開いた。紫色に染まっていた空の病原菌たちは無数の馬上槍へと姿を変え、鋼色のオーロラが揺らめき、フクロウの大きな翼がアザラシ・キューティクルを掴んで飛翔する。
「やめろ! 心を奪って限界を超えさせるつもりか! 無茶をすれば本当に闇が魂とすり替わってしまうぞ!」
「それこそ本望。これが命を賭けるという覚悟。……どうせもう、だれも偽りの光と仲良くしたいとは思っていない! 名誉を捨てででも、取り戻したい過去がある。罵りたければ罵れ! 我らは悪に堕ちてでも、普通の少女時代を取り戻したいのだ!」
イソロクはまるでキューティクルズの代弁者のように叫び、そして両手を掲げた。
「キューティクルズの名に未練があるのなら、その責任はすべてお前が背負え! キューティクルズ! 必殺技を、観客に向けろぉっ!」
「なっ!」
キューティクルズが一斉に階下の駐車場を向いた。
「ダークネス! お前に芽生えた高潔な心に、正義の烙印を縫いつけてやる! お前の心はただの偽善! さあ、正義を名乗って観客を守ればよかろう! キューティクルズの汚染された光は全部お前に叩きこまれる! 一人で背負えぬほどの責任! それを背負う覚悟はどこにある! 日々光に心を狂わさせる苦悩の地獄! お前は悪役にもなれないただの小物! 悪として観客を見捨てる覚悟がなければ! 光の正義に逃げ込み、そして苦しめ! いざ、決断の時!」
「やめろ、やめるんだ!」
「さらばだ正義! 裁きの雷霆は今ここに! 寡群殲滅 トラ・トラ・トラァー!」
イソロクが怒号を上げる。同時に一斉に必殺技が放たれた。
プラズマの砲弾、病原菌の槍の雨。銃弾に、イギリス料理。ありとあらゆる大技が観客めがけて降下していく。
「やめろォォォォ!」
ダークネスは叫んだ。だが、飛び出すことは出来ない。
そんな瞬間。
「うぁぁぁぁぁぁ!」
イソロクの背後からブラックが飛び出してきた。
ブラックはイソロクを押し飛ばして立体図の中に飛び込むと、図面上の駒を腕の一薙ぎで弾き飛ばす。
「わっ!」
「きゃあぁぁ!?」
するとキューティクルズも見えない力に押し出されて一斉に吹き飛んでいった。
「させない! させないっ!」
ブラックは顔の爪跡に無数の涙痕を残したままだ。しかし必死なまでに懸命な表情で、ブラックは全速力でさらに駆けた。
空からはまだ槍もオーロラもイギリス料理も降って来ている。勢いが僅かばかり減衰しただけで観客を傷つけるには充分な威力がある。
ブラックはフェンスを踏み台に屋上駐車場から飛んだ。そして空中で反転し、降下してくる必殺技に向けて手のひらを広げた。
「ダーク・ウォーーール!」
ブラックの手の先から黒く輝く魔法陣が現れ、瞬く間に巨大化して広域をカバーする盾へと変貌する。
「うあぁぁぁぁぁ!」
黒い魔法陣の盾に次々と必殺技がぶつかった。爆弾のような轟音を響き、魔法陣に大きなひびが入って、魔法陣は中心部から大きく窪む。
「止まれぇぇぇぇ!」
ブラックは涙ながらに叫んだ。だが、魔法陣に広がるヒビは瞬く間に増殖し、ほんの数秒耐えただけで消し飛んでしまった。
「うぁぁぁぁぁぁ!」
ガラス片のように魔法陣は打ち砕かれ、必殺技の集合体がブラックの体をズタズタに引き裂く。
鉄のオーロラが刃となって体を切り付け、無数の病原菌の槍がブラックの体を汚し、砲弾のように落下してきたマーマイト・ジャムの大瓶が腹部に叩きつけられた。
だが、そんな必殺技も観客に届く寸前に風のように霧散する。ギリギリのところで必殺技は形を失い、色の付いた突風だけが観客の間をすり抜けていった。
「がっ!」
ズタボロに引き裂かれたブラックは駐車場のコンクリートに激突。大きく地面を窪ませて倒れ込んだ。
「ブラック!」
ダークネスが屋上駐車場から叫ぶ。
「ブラック、大丈夫か!?」
「ブラック!」
赤井や警備員もブラックに駆け寄っていく。
ブラックは地面から起き上がることも出来ず、苦しそうに表情を歪ませていた。
「……棒銀とは、予想もしなかった。いったい何のつもりだ、ブラック!」
屋上駐車場から飛び出した、後日開催予定だったキューティクルズライブ用の円形舞台からイソロクが顔を出し、ブラックを見下ろしていた。
「キューティクルズは、私の、憧れ、だから……」
ブラックは起き上がることも出来なかった。だから涙に潤んだ視線だけをイソロクに向ける。
「キューティクルズは、みんなの憧れだから!」
ブラックは仰向けに倒れたまま、両手をイソロクに向ける。すると両手の先に小さな魔法陣が現れた。その魔法陣は小皿ほどの大きさですでにひび割れていたが、小さな黒い魔法弾を生成することは出来た。
「捨てさせない! 捨てさせたりなんて、絶対にさせない!」
「バカな事を言うな! 光の中に立つことがどれだけ苦しいか、裏方のお前に分かるのか!」
「分かります! その光の重さも、痛さも、責任も、全部私は見てきました! その歪んだ光が欲しくて、私も歪んだから!」
ブラックは新しく涙をこぼしながら、なんとか上半身だけを起こし、イソロクを睨んだ。
「でもその光の輝きで、多くの人が救われたんです! 私も救われた一人だった! だからその責任を支えたかった! その責任を知っていたから、心の闇は私が全部引き受けるつもりだった! どうかあなたには特別な存在に戻ってほしい! みんなの夢と憧れを引き受けてほしい! あなたもまた、キューティクルズだから!」
全部のキューティクルズに届くような澄んだ声で、ブラックは叫んだ。
するとその声が届いたのか、幾人かのキューティクルズがよろめいた。
「させるか! キューティクルズなんて戻るものか! 私たちは、普通に戻りたいのだ!」
イソロクの周囲に再び立体図面が表示される。駒の表示も再び現れると、キューティクルズの体は再び断ち切られてまたもイソロクの駒に戻ったようだった。
ブラックはそんなイソロクを見つめた。その目は、光り輝くキューティクルズを待ち望んでいる切望の視線だ。
「そんな目で私を見るな! どうか私たちを逃げさせてくれ! この責任を捨てさせてくれ! お願いだ、ブラックー!」
イソロクは手を振るい、キューティクルズを一斉にブラックめがけてけしかける。
拳を振り上げたキューティクルズが、一気に駐車場へと飛び降りて行った。
「させるかぁぁぁぁ!」
するとダークネスが横から割って入り、イソロクの頬をぶん殴った。
イソロクは屋上の舞台の床に叩きつけれられ、指示を失ったキューティクルズは糸の切れた人形のように地面に落下していく。
その様子を確認すると、ダークネスはブラックを見て叫んだ。
「ブラック! 頼む!」
ダークネスは拳を構え、イソロクを牽制するように対峙する。
「お前がキューティクルズを浄化するんだ! 私に光を引き出す力はない! お前の光で、こいつらを癒してやってくれ!」
「それは、私には、出来ません! 私も、光を持たないキューティクルズです! 光の力は、私には……!」
「今から輝け! お前の心には希望の光がある! この暗闇に満ちた舞台で、いま輝けるのはお前だけだ!」
「いいえ! この顔の醜い傷跡が光をはじきます! アカネさん! アオバ! ミドリ! 誰でもいい! キューティクルズに光を取り戻せるのは、キューティクルズだけ!」
ブラックは周囲を見渡した。周りには力無く死屍累々としたキューティクルズが倒れ込んでいる。
だがその誰もが闇色の霧を体表からにじませ、救世主のように輝いて立ち上がれるものはいない。
「ブラック! 歌え!」
「歌……?」
ダークネスは横目にブラックを見て、ブラックはきょとんとした表情を浮かべた。
「お前の闇を私は知っている! そしてその才能も全部! お前は、アイドルになるために生まれてきた存在! その心に光を解き放て! お前が、お前こそが、私の光だ!」
「私が……」
ブラックは瞳を閉じた。
「私の、歌……」
ブラックはまるで瞑想するように心を落ち着かせ、そして過去散々練習した声を震わせた。
「……♪~~」
響かせたのは穏やかなキーで奏でる、イントロダクション。その異様なまでに透き通った音色は、肌寒い夜の風を全て押し返せるほど空気に浸透していった。
その数秒も流れていない声に、観客たちは驚愕した。
「え、なにこの声」
「おいこれ、本当にマイクなしか……?」
無数の観衆がどよめき声を上げても、その歌声はより響いて全員の耳に届いた。ほんの数秒で鳥肌が逆立ち、背筋を感銘が通り過ぎていくほどの旋律だった。
「~~♪」
僅か数秒、たったそれだけで、全ての観客がその声の虜となった。口笛のように爽やかで、脳髄に浸みるほど力強く、体感できるほどに暖かい。生声だから出来る浸透する歌声。その声は生来の神秘が確かに感じられた。
「輝け! キューティクルズ! お前の歌は、私が守る!」
ダークネスが戦闘態勢を整え、凛とした視線をイソロクに向ける。
「させるかぁぁぁ!」
イソロクは駒を動かそうとし、同時にダークネスはイソロクに飛びかかった。
ダークネスの拳は飛び込んできたローズとアザラシの二人の盾に防がれたが、階下の駐車場での糸の切れたキューティクルズはまだ動かない。
「ゆくぞ! キューティクルズ! お前たちの正義、私が思い出させてやろう! 目を見張るがいい! まばゆいばかりの光の輝きで、その闇に曇った網膜を焼き飛ばしてやる!」
ダークネスはイソロクにもローズにもアザラシにも響くように、ついに信念のこもった声で叫んだ。
ダークネスの漆黒のローブコートは、かつてないほど黒々と輝いていた。