第五話 愛を捨て、正義を貫けジャスティスレンジャー! 怒りのコイン怪人 リング・ナイトロード参上!
「……あ、ああ…………」
唯一、歓声を上げる観衆のなかで、ユダだけがひどくうつむいていた。
クロスがユダの肩から手を離すと、ユダはよろめきながら一歩二歩と前にすすみ、力なく地面に膝をついて顔を手で覆う。
「うっ、ううっ……!」
うつむいたユダは溢れんばかりに涙を流していた。いくらユダが袖で涙をぬぐっても溢れる涙が途切れることはない。震える肩の弱々しい律動がユダをさらに小さくうつむかせる。
「うう……。ひ、ひっくっ……、うぁ……、うぁぁぁぁ…………! モリス……。トミー、君……。なんで、なんでこんなぁ…………!」
「……ムゥ」
クロスはその小さな背を見ても何もできず、ただせめて、この場がいまだ危険な場所であることを知ってほしくてユダの肩に手を乗せた。
ユダはその触れられたクロスの手を、悲しみを込めて振り払い、拒絶する。
「ム……。………………」
クロスは振り払われた自分の手を見て困惑するしかなかった。悲しみに沈むユダに対してどう接していいのか分からず、浮ついた片手を手元に下ろしてユダを見下ろした。
周囲の観衆がユダから微妙に距離を離していた。雑多な観衆がユダを中心に小さな円形の空間をつくり、いったいなにを悲しがることがあったのかと疑念の視線を向けていた。
「……」
クロスは悩む。ユダの悲しみをどうにかしてやりたかった。だが、クロスにはどうにもできなかった。
このままここにいてはユダにも危険が及ぶだろう。人が多い所ならばレーダーで見つからないとは言っていたが、この人ごみが閑散としてくればどうなるかわからない。
クロスはもう一度、ユダの肩に手を乗せると、僅かばかりゆすった。
しかしユダは再びクロスの手を振り払う。そして同時に苛立たしそうに振り返ってくると、キッと恨めしくクロスを睨んだ。
「……」
クロスはそのユダの涙の溢れた目を見て何も言うことができず、ただ首を左右に振って、あきらめてもらおうと懇願した。
それが何か癪にさわったのか、ユダは涙ながらにクロスの腹部を一発殴った。
「…………ンゥ」
クロスに痛みはない。それは大した力のこもっていない拳だった。
だがユダのそのひどい泣き顔が、見ていて心に痛みを感じるほど辛いものだった
「死んじゃったよ……! 二人とも、死んじゃったよ!」
ユダはクロスのロングコートの腹部を掴み、再び片手で何度も殴る。しかしすぐにその殴る力は弱々しくなり、へたり込むように頭部を落としてユダは前のめりに泣き崩れていった。
「…………」
クロスには何もできない。どうすることもできない。ただ崩れ落ちたユダに体を貸すことしかできなかった。
ユダは何とか顔を起すと自分の服の袖で両目の涙をぬぐった。
ほんの一瞬だけ涙は止まり、自らを奮い立たせるようにユダは震える膝を手で抑えて、クロスの服の裾を引っ張りながらもゆっくりと立ち上がっていく。
「うぅっ!」
ユダはくしゃくしゃの顔のまま睨む視線を、観衆から賞賛を受けているヒーロー戦隊に向けた。
「ッ!?」
クロスはあわててユダに駆け寄った。だが遅かった。クロスの手は届かない。
走り出したユダは観衆の中から飛び出して、いまだ空間の開いていたヒーローショーの舞台へと乗り込もうとしていた。
「ついてこないでっ!」
ユダが叫ぶ。よろめきながらも最前列の観衆を押しのけ、いまだ開いたままのヒーローショーの空間にたった一人飛び込んでいく。
「え、ちょっと」
「誰だ、あの子?」
そのヒーローショーの舞台に涙を流しながら入り込んできた少女に、観衆は奇異の視線を向けた。
円形の広い舞台空間にたった一人入り込んできたユダは、ヒーロー戦隊の四人と対峙する。
「なんだ、あの子は?」
ジャスティスブルーはユダの正体に気付かず、疑問を口にした。その声に反応して、ジャスティスレッドも背後を振り返った。
ユダはこのヒーロー戦隊の活躍の場において、場違いすぎるほどに目を腫らして泣いていた。溢れている涙は顔に幾重もの水跡を作り、紅潮した顔は怒りを湛えている。
ユダはゆっくりと顔を上げると、こちらを呆然と見ているジャスティスレッドを睨みつけた。
「…………赤井、君」
「なっ!!?」
レッドは驚愕した。レッドもすぐには気付けなかったが、その声でその少女の正体がユダであるとなんとか気付けた。それほどまで、その少女の怒りは人を変えて見せた。
「……湯田、さん?」
なぜ、どうして? そう言った疑問がレッドの中で渦巻く。
その答えはすぐに少女の行動で示された。少女は今一度服の袖で涙をぬぐい、そして高く眼前に手を交差させて構えた。
「……変身!! コイン怪人 リング・ナイトロードッ!!」
ユダが両手を振り下ろす。瞬間、黒い炎の渦がユダを包んだ。
猛々しく燃える炎がユダの全身を黒く燃やし尽くし、そして暗闇の轟炎の中から先ほどまでの少女とは似ても似つかない、二メートル級の銀鎧の怪人が踏み出してきた。
その銀鎧の怪人は体にまとわりついた黒炎を手で振り払い、それと同時に銀の硬貨で織られたマントを大きくひるがえす。マントから耳障りな硬貨の擦れる金切り音が盛大に響き、周囲の観衆にその音圧をぶつけて怯えさせた。
「ウソだろ……」
レッドはつぶやく。目の前の現実を否定するようにレッドは小さく首を振っていた。
だが、レッドの絶望を知りもしない観衆が、ボルテージの上がりきったままの熱声を張り上げていた。
「今日は三連戦か! ツイてるなぁ!」
「見ごたえがあるね! がんばれー! ジャスティスレンジャー!」
「しっかり動画撮っとくぜー! かっこいいとこみせてくれよー!」
観衆の熱気が再び沸騰する。それに合わせてホワイト、パープルの二人もコイン怪人に向きなおり、武器を構えて戦闘態勢に入った。
コイン怪人もまた、片手を前につきだして自前の武器を用意する。
「湧きでよ! ギザギザ十円玉!」
コイン怪人が男性の低い声でそう叫ぶと、地面から大量の旧式十円玉があふれ出てきた。物理法則を無視して十円玉は板状に連なってくると、それは大剣の形をかたどっていく。
コイン怪人はその十円玉の大剣を地面から抜き取り、剣先をジャスティスレンジャーに向けて叫んだ。
「いざ尋常に、手合わせ願おうか。ジャスティスレンジャー!」
大剣の刃部分の十円玉がチェーンソーのように回転を始めた。擦れ合う十円玉が激しい火花を散らし、摩擦熱で刃が赤く発熱する。
「今日はずいぶんと怪人の騒がしい日だな。……おい、レッド! ぼさっとするな! こいつもさっさと片付けるぞ!」
「……あ、ああ!」
レッド以外のジャスティスレンジャーはすでに各々の得物を構えてコイン怪人と対峙していた。
レッドもそれにつられて自分の両刃斧をコイン怪人に向けて持ち上げるが、その斧を握る手には力がこもっておらず、構え方もどこか弱々しいものだった。
「うおぉぉぉぉぉ!」
大剣をたずさえたコイン怪人が、硬貨のマントをはためかせながらジャスティスレンジャーに向かって駆け出した。重そうな銀鎧をガチャガチャさせながらも、まるで重さを感じさせない走りでジャスティスレンジャーと距離を詰めていく。
「ジャスティス手裏剣! 四方向ダーク投げ!」
パープルが闇をまとった手裏剣斧を多角度から四本投げつける。それは空中で大きくカーブを描き、闇の手裏剣斧はコイン怪人の両手両足に引き寄せられるように飛来した。
「ラァッ!」
だが、コイン怪人は大剣を横一線に振り払うと、そのたったの一撃の剣圧でで四本の手裏剣斧を弾き飛ばした。
弾かれた手裏剣斧は空中で紫の光を膨らませて爆散。強烈な爆風と鋭利な破片がばら撒かれたが、コイン怪人の銀鎧には貫通することなく爆風は雨露のように消えていった。
「あの硬そうな鎧に遠距離攻撃は不利だな。……レッド、俺たちの斧で直接叩くぞ!」
「お、おう! まかせろブルー! ……怪人なんて、正義の斧で、ぶった斬ってやる!」
レッドとブルーがそれぞれの斧を携えて、コイン怪人に向かって突進した。
「オォォォォォォォォ! ジャスティスレンジャーァァァ!」
コイン怪人が声を張り上げる。
怒りにまかせた大剣をコイン怪人は無作為に薙ぎ払った。ジャスティスレッドとジャスティスブルーとの剣劇のすれ違いざまに武器同士が激しい火花を散らす。
コイン怪人は猛攻を緩める気はない。即座にその体躯をひねり、背後にすりぬけて行った二人をまとめて切り裂こうと再び横薙ぎの斬撃を放った。
「レッド! 受け止めるぞ!」
「ああっ!」
レッドとブルーは二人同時に斧を構えその大剣を受け止めた。二人がかりで怪人特有の怪力のこもった斬撃を受け止め、そのまま押し切ろうとするコイン怪人を押しとどめる。
攻撃は完全に受け止められた。だがそれでもコイン怪人は勢いを止めず、力強く脇をしめると前のめりになり、力づくで二人の防御を押し切ろうと叫んだ。
「二人まとめて真っ二つにしてやる! 十円玉よ! 回れぇぇぇぇぇぇぇ!」
コイン怪人は刃の回転数を上げた。大剣が十円玉同士の摩擦で赤く熱せられ、火花が噴き出して大気を灼く。赤くヒートアップしていく大剣には激烈なまでの強い怒りが込められ、ついにはレッドとブルーの斧を少しずつ削り始めた。
だが、本格的に斧が欠け始める寸前にブルーが先手を打った。
「ここだ! べっこう飴シールド!」
「なにっ!?」
ブルーの斧から超高粘度の硬さを誇る、べっこう飴の分厚い壁が放出された。
十円玉の大剣にべっこう飴が絡まりつき刃の回転はほぼ制止する。さらにべっこう飴は大剣をつたって両手両足をも呑み込んでいくと、一瞬でコイン怪人の身動きを完全に封じ込めた。
「これは、パティシエールの技か!?」
そのべっこう飴はまごう事なくお菓子怪人の技だった。コイン怪人は驚きながらべっこう飴から手足を引いて抜け出そう身を引くが、力任せの方法では抜け出すことは不可能だった。
コイン怪人がなんとかジャスティスレンジャーと距離を取ろうと一歩引き下がった時には、すでに跳躍することも硬貨を自在に操ることもできなくなっていた。
「いまだレッド! やれ!」
「く……くらえ! ダスト・シュート!」
レッドは僅かに躊躇いながらも背後に跳躍して距離を取ると、少し離れた場所で赤いジャスティスアックスを大ぶりに振るった。するとジャスティスアックスの先端から、螺旋の回転を描いて飛翔するゴミの弾丸が飛び出した。
「なっ!? ぐはっ!」
ゴミの弾丸はべっこう飴を貫通してコイン怪人の胸にめり込む。
重厚な銀鎧の破片を巻き散らかしながらコイン怪人は観衆近くまで吹き飛び、受け身をとることもできずに背中から地面に落ちて動けなくなった。
「ぐっ! うぐぐぐ!」
コイン怪人がうめく。すぐに立ち上がろうと力を込めるが、胸に受けたダメージが相当に大きく起き上がれない。砕けた胸元からは血液の代わりに黒い塵のような靄が噴き出させ、コイン怪人から怪人たらしめる黒いエネルギーを奪っていく。
「やはり不意を突ければ怪人なんてこんなものか。よし、今がチャンスだレッド! 必殺技をぶち込むぞ!」
コイン怪人が動けなくなったのを見てブルーが即座に武器を変形させる。
[ジャスティスアックスッ! 死刑宣告モォードッ!]
「ま、まて! ブルー!」
レッドが慌ててブルーの手を掴み制止した。
そのレッドの謎の制止に、ブルーは疑問符を浮かべて驚いた。
「なんだ! どうして止めるレッド!」
ブルーは驚きを込めてレッドの掴んだ手を振りほどく。その突然の行動にブルーは理解できず、レッドを凝視した。
「レッドさん、どうしたんですか!?」
ホワイトからも驚きの声が上がる。レッド自身もその行動には驚いていたようで、少しの間だけ呆然と仲間の姿を見つめていた。
その仲間の声を聞いてレッドは我に返り、顔を左右にブンブンと振るって何とか冷静を取り繕った。
「……急に止めてすまない。わかってる、必殺技だな。……ただ、せめて、すこしだけ……、すこしだけ、俺に覚悟する時間をくれ」
レッドは足元に斧を突き刺して両手を自由にすると、自分の逡巡する心を振り払うように、ヘルメットの上から自分の両頬を叩いた。
「ちくしょう! 今日は最低の日だぜ! さあ死にやがれ! このくそったれ怪人野郎が!」
レッドは叫ぶと、斧を引き抜き、そのまま勢いをつけて変形させた。
[ジャスティスアックスッ! 死刑宣告モォードッ!]
レッドは長銃を構え、這いつくばったコイン怪人をにらみつけるようにして照準を合わせた。
倒れ伏すコイン怪人もまた、レッドに対して憎しみのこもった視線を向けた。
「うぐっ……! おのれ! おのれ、ジャスティスレンジャーぁぁぁぁぁぁ!」
「怨みごとは無しだぜ怪人野郎! 怪人になんてならなければ、こんなことにはならなかったんだからな!」
レッドは叫び返した。
お互いその気迫に気圧されることはなく、ただ強く睨みあった。
「なんだかよくわからんが、やっといつもの調子に戻ったみたいだな……。よし、ホワイト、パープル! お前たちも必殺技に参加しろ!」
「オッケー!」
「はい、今向かいます!」
離れた場所にいたホワイトとパープルも、ブルーの呼びかけに応じて走りだす。
それぞれ手に持った手裏剣斧と投斧を変形させながら、勝利を確信した穏やかな気持ちで駆け寄っていく。
その時だった。
「えっ?」
ジャスティスパープルが急にその場に立ち止まった。背後から大きな影が自分を覆ったことに気が付き、振り返る。
そこには、フードで顔を隠した、黒いレザーコートの怪人が立っていた。