第三十二話 地面に映りし影とのワルツ(前編)
「さて、狩るか」
ダークネスはゆらりと動いた。
その一瞬の静動ののち、ダークネスは爆発の如き脚力で加速。漆黒のコートが風圧で鋭くなり、槍のようにキューティクルズに肉薄する。
「ローズッ! 避けて!」
「ッ!?」
アザラシが普段の穏やかな声色をかなぐり捨てて怒声を放つ。
アザラシはローズの襟首を掴んで背後に投げ、片腕で防御姿勢を取ってダークネスの攻撃に備えた。
「がっ!?」
「アザラシっ!?」
アザラシの腕に戦車砲のような掌底打が叩きこまれる。腕が乳牛のようなアザラシの胸に食い込み、まるで戦車砲でも食らったかのようにアザラシは後方に消し飛んでいった。
キューティクルズ随一の肉壁は30メートル先の生活雑貨コーナーの陳列棚に突き刺さっていき、無数の商品がはじけ飛んでいった。
「まずは一人……」
ダークネスが機械的にそうつぶやくと次の獲物を吟味するように視線を流した。
「よくも! はぁぁっ!」
「くらえ! タイソン・ストレートぉっ!」
白銀の細剣を構えたジャスミンとボクサースタイルのオーロライエローが格闘戦を仕掛ける。
だが……。
「遅い」
キューティクルズの拳と刃は空を切り、二人がかりの連撃は手のひらではたき落とされた。
そしてオーロライエローの七発目の拳がいなされた瞬間、まるで切り裂くようなミドルキックがオーロライエローのわき腹に叩きこまれる。
オーロライエローは体をくの字に折り曲げ、高速で床を滑るように吹き飛び正面玄関のガラスを割って観客の中に放り込まれた。
ジャスミンの鋭い刺突も手首を掴まれて止められた。さらに片腕だけの力で持ち上げられ、ぶっきらぼうな動きでに投げ捨てられると、動いていないエスカレーターに叩きつけられてうめき声を上げる。
「ジャスミンっ!」
ローズが叫ぶ。
「私を捉えたければ、光よりも早い拳が必要だ。何せ私はシャドウの王なのだからな」
ダークネスは無表情ながらも余裕を見せた。
そして手のひらを上に向けて指を引いて挑発し、キューティクルズの攻撃を誘う。
しかしそのあまりの実力差を目の前にしてに、キューティクルズはすぐに攻勢を仕掛けられないでいた。
「……どうした? 怖じけずいたのか?」
ダークネスは確認するように尋ねた。
「んなわけ、あるかぁぁぁ!」
トリガーハッピーが叫び、それと同時に弾丸がばら撒かれる。
だが不思議なことに、弾丸はダークネスの体にはじかれ貫通しない。
もともとボロボロだった黒コートに穴くらいは空くが、体表にぶつかった弾丸は火花を散らして弾かれてしまう。
「うううっ! こうなったら! マジカルクッキング! お願い、オーブントースター!」
コック・キューティクルが勇気を出して叫んだ。
するとダークネスの足元から巨大なオーブントースターが出現。ダークネスの体をすっぽりと包みこんだ。
「怒らないでね! 四千ワットでっ……! 加熱ぅっ~!」
ダークネスを頭まで咥えたオーブントースターの内部が真っ赤に光る。
その熱量は食パンなら一瞬でカリッカリにしてしまう灼熱地獄だ。人体両面焼きとはなかなかえげつない必殺技だが、今は見た目を気にしてはいられない。
だが、ほんの数秒後、トースターの中で金属が割れる音と弾けるような雷撃音が響いた。それと同時に停電したかのように熱量のある赤い光が消失した。
「うそっ!? あれ壊せるのの!?」
コックが驚愕する。
あろうことかトースターの厚みのあるステンレスフレームから、ダークネスの指が付きだしてきた。
その指はまるでカーテンでも開くかのように鋼板を縦に切り裂き、ダークネスは穴から身を乗り出して脱出した。
「無駄だ。私にはもう、いかなる攻撃も通用しない」
ダークネスの体には焼け焦げも電流痕も見当たらない。完全に無傷な状態であった。
「がるるぁぁぁ!」
「|ウラァァァ(ypaaaa)!」
だがそんな危機的状況にも関わらず、タイガーとヒグマがダークネスを挟撃する。
しかしその息の合った挟み撃ちも、左右に伸ばされたダークネスの手によって二人は首根っこを押さえられてしまい不発に終わった。
「がうぁっ!」
「ハラッ……!」
「影は血を流さない。勝てる者などいないのだ」
ダークネスは左右に握ったタイガーとヒグマを見向きもせず、万力のような力を込めて二人の首を締め付ける。
「あぅ、あぁぁぁぁぁ!」
「ガ、アァァァァァ!」
「タイガー! ヒグマ!」
ローズが叫ぶ。武器を構え、二人を助けようとローズは駆け出した。
その瞬間だった。
「オォオアアアアっ!」
「えっ!?」
獣の怒声。
ローズと赤井の背後。砕け散った生活雑貨コーナーの瓦礫がさらにはじけ飛び、中からアザラシが砲弾のように飛翔してきた。
そんなアザラシの限界までの加速を乗せた渾身の右ストレートはダークネスの顔面に叩きこまれる。
ダークネスの眉間に拳は突き刺さり、そのままダークネスは背後の巨大トースターにねじ込まれていった。するとトースターを貫通して吹き飛び、勢いよくダークネスの体も食品店街の陳列棚に突っ込んでいく。
両手に握られていたタイガーとヒグマの両名はその一撃で解放され、僅かに床を転がった後、喉を押さえて息を整えた。
そんなタイガーとヒグマをチラリと確認して、アザラシはダークネスが吹っ飛んでいった方角にを見た。
「……うふふふふ? なに調子に乗っているのかしら~? アザラシお姐さんがいる限り、あなたはいつまでもキューティクルズに手出しできないわよ~?」
アザラシが肩で呼吸しながら言う。
ダークネスの攻撃はかなりの威力があったため、アザラシでも体力を大きく削られるものであった。しかしそれでも一撃でノックダウンしないというタフネスさを誇示するかのように胸を張り、アザラシは全キューティクルズの前に立って大穴の空いたトースターの先を見る。
周囲はいまだ暗く、崩れた商品棚の邪魔もあってダークネスがどこに転がったのかは確認できない。
「アザラシ! 大丈夫!?」
「あらあら~? ローズ、私を誰だと思っているのかしら~?」
アザラシは振り返り、朗らかな笑顔をローズに向けた。
「……それもそうね。アザラシ、壁役お願いできるかしら?」
「もちろんよ~。吹き飛ばされても、私は何度だって立ち上がる。だってみんなのお姐さんなんですものね~、ふふっ」
アザラシはそう緊張感なさげな声で言ってのける。
その余裕すら感じさせる立ち姿は、背後のキューティクルズに勇気を与えた。
「虚勢で塗り固められた肉の壁か……。下らないな」
トースターに空いた穴の向こうからダークネスの声が聞こえてきた。
ダークネスはトースターに空いた穴を再びくぐって、余裕の歩調で舞い戻ってきていた。その姿に傷はおろか埃一つない。
「あの右ストレートを喰らって傷一つなしか……バケモノめ」
イソロク・キューティクルが言った。
ダークネスの体にはほんの僅かな損傷も疲れも見られない。アザラシの右ストレートはキューティクルズの物理技の中でも最強の一角である。それを喰らってケロリとされていては、近接戦などしたいとも思えなくなってしまうだろう。
「アザラシ。不壊の心などありはしない。お前の心などすぐにへし折ってやろう」
「あらあら~。ごめんなさいね? お姐さんの心の辞書に、折れたり壊れたりって文字はないのよ~?」
「人はそれを落丁本と言う。私が本屋で交換してこよう」
そう言うと、ダークネスは大きく踏み込んだ。
そのダークネスの動きにカウンターを合わせる形でアザラシは右フックを振り抜いた。だがすんでのところで回避されてしまい、そうしてがら空きになったアザラシの腹部にダークネスの拳が叩きこまれる。
「ぐぅっ!」
アザラシはそのダメージをこらえて踏ん張りを効かせると、さらに殴られることを覚悟でダークネスの上に覆いかぶさり胴体を鷲掴みにした。そのままレスリングの姿勢を取り、ダークネスを持ち上げてプロレス技を仕掛けようと力を込める。
「ぐうゥゥゥゥゥ!」
だが、ダークネスの体は持ち上がらない。ダークネスはアザラシの足を押さえ、圧倒的な筋力差でこらえているのだ。これではジャーマンスープレックスを仕掛けることなど夢のまた夢である。
「プロレスごっこに付き合っている時間はない」
ダークネスは逆に、背筋の力だけでアザラシを持ち上げてみせた。
「えっ!」
アザラシは驚く。アザラシの体はたやすく宙を浮いていた。
そのままダークネスはプロレス技でやり返すことも出来たが、それはダークネスのスタイルではない。
宙を浮いてがら空きになったアザラシの腹部に、ダークネスは右ストレートを叩きこむ。
「うぐぅっ!」
アザラシは再び殴り飛ばされた。
高速で吹き飛ぶアザラシをジャスミンとローズが受け止め、三人で尻もちを付いてようやく受け止められる。
「うっ! っつ……アザラシ、大丈夫!?」
「ええ……。ローズ、立たせてくれるかしら?」
ローズはアザラシの背中を押した。アザラシはその力を利用して前のめりに倒れ込み、両手両足を付いてよろめきながらも立ち上がる。
「うふふふふ」
アザラシの闘志はむしろ燃え上がっていた。
両手を前に構え前傾姿勢を取り、再びダークネスに向かって突撃していった。
「ダメです! アザラシさん!」
アオバがアザラシを呼びとめるが、アザラシはその言葉を無視した。
その無謀な突撃にはダークネスも怪訝な表情を見せた。
「学習能力はないのか? 何度でも跪かせてやる。はっ!」
ダークネスは跳躍し、アザラシ目掛けて真っすぐに加速した。今度こそ手加減のない、最高の勢いを付けた一撃をお見舞いしてやろうと拳を振りかぶっていた。
そしてアザラシとダークネス、互いの拳が同時に振り下ろされかけた、その瞬間だった。
巨大で黒茶色い何かが、ダークネスの体を掻っ攫っていった。
「なッ!?」
「ぐぅ!?」
ダークネスの体を包み込むほどの大きなその黒茶色い何かはそのまま加速。ショッピングモールの壁にダークネスの体を叩き付けてさらなるダメージを稼いでいく。
さらにその何者かの加速は止まらず、ダークネスの体を捉えたまま割れた天窓近くまで飛翔。四階の回廊渡り廊下を一周してみせ、そのまま重力加速も乗せて降下していく。
ショッピングモールの堅いコンクリートの床に派手なクレーターを作り、樹脂の破片を水しぶきのように弾き飛ばして、黒茶色いその人物はダークネスを強く踏みつけてみせた。
「な、なんだ!?」
赤井が叫ぶ。
すると残像のようだった黒茶色い人物はダークネスの上に見事に巨大で勇猛な大翼を広げて見せていた。
周囲に舞い散る茶色い鳥の羽根。闇夜でありながらその背中の翼は雄々しく勇ましい。
周囲からどよめきと驚愕が漏れた。その翼はまるで大天使を連想させるほど大きいが、しかし飾り気の無い泥臭い色合いはまるで歴戦の戦士。
その息を飲むほどの力強さ。数秒間周囲の声が静まり返ってしまった。ダークネス以上に強力な何者かが現れた、とさえ思えた。
「あ、あれは誰だ?」
トリガーハッピーは疑問を重ねたような声で言う。
その勇猛な猛禽の翼は静かに揺れ、音もなく畳まれていった。すると今度は不思議な事に、あれだけ大きな翼がみるみる内に畳まれて小さくなってしまう。
あの肉厚さはどこに行ったのか、縮こまると、その翼があまりにも小柄な少女の背中から生えていたことに気付かされた。
「ふ、ふえぇ……!? どうしよう、この人、だれ……? 悪い人でよかったのかなぁ……?」
するとその翼の持ち主は、首をグリンッと180度回転させて背後を振り返り、そう言った。
「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」」」」
「きゃぁぁぁぁ!?」
フクロウは首を180度反転させることが出来るという事を知らない人たちが絶叫を上げた。
そしてその声に驚いて、少女自身も体をすくませて飛びはねていた。
「あら~! フクロウ~!」
「がるぁぁ! フクロウ!」
「フクロウ! ハラショォォォ!」
「あうぅ……! みんな~! 遅くなってごめんなさい!」
フクロウはダークネスの上から離れてトテトテと走ると、他のビースト・キューティクルズと力強く抱き合う。
アザラシがその巨大な胸で頭を押し潰すように抱擁し、フクロウの髪を撫でおろしていた。
「いいのよ~、フクロウ。ところで、さっき潰した相手は食べちゃってもいい悪役だから、このまま両目を啄んでもらってもいいかしら?」
「え? ……いいの?」
「ええ、今は夜よ。あなたの狩りの時間でしょ?」
「う、うん! がんばる!」
フクロウは抱擁から離れると、両手をぐっと握ってやる気を見せる。
「私を狩るとは、大きく出たものだ」
するとその背後で、ダークネスがゆっくりと起き上がった。当然の如くダメージはなく、上半身を起こすと肩の上の埃を払い落している。
「い、行ってきます!」
フクロウはそんな様子を気にすることもなく背中の大翼を広げ、力強くも静かな一扇ぎで、まるで消え去るように飛翔した。
「くっ!?」
次の瞬間にはフクロウのつま先がダークネスの顔面に突き刺さっていた。ダークネスは後方に押し倒され、後頭部を再び床に打ち付ける。
「あらあら~。これはお姐さんも負けてられないわねぇ~。さて……ヴオォオォォォォォ!」
アザラシもその後を追うように野性獣の叫び声を上げながら突撃していく。
再び身を起こそうとしたダークネスの首根っこを掴み、乱雑な力技で持ち上げて近くの柱に叩きつけた。
「がるぁぁぁぁ! 内臓ムシャムシャぁぁぁぁ!」
「ウラァァァァ! 殺るか殺られるかァァァ!」
タイガーとヒグマもその後を追って四足歩行で駆け寄っていく。服の裾に食らいつき。鋭い爪で顔を引っ掻いた。
ダークネスには殴り合いのダメージが通っていない。まるで形勢は逆転していないはずなのだが、周囲の観衆からは歓声が響き渡っていた。
「やっぱりビースト・キューティクルズはすごいな! 攻撃が効いていないのに怖気づかない! まさに野獣だ!」
「あの学習能力の低さ! 本物のビースト・キューティクルズは最高だな!」
「ポンコツだけど、そこがいい!」
「ああ、どうしましょう! ビースト・キューティクルズのグッズが欲しくなって来ちゃった!」
ダークネスはやれやれといった様子でアザラシに反撃を仕掛ける。
しかしそこにタイガーとヒグマが背中から襲いかかり、殴り飛ばされたアザラシも即座に起き上がって再び殴りに行っていた。
絶対に勝てない相手に戦いを挑むのは蛮勇だ。だが、蛮勇が周囲の勇気を呼び起こした。
ビースト・キューティクルズは何か考えて行動しているわけではない。ただ、己の爪と牙だけを信じてゴリ押ししているだけである。
倒れたら立ち上がればいいという精神。シンプル・イズ・暴力。
綺麗に装飾して言えば、これこそがヒーローらしい諦めない戦い方なのかもしれない。
その蛮勇がもたらした勇気は、他のキューティクルズにも伝播した。
「みんな! 私たちも負けていられないわ! 勝てない相手だからってごちゃごちゃ考えるのはやめましょう! とりあえず殴りに行って、なんかアイデア浮かんだら発言して!」
「「「「おおーーー!」」」」
ローズの号令のもと、キューティクルズが一斉に突撃していく。
周囲から歓声が巻き起こる。
「まってました! やっぱりキューティクルズはこうでなくちゃ!」
「このストレートな感じ、癒されるぅ~!」
観客たちからの賞賛の声をが止まらない。
「あ、あの……。この人、どんな攻撃しても、無傷なんだけど……。あうぅ。み、みんな、なにか、弱点とか、探すべきなんじゃ……」
少し離れた場所でフクロウがつぶやいたが、土煙を上げてボコスカバトルを始めたキューティクルズにその正論は届かない。
突撃に取り残された赤井をはじめとするヒーロー戦隊のメンツは、呆然とその様子を見つめていた。
「キューティクルズは可憐な乙女の戦士って、そういう宣伝を見たんだけどなぁ……」
「ただのゴリラの集まりだったでござるな」
キクチヨが爽やかな笑顔を見せながら、ローズから借りた鉄のショートソードを肩に乗せて歩き出した。
「拙者も行ってくるでござるよ。あれじゃあ作戦を考えるきっかけも出来ないでござろうからな」
するとそのキクチヨの肩を、ハスラーの黒ベストの男性が叩いた。
「フォローする。二階手すりから狙撃しよう」
「スポーツブラック殿? ……では、援護頼むでござる」
「ああ、適当なタイミングで剣撃を止めてくれ。フルバーストを叩きこんで時間を稼ごう」
ハスラーの黒ジャケットの男性もその場から姿勢を低くして走りだし、停止したエスカレーターを駆け上がっていく。
キクチヨはそのハスラーの準備が間に合うよう、ゆっくりとしたスピードで歩き出していった。
▼ ▼
「う、うう。……あ、……え? アカネ、さん?」
「ブラック、大丈夫だった?」
アカネはブラックに声を掛けた。ブラックは散らばった雑貨の中で体を丸め、頭痛と腹痛に悶えるように頭と胸を押さえている。
ダークネスイエローの変化を阻止するためにブラックは行動したものの、迎撃され、手痛い一撃を喰らって生活雑貨コーナーの中へ吹き飛ばされていた。
その一撃はダークネスイエロー通常攻撃でありながら必殺技級に強力で、アザラシのような一部の例外を除いて一撃で再起不能レベルにまで達する強烈なものであった。
ブラックは身悶えながら痛みに耐えていた。泣き痕の残る潤んだ目で、ブラックはアカネを見上げる。
「私は……。う、ううっ、ううう」
ブラックは苦しげに下唇を噛み、まぶたを強く閉じると涙が溢れださせていた。
あまりにもみじめ。
努力してもアイドルになれず、かといって悪役にもなりきれず、黒幕としては二流、今では観客にも忘れ去られて小物とすらも扱われていない。
自身の進退を掛けたキューティクルズとヒーロー戦隊の戦争も失敗した今となっては、名プロデューサーとして名声を得ることも不可能だろう。
ブラックの涙は止まらない。だが、どれほど泣いても憐れむ者などどこにもいない。観客もキューティクルズもダークネスに釘づけである。
ただ一人、ルビー・キューティクルであるアカネを除いて。
「ブラック。ごめんね。……そして、ありがとう。ずっと一人で、戦ってくれて」
アカネはそんなブラックの前で膝を付くと、肩を寄せてブラックを抱き上げた。
「あ、アカネ?」
「ブラック、ごめん。ずっとずっと、忘れていた。……全部、私のせいだった。ブラックはなにも悪くない。もう遅いかもしれないけれど、私はブラックと向き合いたい。私も一緒に、寄り添いたい」
アカネは力強くブラックを抱きしめる。アカネ自身も涙を流しかけるほど情熱的に、ブラックの肩を掴んで顔をうずめていった。
「う、うぁあぁぁぁぁぁ! アカネ! アカネ! アカネぇ!」
ブラックはとうとう堰を切ったかのように泣きだした。アカネの胸を借りて、くぐもった泣き声を響かせる。
「ブラック、本当は、アイドルとはかけ離れたところで生きたかったんだよね? 全部、私が悪かったんだよね?」
アカネも涙をブラックの黒い髪に浸みこませた。
「私たち小学校で仲良くなって、かくれんぼとかおままごとのやり方を私が説明して、遊んでいたよね。どうして忘れていたんだろう。絶対に離れ離れになる事の無い親友だったのに、どうしてお互い忘れていたんだろうね……」
心底後悔しているように声を震わせ、アカネはブラックに懺悔した。
「私がアイドルになりたいなんて言ったから、ブラックは変わってしまった。私はずっとアイドルみたいな特別な存在になりたかった。でも私は特別じゃなかった。だから、アイドルになるための責任と辛い義務、全部ブラックが背負うことになった。シャドウとの最初の戦いも、勇敢なミドリやアオバと違って私は怯えるだけだった。本当なら私はアイドルの器ではなかったんだよ。私のせいでブラックはアイドルとして一番大切な顔に傷を付けてしまった。私がいなければ、センターはブラックだったのに」
「違う……っ! 違い、ます……っ! 私は、ただ、復讐がしたくてっ!」
「ブラック。あなたを復讐者にしたのは、私。ブラックは全てを犠牲にしてプロデューサー業をしていたのに、私がアイドルとして仕事するのに都合がいいからって事情を聞こうともしなかった。そんなの、友達にする仕打ちじゃないよね。本当にごめんね。あなたから笑顔を奪ったのは私だったんだ」
アカネは少し顔を離すとブラックの涙に晴れた顔を見る。
ブラックは泣き腫らし、深く刻まれた顔の爪跡に沿って涙をこぼしている。だがその爪痕に醜さは無く、感情を吐き出した素顔はかつて端正だった美貌をにじみ出させていた。
爪跡の裏側は、あどけない少女の泣き顔だ。その素顔に冷静さを装っていたプロデューサーの顔はもはやない。
その素顔を確認したアカネは、自分とブラックがいかに心を汚染されていたか気付いた。
アイドルであることは至上命題。アイドルであることは生きる義務となり、かつて少女だったころの心は切り捨てなければいけなかった。
どうして忘れてしまえたのかアカネには分からない。ブラックもかつては笑う努力をしていた普通の少女だった。だがアカネの夢をきっかけに、ブラックはアイドルへの妄執に取り憑かれて心を凍らせてしまった。
アカネもブラックが親友であった事を忘れ、頼れるプロデューサーとして認識してしまっていた。
スーパースター・キューティクルズとなるための代償は、一生普通の少女に戻れないという覚悟。強制的にアイドルとなるための意欲と覚悟を引き出させられるという、精神改良。
ブラックという親友の心労すらも当然の踏み台であるという、芸能界の闇を無意識下に刻み込まれていた。ブラックも例外ではなく。アイドルの過酷さを魂に刻まれながら、その苛酷さから逃げられないよう心を誘導されていた。
キューティクルズという楔は、成功だけを約束し、幸福までは保証しない悪魔との契約だ。
アイドルとしての成功のために支払っていた代償は、ブラックの人間性と時間。それと美貌、社会的地位。それらを犠牲にしてスーパースター・キューティクルズはトップアイドルたりえた。
もしその犠牲なくば、悪役の不在でイベントも混迷を極め、高い人気で安定性を得ることが出来なかっただろう。
「ごめんねブラック。友達だったはずのブラックのこと、ずっと見向きもしなかった。きっと私が一番、怒られるべきだった」
「違う……っ、アカネ、私は」
「もういいの! ブラック、一緒に舞台に行こう? みんな、今は暗闇の中で一生懸命にもがいている。希望の光が見つけられないのはブラックだけじゃない。私と一緒に、光を取り戻そうよ! 忘れちゃだめだからね! ブラックも私とおんなじ、キューティクルズなんだからね!」
アカネは泣き笑いを見せてブラックを励ました。ブラックはそんなアカネの笑顔をぼんやりと見上げて、まるで岩窟の中から光明を見出したかのように仰ぎ見た。
「私が、私なんかが……」
「ブラック! 一緒に行こう!」
アカネは立ち上がり、ブラックの手を引いた。ブラックはその手に引かれるように立ち上がり、離れた場所で戦っている他のキューティクルズ達を見やった。
キューティクルズはダークネスと戦闘中だ。商品を吹き飛ばしてすっかり広くなった空間で、さらなる破片を巻き散らかしながら肉弾戦を仕掛けている。一見すると接戦しているようにもみえるが、実際はダークネスに疲労の色すら見られない。ダークネスもその状況は承知のようで、全力の攻勢を仕掛けるキューティクルズが疲弊するのを待っているかのようだった。
このまま状況に変化がなければキューティクルズの敗北は必至だろう。応用性に欠けるキューティクルズ歴代メンバーの脳筋戦法ではジリ貧だ。
「ダークネス……。あまりにも強く、キューティクルズと融合した究極の深淵。本来なら、勝つ方法はどこにも……。いえ、あれは? どういうこと? ……なにかが違う」
「え、違う?」
ブラックのつぶやきにアカネは驚いた。
今一度ダークネスの姿を確認するも、ブラックの言う言葉の意味は理解できなかった。
「お、おかしい……。変だ」
「え、なに!? 何が不自然なの!?」
ブラックは涙をこすり、その違和感の正体を確かめようとダークネスの姿を注視した。
「あれは……、一体、だれ……?」
▼ ▼
ダークネスの側頭部にアザラシの右フックが打ち込まれ、アザラシの頬にダークネスの裏拳が叩きこまれる。女性同士が殴り合っているというのに、その打擲音はキャットファイトなんて生易しいものなどではない。ゴリラの殴り合いである。
ゴムハンマーのフルスイングで人体を殴ったかのような音を交互に繰り返し、七撃目で繰り出されたダークネスの右ストレートがアザラシを勢いよく吹き飛ばす。
だがキューティクルズがひるむことはない。タイガーが続いてダークネスに飛びかかり、しかし顔面を蹴飛ばされて吹き飛んでいく。
さらにコックやパティシエが背後から強襲するも回避され、続くローズやジャスミンの剣撃も受け止められると同時に手痛い反撃を返されていた。
戦況は終始ダークネスの優勢である。なんとか流れを変えようとするキューティクルズの攻勢は空振りに終わることが多い。
「ここだ! ホットメルト!」
だが水色のサイボーグであるゼロツーが両手から加熱融解された弾性ゴムを放射し、ダークネスの下半身と床を強固につなぎとめることに成功した。
「……ふむ」
ダークネスは急速に硬化を始めるゴムに対して焦りも見せない。無理に抜け出そうとする様子も見せず、思案げに冷え固まるゴムを見下ろしていた。
「ナイス、ゼロツーさん! ここは私が最強の一撃を決めますよっ!」
そう叫んだのは、サムライ・キューティクルズのタダタカであった。腰から測量目盛付きの日本刀を抜き取り、刃を上に向けて地面に置いた。
「伸びろ! 刃!」
その瞬間、一瞬にして日本刀の刃が天窓を超えて伸びていく。その長さはすぐに視界を超えて視認できなくなり、一本の長い日本刀の刃が雲を突き破った。
ダークネスはその刃を無感動そうに眺めた。
「見たか! 私の目盛付き刀は13キロまで伸びる! えっと、一メートル1.5キログラムくらいだったから、この日本刀の重さは約二十トン! 真っ二つになるがいいー!」
タダタカは掴んだ日本刀の柄を僅かに倒すと、ゆっくりとした動きで日本刀が振り下ろされた。
「待て、それはやめた方がいいのでは?」
「え! 質量兵器は効くの!?」
「違う、上を見ろ。天井があるぞ?」
タダタカの長々刀剣は天窓のガラスを割ってショッピングモールの天井にぶつかってしまう。
「うあっと、刀が天井で引っかかっちゃって、あう? 刀が持ち上がってぇぇぇぇぇ!?」
タダタカの体はてこの原理で浮き上がった。日本刀の柄に持ち上げられ、腹部を押されて垂直に夜空に飛び上がりすっ飛んでいく。
「タダタカぁ!?」
「人間投石機だこれー!」
長く伸びた刀身が力点、引っかかった天井が支点、日本刀の柄が作用点。
射出されたタダタカは見事な飛び上がり自殺を決め。離れた天窓を破って再びショッピングモールに落下してくると、頭から派手に落下した。
タダタカは隕石のように地面と激突、気絶した。
「よくもよくも! タダタカを!」
「私のせいか?」
ダークネスは困ったような表情を見せた。
「こうなったら、私もとっておきを出してやるー!」
そう叫んだサムライキューティクルズのゲンナイは、背中の風呂敷から少々大きめのガラス瓶を取り出した。
液体と銀色の鉱石らしきものが入っているガラス瓶だ。
「これでも喰らえー!」
ゲンナイはその瓶を投げつけた。瓶はダークネス手前の床に落ちて砕け散り、中身の液体と鉱石がそこらに散らばる。
「この匂い、ガソリンか?」
「そう! こんな時の為に、大学の教授の研究室からくすねておいた代物だよ! あとこれ! ミネラルウォーター!」
ゲンナイはさらに風呂敷からウォーターサーバー用の大きな水ボトルを取り出し、小太刀で穴を空けてから投げ捨てる。
「ちょっと待て、それならあの石はもしかしてナトリウムか!」
イソロクが自分の軍服を引っ張り、爆発に備えて耳を覆い隠しながら言った。
「おしい! セシウムなんだな、あれ!」
「アルカリ金属ならなんだって同じだ! 総員退避! 対爆防御ぉっ!」
イソロクが走って逃げ出す。
ミネラルウォーターがセシウムに降りかかると、ほんの一瞬だけジュワっと蒸発するような音が鳴り、次の瞬間、強烈な爆発が引き起こされた。
「うわぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁ!」
吹きあがった赤い爆炎は一瞬で天窓を超えるほど燃え上がる。その炎はダークネスを包み込み、飛び散ったガソリンの火の粉が辺りに散らばった。
セシウムやナトリウムといったアルカリ金属は水に触れると水素爆発を引き起こす。よく科学者が悪ふざけで水に投入して遊ぶ危険な代物だ。
さらにアルカリ金属は強い酸化反応があり、普段は燃えにくい石油系の液体に浸されて保存されるのだが。今回は可燃性抜群のガソリンを使用していた。
爆発させるために用意されたようなまさに危険物。大学の科学の教授は反省せねばなるまい。
「やりすぎだぁぁぁ!」
はじけ飛んだ燃えるガソリンの飛沫を浴びてトリガーハッピーが叫ぶ。
燃え広がったガソリンは二階三階の手すりにも張り付き、クリスマスの電飾じみた光源を提供してくれた。周囲はまさに炎上中の焼け野原のようにも見えるほどだった。
「ぐぅぅ!」
そんな炎の中から、燃えてやわらかくなったゴムを引きずってダークネスが現れる。
全身に炎を纏い、悶えるほどではないが苦しげな様子で出てきた。
「あれっ! 炎効いてる!?」
ゲンナイが驚き叫ぶ。
「火中に隙をを見ぃ出したり! そこでござる!」
すると危険な燃え広がった炎の海の中を、金髪ブロンドの剣士が駆けていった。ダークネスの正面をすれ違いざまに顔面に鋼のショートソードを叩きつける。
「うっ!?」
「あらあら~? よろめいた? 私のパンチは効かなかったのに?」
アザラシが首をひねってつぶやく。
ダークネスは炎に包まれていたとはいえ、アザラシの膂力に耐えうる筋力の持ち主だ。怪人化もしていないキクチヨの剣の一振りでよろめくはずがなかった。
「やってくれる」
ダークネスは体の炎を振り払い、一足飛びでキクチヨの背中めがけて突進した。
キクチヨは足に張り付いた炎を消化するために噴水の水たまりの中に飛びこむ。そんな無防備な背中にダークネスが右ストレートを叩きこもうとした瞬間、二階手すりからサブマシンガンによる狙撃がダークネスの顔面に叩きこまれた。
「うぐぅっ!?」
雨あられのように弾丸を浴びせられ、しかしよろめいても的確にヘッドショットが続いてさらによろめかさせられる。
マガジンの弾丸を全て使いきった辺りで銃弾の雨が止むと、ダークネスは二階の手すりに銃床を置いているハスラーの男性を睨みつけた。
「死にたいらしいな、お前」
ダークネスはそんなハスラーの男性を追撃すべく、跳躍の為に足に力を込めた。
だが。
「よそ見とは甘いでござるな!」
「うっ!?」
背後からの鋼の剣の振り下ろしがダークネスの頭頂部に刺さる。
ダークネスは即座に反撃として裏拳を背後に放つが、それをキクチヨはしゃがんで回避、追撃としてダークネスの腹部を流し切った。
「くっ、この」
斬撃で服や体が切り裂かれることはない。しかし、ダメージはなくとも、たしかにダークネスはよろめいていた。
「……? おかしいでござるな」
キクチヨが疑問を口にする。
あきらかに状況に応じて、ダークネスの身体性能に差が生まれている。セシウムとガソリンによる炎、キクチヨの斬撃、サブマシンガンによる銃撃がそれだ。
だがそれだけではない。この場でキクチヨだけが感じ取れた違和感もあった。
「あれ? あのキクチヨって外人さんの攻撃、効いてない? アザラシさんのパンチは効いてなさそうにケロリとしていたのに」
「ダークネスイエローの時もそうだったけど、やっぱり炎の攻撃を受けると弱体化するのかな? その割にはコックのオーブントースターの攻撃はまるで効いてなかったよね?」
クッキング・キューティクルズの、赤と青を担当するコックとパティシエの二人がそう相談し合う。
「……確かめねばならぬでござるな」
キクチヨは再びダークネス目掛けて駆け出していく。だがキクチヨは鋼のショートソードを逆手に持ち替え防御的に構えると、ダークネスに先手を譲った。そして勢いよく放たれてくる掌底打を剣の腹で受け流して回避した。
「見事な剣の技。金剛石のような妄執が見て取れる。お前の本質が怪人でなければ、シャドウとして配下にしてやる所だ」
ダークネスはキクチヨを賞賛しながらも続けざまに攻撃を放つ。
ダークネスの徒手空拳は一つ一つが鋭く滑らかであり、だが時折まるで別人格のような野蛮なテレフォンパンチが混じった。
しかしそのようなフェイントもキクチヨにすべて見切られると、今度はキクチヨの足さばきに似た達人の立ち回りを模倣してガードを崩しにかかる。
キクチヨはそんなダークネスの攻撃を真顔で受け流しきった。
やがてキクチヨは何かを確信したかのようにハッと目を見開き、後方に跳躍して叫んだ。
「やはりそういうことでござったか! では問おうダークネス殿! あなたは、何者でござる!」
「なに?」
ダークネスは怪訝な表情を見せ、キクチヨを睨んだ。
「私が何者か、だと? それは答えたはずだ。私はダークネス。キューティクルズと相反するシャドウの王。この世の心の闇を肯定する、真なる深き闇」
「まあ自分の名前があるだけ重畳。しかしもう一度聞く、ダークネスとは何者でござるか?」
「お前は一体なにを言いたい? いま言った通り、私は……」
「一つヒントを出すでござる。そのコートのポケット、何か入っておらぬでござらぬか?」
キクチヨはダークネスのコートのポケットを指差した。
ダークネスはそれに応じてコートのポケットに入っていた不可解なものを取り出した。
「これは……。ちくわ?」
ダークネスの手には食べかけのちくわが握られており、ふにゃんと折れ曲がったそれを不思議そうに眺めた。
「ええぇぇ~!? ちくわ!? なんで!?」
「どうしてダークネスまでちくわ食べてるの!?」
キューティクルズの面々は各々驚愕する。
「これでは拙者、攻撃することも出来ぬでござるな。とうとう拙者も年寄りじみてきたでござるよ」
キクチヨは剣を下ろし、ダークネスに背を向けてローズのいる方向に歩き出した。
「お、おい、どうしたんだキクチヨ!?」
赤井が驚いて声を掛ける。するとキクチヨは他のヒーロー戦隊や怪人だったメンツに向けて、なるべく全員に聞こえるように叫んだ。
「怪人衆! それとヒーロー戦隊の全員、この戦いに手出しは極力禁止とするでござる! あ、ローズ殿、このショートソード返すでござるよ」
「えっ!? どういうことなの?」
ローズは戸惑った様子でショートソードを受け取った。ショートソードは本来の赤バラの輝きを取り戻し、柄の鉄模様にも宝石が輝いていく。
「これは下らぬ老婆心、敵に塩を送るのもまた武士道。いや、敵というのもおこがましい。あれはいわゆるただの壁。だれもいがみ合っていないこの戦いに置いて、乗り越えるための試練としか体をなしていないでござる。こんな戦いに他人が手を付けたら罰が当たるでござるよ。あとはキューティクルズで頑張ってほしいでござる」
「え、ちょ、ちょっと待って! あれはキューティクルズの輝きに反応して強くなっているのに! キューティクルズだけでどうやって戦えって!? あなた、せっかくいい勝負に持ち込めそうだったじゃない!?」
「この戦いの後なら、拙者もダークネス殿とは仕合いたいでござる。しかしこの戦いの本質は心にあり。武の道は心技体そろえねば健全とはいえぬでござる。ダークネス殿には成長して欲しいのでござるよ」
「ええ!? あなたあのバケモノじみた相手をさらに強くしたいの!?」
ローズは信じられなさそうな目でキクチヨを見た。
キクチヨはそんな反応を意に介さず、今度は呆然と状況を見ていたダークネスを振り向いた。
「ダークネス殿!おぬしはシャドウでござるが、怪人の先輩として助言するでござる! 早く自分を見つけるでござるよ。さもなくば命を得ることも出来ず、ただ消え去ることになるでござる! それではあまりに悲しかろう!」
「どういうつもりだ? 一体私に何が言いたい?」
「おぬしの心と技、それはディアブロ殿のものである! しかしおぬしの心はおぬしの物! 拙者は、あの至らぬ怪人王ジャスティスイエロー殿に代わり、先輩風を吹かせたいだけでござるよ! あわよくばダークネス殿が己が道を見出さん事を!」
キクチヨは笑顔でダークネスを祝福するように言った。先ほどまでの戦闘に意識を研ぎ澄ました表情は消え去り、この戦いに茶番劇の匂いを感じ取った青年の笑顔だった。
ダークネスはそんなキクチヨの存在を不機嫌そうに見ていた。
「まるで理解できないな。だが自殺志願をしたいというのなら、お前はキューティクルズの後に深淵に呑みこんでやろう」
ダークネスは再び戦闘態勢に入った。だが気付くと、なぜだか拳にはいまだちくわが握られていた。
一瞬眉をひそめて不審そうにちくわを見るも、なぜだか捨てることができず再びポケットにしまってしまう。
「えっと、ジャスティスレッドさん? これはどういうことかしら?」
「俺にもわからん」
赤井とローズはそんなキクチヨの行動に困惑した。だがそんな二人の間にスーツ姿の元ブーメランパンツ水着の青年が割って入って答えた。
「落ち着け二人とも。キクチヨはあれでいて余計な事はしないやつだ。意図があってやっているんだよ。それにあいつの言葉の意味は怪人にしか意味が分からないだろうと思う。つーわけで怪人の俺も見学だ。キューティクルズと共闘したければ自己責任で、ってことだな?」
「なんだそれは! 無責任だな!?」
「むしろ責任取るって意味だよあれ! 怪人王の尻拭いだな! はは!」
スーツ姿の青年はそう言うとその場を離れた。
そんな状況に赤井も呆然とするしかない。
「……っく! すまない、ローズさん。俺のカリスマ不足かもしれない。協調性も仲間への理解度も足りていなかったようだ。だが俺は一人になっても、キューティクルズと協力する! 俺は戦うぞ!」
赤井は歯がみをしながら言った。
「いえ、いいわ。私たちも何か見逃しているのかもしれない。今思えば、ここまで攻撃が通用しないのはおかしいことだったもの。窮地に陥ったほうが見つけることが出来るものがあるかもしれない」
ローズは真剣に状況を考え始めた。
ダークネスは何者なのか。なぜ攻撃が効いていないのか。
そして一番の違和感。なぜダークネスイエローの時よりも、危機感を感じないのか。
「それで、話は終わったか? 悪いが私は妄言に惑わされるほど感情的ではない。そのまま仲間割れを繰り返して、おとなしく死ね」
ダークネスに変化は見られない。拳を握りしめ跳躍しようとした。
その瞬間だった。
「よろしいですわぁ! それでは、妄言ならぬ、狂言回しもいかがかしらっ!」
不自然な方角からの反響するような声。
ダークネスが跳躍を中断し状況を確認しようと立ち止まると、頭上に大きな影が落ちてきた。
「フォォォォゥ! それでは、わたくし下にまいりますわぁぁぁっ!
ダークネスの頭上の天窓を突き破り、タンクローリーに乗ったエメラルド・キューティクル、ミドリが落下してきた。
タンクローリーの後部はすでに炎に包まれている。
発電機用の燃料輸送車は着弾と同時に、軍用焼夷弾も真っ青の大爆発を引き起こした。