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ダークヒーローが僕らを守ってくれている!  作者: 重源上人
VS.アイドル魔法少女キューティクルズ編
62/76

第三十話 あまりにも深きキューティクルズの闇! ちくわカンタービレ!

 周囲は阿鼻叫喚の大音量だ。


 観客の中の男性陣からは、肉体美をほめたたえる「お~!」という賛美。

 純真な女性客からは、「きゃー!」という悲鳴。

 純真ではない乙女からは、「写メ~!」というかけ声とシャッター音。


「やめてほしいでござる! この顔を晒さないで欲しいでござるよぉぉぉ!」


 キクチヨはあわてて両手で顔を隠した。


「股間を先に隠せキクチヨぉぉぉ!」


 赤井の後ろから海パン姿の男性が駆け出し、タオルを腰に巻いてやろうと近付いていく。


 だが、いざタオルがキクチヨの腰に触れた瞬間。


「んっ?」


 スパーンっ! 音が鳴る


 海パン姿のただでさえ布面積の少なかった虹色ブーメランパンツと、タオルがまとめて消え去ってしまう。


「ぎゃあああああ!」


 全裸の男性、一名追加。


 サーファーらしい引き締まった肉体が無情にも披露され、もともと変態じみた海パン男性は、ただの変態として股間を押さえて縮こまった。


 女性陣の歓声がひときわ高まる。


 ローズが慌てて叫び声を上げた。


「タオルも海パンも、海かプール以外ではファッションではないわ! 早くその剣を手放して!」

「早く言えボケぇぇぇ!」


 全裸サーファーがキクチヨの手からショートソードを叩き落とす。だが、時すでに遅い。


「すっご~い。男の人のアレ、始めてみたかも」

「こらアカネ! 見ちゃだめだ! (よだれ)たらすな!? 指の隙間を開こうとするなぁぁぁ!」


 アオバがアカネの目を両手で塞ぐ。だが、アオバ自身も顔を真っ赤にさせていた。


 アオバは両手でアカネの目を塞ごうと集中しようとしているが、アカネが暴れて手を振りほどこうとしている間も、アオバはチラリチラリと男根を見てしまい、余計に顔を赤くしていた。


「あらあら~。剣道やっている男の人は、芯まで堅そうね~。サーファーさんも、まずまずの太さかしら~」

「がるるぁ! たしかに堅そう! 筋肉ほしい!」

「ハラショォォ! ムキムキ! 野性の力を感じる!」


 野性児たちは目を逸らさない。


「アザラシさん! 批評するのはやめてください!」


 顔を真っ赤にしたオーロラ・キューティクルズのシアンが、アザラシに注意を促す。


「あの剣士外人さんだったか! あんなに(ふっと)いディックを持ってたのなら、そりゃあ強いはずだな! うちの旦那にも取り付けてやりてえぜ!」

「下ネタはNGだ! ハッピー!」

「顔を赤くするなよスマイリー! お前も相手ができたら、毎日イヤっていうほど見れるんだぜ!」

「結構だ! あんなもの、口になんて入れられるか!」

「……ああ。そういう知識、調べちゃったかー……」


 トリガーハッピーとスマイルキラーが、互いに猥談義して盛り上がっていく。


 そんな中、メタリック・キューティクルズのゼロワンが、カメラのシャッターのようなまばたきを繰り返していた。


「……カシャカシャカシャカシャ」

「やめなさいゼロワン。その汚い画像の保存は、第一級の女性倫理違反に該当します」

「違うんデス、ゼロツー。これはただの(まばた)きデス。目にゴミが入って」

「その画像は精神データバンクを汚染し、最悪あなたが《腐る》可能性があります。そうなれば正常な精神への復旧は困難になるでしょう。残念ですが、データ削除です」

「ひどいデス! ゼロツー!」

「……JPG(ジェイペグ)の拡張子で検索入れて、全データ削除してもいいですけど?」

「……まさかゼロツー、私の隠しファイルをっ!?」

「あなたのシャドウ化防止は本当に大変なんです。バグ取りには協力してください」

「あ、悪魔デス……」


 ゼロワンは両手で頭を抱えて、ゼロツーと距離を取った。


「おいやめろ! じりじり近付いてくるんじゃねぇ! 興味津々な顔で近付いてくるんじゃねえぇぇぇぇ!」


 全裸サーファーが片手で股間を抑えながら叫ぶ。


 周囲にはサムライ・キューティクルズという名の乙女が取り囲んでいた。普段ならば近寄ることも出来ない乙女の集団だ。だが、他のキューティクルズが一歩近づくと、顔を赤くしながらも一歩踏み出せる。


 集団心理が勇気を与える。羞恥心よりも知的好奇心が、キューティクルズを支配した。


「採寸させて! まだ測ったことないの、股間のアレ! 直径と全長だけでいいから!」

「ふざけんな! 何なんだこれは! キューティクルズは変態の集まりか!?」


 全裸サーファーはどなり声を上げるが、キューティクルズを押し返すことは出来ない。


「違うんだ! 誤解しないでくれ! 私たちは本当は、真面目なキューティクルズだったんだ!」


 メジャーと三角定規を構えたタダタカを、軍服姿のイソロクが肩を掴んで引き寄せていた。


 だが、謎の力を発揮するタダタカを、イソロクは引き寄せることはできない。それどころか逆にイソロクは引きずられている。


「……うふふふ。みんな純情ですねぇ。……大切なところは、私が隠してあげましょう……」


 するとその横から白衣姿のゲンナイ・キューティクルがすり抜けていき、キクチヨに近付いていった。


「む、ゲンパク殿でござるか。お願いでござる、剣道着でなくとも、せめて和風なもので体を包んでいたいのでござる! それもなければ、せめてその白衣を貸していただければ、あとは拙者が自分で服をっふぉぁぁぁぁぁぁ!?」


 背後から近付いてきた白衣のゲンパク・キューティクルが、キクチヨの股間に白くて細い手を重ねてモザイク部分を隠すという荒技に出た。


「「「「「ふぉぉぉぉぉぉ!」」」」」


 ギャラリーの男性陣から歓声が響き渡る。


「ななななにをするでござるかぁぁぁぁ!?」

「……うふふふ。上の階での戦いの、仕返し……」


 ゲンパクは白くて長い髪をキクチヨの背中にすりつけるように揺らし、体を密着させると、濡れ女の幽鬼の如き妖艶な手で、撫でるように股間を包み込む。


「ごめんなさいね、私、いじめっ子なの……♡」


 ゲンパクの動きは止まらない。その動きを見ていた観衆の男性陣は総立ちである。


「やめろー! やめてくれー! 評判がぁぁぁ! 私たちはサムライ・キューティクルズだ! クールでスタイリッシュで、日本的な撫子(なでしこ)で、ファッショナブル・キューティクルズよりも活躍できて……! うぁぁぁぁ! もういやだぁぁぁ! 私もうお腹切るぅぅぅぅ!」


 タダタカを抑えつけたままイソロクはじたばたと暴れ出し、さらに状況は混沌としていく。もはや収拾は困難だ。


「ああっ! イソロクの鬱病が! どうしよう! どうしよう! ああああぁぁぁ!」

「お茶ぁぁぁぁ!」


 ゲンナイ・キューティクルは暴れるイソロクを見ると混乱して錯乱し、背中の風呂敷を意味もなく振りまわし始めてあちこちに無数の雑貨を巻き散らかす。


 リキュウ・キューティクルも茶道具を突然用意し始めて、手を滑らせて茶碗をひっくり返し、お茶をイソロクの顔面にぶちまけた。


 キューティクルズの精神が不自然なほどの勢いで崩壊を始める。それは最前線にいたサムライ・キューティクルズから始まり、次々と汚染は伝播していった。


「ああ、やばいぃ……! アオバに目隠しされてると、妄想の暴走が止まらなくなってきたぁ……!」

「えっ、ちょっ!? アカネ、息荒くなってきてるよ!?」


 アオバがアカネの目から手をどかすと、顔を真っ赤に火照らせたアカネが、トロンとした目でアオバを上目遣いで見上げてきていた。


「はぁ……、はぁ……! アオバぁ……!」

「アカネ! 大丈夫っ!? えっ!?」


 アカネはアオバの腰に手を回す。すると酔ったようにアカネはアオバの体を引き寄せ、下腹部の辺りを手でさすり始めた。


「ねぇアオバぁ……! SMって、興味あるぅ?」

「きゃぁぁぁぁ! 黒くなってる! アカネ黒くなってる! うわっ! 体から黒いの出てきた! このっ! 悪霊退散ー!」

「ぷべぱっ!?」


 アオバはアカネの顎を掌底で打ち上げ、足を蹴り払ってバランスを崩させると、護身術柔道の要領で背負い投げを決めた。


 咄嗟の行動で思った以上に力が入ったようで、アカネは途中で手放され宙に浮き、ゆっくりと落下すると顔面から地面に激突した。


「あっ! ごめん、アカネ!」

「う、うぅ……」


 硬い地面に顔面をすり付け、アカネは痛みに身をよじっている。


 だが再び顔をアオバに向けた時には、まだアカネの顔には火照りが残っている。


「すごぉい……! 乱暴にされるのって、気持ちいいぃ……!」


 アカネは地面に寝そべり、涎を垂らしながら悦に浸っていた。


「うぁぁぁぁ! アカネぇぇぇ!?」


 アオバは絶望の表情を見せて後ずさっていく。


 どん引きである。覚醒を始めていたアカネはもはや別の何かだ。再びシャドウを生み出しかねない勢いで黒い煙を放ち始めていた。


「おうゴラァ! 私が何もしていないのに勝手に自己崩壊してるんじゃねえよ! 少し作戦会議挟んだだけでこれとかふざけてんのか!? 持ちネタかそれは!?」


 さすがのダークネスイエローも突っ込みを入れてきた。


「ごめんなさいね! 暴走するのは鉄板ネタなの!」

「本当に持ちネタなのかよ!?」


 ローズの言葉にダークネスイエローも驚愕する。


 だが、ローズの精神はいまだ正常を保ったままだ。凛と立つ姿は周囲の顔を赤らめるキューティクルズと一線を画している。男根の存在など気にも留めていない。


「キューティクルズは自由な乙女の集まり! でも、ガス抜きはここまで! それじゃあ、ファッションアップッ! スタイリッシュ・コーディネーション!」


 ローズが赤いショートソードを振り払う。すると剣風が光の風となって飛翔し、全裸の男二人を包み込んだ。


「おお!?」

「今度はなんでござるか!?」


 光の風は粒子となり、二人を衣装で包み込む。


 元海パンの男性には、着崩したスーツに、オーシャンブルーのネクタイが装着された。ベルトはサメの本革で、腕時計にはプラチナが使用されている。


 元剣道着のキクチヨは元々のギリシャ系の整った顔鼻立ちを引き立てるために、ハリウッドスターと同系の黒スラックスに、ラフなカットソーTシャツが装着されることになった。


「な、なんだこりゃぁ!? 俺の海パンはどうした!?」

「剣道着はどこでござるか!? これでは拙者、ただのエセ外国人ではござらぬか!」

「はい、文句言わないの! 私の会社の最高級モデルだからね! 言っとくけどセットで数百万するやつだからね!?」


 ローズが反論を許さず封殺する。そして今度は振り返り、キューティクルズに視線を向けた。


「さて……。キューティクルズ、整列!」


 ローズの号令が轟くと一斉にキューティクルズの表情が引き締められ、雑念を追い払うように頭を揺らしてくるキューティクルズたちはよろめきながらも整列を始めた。


「あっ、あっ」


 地面に寝そべっていたアカネは少しばかり整列に遅れる。まだ体からは僅かに黒い霧を出していた。


 そんな慌てて駆け寄ってくるアカネの前にローズは立ちふさがった。


 すると、ローズは両手でアカネの肩を掴んで、目線をアカネに合わせて膝を付く。


「え? ローズさん!?」

「ねえ、アカネさん?」

「あっ! あ、あの、すいません、テンションあがっちゃって、変な気持ちになっちゃって、私」

「いえいえ、いいのよ」


 ローズは優しい笑顔で微笑みかけ、アカネの耳元で呟く。


 すると、アカネの体から出ていた黒い霧は見る見るうちに引き戻され、アカネは平常な状態に落ち着いていった。


「すごい、ローズさん……」


 アオバが驚く。正気を失いかけていたアカネを一瞬で元に戻したローズに対し、アオバは尊敬の念を抱く。


「アオバを引き込もうとするなんて……。あとで、アオバに謝らなくちゃ」

「ふふ、大丈夫よ」


 ローズはアカネを優しく諭すように、言葉をつづけた。


「女の子の恋愛なら、応援するから」

「ええ!?」

「女の子同士でそういうことしたいなら、今度、私が雰囲気の作り方を教えてあげるわ?」

「いいんですか!」


 アオバが鼻から息を吹きだした。


「ぶぉッ! ちょぉぉ!? ローズさん!? そっちの流れはダメ! 僕がよくない! 僕そっちの()はない!」


 アオバが全力でローズの制止にかかる。


 だが、ローズの表情は変わらない。


「ふふ、大丈夫よアオバさん。最初は怖いかもしれないけれど、堕ちる時は一瞬だから」

「いや、なに言っているんですか! てかローズさん、どうしてそっち系勧めるんですか!?」

「あら? 知らなかった? 私とジャスミンの二人は、有名なレズビアンよ? 昔、婚姻届出してニュースになったこともあったのだけれど?」

「うえええええ!?」


 アオバが驚愕の表情を見せて頭を掲げ、その場から尻もちを付いて後ずさった。


「ふふ、そういうことだから、アカネさん。この戦いを切り抜けたら、素敵な世界への橋渡しをしてあげる」

「はい! ローズさん!」

「いい返事やめて! 僕はレズじゃないからね!? SMも出来ないからね!」


 アオバは冷や汗まみれになって慌てている。


 だが、アカネの体から浮き出でいた黒い霧は見えなくなっていた。

 キリッと表情を固め、ダークネスイエローをにらむアカネのその姿は、まさにその名に恥じない精悍なルビー・キューティクルある。


「さて、これでアカネさんのシャドウも抑え込めた。解決ね」

「解決してない! 何も解決していない!?」


 アオバは全力で抗議した。しかし、周囲のキューティクルズはすでに戦闘姿勢を見せている。どうやらアオバの上告は却下されたようだった。


 そんな状況の中、軽装甲の付いた白いドレス姿のジャスミンが、アオバの肩を叩いた。


「わっ! ジャ、ジャスミンさん……!」


 アオバは恐る恐る振り返った。


「大丈夫よアオバちゃん。ローズはね、人を見る目がある。いやがる相手を無理やり引き込んだりしない。安心していいわ」

「じゃ、じゃあ、さっきの言葉は、嘘……?」

「いいえ、違うわ。……才能ありということよ」

「うわぁぁぁぁぁ!?」


 アオバは自分の体を腕で隠し、その場から素早く後退した。


「怖い! 僕生まれて初めてキューティクルズを怖いと感じてる! 何ここ魔窟!?」

「さあ! キューティクルズ! 武器を構えて!」

「僕の話聞いてよ!?」


 アオバの意見は快くスルーされた。ローズにとって、アオバの貞操の危機は大歓迎のようだ。


 そんな中、赤井が浮かない表情を見せた。


「とにかく、キューティクルズの武器は使えないというわけか。さすがに思いつきではだめだったか」


 赤井が歯噛みをしてこの混乱した状況を整理する。


 だがローズはそんな赤井を横目に見て、僅かに微笑んだ。


「いいえ違うわ。これではっきりした。今のあなた達はただの一般人扱いになっているようね。さすがに服を消し飛ばすのは例外よ? ほら、試しに触れてみて?」

「うわっ!? おいっ!?」


 赤井はローズにショートソードの柄を押し付けられると、慌てて飛びのいた。


 だが赤井の服が消し飛ぶことはない。むしろ異変が起こったのは、ショートソードの方だった。


「なんだ……? 剣から赤い輝きが消えていく?」

「普通の人が魔法の武器を持っても、ただの実物に置き換わるだけ」


 赤い光沢のあった刀身はただの鏡面仕上げの鋼色に置き換わり、柄にはめ込まれた宝石も擦りガラスのように色彩を落としていく。


「こうなってはただの鉄の剣よ。どうする? 私が持っていてもあの装甲は傷つけられないし、あなたが持っていてもかまわないわよ? 私たちが弱体化すればあっちも弱体化するでしょうしね?」


 ローズは刀身を掴み、鉄のショートソードの柄を赤井に向ける。


 赤井はそのショートソードを受け取ろうとしたが、すんでのところで思いとどまった。


「……いや、俺が持っていてもせいぜい指揮棒にするだけだ。この鉄の剣はキクチヨに渡すべきだろう」

「あら? 怖じけずいたの?」

「ちがうちがう。俺の戦い方は無敵のスーツを前提とした大振りパワースタイルなんだ。……いや、ぶっちゃけ近接戦は素人ってことだ。だから格好良く剣を振り回して、主人公ぶるのはやめておく。あと、それにだ……」


 赤井は片手に握っていた火炎瓶に火を付けた。


「俺はジャスティスレッドだぜ? こうして炎を武器に立ちまわった方が、それらしいってもんじゃないか?」


 赤井はニヤリと笑い、火炎瓶の燃え盛る脱脂綿を握りしめアルコールを絞ると、手のひらに張り付いた炎を振り払って火の粉を空中に散らして見せる。

 燃え盛るアルコールの飛沫は花火のように消え去り、ささやかな炎の芸術が演出された。さらに手の平に燃え移った炎を握りしめて、指の隙間から勢いよく火花を飛び散らせた。


 アルコールが絞られたことにより、火炎瓶の炎は二倍ほどの大きさで灯を放つようになった。その炎は小さいながらも、赤井を炎の使い手であることを認めているかのようだった。


「ふふ。それなら、私から強制は出来ないわね」

「ああ!」


 赤井は気付かれないよう、こっそりズボンに手をこすりつける。

 落ち着いているように見えるのは格好付けているだけで。熱いものは熱いのだ。


「よし! みんな! キューティクルズから武器を借りてくれ!」


 赤井は手のひらの火傷をごまかすかのように号令をとどろかせた。


「…………では、もらおう」


 その号令に合わせて、キクチヨがローズから剣を受け取った。そっけなく剣だけを受け取り、ローズの隣を通り過ぎる。


「え?」


 ローズはすぐに違和感に気付いた。


 なにやらキクチヨの様子がおかしい。おどけた雰囲気が一切消え去っており、まるで鷹を連想させる冷徹そうな外国人がそこにいた。


「本当に途中で服が脱げたりしないだろうな?」


 キクチヨは、まるで別人のような落ち着いた声でローズに尋ねた。


「え、ええ、もちろんよ。そのファッションをしている限りは、途中で脱げることなんてないわ」

「そうか」


 キクチヨはそっけなく答え、ブロンドのさらりとした髪を揺らし、視線をダークネスイエローに向け直した。


「ええっと……。一つ聞いてもいいかしら?」

「なんだ?」


 キクチヨは視線だけをローズに向ける。


「その言葉遣いなんだけど? 普段のござる口調はどうしたの?」

「ん? それは、それはだな…………。んん? んんん……? ぬぉぉぉぉ!? なん、なんでござるかぁぁぁぁ!? 今の!? 気持ち悪ぃでござるよぉぉぉ!?」


 キクチヨは全身に鳥肌が立ったかのように両手で体を高速でさすりはじめる。


「なんだったでござる!? さっきまでの拙者、まるでただのイケメンだったではござらぬか!?」


 キクチヨのござる口調が復活した。

 二枚目(イケメン)から三枚目(お調子者)へと人格が入れ替わり、ギリシャ系の端正な顔つきを情けなくさまよわせて状況を探る。


「あ、ファッションの影響ね? 私のファッションはその人の精神に作用して、最良の姿を引き出すから」

「怖いでござるよ!? 全然違和感なく別人になっていたでござる! 教えてもらえなければ拙者、多分ずっとあの口調だったでござるよ!」

「本当にごめんなさい。私たちの戦いはいつも光を引き出すことがスタートラインだったから、強制的にその人の精神を改造しちゃうのよ」

「やめてくっ! ……やめてほしいでござる! ぬおぉぉぉ! 気を抜くと性格が切り替わるでござる!? 拙者の数少ない個性がっ!? こんなハイカラなTシャツなんて、即刻捨て――っ!」

「ちなみに脱ごうとしたら全裸だから?」

「ひどいでござる!?」


 キクチヨは頭を抱えて今のイケメンTシャツに絶望する。


 キクチヨは図らずしも体験することになった。キューティクルズの著しい精神汚染というデメリットを。


 キューティクルズのシャドウとの戦いは、精神の戦いである。

 物理物理と頭の悪い戦闘にこだわっているのは、下手に倫理的な思考よりも、体育会系の思考の方が心の闇に打ち勝ちやすいという側面があるからだ。物理的に戦っているように見えながら、それは可視化された内面の戦闘だ。


 それはある種のごまかし、とも言える。シャドウが精神の影ならば、精神の闇は消え去る事のあり得ない無限の怪物。


 キューティクルズの戦闘というショーを通じて熱狂した人々は、 日々のストレス等を忘れる。その精神的改善がキューティクルズの魔法の光として可視化され、忘れ去られたストレスは必殺技に打ち滅ぼされたシャドウとしてあたかも倒されたかのように演出されるのだ。


 永遠に繰り返されるストレスの蓄積と、その発散の代弁者。それがキューティクルズ。


 それゆえにキューティクルズは自然発生から始まったヒーロー戦隊とは大きく仕組みが違う。


 変身アイテムありきで能力が決まるヒーロー戦隊と違い、キューティクルズは自身の優良な精神的な仮面(ユングのペルソナ)を変身の基準としている。


 キューティクルズが女性だけなのは複数の仮面(アニムス)が用意できるからだ。

 女性は男性と比べて複数の素顔を使い分けることができると言われている。極端な話で言えば、人格の仮面の使い分けが出来ない、裏表の無い人間ならば、ずっと変身しっぱなしということになってしまう。


 キューティクルズの変身とは、心的内面の一つの素顔を超有能化させることにより、精神的超人になることで対疑似精神(シャドウ)生命体戦闘に特化させる。そんな仕組みだ。

 キューティクルズシステムの開発時、それはコンセプト的には正しかった。


 変身時に特出した一つの精神がキューティクルズの輝きにブーストを掛けることに成功し、人々はキューティクルズに理想の姿を描くようになった。キューティクルズの魔法の光を浴びた人々は辛い現実(シャドウ)を忘れ、ショーを楽しむことによってキューティクルズに増幅した光を送り届ける


 キューティクルズの光は、人々を熱狂させる作用があり、熱狂した人々はさらに光を増やす。懐中電灯などでキューティクルズを照らすのは小道具であり、精神を乗せる小さなブーストアイテムだ。光量も、あくまで変身するための些細な制約でしかない。


 そしてこれだけははっきり言っておかなければいけない。キューティクルズの光は精神に作用するということは、つまるところ、微弱ながらも麻薬的な中毒性があるということだ。


 それがキューティクルズの約束された人気の正体である。微弱ながらも光を帯びたキューティクルズ関連商品に触れれば大人も子供も喜び、イベントを企画すれば満員御礼。握手会などしようものなら脳内快楽物質ダバダバで泣きだすファンもいることだろう。


 旬を過ぎたキューティクルズの人気が落ちぶれていくのもこの光の減少が原因だ。キューティクルズの光は、アッパー系の麻薬と同じ作用がある。


 だがこの光のおかげで、精神疾患患者が失意のどん底から這い上がる一助(いちじょ)となることも多々あるので、ゆえに一概に中毒が悪いとも言えない。禁断症状もほとんどないのだから、実質的な合法医療用麻薬と言えるだろう。


 しかし精神の人為的改良は当然精神汚染を生む。


 それは観客よりも、実際に精神を改造されることになるキューティクルズ自身が苦しむことになった。


 変身時にも他の精神の仮面は表層に現れてくる。超有能化した精神と普通の少女としての精神の乖離により、キューティクルズのメンタルバランスは最悪の水準へと堕ちた。


 一つの仮面人格を理想像的人格に強制的に改造されるのだ。それは解離性人格障害(多重人格)を形成されるに等しく、その他人格の劣化を招くことになる。


 しかし精神の有能化がなければヒーロー戦隊に匹敵する変身能力は得られない。それゆえに今日の今日までキューティクルズの精神汚染に関する問題は仕方ないと放置されていた。

 それが原因で、キューティクルズ内部にシャドウの蓄積も行われたのだ。


 そんな歪みの爆発が、今日の事件の根幹にある。その歪みの解決は不可能であり、精神汚染がキューティクルズを蝕むのは当然のことなのだ。


「それで、作戦会議(コント)は終わったか? 私もそろそろ行動していいか?」


 ダークネスイエローがようやく口を開いた。待ちくたびれたように呆れた声色だった。


「あっ! ちょっと待って! まだ武器の受け渡しが終わってない!」


 コック・キューティクルが調理道具を巻き散らかしながら言った。


「まだ待たせる気かよ。まあ、ちゃんと待つけどよ……」


 こういうお約束事には律義なダークネスイエローは、退屈そうにうなだれながらも、体勢を崩すことなく待ちかまえてくれていた。


「あれ? どうしよう! 調理道具って意外と武器になりそうな物少ない! 包丁とかそこらに市販品でいいじゃん!」


 コック・キューティクルはいまさらな事実に気付く。


「ジャスティスレッド。トリガーハッピーからサブマシンガンを借りてきた。実弾だ。弾は自動で補充されず、何丁も数はつくれないらしい」

「そうなのか、というか、当然のように実弾か。すごいなキューティクルズは」


 ハスラーの黒ベストの男性が赤井に声をかけ、赤井はそれに返した。


「ああ、Vz68型サブマシンガン、通称スコーピオン。冷戦時代の名銃だ。数を作ると性能が劣化するらしいから、銃火器での戦闘は私に任せてもらえないだろうか」


 ハスラーの男性は脇に抱えた全長28センチのサブマシンガンを掲げて見せる。

 サソリを連想させる曲鉄の銃床を手際よく起こし、ハスラーの男性は前傾姿勢を取って戦闘準備を完了させた。


 その動きを皮切りに、次々と戦闘要員がキューティクルズに駆け寄ってくる。


「私は体育教師だ! 何か武器になりそうなものはないか!? なんでもいいぞ!」

「がるぁッ!?」


 ガタイのいい体育教師がタイガー・キューティクルに詰め寄った。


 あきらかな人選ミスだ。武器はおろか、手ぶらで軽装のタイガーはうろたえるしかない。

 1.5倍も体格差のある体育教師を危険人物であると判断したのか、タイガーはあわてて周囲を確認して、アザラシを見つけると、逃げるようにアザラシの後ろに隠れてしまう。


「ま、待て! 私は怪しい人間ではない!」


 そんなタイガーを体育教師は追いかけようとしたが、アザラシの静かな笑顔に気押されてそれ以上近寄ることができなくなっていた。


「よし! 俺は消防士だ! 多少重いものでも武器に出来るからなんでもくれ!」

「国語教師だ! 生活指導員も兼任しているから、ケツバットが得意だぞ!」

「どすこい! ごっつぁんです!」

「武器ならなんでもいい! 丸太はあるか!」


 ヒーロー戦隊・怪人の中でも、とりわけ筋肉多めの男性陣が集結してキューティクルズに詰め寄った。


 良く言えばスポーツマンの集まりだが、悪く言えば汗臭い中年男性の集まりである。


「あらあら~、私は武器なんて持ってないわよ~?」

「わたしも武器はないデ~ス! プラズマ兵器は全部内蔵式デス!」

「ごめんなさい! 包丁とかキッチンハサミとかしかないから、そこらの市販品の方がいいよ! て、いうか、包丁とか高いやつだから、市販品使って!」


 しかしキューティクルズは意外と武器を手渡せる人材が少なかった。役に立ちそうなものはせいぜいイソロクの軍刀ぐらいである。

 もともとを武器では無いものを武器のように扱っているので、魔法の力が無くなれば性能も現実のものに遵守される。大抵は市販品に類型品があるのだ。


「意外と武器はないのか? まいったな」


 赤井は出鼻をくじかれた。


 キューティクルズから武器を借入れ、ダークネスイエローを弱体化させながらショッピングモール内の商品で攻撃し、弱点を探すという作戦は、元々行き当たりばったり感が強い。

 赤井の計画性の無さもあり、少々周囲に不安をあおる結果となった。


「ん~、しょうがないわね。みんな! なんでもいいから渡してあげて!」


 ローズが号令をかける。


 だが、渡せそうな品を持っているキューティクルズはそもそも少なく、誰もが困ったような表情を見せた。


「どうすればいいデス? ゼロツー秘蔵の豊胸アタッチメントパーツでもあげればいいデスか?」

「それは私への仕返しですか? ゼロワン」


 比較的人間的な見た目のサイボーグであるゼロツーは、表情機構を操作させてジトッっとした目でゼロワンをにらんだ。


「よし! ではそのアタッチメントは私がもらおう!」


 真っ先に体育教師が手を上げる。


「うるさい、やらん」


 ゼロツーはそんな体育教師に冷たく返した。そして背部の収納ポケットを開いて、中からちくわを取り出した。


「はい、これをくれてやりますから。食べて死ね」


 それはこのショッピングモールでの戦闘前に、コック・キューティクルが配っていた総菜のちくわだった。


 一口かじられているだけで、特に変哲のないおいしそうなちくわである。


「ちくわか……? 何かの隠語と受け取ってもいいのかな?」

「だまって死ね」


 ゼロツーは汚物を見るような目で体育教師をにらみ、ちくわを叩きつけるように投げてよこした。


「あっ! そうか、ちくわがあった! 私も持ってるよ! はい、どうぞ!」

「え、いや、ちくわをもらって、私にどうしろと?」


 消防士はコック・キューティクルからちくわを手渡され、手の中でしなるちくわを見て呆然とする。


「そうデス! ちくわなら私ももってるデス! どうぞデス!」

「だからなんで持ってるんだ!? これは武器になるのか?」


 消防士の手の上に、さらにちくわが重ねられた。


「がるるぁぁ! どうしよう! 私、ちくわ食べちゃった!」

「あらあら、大丈夫よ~? お姐さんがまだ持っていたからね。はいどうぞ」

「増やさなくていい! だからなんでちくわを持っているんだ!?」


 アザラシがさらに消防士にちくわを手渡す。消防士の手のひらの上にちくわがさらに重なるが、特に武器になりそうな気配はない。


「おおっ! ちくわなら持ってるよ! 私もあげるよ!」

「私も一本残しておいたわ!」

「よかった~、シアンとマゼンタ残しておいてくれたんだ! 私食べきっちゃってたから、どうしようかと思ってたんだ!」


 オーロラ・キューティクルズもちくわを取り出すと、消防士に駆け寄っていった。


「乗せるな! 重ねるな! なんなんだこれ!? キューティクルズはちくわを持っていないといけないのか!?」


 消防士の周囲にちくわを持ったキューティクルズが集まってくる。その異様な光景の中心にいた消防士は目を回す勢いで混乱していった。


 ちなみに最初にちくわを手渡された体育教師は泡を吹いて倒れている。


 ゼロツーの触れたもの全てに毒性を与えるという特性を知らずに、つい口を付けてしまった結果だ。死なない程度の毒性に体育教師は昏倒してしまった。


 そんな惨状もあって、消防士はちくわに口を付けるわけにはいかなくなっていた。


「すごいです、すごいです! みんなちくわを持っているなんて!? そんなゲンナイさんも、きちんとちくわを持ってます!」

「悲しいかな、私も軍服の影に隠していたよ、ちくわ」

「うふふふ……、医食同源。ちくわを持っていることを、もはや誰も(とが)めることなど出来ません」

「ヒャァッハァァァ! 何だこりゃぁ! 今までにない一体感を感じるぜ!」

「キューティクルズ結成以来始めてのことデス! ここまでみんなの行動が一致するなんて、今までないデスよ!」


 ついにほとんど全員がちくわを手に握っていた。かなり異様な光景なのだが、それがまるで奇跡が起こったかのようにキューティクルズの面々は喜び合っていた。


「おいゴラァ! おまえら漫才もいい加減にしろよ! いつまで私を待たせる気なんだ!」


 ようやくダークネスイエローが切れた。黒鋼の前足を踏み鳴らし、抗議する。


「だいたい、何なんだそれは! ただの惣菜じゃねえか!」

「これか……? これは」

「「「「「「ちくわだ!」」」」」」

「うるせえよっ!」


 ダークネスイエローは怒鳴り返した。しかしキューティクルズに反省の色は見えない。むしろ各々ちくわを手に持って、まるでそれが結束の証であるかのように掲げて見せる。


 キューティクルズの手の中で、ちくわがフニャンフニャンと折れ曲がった。


「すごいみんな! この統一感! なんだか勝てそうな気がする!」

「勝てねぇよ! いいからちくわをしまえ!」

「やだっ!」


 キューティクルズは(かたく)なにちくわを手放そうとしない。特別な力など何一つ無いちくわである。活用方法などあるわけがない。


 ヒーロー戦隊とはあまりに勝手が違うキューティクルズの自由奔放さである。その文化の違いにダークネスイエローは首を振って幻滅した。


「よし、わかった。もう勝手にやってくれ。こうなっては仕方ないから、私が話を進めるぞ!?」


 ダークネスイエローはしぶしぶと話し始める。日が明けるまで漫才されてはたまったものではない。


「お前たちの作戦、一応確認しておくが紛れもない弱体化だよな? 能力の無い武器を能力の無い人間に渡すんだろ? たしかにキューティクルズの力が弱まれば私の力も弱まるが……」

「そうよ。私たちの光の力だけではあなたを超える術はない。でも、もし勝ち筋があるとしたらこんな作戦でしょ?」


 ローズが答えた。

 それに対してダークネスイエローは妙に呆れたような表情を見せて返した。


「いいや、遊んでいたもうお前らに勝ち筋なんてねえよ。あんだけ時間をくれたんだ。ほら、これを見てみろ!」


 ダークネスイエローがその場を動いて道を空けると、背後に隠していた漆黒の球体を見せつける。


 それはまるで空間を(えぐ)ったかのように真っ黒で、うす暗い専門店街の景色を捻じ曲げるほど光を拒絶した、小規模なブラックホールのようなダークマターの球体だ。


「お前らがあんまり時間を稼いでくれるから、私が最初に放った暗黒弾の七十倍くらいの濃度にまで溜まっちまった。爆発させれば周囲八百メートルくらい吹き飛ばせるんだが、お前らはそんな装備(ちくわ)で大丈夫か?」

「……ゼロワン、ちょっとあの黒い球体解析してみて?」


 ローズが緊張感なさげにゼロワンに尋ねた。

 ゼロワンはそれに応じて解析を始め、とたんに慌てる。


「あ、ヤバいデス、ローズさん! 無理デスあれ! 私の予備バッテリー使いきっても防げないほどの圧縮率デス!」

「でしょうね。見たこともないくらい闇が深い。……もうっ! 深淵の力を手に入れたばかりでそんなに使いこなさないで欲しいわね!」


 ダークネスイエローは勝ち誇ったかのように笑みを浮かべた。


「そう言うなよレッドローズ。私だって勝ちたいんだ」

「ええ、そうでしょうね。私もおんなじ気持ちよ」

「……じゃあなんで遊んでいたんだよ?」

「遊んでなんていないわよ? だってほら、ようやく私も時間稼ぎ(・・・・)が終わったのだもの」

「なんだと? ……っ!? 上だと!?」


 ダークネスイエローが頭上を見上げた時、すでに遅かった。


 専門店街の回廊の天窓を粉砕させ、巨大な円形の魔法陣が降ってきた。


「黒陣! 第四翼・形成展開! 重力波の檻に沈め!」

「う、グォォォォ!?」


 黒い魔法陣がダークネスイエローの体を通り過ぎ地面に張り付くと、空間を歪ませてダークネスイエローを超重力の中に閉じ込める。


「黒陣! 第一、第二、第三翼・多重展開! 終わりだ!」

「マズ、い! オォォッォォォ!」

「逃がすな! アンジェロ!」


 ダークネスイエローが重力の檻から這って逃げようとすると、周囲から白い包帯のような帯が一斉に巻き付き、ダークネスイエローの体を拘束する。


「……」


 ダークネスイエローが背後をチラリと振り返ると、そこには全身に包帯を巻いたアンジェロ・キューティクルがいた。


 そして頭上を見上げると、円形に崩壊した天井の向こうに黒衣のキューティクルズ。ディアブロの姿があった。


「全翼解放! いでよ、腐れた大天使の御座ゴゥン・バット・サンクトゥス!」

「グォォォォォ!」


 全ての黒い魔法陣がダークネスイエローの上に積み重なり、漆黒の球体も崩壊。空間をも歪ませる強固な魔法陣が、ダークネスイエローを完全に取り囲んだ。


「遅いわよ! ディアブロ!」


 ローズが叫ぶ。


「待たせた。だが、これで完了だ」


 螺鈿(らでん)の輝きを放つ七支刀、ボロボロの黒衣に長い黒髪、そして一切の隙を見せない冷厳な目。ブゥードゥー・キューティクルズのディアブロは、天井から降下してくると魔法陣をすり抜けていき、拘束されたダークネスイエローの上に降り立った。


「所詮シャドウなど、キューティクルズに狩られるだけの溝鼠(ドブネズミ)。わきまえるべきだったな」


 ディアブロは慈悲もなく七支刀をダークネスイエローの首筋に突き立てる。


「グッ!?」


 七支刀はダークネスイエローの装甲をたやすく突き破り、黒い欠片を飛び散らせていた。


 そのディアブロの登場に、ショッピングモール周囲の観衆から一斉に歓声が沸き起こる。


「すげー! 何だあれ!」

「あの大きなシャドウを完全に封じ込めちゃった!」

「誰だあの滅茶苦茶かっこいいキューティクルズ! 新キャラか!?」


 不可思議な事に観客はディアブロの事を誰も知らない。


 だが、それは些細なことに過ぎない。今はダークネスイエローを封じ込め、あまつさえ無敵の装甲すらたやすく貫いたのだ。


 勝機が訪れたように見えた。


「すごいデス、ディアブロさん! さすがは最強のキューティクルズ!」

「レッドローズさん! もしかして、この為に時間稼ぎだったのか!?」

「ごめんなさいね、ジャスティスレッド。あなたのアイデアを時間稼ぎに使わせてもらったの。作戦に賛同したのも、全裸になる事を知っていて剣を手渡したのも、全てこの為。私たちに視線を向けさせて、上の魔法陣に気付かれないようにさせていたの。私たちをバカにして慢心するから、こうなるのよ!」


 ローズは得意げに笑みを浮かべてダークネスイエローを見た。


 ダークネスイエローは完全に拘束されており、苛立たしくうめき声を上げた。


「ウグゥゥゥ! どういうことだ! ディアブロとやら! 貴様、何者(・・)だ!?」

「答える義理はない」


 ディアブロは七支刀を抜き取り、ダークネスイエローの肩装甲を切り払った。


「グッ!」

「……私が何者かなど、私自身が知りたいくらいだ」


 ディアブロは悩ましげな表情を見せて、さらに左の肩装甲を切り払った。


「グゥゥッ!」

「私の魔法陣は、時間、熱量、核反応、重力波をそれぞれつかさどる大魔法。このまま重力崩壊させて消滅させようか? それとも、この七支刀“月光”で貴様の装甲を全て取り払い、あいつらの光で消し飛ばそうか? 好きな方を選べ」


 ディアブロは空間の歪んだ魔法陣の中で七支刀から光波を放ち、ダークネスイエローの右臀部装甲を削ぎ落す。


「ディアブロ! 装甲を切り落として! 再復活を防ぐため、私たちの光で消滅させる!」


 ローズが叫ぶ。すると、ディアブロは無言でうなずいた。


 キューティクルズも必殺技の準備を始めた。いまだにちくわを持ったキューティクルズがローズの元に集い始め、無言でうなずき合った。


「だめ……! だめっ……!」


 そんな中、か細い声が周囲に響く。


「今すぐ、ディアブロを、あそこから引き離して……っ!」

「えっ……? ブラック、さん?」


 突然、ブラックが再び登場してきた。


 ブラックは泣き腫らせた顔で、キューティクルズに懇願してくるような弱々しい声をあげる。怯えるかのように体を丸め、絶望の後で小刻みに震えている体を警備員に支えてもらいながら、必死に訴えかけようと歩いて来ていた。


「このままでは、取り返しのつかないことに……! 深淵には、気付かれてしまう……!」

「ブラックさん、あなたは一体、何を……?」


 ローズは困惑してブラックを見つめる。


 すでに再起不能と思われたブラックからの助言。その表情は必死さに満ちており、裏切り者だったとはいえ、無下に扱ってもいいのか戸惑わせた。


 そんな瞬間だった。ディアブロの足が、ダークネスイエローの背中に沈み込んだ。


「な、なんだっ!? 足が!?」


 ディアブロの足がくるぶしまで黒鋼の装甲に沈む。まるで融合してしまったかのように、足が一体化していった。


「くくく、そういうことか! そういうことかっ! 私が知らないはずだ! 分かったぞ! 貴様の正体が!」


 ダークネスイエローが叫ぶ。


「だめっ……!」


 ブラックは肩を支えてくれていた警備員を付き飛ばし、よろめきながらもダークネスイエローに向かって駆け出していった。


「私の正体……! なっ!? 体が!?」


 そんなディアブロが突然、七支刀をブラックに向けて投げつける。


「あがぁっ!?」


 七支刀はブラックの腹部に突き刺さった。アイドル衣装を貫通することはないが、強烈な衝撃がブラックの体をくの字に折り曲げて、勢いよく弾き飛ばした。


「なんだ!? なにが起こっている!?」


 赤井が叫ぶ。


 すると、ダークネスイエローは笑みを浮かべて叫んだ。


「ディアブロなんて聞いた事の無い名前だと思ったが! 貴様、存在しない(・・・・・)六番目のキューティクルズだったか!?」

「ぐっ!? 私に何をした! 深淵っ!? どうやって私を操った!」


 ディアブロはダークネスイエローの背の上で体を震わせる。だが、指一本すら動かせそうになかった。


「う、うぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ブラックは涙を流しながらも立ち上がり、腹部を押さえてよろめきながらも再びダークネスイエロー目掛けて突撃していく。


「ディアブロ! 貴様の闇を見た! そういうことなら、こいつも操れる!」

「うっ!?」


 アンジェロが包帯を飛ばし、ブラックの首を締めあげた。


「アンジェロさん!?」

「アンジェロ!?」


 アカネとディアブロが叫ぶ。


「……」


 だが、アンジェロは反応しない。包帯をぐるぐるに巻いた顔からは表情は読み取れず、僅かに覗かせた目も相変わらず生気がないままだ。


「がっ! う、うぐぶっ!?」


 首をきつく締められたブラックは涙をこぼしながら呻く。だが、拘束しているのがキューティクルズのアンジェロであり、信用を失っていたブラックを咄嗟に助けようとするキューティクルズはいなかった。


「貴様の本当の正体を教えてやろうか! ディアブロ!」

「なに!?」

「おかしいと思ったんだ、私の装甲をたやすく切り裂いた時点でな!」


 ダークネスイエローは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「だめ……! だ、め……!」


 ブラックが涙ながらにつぶやく。


「ディアブロ! 貴様はキューティクルズではない! その本質は、シャドウだ!」

「なっ!?」


 ディアブロは驚愕する。その言葉には、ブラック以外の全ての聴衆を驚かせた。


「どういうこと! ダークネスイエロー! ディアブロの過去を知っているの!?」


 ローズが叫ぶ。


「ああ、深淵を通じてこいつを見た! ディアブロ! 貴様はそこのアンジェロの素顔を見たことがないんじゃないか!?」

「なに!?」

「見たことないはずだよな! お前は無意識的にやつの素顔を見ることを避けてきたものな! 今ここで真実を見せてやる! さあアンジェロ! その覆面を脱ぎ去れ!」


 ダークネスイエローが命じると、アンジェロは自分の顔の包帯に手を掛け、解いていった。中に隠されていた黒い髪が落ちて行き、次々と腰へかかっていく。


 少しずつアンジェロの素顔があらわになってくると、ディアブロは目を見開いて驚愕した。


「なっ!?」


 その素顔は、ディアブロとまるで同じだった。寸分違わぬ同じ顔である。


「ディアブロと同じ顔!?」

「……」


 アンジェロの素顔は、ディアブロと完全に同じ。

 ただし、肌が死体のように青白く、生気の無い目は白く濁っている。何か言葉を発することなく、体温も血の流れも感じさせず、ただ立っている。


「ブゥードゥー・キューティクルズなんて存在しない! こいつら(・・・・)の本当の名前は、バチカン・エンジェリック・キューティクルズ! 結成前に殺された、キューティクルズの亡骸だ!」


 ダークネスイエローがそう叫ぶと、ディアブロは顔を真っ青にして、続く言葉に怯えた。


「エンジェリック……。そうだ、毒の紅茶……。私の名は……。名前……。ああ、私の名前は……」

「順を追って説明してやろう! 貴様らエンジェリックは、本当は四人組だった。教会系の学校に通っていた、容姿端麗で成績優秀なただの女子高生。そこに教会関係者がさらなる宗派の発展の為、お前たちをキューティクルズにしようと画策した。だがその連中は準備の途中、手に入れた深淵の欠片の扱いを間違って、自分たちに憑依させてしまった。悪事で財産を積み重ねていたそいつ等は、浄化されて清貧に目覚める事を恐れて、キューティクルズの誕生前にお前たちを毒殺し。あまつさえ死姦した。そしてその死後、お前たちのキューティクルズ化が始まった。もはや意志の無い四人の憎しみが一つの死体を動かし、その死体のキューティクルズが四つのキューティクルズの能力を持つシャドウを生み出した。そうして生まれたのが、邪教徒の(ブゥードゥー)キューティクルズ。貴様だ、ディアブロ!」

「ああ! ああっ!? そうだ、四つの天使の羽。ラフィ……、ミカ……、ウリエラ……、私たちは夜に校長室に集められて、大学推薦の話を聞いていたら……、胸が苦しくなって……」

「哀れだよな。お前は自分の死体に操られる、操り人形! これほど間の抜けた話はないぜ!」

「校長室に飾られていた、山羊の頭の骨が、目の前に落ちてきて……、儀式(サバト)が唱えられて……、私たちは、闇で、一つに混じり合って……。気付いた時には、窓に血しぶきが……」


 ディアブロは頭を抱えて苦しみ出す。


「シャドウと分かったからにはどうするかは一つだ! 堕ちてこい! 深淵に!」

「やめろ……! やめろ……! うぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ディアブロの体が足から順に闇の霧へと溶けていき、ダークネスイエローに吸収されていく。


「だ、め……! 吸収、を、止め、ないと……」

「……」


 絶え絶えの言葉で呟いたブラックを、アンジェロは包帯を振るって勢いよく投げ飛ばした。


「あぐぅっ!」

「ブラック!?」


 ブラックは頭や肩を床に叩きつけながら縦回転して転がり、勢いよく冬物コートの陳列棚に突き刺さっていく。

 そんなブラックの後を、アカネが追いかけた。


「まずいわね! みんな! ディアブロを助け――っ!」

「遅い!」


 ダークネスイエローが暗黒弾を放った。周囲を拘束していたディアブロの黒い魔法陣は砕け散り、体を拘束していた白い包帯は緩んで地面に落ちていく。


 暗黒弾は床を大きく穿ち、コンクリートと土くれを巻き上げてキューティクルズを牽制した。


「最高の気分だ! キューティクルズの力をも取り込み、私は究極の存在へと進化できる! いわゆる第三形態というロマンだな! これからは私も手加減が出来ないから、死ぬ気で戦えよ!」


 ダークネスイエローの体から金属の軋む音が鳴り始め、変化が始まった。


「深淵! 全てを吸収し、暴走して、正義の味方もどきを、皆殺しにしてしまえぇェェェ!」

「ぐぁぁぁぁぁぁ!」


 ディアブロが頭まで吸収されてしまう。何かを掴もうと天に向けて伸ばされたディアブロの手は、なにも掴むことなく沈んでいった。


「…………ぁ」


 ディアブロが消失した瞬間、アンジェロの体が大きくのけぞった。


「アンジェロさん!」


 アオバが叫ぶ。


 その瞬間、アンジェロの体は真っ赤な飛沫を上げて爆発。

 血のようなその液体が大きく飛散したが、どこにも痕を残さず即座に蒸発して消えていく。


 ついにはアンジェロもディアブロと同じく影も残さず消滅した。


 よく目を凝らすと、最後にアンジェロがいた場所に小さな蛍のような光が四つ浮かんでいた。だがその光も天に昇ることなく、泡が弾けるような弱々しい音を立てて消え去ってしまった。


「グゥウオォォォォォォォォォ!」


 するとそれに合わせてダークネスイエローが体を丸めてうずくまる 。鎧の隙間から蒸気のように闇の霧を吹き出させながら、見る見るうちに体積を縮小させていた。


「まずい! 止めないと!」

「近付いてはだめ! ジャスティスレッド!」


 ローズが赤井を制止する。


 ダークネスイエローの巨体は闇の霧に隠れて見えなくなり、ついには金属のすれ合う落とすら無くなった。


 気付いた時には息をのんで十秒ほども時間が過ぎている。闇の霧は濃くなりすぎて、内部の様子を一切教えてはくれなかった。


「どうなったんデス?」


 ゼロワンがつぶやく。


 霧はいまだに濃い。視界ははっきりしない。


「鬼が出るか、蛇が出るか」

「ボクシングで殴れる相手ならいいんだけど……」


 オーロラ・キューティクルズの二人がつぶやいた頃、ようやく闇の霧がゆっくりと沈み始めた。

 全員の不安が伝わってくるように、暗い静寂が続いた。


 うっすらと明瞭になる闇の中には、人の影が出来ている。それが何者なのかはまだ分からない。


「レッドローズさん、希望的な見方はできるか?」

「ごめんなさい、はっきり言って、協力しても勝てないようなバケモノが出てくるわ」


 赤井もローズも会話しながらも互いを見ることもなく、闇の中を注視する。


 最悪の合体融合。ただでさえ強いダークネスイエローが、さらに強化されて闇から現れてくるのだ。


 するとついに、そんな闇の中から声が聞こえてきた。


「闇は、産声を上げた」


 その女性の声は、イエローのものではなかった。どちらかといえばディアブロの物に近い、冷たさを感じさせる声だ。


「ダークネスイエロー! その声は、ディアブロの!?」

「私はディアブロでも、ダークネスイエローでもない」


 そこに現れたのは、ディアブロの黒衣に近いボロボロのフード付きロングローブの上に、雌獅子の装飾の入った黒鋼装甲を纏わせた、女子高生程度の女性だった。


「ディアブロの魂は消失し、イエローの意志は私の中に溶けた。私は深淵そのもの。そこに生まれた、新しい意志と魂。私は、誰でもない深淵王」


 フードを深くかぶっていいて表情はうかがえない。身長は167cmほどで、スレンダーな体系をしている。だがその異様な威圧感は、巨大な大鎧獣の頃より明らかに危険性を増していた。


「かつての私、ダークネスイエローの命により、便宜上、ダークネスと名乗らせてもらおう」


 ダークネスは顔を隠していたフードを持ち上げて素顔を見せる。

 そこには黒鋼色のショートヘアーをした、イエローともディアブロとも似ている顔の女性がいた。


 まるで全てのキューティクルズの顔を合わせたかのような容貌で、誰とでも似ているかのように見える美貌だ。しかし目だけはディアブロに酷似し、瞳は黄金以上の黄金色に輝いている。


 漆黒のロングローブに張り付けた装甲は、どことなくローズの軽装甲付きコートの衣装にも似ていた。手首のファーはビースト・キューティクルズの装飾に近い。インナーの胸部装甲の脇の辺りには、メタリック・キューティクルズの幾何学模様に似たデザインが施されている。


 その風体はもはや完全に、新たなキューティクルズと呼べるものだった。


「深淵王、ダークネス……」

「そうだレッドローズ。ダークネスと呼べ。前任者のイエローは自分の情や正義を捨てきれず、完全に深淵を支配できていなかった。それゆえに前々任者の意志に阻まれ、無意識下にキューティクルズへの攻撃を抑制する意識を埋め込まれていた。ダークネスイエローは敗北するように仕向けられていたのだ……。だが、私は違う。私は完全なる新しい意志。もはや誰も、私を止めることはできない」

「前々任者? ダークネスイエローの前の? それはいったい……」

「知らないなら、それでいい。……さて」


 ダークネスは歩きはじめる。擦り切れたロングローブの(すそ)を静かに揺らし、ささやかな金属音を鳴らしながらキューティクルズに向かっていく。


「ちょっと待って、一つ確認。お手々つないで仲良くなって大団円、なんてだめ?」


 ローズは困ったように尋ねた。


「私は全ての正義の味方とやらを殺す義務がある。あきらめろ、あるのは生きるか(to be or )死ぬかの戦いだけ(not to be)


 ダークネスは無表情で近付いていく。そこにイエローの意志は感じられない。


 相手は心を捨てて上位互換へと進化したダークネスイエロー。その黄金色の瞳が魅せる眼光は、キューティクルズ随一の処刑人、ディアブロの冷徹さを継いでいる。


 今度の攻撃は、しっかりとキューティクルズに当たるということだろう。


「……死ね」


 ダークネスは腕を掲げていくと、狩りを始めることにしたようだ。


 ショッピングモール内の闇は、ひときわ深まっていった。


最近一話あたりの文字量が多くなってきたため、今後、更新期間に余裕を持たせていただきます。

大変申し訳ございませんが、どうかご容赦ください。


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